その頃、アリオスはオスカーを診療室に呼んで、話をしていた。 「…そうか。アンジェの実の母親が…」 「ああ」 アリオスの言葉を聞くなり、オスカーは脱力したかのように椅子に腰掛ける。 ちらりと、兄の顔を見つめれば、それが真実であるということがわかる。 「で、兄貴は、アンジェを渡すのか!?」 「----アンジェリークは、俺たちの大切な妹であり、”家族だ。 渡すわけがねえだろう…」 アリオスは、煙草を口に銜えながら、当然のように強い調子で言う。 そこに、アンジェリークへの愛情を、オスカーは感じずに入られなかった。 それは、”家族”としてではなく、”一人の男”としての。 それがオスカーには心苦しい。 彼もまた、アリオスと同じようにアンジェリークを幼い頃から見守ってきたのだから・…。 アリオスの堂々さを見ていると、時々うらやましくもある。 それが卑しくて、この年の差をうらむことすらある。 兄貴は羨ましいほどのいい男だ…。 それは認める。 だが・…、アンジェに関して言えば…。 俺たちはライバルだから…。 オスカーはフッと微笑む。 そこにはどこか自嘲的な色合いが含まれている。 「だったらいい。もし、”アンジェは引き取ってもらう”なんて言ったら、殴ってでも辞めさせた」 椅子から立ち上がって、オスカーは挑戦的に兄を見る。 「俺も同じ”スタートライン”にいることを忘れないでくれ?」 アリオスの異色の眼差しは、一瞬、強張る。 だが、次の瞬間には、それらを全て受け入れた、穏やかな微笑がそこにあった。 「確かに受け取っておくぜ?」 「ああ」 二人の良い兄弟は、一人の少女を思い浮かべながら、ふと微笑んで見せる。 そこには、一人の少女への愛情が迸っていた---- --------------------------------------- 「大丈夫!?」 「はい…」 紙のように白い顔色のまま、アンジェリークは何とか頷く。 体が思うように動かない。 身じろぎも出来なくて。 「とにかく…、どこかで休みましょう!!」 「でも・・・」 「でもじゃないわ! 早く!!」 「はい…」 アネットの勢いに押されて、アンジェリークは返事をした。 その返事にアネットはうっすらと微笑を浮かべると、アンジェリークに肩を貸す。 「行きましょう。そこにカフェがあるし」 「はい・・・」 力なくついてくる実の娘に、アネットの心は切なくなる。 そして、その体の重さに、 月日すらも感じた。 私が最後にあなたを抱いたのは、17年も昔…。 それがこんなに大きくなったのね…。 そして、この重さが、今は苦しい…。 近くのカフェに連れて行かれ、アンジェリークはそこで一息つくことが出来、内心ほっとした。 暫く椅子に座っていると、身体は幾分か楽になる。 貧血はかなりましになってきた。 「顔色が良くなってきたわね・…」 優しく声を掛けられて、アンジェリークは緊張したように、俯いてしまった。 その様子に、心の中で、アネットは切ない溜息を吐く。 仕方ないわ…。 17年間逢ったことのない子だもの・…。 気を取り直して、 アネットは微笑むと、そっとアンジェリークにメニューを手渡した。 「ね、ここのケーキは美味しいのよ? 折角私があなたを助けたのも何かの縁だわ? おごっちゃうから、好きなもの食べて?」 「でも・…、助けてもらった上に…」 実の母だと知らないアンジェリークはどこか申し訳なさそうだ。 その態度が、アネットには辛くて。 「いいから! 私、今日はオフだから、少し、おしゃべり相手が欲しいと思っていたもの! ね、おしゃべりしてもらうお礼ということで、ね?」 アネットが、あまりにも熱心に勧めるものだから、アンジェリークも最後は根負けをしてしまって、ついには頷いてしまった。 「ホント! じゃあ、たのみましょう、ね?」 「はい・・・」 ようやく、微笑をくれたアンジェリークに、アネットは虚を疲れた気がする。 まるで陽だまりのような明るい笑顔を持った少女。 そこには、誰の心も癒す煌きが逢った。 その笑顔を見て、アネットは俯いて涙ぐんだ。 有難うございます・…。 この子はこんなに立派な娘になったんですね・… 大きな瞳をきょろきょろとメニューを見ながら、迷っている娘がとても愛しく感じる。 どうして、こんな宝物をあのときに手放してしまったのだろうかと、痛切に後悔が心にわきあがってくる。 「えっと…、私は、ベリーケーキとロイヤルミルクティのセットで」 「じゃあ、私もそれにするわ」 アネットが店員を呼んで、注文をする。 その姿をうっとりと見つめながら、アンジェリークは幸せな気分になった。 やっぱり女優さんは綺麗ね・… まさかその女性が自分のははであることを、ほんの少し先に知ることになるとは、このときは思いもよらなかった。 「あれ、アンジェお姉ちゃんジャン」 偶然、生徒会のメンバーろ買出しに来ていたレイチェルが、アネットと楽しそうにしている。アンジェリークを見つけた。 横にいるのは、女優のアネット!!! ひょっとして…、お姉ちゃんスカウトされたのかな〜。 だったら凄いけど!! さすがアンジェお姉ちゃんよね〜 お姉ちゃん子のレイチェルは、そんなことを思いながら、嬉しそうにその場を立ち去った。 「わ〜、美味しそう〜」 運ばれてきたケーキにアンジェリークは嬉しそうに歓声を上げた。 少女らしい歓声に、アネットは愛しそうに目を細める。 「召し上がれ?」 「はい!!」 あまりにも、嬉しそうな顔をアンジェリークがするので、アネットも幸せな気分になった。 「わ〜い」 食べる仕草を見る目ながら、しみじみアネットは思う。 この娘を引き取りたい!! 17年もこの子を育てていただいたことには感謝している…。 だけど…。 だけど…!!!! この子を引き取りたい!! コレット先生は、私にいつも近況をくれたけれども、もうそんなものでは満足できない。 この子は私の子供なのだから。 かけがいのない男性との間の…。 この子も、養女であることを知っていると聞いている…。 それならばここで・… 食べないで、自分だけを見つめる、アネットに、アンジェリークは気がつき、不思議そうに、首をかしげた。 「食べないんですか?」 「え、ええ・・・」 その愛らしい仕草に、アネットは決心を固める。 「アンジェリーク」 名前を教えてもいないのに、名前を呼ばれて、彼女はふっと食べるのを止める。 「アネットさん、どうして私の名を…」 そこで一呼吸置くと、亜ネットは真摯な眼差しでアンジェリークを見た。 「私が、あなたの実の母です!!」 え…? 一瞬。心臓が止まるかと思った… ------------------------------------------- 「お兄ちゃんただいま〜」 「アンジェか?」 「ううん、レイチェル!!」 音がするなりアリオスは新聞を読んでいた手を休めた。 「なんだ、おまえか?」 「何だとは何よ〜」 レイチェルは少し頬を膨らませて、怒る仕草をする。 「アンジェは、今日は遅いのか?」 その言葉に、レイチェルは、何か知っている風に、含み笑いをもらした。 「何だ?」 怪訝に眉根を寄せる彼に、レイチェルは勝ち誇ったように笑った。 「何と!! アンジェお姉ちゃんが女優のアネットさんとお茶を飲んでいたの!! スカウトかな〜!!」 自慢げに話している妹の話に、アリオスは背中に冷たいものが流れるのを感じた。 アンジェ!!! |
TO BE CONTINUED…