| 秋が深まったある日、小さな命がこの世に誕生した。 天使のような笑顔を持ったこの赤子には、それにふさわしい”アンジェリーク”と、取り上げた医師によって命名された。 赤子が母の腕の中にいたのは、僅か1時間。 出産終えた二時間後には、母親は、ベットから起き上がり、帰り仕度をしていた。 それを見守るのは、医師とその妻の助産婦だけ。 「すみません先生。このことはスキャンダルになりますから、くれぐれも内密にお願いします」 「判りました」 母親である女性はまだ若かった。 少女といっても良かっただろう。 その少女らしかなぬ大人びた言動に、意思は深く頷く。 少女は今やときめく女優だった。 16歳の女優は、その将来を嘱望されている。 この出産を知れれば、一大スキャンダルになる。 そのことを恐れて、昔から顔なじみだった医師に全てを託したのだ。 「愛する男性の子供を産みたい」 この少女のたったひとつの願いを、夫妻は特別に聞き入れたのだ。 少女には、最早、子供を産んだという形跡は残されてはいない。 「----アンジェリークのことは頼みます…」 少女は、たったひとつの母親らしい言葉を残して、医院から去り、自分の住む世界へと戻ったのだ。 夫妻は、この赤ん坊を養女にすることにし、自分たちで育てることにした。 そして、当時、11歳だった長男と、まだ5歳だった次男に宣言したのだ。 「今日からこの子はうちの子だ」 と---- それはもう、17年も前のことである---- --------------------------------- 誰かに見つめられたと思ったのは…、気のせいだったのかしら…。 誰かに見つめられているような気がして、アンジェリークははっとして、きょろきょろとあたりを見回した。 だが、誰もこちらの様子などうかがっていないようだ。 ヘンね… 「おい、アンジェ姉!! 行くぜ!!」 ゼフェルに声を掛けられて、アンジェリークは懸想を破られる。 「あ、待って!」 先を行く兄弟たちに遅れをとるまいと、彼女は慌てて走り出す。 「遅いよ〜アンジェお姉ちゃん!!」 レイチェルは楽しそうに手を振りながら、アンジェリークを待っている。 仲の良い兄弟たちの光景。 四人は”仲良し美形兄弟”として、スモルニィ学院では有名なのだ。 四人は、仲良く学院の門をくぐってい行く。 その姿を見届けたところで、三十代の美しい栗色の髪をした女性が、路地裏から姿をあらわした。 その女性は、明るく笑っている栗色の少女を、じっと見つめていた。 「大きくなったわね…。アンジェリーク…」 彼女は感慨深げにそう呟くと、そっと目頭を押さえた。 ひとつの運命が動き出す--- ---------------------------------- 「はい、よし。今日は一日無理するんじゃねえぞ?」 「うん!!」 風邪で学校を休んだ男の子が、午前中最後の患者だった。 男の子は元気にアリオスに答えると、診察室から出てゆく。 最近、”ハンサムな医師”がいるという噂が広がり、病院は、以前からの患者に加えて、多くの若い母親や女性患者が増えて、大変繁盛していた。 ようやく患者を診終わると、アリオスは大きく伸びをした。 「さてと、アンジェが作ってくれた弁当をチンして食うか!」 椅子から彼が立ち上がると、看護婦がやって来た。 その表情は少し曇りがちだ。 「先生」 「何だ?」 「先生にお会いになりたいという、女性の方が…」 少し戸惑いがちに彼女はいう。 彼女は、アリオスの父の代から勤めているベテラン看護婦で、家の事情も、いささか詳しかった。 「女?」 「はい。三十代半ばの…、栗色の髪の」 「んな女、俺のリストにはねえゼ?」 怪訝そうにアリオスは眉根を寄せ、看護婦を見つめる。 二人の関係は、”親子”のようなので、彼女は彼のことは何もかもお見通しなのだ。 だからその言葉には、”女と揉めたのだろ”というニュアンスがこめられているのだ。 「待合室でお待ちですよ。