BEAUTIFUL THAT WAY

CHAPTER7


「…嘘だ・・・」
「本当だ…。今日、あの子は学校を休んで検査に来た。
 ----自覚症状は一月ほど前から…、覚悟は…、出来ていたらしい…」」
 カティスの声は珍しく震え、彼が嘘など言っていないことは、アリオスにはすぐ理解できた。

 アンジェ…!

 その小さな少女はずっと心配させてはいけないと黙っていたのだ。
 たった一人で耐え、誰にも知らせずに…。
 それを思うと胸が張り裂けそうな想いがする。
「…とにかく…、心当たりを探せ! それでダメだったら警察を…」
 カティスがそう言い掛けて、ノックが部屋に響いた。
「入れ」
 中に入ってきたのは、内科婦長だった。
「先生! 姪御さんのアンジェリークさんが救急車で!」
「判った」
 電話の前で、アリオスもその声を聞く。

 アンジェ!!!

 もう、アリオスは何を考えていいか判らない。
 彼女の笑顔だけが浮かんでは消え、浮かんでは消えてゆく。
「アリオス!」
 カティスの声で、彼ははっと自分を取り戻した。
「とにかく、病院に来い、判ったな!」
 慌てているカティスは、乱暴に電話を切った。
 後に残ったのは、ツー音だけ。
 暫くアリオスはそれを訊くことしか出来なくて。
「兄貴!」
 オスカーに呼ばれて、彼はようやく受話器を置いた。
 心臓が、まだうねりを上げている。
「兄貴!?」
 オスカーは怪訝そうにアリオスを見、レイチェル、ゼフェル、マルセルも彼の周りに集まってくる。
 皆悲痛な眼差しだ。
「ね? お姉ちゃんは…?」
 レイチェルは今にも泣き出しそうな顔を、アリオスに向ける。
 アリオスは、何とか、心を平静に保とうと勤めて、クシャりとレイチェルの髪を撫でた。
「皆仕度をしてくれ。アンジェリークが入院した」
 いっせいに、兄弟たちは驚き、暗い影が落ちる。
「入院って! ねえ、お姉ちゃんは病気なの!?」
 アリオスのすそを掴んで、マルセルは信じたくないとばかりに、泣きながら言う。
「ああ。アンジェリークは駅で倒れたんだ…。カティス叔父が今、対処してくれている」
「まさか…、自殺じゃあ」
 ゼフェルの不安げな言葉を、アリオスは否定した。
「違う!」
 ほんの一瞬だが、みんなほっとする。
 だが、予断が許さないのは感じる。
「レイチェル。とりあえず、アンジェの入院の用意をしてくれ。ゼフェルとマルセルは歯ブラシなどをコンビニで買ってきてくれ。花とか…、とにかく生ものは一切買うな。歯ブラシだけだ、判ったな?」
「ああ」
 レイチェルはアンジェリークの部屋に向かい、ゼフェルとマルセルは近くのコンビニへと向かう。
 残ったオスカーは、アリオスを怪訝そうに見つめる。
「----兄貴…、アンジェはどうなんだ!?」
 真実を迫るオスカーに、アリオスはもう黙って入られないと思った。
 まだ研修医とはいえ、彼も医者の端くれだ。
 話しておかなければならない。
「心の準備をしてから…、聞いてくれ」
 いつにない兄の真摯な態度に、オスカーは深刻に覚悟を決める。

 アンジェは…、良くないんだろうか!?

「…アンジェリークは、骨髄性白血病だ…」

 アンジェ!!

 オスカーの頭もまた、白くなる。
 体が震え、次の言葉を発することが出来ない。
「…それ…、本当か…」
「カティス叔父がいったから間違いはない。今日…、覚悟を決めて検査に来たらしい…。
 何も言わずに、あいつは一人で耐えてたんだよ…」
 少女の気持ちを思うだけで。
 オスカーは切なくなる。
「お兄ちゃん、準備が出来た!」
 ばたばたと二階からレイチェルが降りてきたため、会話はそれで中断となった。
「どうしたの? オスカーお兄ちゃん? 顔色悪いよ?」
「何でもない…」
 事情を知らないレイチェルは、きょとんとして、それ以上は訊かなかった。

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 ゼフェルとマルセルの買出し部隊が帰ってきたので、兄弟たちは、カティスが勤めるスモルニィ大学医学部付属病院へと車で向かう。
 大型のファミリーカーで向かったが、車内では誰もが無言だった。
 いつもとは全くの違いである。
 アリオスは車を駐車場に停めて、兄弟揃って叔父のカティスの研究室へと向かった。
 ノックを彼が代表してすると、中からカティスの声がする。
「入ってくれ」
 その声も、いつものように元気はない。
「失礼します」
 兄弟たちは口々に言った後、中へと入った。
「アンジェの荷物は…」
「はい、これ」
 レイチェルが渡した荷物を、看護婦が受け取る。
「これを滅菌してくれ」
「はい」
 カティスは細かに看護婦に指示をした後、アリオスを見つめる。
「すまんが、先ず、アリオスだけ来てくれないか」
「判った」
「皆もすぐ呼ぶから、看護婦に従ってくれ」
「はい」
 オスカー以外の兄弟は事情を知らないせいか、頭を傾げるばかりだった。

 アリオスはカティスと一緒に身体を殺菌処理を行った後、殺菌処理済みの白衣に着替えた。
「アンジェが…、おまえと話が先にしたいといってな…」
「気がついてるのか!?」
「ああ。救急車ですぐに気がついたらしい」
 淡々と語るカティスに頷きながら、彼はアンジェリークの病室へと案内された。
 そこは勿論無菌室だ。
「私はここで待ってるから、話して来い?」
「判った」
 ドアの前でカティスと別れると、アリオスはドアをノックした。
「どうぞ…」
「入るぜ、アンジェ」

 こんなに緊張するのは、初めてかもしれない…

 彼は中に入り、ベッドの上で腰掛けているアンジェリークを見るなり、息が詰まる想いがした。
 彼女は清らかだった。
 その眼差しは、全てを悟り、受け入れた後の、穏やかな表情だけがあった。
「お兄ちゃん…」
 衝撃の事実を全て受け入れた彼女は、彼を見るなり穏やかな表情をした。
 その表情を見るなり、アリオスの心の何かがプツリと切れる。
「バカヤロウ! 猫みたいにいなくなってんじゃねえ!」
 死を覚悟したネコのように、彼女もまたいなくなったのだ。
 アリオスは彼女の華奢な身体を抱きしめる。
「お兄ちゃん…!」
 アンジェリークもまた、その背中に手を回す。
 二人は初めてしっかりと抱き合った。    

TO BE CONTINUED…



コメント

暗い…
アリさんがここにいたのは、水曜日で、午後休診だからです