「お兄ちゃん…、ついててね・・・」 「ああ。心配すんな…」 第一回目の化学療法にあたり、アンジェリークは、アリオス以外のものの付き添いを拒んだ。 苦しむ自分の姿を、誰にも見せたくなかったからである。 アリオスは彼女の主治医として、今、薬の投入を始める。 「アンジェ…、ひょっとして、この髪が副作用で抜けてしまうかもしれねえが…」 「平気よ? お兄ちゃんと生きていけるんだったら…」 愛しげに髪を触るアリオスに、アンジェリークは曇りひとつない笑顔で答えた。 「ああ。一緒に頑張ろう…」 「・・うん・・・」 アリオスの手によって、アンジェリークへの第一回目の治療が開始された。 治療の最中、アンジェリークの髪の毛は幸いなことに抜け落ちなかった。 だが、その副作用で、何度も吐き気に襲われ、アリオスに助けを求めることすらあった。 「お兄ちゃん…、苦しい…」 何も吐くものすらない中、吐き気を催すアンジェリークを不憫に思いながら、アリオスは、すっかり細くなってしまった彼女を、何度も抱きしめて、命を感じるかのように何度も抱きしめ、宥めた。 「大丈夫だ、苦しくない…。これが終わったら、大分ましになるんだからな…」 「うん・・・、うん・・・」 アリオスの温かさだけが、アンジェリークの心の唯一のよりどころだった。 「----治療が終わって病気が直ったら…、本当の家族になろうな…?」 「うん…」 アリオスもアンジェリークも今、一縷の希望に縋るしかない。 だがその希望は、少しずつであるが、大きくなりつつあるのを感じている。 二人でずっと一緒にいたい---- それだけが、今の心のよりどころである。 「…私…、子供出来ないかもしれないよ? それでもいいの?」 「バカ…。今は医療が発達して、白血病で骨髄移植を受けた女性が、たくさん子供を持ってるんだ…。おまえだって、子供は産めるんだぞ」 ぎゅっとアリオスに抱きしめられて、体の痛みを耐えながら、心はとても幸福に満たされる。 心が幸福であると、痛みはすうっとどこかに遠のいていくような気がアンジェリークにはしていた。 「いつか…、子供が出来たらいいな…、俺たちの…」 「うん・・・、うん・・・」 泣きながら抱きついてくるアンジェリークに、何度も抱き返してやりながら、アリオスは幸福とやるせなさが同居しているような気がする。 「愛してる・…」 「私も愛してる…」 彼女が痛みに疲れて眠るまで、アリオスはいつまでもその背中を撫でてやっていた---- ---------------------------------------- アンジェリークが眠りに落ちたのを見計らって、アリオスは、間借りしているカティスの研究室へと戻った。 暫く、アンジェリークのカルテなどをチェックした後、アリオスは大きな溜息をふうっと吐く。 そこには切なさが交じり合っている。 彼女の病気平癒を祈って、今、アリオスは酒も煙草も断つ日々を過ごしていた。 アンジェ…。 俺は絶対おまえを救ってみせるから…。 不意にドアがノックされ、アリオスははっとして、椅子ごとドアに振り返った。 「誰だ?」 「アネットです」 「今、開けます…」 アリオスは椅子から立ち上がるとドアを静かに開ける。 その途端、彼は息を飲んだ。 そこにはアンジェリークの母親のほかに、金髪の大きな瞳をした少女がいた。 「こんにちは、アリオスさん」 「今日は…。この…、子は?」 アリオスは、金髪の少女に神経を奪われながら、アネットに尋ねる。 彼の心に僅かな希望の光が点る。 「----アンジェリークと腹違いの姉で…、この子も゛アンジェリーク”といいます」 紹介されて、金髪のアンジェリークはニコリとほ氷魚エムと、深深と頭を下げた。 「アンジェリークです。私も妹に会って、是非協力したくって…。 アネットさんに…、総てのことは聞きました…」 一瞬そこで彼女は暗い表情を下後、アリオスを食入るように真摯に見つめる。 「私も、骨髄の検査をしてください!!」 