ANGEL PRAY FOR

〜天使の祈りは・・・〜
前編


「コレット、仕事だ」
 入ってくるなり、アリオスはアンジェリークに,
 怜悧な声で突きつける。
「はい」
 凛とした声で返事をし、彼女は上司であるアリオスのところへと向かう。
 背筋が伸ばされ、どこか察そうとした雰囲気が彼女にはあった。
「新しいミッションだ」
 異色の鋭いまなざしを彼女に向け、感情のない声で彼は告げる。
 それは、彼女に心地よい緊張感を与えた。
「はい」
 真剣に声を傾けるアンジェリークに、アリオスは、表情一つ変えずに封筒を差し出す。
「これは?」
 それに目を落としながら、彼女は彼を見上げた。
「中に写真が入っている。見ろ」
「はい」
 音を立てて封筒を空ける彼女を見つめ、彼は煙草を吸いながら様子を伺う。
 それを見て、彼女もまた、新米ながらもエージェントらしさに板がついてきたのか、表情一つ変えずに、彼を見た。
「この方々はどういった方々ですか?」
 封筒の中には、老夫婦の写真があり、彼女はじっとその写真を探るように観察する。
「----先月、うちのエージェントが、まる焦げになって発見されたのを覚えているだろう?」
「ええ」
「彼らはそいつの両親だ」
「えっ!」
 意外な言葉に、彼女は思わず息を呑む。
 感情を出してしまった彼女に、冷たいアリオスの視線が落ちた。
「まあいい。殺されたエージェントというのは、ある組織に潜入して、いろいろ工作をしていたのがばれて殺された」
「厳しいですね…」
 彼女は、先ほどのこともあってか、少し感情を押さえながらつぶやく。
 何本目かの煙草をくわえながら聞くアリオスは、どこか山奥の澄んだ湖のような眼差しを彼女へと向けていた。
「組織の奴らは、彼らの近づいてくる可能性がある」
「ご夫婦の命の確保ですか?」
「それもあるが…」
 煙草をもみ消しながら、彼はそこで言葉を切る。
「----最近、その殺されたエージェントを名乗る男が、こそこそと動いているらしいという情報が入った。本物ならきっと両親にも近づいてくるだろう。
 だが、こちらとしては、それが本当に本人であるかどうかを確認したい。黒こげ死体のDNA鑑定が終わるまでにな?」
「で、私のその後夫婦に近づけと!?」
「いや」
 きっぱりというと、彼は彼女の大きな青緑の瞳を見つめる。
「----俺と、”新婚夫婦”ということで、老夫婦の警戒心を解く」
 その言葉を聞いたとたん、彼女の胸の鼓動が高まり、少し意気が上がってきた。

 アリオスと夫婦役…

 愛する人と、芝居とはいえ、このような状態になることを不謹慎とわかっていながらも、彼女の胸はときめく。
「夫婦は今湖水地方に旅行に行っている。俺たちも行くぞ?」
 言って、彼は彼女に、準備がすっかりされた傍らにあるスーツケースを見せ付けた。
「え!? 今から行くんですか!?」
 あまりもの早い展開に、アンジェリークは思わず焦ってしまい、あたふたとなってしまう。
 その様子があまりもかわいくて、彼は思わずふっと笑った。
「準備はロザリアにさせた。ほら、行くぞ?」
「あ、待ってください」
 アンジェリークが、精悍なアリオスの背中に追いつこうとした瞬間、突然、彼に華奢な腰を抱かれた。
「あっ!」
 あまりもの甘美な行為。
 それゆえに、彼女は甘い声をあげてしまう。
「俺たちは”夫婦”だ。これぐらいしたって、かまわねえだろ?」
「----うん…」
 先ほどのエージェント姿はどこに言ったのかと思うほど、彼女はすっかり年にふさわしい少女らしさを取り戻した。
 アリオスにはそれがどこか心地よい。
 まるで春風のようだ。
「ほら、行くぜ?」
「あ、うん」
 腰を抱かれる手に彼の暖かさを感じながら、彼女は導かれるように、本部ビルから出て行く。

 ずっと、こうしていたい…

 少女は切なく思う。
 そして、アリオスも。
 二人は誰よりも初々しい夫婦姿で車に乗り込む。
 もちろん行き先は湖水地方だった。
 少女はこの刹那の幸せをかみ締めながら、任務とは判っていても、深く願わずに入られない。