何か深刻な顔をされてましたが、何かされましたか?」 「だから、知らないって!」 アリオスはぶつくさといいながら、待合室へと入った。 そこには一人の栗色の髪をした女が立っていた。 その姿を認めた瞬間、アリオスは全身が震えるのを感じる。 いつもテレビで見るベテラン女優の姿。 美しく艶やかだが、今日は少し憂いを帯びたまさに”母の顔”だった。 「初めまして…。私、アンジェリークの実の母です」 無機質な部屋に響き渡る、決意を秘められた声。 名乗られて、アリオスは覚悟をしていた。 やっぱりだと思った。 父親から、アンジェリークの実の母親の話など聞いた事はなかったが、すぐさま気がついた。 その姿を見た瞬間に判っていた。 彼女がアンジェリークの実の母親であるということを---- 今ごろになって、何で名乗り出たんだ…。 ------------------------------------------ その頃、何も知らないアンジェリークは、中庭でレイチェルと落ち合ってお昼ご飯を食べていた。 お姉ちゃん子のレイチェルは、いつもランチタイムだけは、二人で過ごしたがった。 「お姉ちゃん、ヤッパリ天才!! 凄いお弁当美味しい!!」 「フフ、レイチェルったら・・・」 アンジェリークは幸せそうに微笑みをもらす。 この時間がずっと続けばいい…。 ”兄弟”として、ずっとみんなと過ごしたい…。 いつかは…。 いつかは…。 ゼフェルたちに、私のことは知られてしまうだろうけれども…。 この幸せがずっと続けばと、アンジェリークは願わずにいられない。 「お姉ちゃん、看護大学に行くんでしょう? 勉強はどう? 良かったら、私も、手伝うよ? 家のこと」 「うん、有難う、レイチェル」 受験生である彼女への、妹の配慮が嬉しかった。 今、アンジェリークは、兄のアリオスの仕事を補佐したくて、看護大学を志望していた。 そこで看護婦免許と助産婦免許を取りたかった。 それを志した理由は、ただ、兄の側にいたい。 それだけだった。 「これで、オスカー兄ちゃんとワタシが医者になったら、総合病院出来そうよね〜」 「そうね」 二人は未来のプランを想像して微笑みあう。 これがきっと実現すると二人は考えていた。 今、明るい未来しか見ることはない。 だが---- 運命の歯車は、アンジェリークにとって思わぬ方向へと進んでいた---- -------------------------------------- アリオスと女優は、応接室へと向かい合わせに座っていた。 「コーヒーをどうぞ」 「有難うございます…」 二人は互いの思惑を敏感に察知しているせいか、緊張感に包まれていた。 「----今日…、アンジェリークを影から見ました」 ぴくりとアリオスの身体が揺れる。 女は母親特有の苦悩に満ちた表情をすると、そっと俯いた。 捨てたとはいえ、この女性はアンジェリークの母親なのだと、アリオスは今更ながらに思い知らされる。 「あんなに大きくなって、綺麗になって…」 涙ぐみながら、女は、アリオスを見つめた。 「何ですか?」 次に来る言葉を、彼は予想できた。 潤んだ瞳は母そのものだったからだ。 だが---- アリオスはその言葉をどうしても受け入れたくなかった。 どうしても。 女は一呼吸置く。 「----アンジェリークを…、娘を引き取らせてください!!」 女は深々と頭をたれる。 アリオスの表情には、動揺が色濃く見受けられた。 珍しく、彼の背中に冷たいものが流れ落ちる。 それほどの衝撃だった。 恐れていたことが、やってきたらしい… |
TO BE CONTINUED…

コメント
以前からお話をしていたアンジェリーク版「ひとつ屋根の下」です。
アンジェリークとアリオスのアイと、兄弟愛を中心に描いていきたいと思っています。
どうか拙い創作ですが、よろしくお願いします。
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