「お兄ちゃん?」 「あ、何でもねえよ…。飯はいい。外に行く…」 アリオスはそのまま不機嫌に立ち上がると、外に出て行く。 その姿を見つめながら、アンジェリークは深い不安に捉えられる。 何かあったの、お兄ちゃん… アリオスが食べなかった夕食をアンジェリークは手早く片付け始めた。 一人で食べても味気がないので、彼女は自分の分も手早く始末した。 ホント…、どうしたんだろう…。 「……!!!」 お皿を運ぼうとして、目眩が走り、目の前が暗転する。 また…、ダメ・・・っ!! そのまま皿が床の上に砕け散り、その甲高い音が、静まり返ったダイニングに響き渡った。 それと同時に、アンジェリークはその場に崩れ落ちる。 早くなる息遣い。 遠ざかる意識。 それらから自分を必死に守ろうとして、彼女は何度も自分に問い掛ける。 大丈夫だから、と。 その音を聞いて、玄関先にいたアリオスは、すぐにダイニングへと駆けつけてきた。 アンジェ!? いつもは、決してそんな失敗をしない妹だから、アリオスは不安になった。 「アンジェ!」 銀の髪を乱して、彼がダイニングに戻ってくると、アンジェリークが皿の破片を拾い集めていた。 「・・・いたっ!」 ガラスの破片が指先に刺さって鋭い痛みがする。 滲んでくるのは真っ赤な鮮血。 アンジェリークはその血をじっと切なげに見つめた。 胸が痛くなる…。 私は、みんなと血を分けてはいない…。 養女だから…。 アリオスお兄ちゃんを側にいる資格なんかなくて…。 かといって、”恋人”として過ごせる立場ではなくて…。 とても微妙な、私たち…。 それに…。 この目眩が続けば、恐らくは…。 だけど・・・。 みんなに知られたくない…。 特に、お兄ちゃんには…。 「アンジェ…」 外に出たはずのアリオスの声に、アンジェリークは力なく振り向く。 「お兄ちゃん…」 「おい、大丈夫か!?」 「うん、平気だから、心配しないで? お兄ちゃんは安心して出かけて?」 にこりと微笑むアンジェリークの表情には先ほどの苦しさはない。 必死になって隠した結果だった。 「指、どうしたんだよ?」 血が流れる彼女の指を見つめ、アリオスは怒ったように低い声で言う。 「・・ちょっと手滑らせて、あ、でも、大丈夫なのよ? うん…」 慌ててなんでもないと言った風に遠慮がちに言う彼女に、彼の眉根ははますます潜められる。 「大丈夫って、おまえ」 「あ…」 アリオスはアンジェリークの手を取るなり、血が流れる指に唇を当て、音を立てて吸い始めた。 「・・・やっ!」 それこそ、全身の感覚がそこに集中するのを感じる。 びくりと身体を震わせ、彼女の頬は紅く染まる。 恥じらいの表情。 アンジェリークがそのような表情をしたのがアリオスにはたまらなくて。 許されるのなら…。 今すぐおまえを奪うのに…。 アンジェリーク…。 「お兄ちゃん…、大丈夫…だから…」 甘いと域の混じった声に、彼は満足そうに笑うと、そっと指を唇から離す。 「バンソウコウ貼っといたら治るだろう」 「・・・うん・・・」 引出しから手早くバンソウコウを取り出すと、アリオスは丁寧に彼女の小さな指に貼る。 「よし、これでいい。 手伝う、片付けるの」 「…有難う…」 アリオスはそのまま近くにある掃除機を引っ張ってくる。 その姿を見つめながら、アンジェリークはバンソウコウの部分をぎゅと握る。 ずっと、こうしていたいと、思ってしまう。 バカね…。 私… 音に気づいた兄弟たちも、皆、ダイニングへと駆けつけてきてくれた。 「姉貴!」 「おね〜ちゃん!!」 「アンジェお姉ちゃん!!」 ゼフェル、レイチェル、そしてマルセルも一緒になって手伝ってくれる。 「ありがと、みんな」 にこりと微笑むアンジェリークに、照れる彼ら。 いつもその笑顔だけが欲しくて、彼らはアンジェリークの手伝いなどを競ってするのだ。 