 どうか、アリオスと、もっともっと仲良く慣れますように…

 彼女の願いがかなうのかは、神様だけが知っている。  

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 ピーターラビットの里として知られる湖水地方は、観光客の人気スポットでもある。
 ふたりが到着したのは、もうすっかり夕方になっていた。
 泊まるホテルは、”レイク・レーン”。
 貴族のマナーハウスを改造して出来た、落ち着きのあるところだった。
 アリオスに導かれるままに、アンジェリークは彼に腰を抱かれて、誰から見ても仲むつまじい夫婦として、ホテルにチェックインをした。
「アリオス様、並びにアンジェリーク様ですね。ようこそお越しくださいました」
 フロントで恭しく礼をされ、彼女は思わず緊張をしてしまい、どこか初々しさがのこるはにかみを出す。
 それが誰もに、二人が”新婚”間もないということを、しら占めていることを、彼女は気がつかなかった。
 そうしている間も、アリオスは簡潔かつ完璧にチェックインを済ませていた。
「では、1005号室です.。ご案内いたします」
「有難う」
 ベルボーイに荷物を持ってもらい、二人は部屋へと案内される。
 その間も、”新婚夫婦”ということで、アリオスはアンジェリークの華奢な腰を抱いていた。
 彼の腕の逞しさを感じ、彼女は胸が高まるのを覚える。
 仕事だとは判っている。
 だが、ときめかずに入られないのもまた事実だった。
「では、ごゆっくりお過ごしくださいませ」
 部屋の中に荷物をきちんと置いてくれると、ベルボーイは慇懃に頭を下げる。
「有難う」
 さり気にアリオスがチップを渡すと、その気kk額にボーイは思わず微笑んだ。
「有難うございます!」
 ボーイは今度は心のこもったお礼をすると、静かに部屋から出て行った。
 途端に、アンジェリークの身体に緊張が走る。
 部屋はセミ・スウィートで、天蓋つきのダブルベットがひとつあるだけ。

 ベットがひとつ・・・

 不安なような、嬉しいようなそんな気分に、アンジェリークはなった。
 その心理をアリオスはすぐに読み取る。
「バーカ、、俺は”お子様”には手をださねえよ。安心しろ」
「あ、あの・・・」
 考えていたことが読まれたのが恥ずかしくって、彼女はまるでゆでたこのように顔を真っ赤にさせた。
「おい、おまえはこれでもエージェントの端くれだ。感情を表に出してもらっては困る」
 アリオスは口にタバコを銜えながら、整った顔立ちで、冷酷に言う。
 それは、彼女の心に冷や水を浴びせ掛けるような気分にさせ、肩を落とさせた。
「すみません」
「ほら。その表情がいけないって、言ってるんだ。感情は表に出すな。命取りになるぞ?」
「ごめんなさい」
 すっかりと萎縮してしまい、彼女は肩を落としうなだれたままになる。
「とにかく手早く着替えろ、あの老夫婦もディナーにやってくるらしい。接近するぞ?」
「はい・・・」
 彼女は手早く、ディナー用の少しフォーマルだが愛らしいドレスを手にとって、バスルームへと逃げ込んだ。

 アリオス、どうしてこんなに冷たいの?

 彼女が着替えている間、アリオスは美しく広がった外の風景に視線を這わせる。

 どうしたらいい・・・。
 この俺が、自身がねえなんてな・・・。
 理性を抑える・・・

 彼は苦笑すると、彼女が着替え終わるのを待った。


「お待たせしました」
 彼女が現れたとき、その美しさに、アリオスは一瞬息を呑んだ。
 彼女の華奢な身体に良く映えるドレス、薄化粧に髪をアップした姿は、美しく、彼に苦い思い出を味合わせる。

 どうしてそんなに・・・

 その思いを振り切るかのように、彼はすっと彼女の腰を抱く。
 アンジェリークは、胸の鼓動が際限なく高まるのを感じた。
「行くぜ? この部屋を出たら、俺たちは”夫婦”だからな?」
「はい・・・」
 二人は、そのまま、老夫婦がいる、レストランへと向かった----



コメント
「SOLITAIRE」のスピンオフです。
この設定の続きがご覧になりたい方がいらっしゃったら、続きを書きます。(いないって)
と書いたとことろ、読まれたいといわれた方がいらっしゃったので、書くことにしました。
今回は前半は、そのまま「CARAMEL BOX」に掲載をしたものを載せ、後半部分は書き下ろしています。
実は、この短編を書いたときに、この話のプロットは完成していたので、書きやすくはあります。
ちなみに設定は、「SOLITAIRE」のストーリー上は途中の部分にあたり、ふたりはまだ互いに思いあってはいても・・・、の段階。
甘いシーンはあまりございませんのであしからず。