ANGEL TREE FOREVER

前編


 泣いている声がした。
 小さくそして頼りない声。
 アリオスはその声がどうしても気になって、吸い寄せられるように、泣き声がする木へと歩みを進めた。
 木は彼の家の庭にある木。

 ったく、こんなに気になるなんて、どうかしている・・・。

 彼は木に近付いて、はっとした。
 木が白い光に包まれて、聖なる光を放っている。
 温かな光。
 かつで自分が求め、失ったものであった。

 クソッ、俺は懲りないやつだぜ・・・。
 この身も、そんな光に触れてはいけないのに・・・。
 無い物ねだりか・・・。

 泣き声が大きくなる度、光は強くなる。
 木の下で泣いている小さな女の子の姿を認めたとき、アリオスは胸を突かれる思いがした。

 エリス・・・!

 彼は小さな少女の姿を、食い入るように見つめることしか出来なくて。
 肩までの栗色の髪も、大きな青緑の瞳も、全てがかつて全てを掛けて愛した少女と重なる。
 泣いているのは、まだとても幼い少女だけれど。
「うわーんっ!」
 一際、大きくなった少女の声に、アリオスはびっくりして肩をびくりとさせる。
「おい、いったいどうしたんだよ!? 泣いてばかりじゃ判らねえだろ!」
 びくり。アリオスのきつい声に、小さな子供は体を跳ね上げさせる。
 涙で濡れた大きな瞳を青年に向けると、また泣き出す。
「うわーん! 背中がいたいよ〜!」
 背中に視線を向けてみれば、眩く光る純白の翼が、木に引っ掛かっている。
「しょーがねえな・・・」
 アリオスは軽く舌打ちをすると、少女の羽根に手を近付けた。
 触れてはいけないものだとは、判っている。
 だが触れずにはいられない。これはこの天使を助けるためだと、自分自身に言い訳をして。
 小さな天使の羽根は、生まれたばかりなのか、柔らかい。
「取ってやるから泣くなよ?」
 柔らかなその感触に、アリオスは胸が痛むのを感じる。
 それらを何とか理性で押さえて、器用にも木から羽根を取ってやった。
「ほら、いいぞ!」
 天使は、青年の様子を伺いながら、そろりと羽根を動かす。
 痛くないのが判ると、今度は何度も羽根を動かしにかかる。嬉しいのか、何度も何度も羽根を動かす。
 ぱたぱたと純白の羽根を、無邪気に嬉しそうに。
「有り難う!!」
 ぱたぱたと本当に嬉しそうに羽根を動かして礼を言う、生まれたての天使に、アリオスはフッと寂しげな微笑みを浮かべた
「今度は、こんなとこに引っ掛からねえようにしろよ!? じゃあな!」
 離れようとした時、ぎゅっと幼い天使に引っ張られ、アリオスは動けない。
「おまえチビのくせにバカ力!」
「いかないで!」
 泣きながら、天使は青年を離さない。
「おまえ・・・」
「帰り方が判らないの」
 すっかりしょんぼりしてしまった小さな天使を、アリオスは見捨てることが出来ない。
「しょうがねえな。ここにいたら、おまえの羽根の光を感じて、仲間が迎えに来るだろうから待ってろ」
 冷たく突き放すように言うと、彼は再びその場を離れようとした。
「やだ! 来るまでそばにいてっ!」
 今度はぎゅっとしがみついてくる。
 泣きながら抱き付いてくる温もりに、アリオスは困ったように溜め息を吐いた。
「しょうがねえからそばにいてやる」
 その瞬間、明るい微笑みにアリオスも釣られて笑った。
「で、おまえさんはどうしてこんなところに落ちたんだ?」
「友達のレイチェルと遊んでて、暴れてたら落ちたの」
「暴れてたらって・・・」
「へんな踊り」
 無邪気に笑う彼女を、思わず見いってしまう。
「じゃあ迎えの姿が見えたら、ちゃんと帰れよ」
「うん」
 いつの間にか、二人はならんで座っていた。
 天使は膝を抱えてじっと空を見つめている。
「ねえ、あなたの名前は?」
「アリオス」
「アリオス・・・」
 噛み締めるように呟いた声が、アリオスの心に響いた。
「おまえさんは?」
「アンジェ! アンジェリーク!!」
 楽しそうに、そして嬉しそうに彼女は飛び跳ねて答える。
 まだ生えたばかりの羽根が、ピョンピョン跳ねる。
 ふとアンジェリークは、アリオスの金と翡翠の対をなす、異色の瞳をじっと見つめた。
「恐いか?」
 その問いに、アンジェリークはぶるぶるっと頭を振る。
「そんなことないよっ! とっても綺麗だもの!」
 アンジェリークは純白の羽根をぱたぱたさせて、本当に心から言う。

