BEAUTIFUL THAT WAY

CHAPTER12


 アンジェリークに骨髄移植が行われる前夜、彼女のたっての願いで、アリオスは彼女の病室に泊まった。
「有難う…。わがまま聞いてくれて…」
「直ったら、こんな別々のベッドじゃなくて、同じベッドで寝るんだからな?」
「…も、バカ…」
 恥かしそうに離す彼女が、どこか可愛らしい。
 アリオスは下の付き添いようのベッドで、アンジェリークは上のベットで眠っており、手はしっかり握られている。
「お兄ちゃん・…」
「何だ?」
 ぎゅっと、小さな手を握り返して、アリオスは彼女を見つめる。
「私の移植が上手く行かなくても…、哀しがらないでね」
「バカ!!! 兄弟間の移植は最もリスクが少ないんだぞ!! そんなこと言うんじゃねえ!!」
 余りにも弱気な彼女に、アリオスはベットから起き上がり、叱った。
「お兄ちゃん…」
 余りにもの兄の苦しげな表情に、アンジェリークは涙を浮かべて彼を見ることしか出来ない。
「おまえに何かあったら、いっしょに死んでやるから…」
 兄の激情が、涙が出るほど嬉しい。
 だが、彼女は透明に微笑むと、じっとアリオスを見つめた。
「…私に何かあっても…、お兄ちゃんには…、生きて欲しい…」
「アンジェ…」
 はかなげで透明な声。
 死をも覚悟している彼女は、とても清らかだ。
「私の後なんか追ったら…、許さないんだから…」
 ふふっと微笑むと、アンジェリークは静かに目を閉じた。
「お兄ちゃん、私寝るね? 明日のためにも…」
「ああ、おやすみ…」
「うん…、おやすみなさい…」
 アンジェリークはじっとアリオスに手を握られたまま眠りに落ちていった。
 暫くすると、彼女が眠ってしまったので、彼はそのまま病室を抜け出し、屋上へと向った。
 屋上につくと、煙草を口に銜え、夜の街を眺める。
 耳元につくのは、さきほどのアンジェリークの言葉。
『…私に何かあっても…、お兄ちゃんには…、生きて欲しい…』
 その言葉を噛み締めながら、アリオスは切ない気分をもてあます。
「…アンジェ…!!」
 その悲痛な叫びは、彼だけが知りうる感情だった-----

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「俺もしっかりやるから、おまえもがんばれ」
「うん…」
 翌朝、アンジェリークの骨髄移植が開始された。
 無菌室の前では、神妙な面持ちの、オスカーを筆頭として、ゼフェル、レイチェル、マルセルの兄弟、アンジェリークの異母姉の金髪のアンジェリーク、母親のアネットが勢ぞろいして、事態を見守っていた。
「頑張ってね…アンジェリーク…」
 祈っている姉の側を支えるかのように、オスカーが居た。
 二人は、アンジェリークのことを通じて仲良くなっていったのだ。

 頼んだぜ? 兄貴!!

 オスカーは扉の向こうに言う兄に、強いエールを送っていた。


 アンジェリークの体に、健康な姉の骨髄が流れ始めた。
 その様子を見つめながら、アリオスは注意深く彼女の芯レンズを見つめて、小刻みにチェックをする。

 アンジェ!! 頑張ってくれ…!

 アンジェリークの体に新しい命が宿り始める。
「この命を大切にしていこうな…、アンジェ…」
 そう彼が問いかけると、アンジェリークは僅かに頷いた。


 その日は無事に骨髄移植が終了したかに見えた。
 だが----
 アンジェリークの容態が夕方から急変した。
「アンジェ!! アンジェ!!」
 アリオスが何度強く彼女及ぶが、僅かに瞼が動くだけで返事がない。
「お姉ちゃん!!!」
 レイチェルが泣き叫んでも、アンジェリークは反応しなかった。
「心停止です!!」
 看護婦の言葉に、誰もが泣きじゃくる。
「アンジェ!! アンジェ!!!!」
 アリオスはアンジェリークに何度も心臓マッサージを行い、電気ショックを与えた。

 頑張るんだ!
 俺を置いて逝くなんて、そんなこと、ゆるさねえ!

 アンジェリークの体は何度も跳ね上がる。
「アンジェ!!」
「先生! 蘇生です!!!」


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 その日は晴れ上がっていた。
 風が渡り、とても爽やかな日だ。
「ジューンブライドは幸せになれるっていうけど、きょうのあなたはとっても綺麗だわ」
 女優だった母に誉められ、彼女は頬を赤らめた。
 純白のウェディングドレス姿のアンジェリークは、とても美しく清らかだ。
「私は、この年で娘がお嫁に行くと思わなかったわ…」
「有難う…、お母さん…」
 涙ぐんでいる娘を見つめ、アネットは深い微笑を投げかけてやる。
「あなたの居場所はあのうちだけれど…、何かあったら逃げてくるのよ? 私もアンジェリークさんも待ってるんだから・・」
「うん、うん」
 母親に抱きついて泣く彼女を、柔らかく包み込み、その温かさをアネットは胸に刻み込む。

 コレット先生…。
 有難うございました…。
 娘をここまでにして下さって…。

「さあ、待ってるわよ、アリオスさんが…」
「うん」
「あなた」
 アネットは、先ほどから少し落ち着かない夫----ふたりのアンジェリークの父を呼んだ。
 アンジェリークと父親が会えたのは、移植後であったが、それでも二人は打ち解けることが出来た。
 移植後、彼女は暫くは病院にいたため、その間に仲良くなったのだ。
「さあ、いこうか」
「はい」
 父親の腕を組んで、アンジェリークは教会へと向った。


 教会の中には、すでに、オスカー、ゼフェル、レイチェル、マルセル。そして、金髪のアンジェリークが笑顔で待ち構えていた。
 金髪のアンジェリークの傍らにはオスカーがおり、二人は中むつまじく微笑みあっている。
 最近二人は付き合い始め、上手く行っていることを、アンジェリークは嬉しく思っていた。
 オスカーが正式に医者になった暁には結婚の約束もしているのだ。
 パイプオルガンが奏でられる中、アンジェリークは静かに一歩筒前へと進んでゆく。
 目の前には、グレーの燕尾服に身を包んだ、愛しいアリオスが居る。
 それだけでも嬉しくて、アンジェリークは涙で視界が見えなくなった。

 お兄ちゃん…。
 ううん…。
 アリオス…。
 これから頑張っていこうね…

 アンジェリークの手が父親から離れ、アリオスに引き渡される。
「頼みました」
「はい」
 彼女の腕をしっかりと握って、アリオスは祭壇へと進む。
「これからはずっと一緒だからな…、覚悟しとけ。
 今夜からベッドも同じだからな…?」
「・・・うん・・・」
 そのまま二人は祭壇に進み出て、永遠の愛を誓った----