アンジェリークに骨髄移植が行われる前夜、彼女のたっての願いで、アリオスは彼女の病室に泊まった。 「有難う…。わがまま聞いてくれて…」 「直ったら、こんな別々のベッドじゃなくて、同じベッドで寝るんだからな?」 「…も、バカ…」 恥かしそうに離す彼女が、どこか可愛らしい。 アリオスは下の付き添いようのベッドで、アンジェリークは上のベットで眠っており、手はしっかり握られている。 「お兄ちゃん・…」 「何だ?」 ぎゅっと、小さな手を握り返して、アリオスは彼女を見つめる。 「私の移植が上手く行かなくても…、哀しがらないでね」 「バカ!!! 兄弟間の移植は最もリスクが少ないんだぞ!! そんなこと言うんじゃねえ!!」 余りにも弱気な彼女に、アリオスはベットから起き上がり、叱った。 「お兄ちゃん…」 余りにもの兄の苦しげな表情に、アンジェリークは涙を浮かべて彼を見ることしか出来ない。 「おまえに何かあったら、いっしょに死んでやるから…」 兄の激情が、涙が出るほど嬉しい。 だが、彼女は透明に微笑むと、じっとアリオスを見つめた。 「…私に何かあっても…、お兄ちゃんには…、生きて欲しい…」 「アンジェ…」 はかなげで透明な声。 死をも覚悟している彼女は、とても清らかだ。 「私の後なんか追ったら…、許さないんだから…」 ふふっと微笑むと、アンジェリークは静かに目を閉じた。 「お兄ちゃん、私寝るね? 明日のためにも…」 「ああ、おやすみ…」 「うん…、おやすみなさい…」 アンジェリークはじっとアリオスに手を握られたまま眠りに落ちていった。 暫くすると、彼女が眠ってしまったので、彼はそのまま病室を抜け出し、屋上へと向った。 屋上につくと、煙草を口に銜え、夜の街を眺める。 耳元につくのは、さきほどのアンジェリークの言葉。 『…私に何かあっても…、お兄ちゃんには…、生きて欲しい…』 その言葉を噛み締めながら、アリオスは切ない気分をもてあます。 「…アンジェ…!!」 その悲痛な叫びは、彼だけが知りうる感情だった----- --------------------------------------- 「俺もしっかりやるから、おまえもがんばれ」 「うん…」 翌朝、アンジェリークの骨髄移植が開始された。 無菌室の前では、神妙な面持ちの、オスカーを筆頭として、ゼフェル、レイチェル、マルセルの兄弟、アンジェリークの異母姉の金髪のアンジェリーク、母親のアネットが勢ぞろいして、事態を見守っていた。 「頑張ってね…アンジェリーク…」 祈っている姉の側を支えるかのように、オスカーが居た。 二人は、アンジェリークのことを通じて仲良くなっていったのだ。 頼んだぜ? 兄貴!! オスカーは扉の向こうに言う兄に、強いエールを送っていた。 アンジェリークの体に、健康な姉の骨髄が流れ始めた。 その様子を見つめながら、アリオスは注意深く彼女の芯レンズを見つめて、小刻みにチェックをする。 アンジェ!! 頑張ってくれ…! アンジェリークの体に新しい命が宿り始める。 「この命を大切にしていこうな…、アンジェ…」 そう彼が問いかけると、アンジェリークは僅かに頷いた。 その日は無事に骨髄移植が終了したかに見えた。 だが---- アンジェリークの容態が夕方から急変した。 「アンジェ!! アンジェ!!」 アリオスが何度強く彼女及ぶが、僅かに瞼が動くだけで返事がない。 「お姉ちゃん!!!」 レイチェルが泣き叫んでも、アンジェリークは反応しなかった。 「心停止です!!」 看護婦の言葉に、誰もが泣きじゃくる。 「アンジェ!! アンジェ!!!!」 アリオスはアンジェリークに何度も心臓マッサージを行い、電気ショックを与えた。 頑張るんだ! 俺を置いて逝くなんて、そんなこと、ゆるさねえ! アンジェリークの体は何度も跳ね上がる。 「アンジェ!!」 「先生! 蘇生です!!!」 ------------------------------------- その日は晴れ上がっていた。 風が渡り、とても爽やかな日だ。 「ジューンブライドは幸せになれるっていうけど、きょうのあなたはとっても綺麗だわ」 女優だった母に誉められ、彼女は頬を赤らめた。 純白のウェディングドレス姿のアンジェリークは、とても美しく清らかだ。 「私は、この年で娘がお嫁に行くと思わなかったわ…」 「有難う…、お母さん…」 涙ぐんでいる娘を見つめ、アネットは深い微笑を投げかけてやる。 「あなたの居場所はあのうちだけれど…、何かあったら逃げてくるのよ? 私もアンジェリークさんも待ってるんだから・・」 「うん、うん」 母親に抱きついて泣く彼女を、柔らかく包み込み、その温かさをアネットは胸に刻み込む。 コレット先生…。 有難うございました…。 娘をここまでにして下さって…。 「さあ、待ってるわよ、アリオスさんが…」 「うん」 「あなた」 アネットは、先ほどから少し落ち着かない夫----ふたりのアンジェリークの父を呼んだ。 アンジェリークと父親が会えたのは、移植後であったが、それでも二人は打ち解けることが出来た。 移植後、彼女は暫くは病院にいたため、その間に仲良くなったのだ。 「さあ、いこうか」 「はい」 父親の腕を組んで、アンジェリークは教会へと向った。 教会の中には、すでに、オスカー、ゼフェル、レイチェル、マルセル。そして、金髪のアンジェリークが笑顔で待ち構えていた。 金髪のアンジェリークの傍らにはオスカーがおり、二人は中むつまじく微笑みあっている。 最近二人は付き合い始め、上手く行っていることを、アンジェリークは嬉しく思っていた。 オスカーが正式に医者になった暁には結婚の約束もしているのだ。 パイプオルガンが奏でられる中、アンジェリークは静かに一歩筒前へと進んでゆく。 目の前には、グレーの燕尾服に身を包んだ、愛しいアリオスが居る。 それだけでも嬉しくて、アンジェリークは涙で視界が見えなくなった。 お兄ちゃん…。 ううん…。 アリオス…。 これから頑張っていこうね… アンジェリークの手が父親から離れ、アリオスに引き渡される。 「頼みました」 「はい」 彼女の腕をしっかりと握って、アリオスは祭壇へと進む。 「これからはずっと一緒だからな…、覚悟しとけ。 今夜からベッドも同じだからな…?」 「・・・うん・・・」 そのまま二人は祭壇に進み出て、永遠の愛を誓った---- |