ANGEL TREE FOREVER

中編


 それからしばらくたっても、アンジェリークの迎えはこなかった。
 アリオスも同じ有翼人種のはしくれ。
 対局の位置にいるからこそ、アンジェリークに何が必要か、どう接すればいいかが判った。
 アリオスの後を、ちょこまかと着いてくる小さなアンジェリークがとても愛らしい。
 荒んでいた心が、不思議なほど癒されるのを感じた。

 また、俺は同じ過ちを繰り返すのか・・・?

 時々、アンジェリークは空を眺めながら、切なげな表情をする。
 アリオスは、やはり、小さな天使は天界へと帰りたいのではないかと、感じていた。
「早く迎えに来ると良いな?」
 だが、小さな天使は頭を振った。
 帰りたくないと。
 アリオスのそばにいたいと。
「みんなと遊ぶのも楽しかったけど、ここにいると、もっと楽しいもん!!
 アリオスみたいな綺麗な心の悪魔もいるって知って、天使と悪魔は同じだと思ったもの!
 どうして仲良く出来ないのかしら・・・」
 アンジェリークの幼い顔は、切なげに揺れた。
「アンジェ・・・」
 今まで沢山の天使に遭ったが、これほどまで純粋な心の持ち主はいなかった。
「そうだな、アンジェ」
 栗色の髪を優しく撫でてやりながら、アリオスは惹かれずにはいられない自分を、心の中で諫めるしかなかった。



 有翼人種の成長は早い。
 迎えが来ないアンジェリークは、そのままアリオスのそばに居着いてしまった。
 一緒に洗濯をしたり、料理をしたり、昼寝をしたり・・・。
 満ちたりた中、アンジェリークはアリオスの手によって育てられていく。
 悪魔の手によって、天使であるアンジェリークは成長していく。
 そして、短いながらも季節は流れ、子供だったアンジェリークは、美しい天使に成長した。

「ねえ、アリオス、起きてよ〜」
「おまえも判ってるだろ!? 俺は悪魔だ、朝には弱い」
 アリオスの”仕事”は、夜行われる。
 死を司る彼らにとっては、朝は忌み嫌う時間。
 彼はそのせいもあって、昼間よく寝ている。
「アリオス! 私がちっちゃい時には、ちゃんと起こしてくれたじゃない!」
「あれはおまえがチビだったからだ」
 アリオスは布団を握り締めて離さない。
「もうっ! こうよ!」
 アンジェリークはそう言うと、思い切り布団をはがしにかかる。
「こら、バカ! やめろっ!」
 アリオスは抵抗するものの、アンジェリークは容赦しない。
「おまえ、やめろっ!」
「アリオスってば、悪魔のくせに往生際が悪いわよっ!」
「うるせえ、悪魔だから悪いんだろうが!」
 再び布団の中に潜ったアリオスを、アンジェリークは容赦しない。
「起きなさい!」
 白い羽を大きく揺らして、アンジェリークは怒る。
 それにアリオスは弱くて、結局は起きてしまう。
「ほら、起きるから、とっとと羽根はしまえ」
「うん」
 素直にアンジェリークは羽根を直す。
 これもアリオスが教えたこと。
 アンジェリークが羽根を人間に見せては拙いという、彼の判断であった。
「御飯できてるからね」
「ああ」
 アリオスは、嬉しそうにキッチンに向かうアンジェリークを、ゆっくりと追いかけていく。

 また、同じ過ちを俺は繰り返すのか・・・。

 アリオスは、自分の心に芽生え始めた感情に、蓋をしようと懸命だった。
 食卓には、美味しそうな匂いが漂っている。
 アンジェリークは植物性のものしか口にしない。
 動物性のものはミルクとバターだけ。
 ケーキは大好きなせいか、しょっちゅう食べたり、作ったりしている。
 アリオスはもちろん悪魔なせいか、動物性も口にする。
「ねえ、美味しい?」
「ああ」
 返事をしてやれば、アンジェリークは嬉しそうに小踊りをする。
 その姿が可愛かった。
「ねえ、アリオスはどうして羽根を見せてくれないの?」
「嫌だから」
 ごはんを食べながら、アリオスはきっぱりと言うと、そのまま食事を続ける。
「ねえ、アリオス〜、見せて」
 だだを捏ねるアンジェリークに、アリオスは少し苛立つ。
「駄目なものは駄目だ!!」
 思わずきつく言い、アンジェリークの体はピクリと跳ね上がった。
 滅多に強くは怒らないアリオスのせいか、アンジェリークはしょんぼりと肩を落とした。
 その姿はアリオスにとっても辛い。

