ANGEL PRAY FOR

〜天使の祈りは・・・〜
中編


「コレット、おまえ、マンチェスター訛を使えるか?」
「ええ。大丈夫です」
「老夫婦に近づくとき、すべてそのアクセントで話せ」
「判りました」
 密着している体とは裏腹に、アリオスは事務的に話し、アンジェリークはそれに答える。
 はたから見れば、とても素敵な新婚夫婦に見える二人ではあったが、その会話の内容は無味乾燥としていた。
 二人は、老夫婦の隣のテーブルに座り、わざとマンチェスター訛で話し始める。
「ねえ、湖水地方ってとっても素敵ね、明日はピーターラビットの里に連れて行ってね?」
「クッ、おまえ、そういうの好きだもんな?」
 二人は、本当に新婚間もない夫婦のように話す。
 アンジェリークは本当に、心からその会話を楽しんでいた。
 途中の、マンチェスター訛に気を使いながらも、彼女は少女らしい華やいだ雰囲気で話す。
 そのあまりもの明るい雰囲気が老婦人の心を捉えたのか、彼女は楽しそうに耳を傾けている。
 もちろんアリオスはそのことに気づく。
「もっと話せ。今のまま」
「はい…」
 小さく囁かれて、彼女は同意する。

 たとえ偽りだっていいの…。
 今がとっても楽しいから…

「やっぱりね! かわいいウサギさんがみたいし、テディベアのミュージアムだって行かなくっちゃね!」
 明るい声と、幸せそうな笑顔に、アリオスは心を満たされるのを感じ、フッと深い微笑を僅かに浮かべた。
「あっ! 笑った」
 虚を付いたアンジェリークの言葉に、アリオスは一瞬たじろいでしまう。
「笑っちゃわるいか?」
 少し美眉をひそめながら、彼は異色の眼差しを彼女に送る。
「悪くは…、ないけど…」
 逆に彼女が照れくさそうにしてしまい、俯いてしまう。
 その間も、彼女はエージェントらしく、きちんとマンチェスター訛を使い続けた。

 よし、コレット、その調子だ…

 冷静に彼女を見つめながら、アリオスは満足げにふっと深い微笑をもらす。
 それがアンジェリークにとっては何よりも嬉しかった。
「まあ、楽しそうだこと…」
 痺れを切らしたのか、老婦人が二人に声をかけてくる。
 そう。
 アリオスやアンジェリークと同じエージェントであった、”リチャード・ギャラガー”の母、”メアリアン・ギャラガー夫人”が。

 来たか…

「こんばんは!」
 いつものように明るい笑顔を浮かべながら、アンジェリークは立ち上がって挨拶をする。
「まあ、いいのよ…。あなたたちの言葉を聞いていて、ひょっとして同郷かと思ってね」
「私たちはマンチェスターです」
「まあ、偶然。あなたたちもマンクーニアンなのね!」
 嬉しそうに老婦人は声を上げ、微笑む。

 本当に報告書通りだな。
 社交好きで、マンチェスターをこよなく愛する…、か…。
 きっとSTINGやOACIS好きだぜ

「もしよろしければ、ご一緒いたしませんか!! 彼もそのほうが楽しいですし、ね?」
「そうです。ぜひご一緒しましょう」
 二人がマンチェスター出身の若夫婦だとすっかり信じきってしまった彼女は、いちもにもなく返事をした。
「待っててくださいね、主人を呼んできますから」
 老婦人が夫を呼びにいっている間、アリオスはアンジェリークにいちどだけ深く頷く。
 ”よくやった”と。
「お待たせしました。あ、自己紹介がまだだったはね、私はメアリアン・ギャラガーです。主人のデイヴィッド・ギャラガーですの」
 やさ面の老紳士が深くお辞儀をし、二人に目を細める。
「有難う、今夜は楽しい夜になりそうだ。私たち夫婦にとっては」
「ええ」
 二人は席につきながら、穏やかに微笑を交し合う。

 私とアリオスも、いつかああいう風になれたら…

 それは叶えたくても叶えられない、アンジェリークの小さな愛の願いだった----

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「ホントに、今夜は楽しいこと!」
「私たちもですわ」
 大いに盛り上がり、アンジェリークと老婦人はすっかり意気投合した。
「ホント…、息子が亡くなってから、こんなに楽しかったことは久しぶり…」
 老婦人は急にしんみりとして、寂しそうに俯いてしまう。
「ギャラガー夫人…」
 アンジェリークは気遣わしそうな視線を送り、老婦人に愛を持って接する。
「メアリアン…」
 涙ぐむ妻の肩を老紳士はそっと抱き、優しく包み込む。
「----きっと…、素敵な息子さんだったんですね…」
「ええ。オックスフォードを優秀な成績で出て、海軍に入って、それはそれは優秀な、自慢できる息子でしたわ…」
「そうですか…」
 真実を知るアンジェリークは、居たたまれない思いになる。
 リチャードは、実際はMI6の局員であり、そのことは決して誰にも話してはいけないことだった。
 彼女は、一生、彼が危険な国を守る仕事をしていたことを知ることはないのだ。
「アリオス…、特にあなたを見ていると、息子を見ているようだわ…。あの子は末っ子で、年を取って出来た来た子供だったから、可愛くてね…」
「あなたに息子のように思われるなんて、光栄です」
「そう、有難う…」
 メアリアンは本当に息子を見るような眼差しでアリオスを見つめ、唇をかみ締めた。
「おい、メアリアン、もう休もう。明日も早い。せっかくアリオスとアンジェリークと湖を見に行く約束をしたんだから」
 そっと彼は妻を立たせると、テーブルから離れる。
「今日は有難う。また、明日」
 アリオスとアンジェリークも立ち上がると、笑顔でそれに答える。
「お休みなさい、アリオス、アンジェリーク」
「おやすみなさい…」
 立ち去る二人を見つめながら、アンジェリークは胸が締め付けられるような気すらした。
「----コレット、感情移入はするな」
 その言葉は、アンジェリークの心の冷水を浴びせ掛けた。
「…大佐…」
「後がつらくなる」
 彼は特に感情なくさらりと言うと、彼女の華奢な腰を抱く。
「行くぞ? ちょっと散歩だ」
「アリオス!?」
 意外な彼の行動に、彼女は黙ってついてゆくしかなかった。

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 暗闇に、僅かな明かりが点る中、二人はゆっくりと、ホテルの裏の小さな庭を歩いた。
 月明かりに見守られ、アンジェリークはアリオスへの想いを胸の中に満たす。

 ずっと、こうしていたい…

 突然、アリオスが歩みを止め、アンジェリークは探るように彼を見上げる。
「----おい、そろそろ出てきたらどうだ!? リチャード・ギャラガー」
 その低い声にアンジェリークはびくりとする。
 彼女は気配すら感じていなかったのに。
「----さすがだな…、MI6一の切れ者だな」
 低い声が響いたかと思うと、月明かりに照らされ、背の高いサングラス姿の男が、木陰から出てきた。

 あれは、写真の、殺されたっていう、あのご夫婦の息子さん!!

「ほざくな…、裏切り者…」
 冷酷な声で呟くと、アリオスは愛銃ワルサーPPK/Sを男に向かって構えた----

 いったいどういううことなの!?
 

TO BE CONTINUED…



コメント

短編から生まれた「SOLITAIRE」のスピンオフです。
マンチェスター訛って、日本人には中々聞き取れないんですよ、実は。
私の先生もそうで、最初は何を言っているかちんぷんかんぷんでした。
おかげで勉強できたけど。