BEAUTIFUL THAT WAY

CHAPTER6


 「アンジェリーク・・・」
 ひょっこりと現れた姪に、カティスは驚いた。
「久し振り、カティス叔父さん」
「こんな時間にどうした? 学校は!?」
 カティスは逢えて良かったと思う反面、いつもと様子の違う、姪を訝しげに見る。
「叔父さんに診てもらいたくて・・・」
 その言葉に、重要な意味を彼は汲み取る。
「アリオスじゃだめなのか?」
「・・・心配かけたくないの・・・」
 か細い声で話す少女の言葉に、彼は大きな溜め息を吐いた。
 昔から、この少女が人を思いやるのを判っているから、それをなるべくは受け入れてやりたい。
「何か自覚症状でもあるのか?」
「うん・・・」
 不意に少女は俯くと、制服のブラウスを捲り、最近、酷くなってきている腕の内出血を見せた。
「・・・!」
 その腕の様子に、カティスは息を飲む。
 ひとつの暗い可能性が、彼の頭に過ぎる。
「いつから?」
「一月ぐらい前から・・・。めまいも酷くなって・・・、間隔が短くなってきているの・・・」
 どこかはかなく、アンジェリークは言う。
 だがその表情はどこか覚悟が秘められていて。
「今すぐ検査をする。学校には私から連絡しておくから。アリオスには・・・」
 その名前に、アンジェリークはそ、その身を固くし、潤んだ瞳でカティスを見た。
「お願い!! お兄ちゃんには、みんなには言わないで!!」
「アンジェ・・・」
 凄い勢いで言う彼女に、カティスは胸を突かれる。
「・・・お願い・・・」
 華奢な身体を震わせ懇願する彼女に、カティスはとうとう負けてしまって、溜め息を吐いた。
「判ったよ、アンジェ」
 少女の表情が僅かに明るくなった。
「さあ、始めるぞ」
「うん」
 アンジェリークが、白い検査用の服に着替え、検査が始まった。
 カティスがいる大学病院は設備が整っていることでも知られている。
 彼はここの内科部長をしており、血液を専門にしていた。
 アリオスもつい最近までは、この病院で、カティスの下で働いていた。
 血液の採取から始まり、様々な検査を、午前中一杯をかけて、アンジェリークは受けた。
 最初に血液を採取したのは、カティスの希望だった。

 採取したアンジェリークの血液を検査したカティスは、苦しそうに溜め息を吐いた。
「なんてことだ・・・」
 彼はそのまま頭を抱え、机を一度強く叩いた。


 午前の検査が終わったアンジェリークを、カティスは自分の部屋に呼んだ。
「叔父さん」
「座りなさい」
「はい」
 促されてアンジェリークは腰掛けた。じっと真摯に見つめられて、彼女はその視線の重さを悟る。それだけで、彼女は身体を震わせた。
「アンジェリーク、今すぐ入院をしなさい」
低く、深刻な声が、アンジェリークに腹を括らせた。

 やっぱり…、そうなんだ…。

「叔父さん、それは・・・」
「大事をとってだ」
 さりげなく彼は言ったが、それが嘘を吐かれている事実を彼女は悟る。
 覚悟のできたアンジェリークには、澄んだまなざしで彼を見た。
「覚悟は出来てるから・・・」
 覚悟を決めたまなざしは、澄み切っており、カティスの心を揺るがした。
「・・・お願い・・・」
 縋るようなまなざしで見つめられて、カティスは苦しくなる。その澄んだまなざしには、嘘が吐けないような気が、彼はした。
「判った・・・」
 カティスは深く頷き、彼女を見つめる。
「----おまえの病名は、骨髄性白血病。長くて3年の命だ・・・」

 ・・・・やっぱり・・・!!!

 覚悟は出来ていた。
 だが実際に話されると、その衝撃はやはり大きかった。心が空ろになり、ただその場にいることしか出来ない。大粒の涙が、意思と関係なく零れ落ちる。
「やだ・・・、覚悟してたのに、何でだろ・・・」
「アンジェ・・・」
 医者という仕事柄、宣告するのには慣れているはずだが、やはり血の繋がりはないとはいえ、姪にそれをするのは酷だった。
 小さな肩が震えて悲鳴を上げている。
「アリオスには・・・」
「お願い、私から言うから・・・!」
 言葉を取るように彼女は言い、涙をいっぱい溜めたまなざしを彼に向けた。
「お願い・・・」
「判った」
 そんな彼女を見ていると、こちらの心が切なく、悲鳴を上げていると、カティスは感じる。
「叔父さん、入院なんだけど、色々準備があるから、明日の夕方でもかまわない?」
「どうしてだ!?」
 カティスは疑わしげに姪を見つめ、厳しい眼差しを向ける。
「…、皆に、私が入院することを言わなきゃならないし…、もう一日・…、あの家で暮らしたくて…」
 アンジェリークの心は痛いほどよく判る。
 だが、彼女は一刻も早く入院をさせなければならない身なのだ。
「一日だけ…。お願い…」
 一度言えば、ひかない頑固な性格である事を、カティスは良く知っている。
 そして----
 叔父として、彼女の願いを叶えてあげたい。
「----いいだろう…」
 その叔父の優しい言葉に、アンジェリークは嬉しそうに笑った。

 叔父さん…。
 ごめんね…。
 私…

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 レイチェルは、一日、悶々としていた。
 アンジェリークに一言誤りたいと、彼女は思っていた。
 だが、中々言い出せなくて、とうとう放課後まできてしまった。