 きっとおまえは俺の羽根を見れば嫌がるだろう・・・。

「・・・家族なのに・・・?」
 その言葉にアリオスはびくりとした。
「家族でしょう? 私たち」
 澄んだまなざしとまっすぐな心。それは十分に彼の心に届いた。
「・・・判った。家族だもんな?」
 アンジェリークのまなざしが、きらりと輝く。
 アリオスはゆっくりと瞳を閉じると、呼吸を深くした。
 すると背中から漆黒の立派な羽根が生え、その美しさに、アンジェリークは目を奪われる。
 何も言わない彼女に、アリオスは少し深い色を瞳にたたえた。
「恐いか?」
 真摯な声だった。
 アンジェリークは何度も頭を振る。
 彼女の表情を見れば、嘘などついていないことが判る。
 アンジェリークは、まるで宝石のように輝いた眼差しを向けると、本当に感極まったように呟いた。
「綺麗…!!!!」
 澄んだ声だった。
 それは、アリオスの心を溶かす情熱となる。
 アリオスは震える手でアンジェリークに触れた。
 その指先の熱さに、アンジェリークは頬を染めて、目を閉じる。
「…大好き…」
「アンジェ…」
 二人がより近づこうとした瞬間----
「みつけたわ! アンジェ!」
 甘い空気を切り裂くかのように、その声が部屋に響き渡った。
 驚いて振り向いてみると、そこには金色の髪をした美しい天使が姿を見せていた。
「…レイチェル…」
「アンジェ!! ようやく見つけたよ! この悪魔がシールドを張っているから、中々あなたを見つけられなかったの!
 さあ、早くこっちへ! 悪魔から離れて!」
 レイチェルぐいっと手を引っ張ったときに、アンジェリークはその手を振り解いた。
「いやっ!!」
「アンジェ!」
「私はアリオスの側にいたいの! 悪魔とかそんなのは関係ない!」
 アンジェリークは、大きな瞳に涙を浮かべながら、何度も首を振る。
「何言ってるの! 悪魔だよ! 
 近づくことがどんなに恐ろしいか、アナタなら判っているでしょう!? 穢れるわよ!」
「穢れない!!!」
「天界から追放されるのよ! もうアナタは天使じゃいられなくなるんだよ!?」
「いいの!!!」
 アンジェリークとレイチェルの会話は平行線のを辿ったまま。
 アリオスは二人の会話を聞きながら、決意する。

 アンジェが幸せならば…

 アリオスは唇を噛み締めると、アンジェリークの背中を思い切り押した。
「きゃあっ!」
 そのまま彼女はバランスを崩して、レイチェルの腕の中に収まる。
「アリオス!?」
 突然突き放されて、アンジェリークはショックのあまり顔色を変えた。

 どうして…!!!

「天使よ…」
 冷たい声だった。
「おまえを側に置いたのは一時の気まぐれだ・…。
 -----はっきり言って、おまえのような子供の天使が俺の側にいるのは、迷惑だ!!」
「そんな!!!」
 アンジェリークの瞳が、明らかに傷ついている。
 アリオスはその瞳が見たくなく、視線をそらす。
「とっとと俺の前から消えろ! いい迷惑だ!!!」
 冷たい視線が、とどめだった。
 アンジェリークは全身を震わせて頭を下げると、そのままレイチェルに縋りつく。
「いい子ね、アンジェ…。さあ、帰りましょう・…」
 突然、光に包まれて、アンジェリークはレイチェルとともに消え去った。
 アリオスはそれを呆然と見つめる。

 これで…、これで良かったんだ…


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 アンジェリークが天界に帰ってから、アリオスは初めて出会ったあの木の下で過ごすことが多くなった。
 いつも蘇る、アンジェリークの可愛い仕草。
 笑顔・…。
 そして、最後のあの泣き顔…。

 …アンジェ…、おまえのためだ…、仕方がねえんだよ…。
 俺は悪魔でおまえは天使…。
 相容れない…。

 突然、空が光った。
 アリオスは目が眇む。
 風が吹き、彼は手で眼差しを覆った。
 風がやみ、ゆっくりと目を開けると、そこにはアンジェリークを連れて帰った金の髪の天使が、泣きながら立っていた。
「おまえは・・・!?」
「お願い!! 一緒に来て!! アンジェが死にそうなの!!!」

 何だって!?

コメント

56000番を踏まれた沙羅様のリクエストで、
天使コレットと悪魔アリオスです。

二人のやり取りは、親子のようで、書くのが楽しかったです。
後一回宜しくお願いします。