アンジェ…! おまえは助かるかもしれない!! 彼の心にともった希望の日が、大きくなってゆく。 「有難う…! 本当に有難う・・!」 アリオスは、金髪のアンジェリークの手をしっかりと握り締め、何度も何度も頭を下げた。 その彼の様子を見て、アネットは心の奥底で感じていた…。 彼はきっと永遠にアンジェリークから離れないだろう…。 「こんにちは」 カティスも研究室に入ってきて、アネットと金髪のアンジェリークに挨拶をする。 「叔父貴、こちらはアネットさんでアンジェリークの実の母親だ。で、こちらはアンジェリークの母違いの姉、アンジェリークさん。骨髄検査をしてくださるそう」 「こんにちは」 カティスは深深と頭を下げ、二人もそれに習った。 「この方は…」 「父の末の弟です」 「そうですか…先生の…」 アネットは噛み締めるように呟き、カティスもその言葉で総てを察した。 「アリオス、このお嬢さんも骨髄検査は私がしよう。 が、先ずは自己紹介にアンジェリークに・・・、な?」 「判った」 アリオスも頷き、また、アネットと金髪のアンジェリークもそれに同意した。 二人は、消毒された白衣に着替え、そして、マスクをしてから、アンジェリークの病室へと向かった。 「ここです」 アリオスがドアを開けると、アンジェリークがピクリと反応して、ドアに向かって振り向く。 「お母さん…」 自然に出た言葉だった。 アンジェリー気は特に意識せず、アネットを”母”と呼んだ。 「アンジェリーク…」 初めて、自分落ちを分けた娘に”母”と呼ばれ、アネットはあふれる涙をこらえきれずにいる。 彼女にとっては、何よりも幸せな瞬間だった。 「アンジェリーク!!」 そのまま亜ネットはベットの上にいるアンジェリークに抱きつき、しっかりと抱きしめる。 「痩せたわね」 「お母さんこそ」 「でも綺麗になったわ、アンジェ」 「ふふ」 二人は泣き笑いをしながら、初めて、”母娘”としての会話を楽しむことが出来た。 ふと、アンジェリークは後ろにいる金髪の可愛らしい少女が気になって、アネットに尋ねる。 「あの方は?」 「ああ。ちょっと、待って。アンジェリーク」 アネットが呼ぶと、その少女はにこりとまるで天使のような微笑を浮かべながら、ベットの側へとやってくる。 私と同じ名前…。 「あの子の名もアンジェリークなの。 あなたの…、腹違いのお姉さん…」 「お姉ちゃん…」 アンジェリークは呆然とその名を呟くことしか出来なかった。 「アンジェリーク。私もアンジェリークなの。あなたのお姉さんよ、よろしくね?」 「お姉さん…」 その眩しい笑顔を見ていると、何だか見守られているような気がして、アンジェリークは泣きそうになった。 「お姉ちゃん…」 「アンジェ…」 今度は、アンジェリークが金髪のアンジェリークに抱きついてゆく。 「まあ、私の妹は甘えたさんね?」 優しく言われて、アンジェリークは甘えることしか出来なかった。 私にはこんなに素敵なお母さんとお姉さんまでいる…。 なんて幸せ者なんだろうか… 少し興奮した成果、アンジェリークは少し元気がなくなってきた。 それを敏感に察したアリオスは三人の間に入った。 「アンジェリークは疲れたみたいです…。少しだけ…、休ませて上げてください…」 主治医であるアリオスの言葉を、従わないわけには行かず、二人は頷くしかなかった。 ------------------------------------ アンジェリークが少し休んでいる間、金髪のアンジェリークの骨髄の検査が行われた。 骨髄液を抽出するのは、想像を絶する痛みを伴うが、それを、”いつも妹は絶えているから頑張れる”と、金髪のアンジェリークは頑張ってくれた。 すぐに採取した骨髄液は検査に掛けられた。 それにアリオスも立ち会う。 そして---- その結果が出た瞬間、アリオスの」希望が更に大きくなる。 「骨髄の型が一致した…」 その事実は、誰もを悦ばせる、明るい材料となった。 |
TO BE CONTINUED…