「何を言っている・・・」
ギャラガーと名乗る男は、何度も首を振りながら、何を証拠にと言わんばかりに、アリオスを見る。
「だったら、そのサングラスを外せるのか!? ん?」
切れるような眼差しには、感情がなく、冷たい。
疎な眼差しを、震えるようない思いでアンジェリークは見つめる。
ギャラガーはすっとサングラスを外した。
その姿にアンジェリークは息を飲んだ。
確かに、写真そのものの姿だった。
その彼を誰もが別人だとは思わないだろう。
だが、アリオスは信用などしなかった。
「姿形は騙せても、おまえはひとつ忘れていることがあるぜ?」
彼は銃口を向けるのはやめず、トリガーにかけた指をゆっくりと引こうとした----
時間が震えたその瞬間----
「リチャード!!!!」
闇を切り裂く声が響き渡った----
「やめなさい! メアリアン!!」
夫が制止するのを振り切り、メアリアンはギャラガーに走ってゆく。
「あれはわたし達のリッチーではない!!」
「いいえ!! あれはリッチーですわ!」
「メアリアン!!」
彼女はそのまま、ギャラガーと名乗る青年に抱きついた。
「ミセス・ギャラガー!!!」
咄嗟にアリオスが叫ぶも、彼女には届かない。
彼は状況の悪化に舌打ちをした。
「リッチ!! やっぱり生きていてくれたんだね!!」
「ミセス・ギャラガー! その男はリチャードなんかじゃねえ! 離れろ!!」
アリオスの真摯な呼びかけにも、彼女の心にには届かない。
「お母さん・・・」
その呟きが、ギャラガーと名乗る男から漏れたときだった。
「・・・違う!!」
彼女からは、明らかに絶望とも取れる息が漏れ、身体を離そうとした。
「チッ!!」
誰にも聞こえる舌打ちを、男はする。
「しょうがねえ!」
男は、逃げようとしたメアリアンをそのまま羽交い絞めをし、瞬時に抜いた、銃を頭に突きつける。
「ミセスギャラガー!!」
「メアリアン!!」
アンジェリークとギャラガー氏の悲痛な叫びが暗闇を裂いた。
だがアリオスは表情一つ変えることはない。
「このババアを助けたくば、銃を捨てるんだな、0016!!」
先ほどまでの、穏やかでやさおもてな表情とは打って変わり、その眼差しは冷たく、さっきに満ち溢れている。
先ほどの表情が天使のようなものだとすれば、この表情はまるで悪魔のようにみえる。
アリオスはあくまで冷静だった。
何でもないことのように、簡単に、銃を男の足元に投げる。
その瞬間----
「甘いんだ、0016!!」
重厚がアリオスに向けられる。
だが。
「コレット!!!」
素早くアンジェリークが移動すると、彼女のスカートをアリオスは捲り上げ、その太ももに着けていたホルスターから、銃を取り出す。
誰もがその行為に気がついたとき、彼の手にはしっかりと銃が握られていた。
「・・・!!!!」
そして、息を飲むころには、彼の指はトリガーを引いていた----
銃からは暗闇に火花が飛び散る---
「・・・うっ!!!」
銃弾は確実に男の額に命中した。
そのまま男が音を立てながら崩れ落ちても、アリオスの表情は眉一つ変わらない。
銀の髪が夜風に揺れ、異色の瞳は男の地獄へと見送っている。
「メアリアン!!!」
夫であるギャラガー氏は崩れ落ちるメアリアンを駆け寄って、支えた。
メアリアンは、ショックからか気を失ってしまっているようだった。
「----奥様は?」
アンジェリークは気遣わしげな表情を二人に浮かべ、そっと側に立つ。
「大丈夫です。明日になれば元気でしょう」
言って、彼は近づいてきたアリオスを見上げる。
「アリオス・・・、助かりました! 本当に有難う・・・。あなたにこの処理を頼んでよかった。
息子を名乗るものが、本当の息子ではないとうすうす感ずいていましたから・・。
悪さをする前でよかった・・・」
「ギャラガーさん・・・」
初めてアンジェリークは悟る。
この老紳士は全てを判っているのだと。
そして、彼の願いをアリオスが受け入れたゆえでのミッションだったこと。
全ては彼の妻への思いのため。
彼女を優しく騙すために、アンジェリークの存在が必要だったことを----
「部屋に戻ります・・・。明日は、一緒に、湖に行きましょう」
彼はそっと妻を抱き上げ、二人に一礼をすると、そっとホテルへと戻ってゆく。
その後姿を見つめながら、アンジェリークは切なく胸を締め付けられる。
「最初から、あの死体はギャラガーさんだとわかっていたんですか?」
「ああ・・・。判ったのは昨日の午後だ」
ふっと深い微笑を静かに微笑むと、アリオスは冷酷な眼差しで彼女を見つめた。
「----微妙なアクセントだ」
彼女驚いたように彼を見つめる。
「だって、完璧なマンチェスター訛なんじゃ・・・」
「いや・・・。聞くものが聞けば判る。あいつの”i”のアクセントがスコティッシュのそれだった。微妙だがな。
マンチェスターはすぐにスコットランドだからな・・・」
「----私なんかまだまだですね・・・」
彼女は落胆の溜息を吐くと、華奢な肩をそっと落とした。
アリオスは答えない。
彼女はそっと夜空を見上げる。
ロンドンの空ではついぞ見られなくなった数多の星の数々。
これを見ていると、アンジェリークは心が洗われるような気分になる。
「----私は・・・、ギャラガー夫妻とギャラガーさんのために祈ることしか出来ない・・・、せめて、それだけを・・・」
彼女はそっと手を組み祈り続ける。
「祈ってやれ・・・。おまえの想いは、きっと、彼らを癒してくれるだろう・・・。心を暖めてくれるだろう・・・」
「大佐・・・」
二人はそっと見詰め合う。
「肩を貸せ?」
「え!?」
息を飲んだのもつかの間、彼女はそっとアリオスに抱きしめられる。
「黙ってろ・・・。少し・・・、心を癒してくれ・・・」
「はい」
彼女はまるで幼子にそうするようにアリオスの背中を優しく包み込む。
いつまでもこうしていたい・・・
そう思うのは我侭ですか?
こうすればあなたの心を感じられるから
心が寒かった。
だから天使の暖かさが必要だった。
手が血で汚れるたびに、俺は心がいてつく。
心を暖めたかった。
ただそれだけだった・・・
二人は暫くそのままでいた。
天使の祈りと暖かさは、誰もの心を癒し、満たす。
彼女自身が願う祈りは、まだ、天に届くには、時間が必要だ。
時が経てば、きっと適う。
天使の祈りも・・・。

コメント
短編から生まれた「SOLITAIRE」のスピンオフです。
お待たせした割には、完成度がこんなんでごめんなさい・・・
首を洗って出直します(反省)