 俺の瞳が綺麗だと言ったのは、あいつ以来だな・・・。

「サンキュ、アンジェリーク」
 フッと笑った後、急にふさぎ込んだ彼に、アンジェリークは心配そうに顔を覗きこんでくる。
「大丈夫だ、気にするな・・・」
「うん・・・」
 アリオスはそう言ったものの黙りこんでいるので、彼女は不安だった。
「アンジェリーク、この異色の瞳が何を表すか、天使のおまえなら判るだろ?」
 天使は仕方なく頷く。
「だったら、ここで一人で待っていたほうがいい」
 それには、アンジェリークは激しく首を振る。
「やだ、アリオスと一緒にいる!」
 誰よりも純真な心を持った天使は、かたくなだ。
「頑固だな・・・」
 ここまで意思が固いとなると、アリオスにはもう苦笑いするしかなかった。
「俺は”悪魔”だぞ? おまえにとっては憎むべき存在じゃねえのか?」
 彼が漆黒の羽根を広げると、アンジェリークは益々うっとりとする。
「どうしてこんなに綺麗な瞳と羽根を持ったあなたを、憎むことは間違ってる!!! だってこんなに優しいじゃない!」
 アンジェリークの真摯な表情での説得に、アリオスは面を食らった。
 こんな天使は会ったことがない。
 もうここは笑いすら込み上げてくる。
「おまえはしょうがねえ天使だな?」
 その笑顔が嬉しかった。アンジェリークも釣られて笑ってしまう。ふたりはしばらくの間、お互いに笑い合った。
「ねえアリオス、素朴な疑問なんだけど…、ここ・・・、どこ?」
「ここはな」
 そう言いながら、アリオスは地面を使って説明を始める。
「ここおまえが住んでいる天界、ここは俺が生まれた魔界、そして、今いるのがこの中間の世界、人間界だ」
「人間界!」
 びっくりしたように、アンジェリークは目を丸くした。
「ああ。俺はこの屋敷で、魔界と人間界の門番をしている」
「門番!」
「ああ、だからおまえは人間界に変な踊りをしてきて落ちてきたんだ。よりによって、この悪魔の家にな」
 アリオスはそう言うと、ごろんと寝転がった。
 アンジェリークも何だか楽しそうに思えて、まねをするかのように彼の隣に寝転がった。
「気持ちよいよ〜」
 アンジェリークは小さな手足をばたばたとさせながら、本当に気持ちよさそうにしてる。
「人間界で気に入ってるのは、この昼寝が気持ちいいことぐらいだな」
「うん・…」
 アリオスの話を聞きながら、天使は無邪気にもうとうとし始める。
 その少女を見つめながら、アリオスは複雑な思いに駆られていた。

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 結局、この日はアンジェリークへ"お迎え"がこなった。
「…お迎えこなかったな…」
「うん・…」
 少しだけ寂しそうに、アンジェリークは空を見つめた。
「まあ、しょうがねえからうちで今夜は泊めてやる」
「ホント!」
 先ほどまでの寂しそうな表情はどこ吹く風で、アンジェリークは嬉しそうに、今度は飛びまわる。

 天使を家に泊めるなんて、俺はどうかしている…。

 アリオスは仕方なくこの日はアンジェリークを家に泊めることとなった----
「アリオスのいえって素敵ね〜、ベッドがこんなにふかふか!!」
 アンジェリークは、迎えにこなくても寂しがることはなく、ベッドの上でぼんぼん乗っている。
 それがまた可愛くアリオスは思う。
「ねえいっしょにねよ」
「ったく…」
 アリオスはしょうがないとばかりに、一緒にベッドに入る。
 悪魔と天使。
 奇妙な生活がこのようにしてスタートした。  

コメント

56000番を踏まれた沙羅様のリクエストで、
天使コレットと悪魔アリオスです。
これはさわりですね〜。
頑張りまする。