 お姉ちゃん…

 昼休みにも言いに行こうと思えば出来たのだが、生徒会の仕事を済まさなければならず、それも出来なかったのだ。

 家に帰って、謝ろう…

 レイチェルは、そう決意すると、鞄を揺らしながら家路に急いだ。
「ただいま〜」
「おかえり」
 帰ると、いつものようにアンジェリークが笑顔で迎えてくれる。
 それがレイチェルには何よりも嬉しくて、思わず泣きそうになる。
「こら〜。泣かないの? ね?」
「うん…」
 そっと肩を抱いてくれる優しい感触が、彼女は心地よくて、切なくなる。
「ね、一緒にご飯作ろう? お姉ちゃんに色々教えてもらいたいし〜」
「そうね!!」
「買物は行くね? 勉強のために」
「うん」
 優しく言ってくれる姉の態度が嬉しい。
 そして、アンジェリークも、妹の屈託のない態度が嬉しかった。

 レイチェル…。
 私はどんなことがあってもあなたを見守っているからね?

「じゃあ、レイチェルは制服を着替えてきて? 私はその間に洗濯物を取り込もうかな?」
「うん!」
 アンジェリークは屋上へと向かい、レイチェルは自室へと向かう。
 手早くアンジェリークは洗濯物を取り込むと、それを手馴れた手つきでアイロンをかけたたむ。
 その様子をアリオスはほっとしたように見つめていた----

 良かったな…。
 だが…。あの二人がな…


 突然、アンジェリークが実の姉でないと知った、ゼフェルとマルセルは複雑な心境だった。
 何を離していいかもわからないでいた。
 ただ、この件について、二人とも、まるで腫れ物を扱うかのような態度だった。
「二人いる? 洗濯物…」
 アンジェリークがそう言って部屋に入るなり、ゼフェルは奪うようにして洗濯物を奪う。
「あ、サンキュ。もういいから!」
「ゼフェル?」
 頭をかしげてアンジェリークは弟の顔を覗いた。
「----もう、今日から、俺たちの洗濯物を取り込まなくていいぜ…。
 飯だって、気を使ってもらわなくたっていいし…」
「…!!!」
 この言葉に、彼女は体が崩れ落ちるほどの痛みを感じる。
 だが…。

 もうすぐお別れだから…。
 もう、これ以上は…

「----うん、判った。そうするね。ごめんね?」
 優しくそう言うと、アンジェリークはゆっくりと扉を閉めた。
 ゼフェルはその瞬間しまったと感じる。
 あの、アンジェリークの傷ついた眼差しを見てしまったから----

 俺は…。なんてことを言ったんだ。
 夕飯のとき、謝らないとな…


 もう…。
 私がいなくても、皆…

 アンジェリークは肩を落とすとそのままエプロンを取って、玄関へと向かった。


「どこ行くんだ?」
 突然アリオスに呼び止められて、アンジェリークはどきりとした。
「うん。コンビニで売ってるプリン食べたくなって。
 レイチェルには先に料理を始めておいてって、言っておいて?」
「ああ」
 アリオスは、どこか様子のおかしいアンジェリークに、訝しげに眉根を寄せる。
「アンジェ、おまえ…」
「あ、行くね? レイチェルに言っといて〜」
「おい!」
 慌ててアンジェリークが走ってゆく姿に、アリオスは不安になる。

 おまえ…
 まさか!?


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 私なんか、もう、あの家から消えたほうがいいから…

 アンジェリークは、呆然と駅へと向かっていた。
 ポケットには僅かなお金と、母親の家に住所が入っている。

 一度だけ…、逢って、一緒にご飯でも食べなきゃね…

 彼女は駅で目的地の切符を買い、改札を通ったそのときだった。
 目の前が、突然真っ黒になる。

 また…

 そのまま、アンジェリークは意識を失った。
「誰か、救急車を!!」


 その頃----
 結局、アンジェリークは戻ってこなかった。
「くそ! 俺があんなことを言ったばかりに!!」
 ゼフェルは机を叩き、何度も自分を責める。
「ワタシだって、お姉ちゃんのことあんなふうにして!!」
 レイチェルは半狂乱になって泣き叫んでいる。
「俺だって…、うっかりあんなことを言わなければ…」
 オスカーは苦しげにし、うろうろとダイニングを動き回る。
「とにかく!! 落ち着け!!」
 アリオスがそう言って兄弟を宥めた時、電話が鳴り響いた。
 アリオスが代表して電話を撮る。
 誰もが固唾を飲んで見守る。
「はい、 あ、カティス叔父・・・」
「アリオスか…。おまえ、アンジェリークから例の話を聞いたか?」
「----母親に会ったことか?」
 電話口で、カティスの舌打ちの声が聞こえる。
「言ってなかったのか…」
「どういうことだよ!! アンジェはいなくなるし! 俺は何が何だか!!」
 その瞬間、カティスが息を飲む声が聞こえた。
「いなくなった…?
 いかん!! 早く探し出せ!! 非情に危険だ!!!」
 カティスの慌てぶりに、アリオスは体が凍りつく感覚を覚える。

 嫌な予感がする…

「どういうことだよ! カティス叔父!!」
 せつなの沈黙の後、カティスはゆっくりと口を開いた。
「----アンジェリークは…、骨髄性白血病だ…」

 何だって!!!

 アリオスは、心臓が止まるかと思った-----   

TO BE CONTINUED…



コメント

アンジェはどうなるんでしょう…