だが彼らがばたばたしている間に、アリオスが綺麗に片付けをしてしまった。 「ほら終りだ。お子様は風呂にでも入って、さっさと寝ろ?」 三人の頭を、それぞれ、ぽんぽんと叩いて、アリオスは帰ることを促す。 「もう、アリオスお兄ちゃん、子ども扱いしないでよ!」 とマルセルが切り返し、 「ったく、大人ぶりやがって」 とゼフェルが呟く。 「アンジェお姉ちゃん、一緒にお風呂入ろう〜」 レイチェルはどさくさにまぎれてアンジェリークをお風呂に誘っている。 「あ、レイチェル、先に入っておきなさい。みんなも、アリオスお兄ちゃんも、有難う。もう大丈夫だから、ね?」 アンジェリークの一言に、兄弟たちが素直に頷き、皆、各自の部屋へと戻ってゆく。 ただ一人、アリオスを除いて。 「…お兄ちゃん、有難う…、行っていいからね」 「いや、今日は、止めだ」 アリオスはじっと真摯な眼差しでアンジェリークを見つめてる。 「アンジェ」 「何?」 「----おまえ…、痩せたんじゃねえのか? 最近、具合が悪いんじゃ…」 医者特有の直感に、アンジェリークは隠し切れないだろうと思いながらも、強く否定をした。 「うううん。元気よ! この通り!!」 わざとらしく、笑顔を作り、ガッツポーズをして、おどけて見せた。 「なら…いいが…。 おい、やっぱり、メシ食うって言ったら、怒るか?」 「大丈夫よ? ちゃんと作るから!! 一緒に食べましょう!!」 「ああ」 アリオスはダイニングテーブルにつくと、わざとらしく元気良さげにに準備をするアンジェリークを見つめる。 おまえ…。 何か重要なことを隠してねえか…。 俺に… アリオスは、そう感じずにはいられなかった。 ---------------------------------------- 最近、目眩の感覚が短くなってきてる…。 体育の授業中、酷いめまいを覚えたアンジェリークは、そのまま友人に連れられて保健室へと向かった。 最近、ことあるごとに、昼休みなどに限って休ませて貰っているせいか、保険医のリュミエールには、頭があがらなかった。 「アンジェリーク…、いい加減に、病院にいったらどうですか? 最近のあなたは、本当に弱ってきています。本来なら、アリオス先輩やオスカーに本来ならば、言うべきですが…」 「判っています…、先生…」 ベットの上で力なく眠りながら、アンジェリークはこらえる切なさを我慢しながら呟いた。 リュミエールの気遣わしげな表情が痛い。 リュミエールは、アリオスの後輩であり、オスカーの同級生であったために、アンジェリークも昔から知っていた。 だから、言えたのだ。 ”みんなに黙っていて欲しい”と---- 「みんなに、迷惑かけたくないんです…」 「アンジェ…」 彼はしょうがないとばかりに溜息をつく。 「判りました。ですが、次にこのようなことが怒れば、病院に行きなさい。これは保険医として命令です」 「はい・・・」 判っていた。彼女には。 次に大きな目眩が起これば、兄弟たちの側にいることが難しくなるということを---- 体育の授業の間保健室にいたアンジェリークは、昼休みには何食わぬ顔でレイチェルとお弁当を食べた。 その後も、順調に授業を受けた。 放課後、今日はレイチェルは生徒会の仕事があるために、帰りは一人だった。 「今日は…、何にしようかな」 スーパーの前まで来て、アンジェリークは不意にめまいに襲われた。 あ・・、また・・・ 地面がくるくると回る。 倒れかけたとき、か細い腕が彼女の身体を抱きとめた。 それもかなりの素早さで。 「大丈夫!?」 その優しく、心配げな声に導かれて、アンジェリークはゆっくりと目を開けた。 「あ・・・」 女優のアネット・コレットさん・・・。 そう。 アンジェリークを助けたのは、紛れも泣く、彼女の母親だった。 |
TO BE CONTINUED…