「…嘘だ・・・」 「本当だ…。今日、あの子は学校を休んで検査に来た。 ----自覚症状は一月ほど前から…、覚悟は…、出来ていたらしい…」」 カティスの声は珍しく震え、彼が嘘など言っていないことは、アリオスにはすぐ理解できた。 アンジェ…! その小さな少女はずっと心配させてはいけないと黙っていたのだ。 たった一人で耐え、誰にも知らせずに…。 それを思うと胸が張り裂けそうな想いがする。 「…とにかく…、心当たりを探せ! それでダメだったら警察を…」 カティスがそう言い掛けて、ノックが部屋に響いた。 「入れ」 中に入ってきたのは、内科婦長だった。 「先生! 姪御さんのアンジェリークさんが救急車で!」 「判った」 電話の前で、アリオスもその声を聞く。 アンジェ!!! もう、アリオスは何を考えていいか判らない。 彼女の笑顔だけが浮かんでは消え、浮かんでは消えてゆく。 「アリオス!」 カティスの声で、彼ははっと自分を取り戻した。 「とにかく、病院に来い、判ったな!」 慌てているカティスは、乱暴に電話を切った。 後に残ったのは、ツー音だけ。 暫くアリオスはそれを訊くことしか出来なくて。 「兄貴!」 オスカーに呼ばれて、彼はようやく受話器を置いた。 心臓が、まだうねりを上げている。 「兄貴!?」 オスカーは怪訝そうにアリオスを見、レイチェル、ゼフェル、マルセルも彼の周りに集まってくる。 皆悲痛な眼差しだ。 「ね? お姉ちゃんは…?」 レイチェルは今にも泣き出しそうな顔を、アリオスに向ける。 アリオスは、何とか、心を平静に保とうと勤めて、クシャりとレイチェルの髪を撫でた。 「皆仕度をしてくれ。アンジェリークが入院した」 いっせいに、兄弟たちは驚き、暗い影が落ちる。 「入院って! ねえ、お姉ちゃんは病気なの!?」 アリオスのすそを掴んで、マルセルは信じたくないとばかりに、泣きながら言う。 「ああ。アンジェリークは駅で倒れたんだ…。カティス叔父が今、対処してくれている」 「まさか…、自殺じゃあ」 ゼフェルの不安げな言葉を、アリオスは否定した。 「違う!」 ほんの一瞬だが、みんなほっとする。 だが、予断が許さないのは感じる。 「レイチェル。とりあえず、アンジェの入院の用意をしてくれ。ゼフェルとマルセルは歯ブラシなどをコンビニで買ってきてくれ。花とか…、とにかく生ものは一切買うな。歯ブラシだけだ、判ったな?」 「ああ」 レイチェルはアンジェリークの部屋に向かい、ゼフェルとマルセルは近くのコンビニへと向かう。 残ったオスカーは、アリオスを怪訝そうに見つめる。 「----兄貴…、アンジェはどうなんだ!?」 真実を迫るオスカーに、アリオスはもう黙って入られないと思った。 まだ研修医とはいえ、彼も医者の端くれだ。 話しておかなければならない。 「心の準備をしてから…、聞いてくれ」 いつにない兄の真摯な態度に、オスカーは深刻に覚悟を決める。 アンジェは…、良くないんだろうか!? 「…アンジェリークは、骨髄性白血病だ…」 アンジェ!! オスカーの頭もまた、白くなる。 体が震え、次の言葉を発することが出来ない。 「…それ…、本当か…」 「カティス叔父がいったから間違いはない。今日…、覚悟を決めて検査に来たらしい…。 何も言わずに、あいつは一人で耐えてたんだよ…」 少女の気持ちを思うだけで。 オスカーは切なくなる。 「お兄ちゃん、準備が出来た!」 ばたばたと二階からレイチェルが降りてきたため、会話はそれで中断となった。 「どうしたの? オスカーお兄ちゃん? 顔色悪いよ?」 「何でもない…」 事情を知らないレイチェルは、きょとんとして、それ以上は訊かなかった。 ---------------------------------------------- ゼフェルとマルセルの買出し部隊が帰ってきたので、兄弟たちは、カティスが勤めるスモルニィ大学医学部付属病院へと車で向かう。 大型のファミリーカーで向かったが、車内では誰もが無言だった。 いつもとは全くの違いである。 アリオスは車を駐車場に停めて、兄弟揃って叔父のカティスの研究室へと向かった。 ノックを彼が代表してすると、中からカティスの声がする。 「入ってくれ」 その声も、いつものように元気はない。 「失礼します」 兄弟たちは口々に言った後、中へと入った。 「アンジェの荷物は…」 「はい、これ」 レイチェルが渡した荷物を、看護婦が受け取る。 「これを滅菌してくれ」 「はい」 カティスは細かに看護婦に指示をした後、アリオスを見つめる。 「すまんが、先ず、アリオスだけ来てくれないか」 「判った」 「皆もすぐ呼ぶから、看護婦に従ってくれ」 「はい」 オスカー以外の兄弟は事情を知らないせいか、頭を傾げるばかりだった。 アリオスはカティスと一緒に身体を殺菌処理を行った後、殺菌処理済みの白衣に着替えた。 「アンジェが…、おまえと話が先にしたいといってな…」 「気がついてるのか!?」 「ああ。救急車ですぐに気がついたらしい」 淡々と語るカティスに頷きながら、彼はアンジェリークの病室へと案内された。 そこは勿論無菌室だ。 「私はここで待ってるから、話して来い?」 「判った」 ドアの前でカティスと別れると、アリオスはドアをノックした。 「どうぞ…」 「入るぜ、アンジェ」 こんなに緊張するのは、初めてかもしれない… 彼は中に入り、ベッドの上で腰掛けているアンジェリークを見るなり、息が詰まる想いがした。 彼女は清らかだった。 その眼差しは、全てを悟り、受け入れた後の、穏やかな表情だけがあった。 「お兄ちゃん…」 衝撃の事実を全て受け入れた彼女は、彼を見るなり穏やかな表情をした。 その表情を見るなり、アリオスの心の何かがプツリと切れる。 「バカヤロウ! 猫みたいにいなくなってんじゃねえ!」 死を覚悟したネコのように、彼女もまたいなくなったのだ。 アリオスは彼女の華奢な身体を抱きしめる。 「お兄ちゃん…!」 アンジェリークもまた、その背中に手を回す。 二人は初めてしっかりと抱き合った。 |
TO BE CONTINUED…