72 HOURS OF THE ANGEL

Chapter7


 何が起こっているか、すぐには考える暇などなかった。
 ただ、アリオスが与えてくれる甘い唇を感じることが出来るだけ。
 彼に縋ることしか出来なくて、腕を鍛えられたラインに回した。
 丁度その時、1階への到着を知らせるベルが鳴る。
 同時に、アリオスの唇が離れる。
「あ・・・」
 アンジェリークは、名残惜しげな溜め息と共に、目線で彼の唇を追った。
 エレベーターに漂う甘い雰囲気。
 それは作られたものではない、リアルさがあった。
「・・・若いことはいいことですな・・・」
 紳士はただそれだけを呟くと、先にエレベーターを降りて行ってしまう。
「行こう」
「うん」
 ふたりはしっかりと手を絡ませあうと、エレベーターから出た。

 マンションの出口に出ると、紳士の影はなく、代わりに学生たちが大騒ぎしていた。
「おい、おまえたちの中で鍵を開けるのが得意なヤツはいるか?」
 そこにいる青年たちはお互いの顔を見合わせている。
「俺の車の鍵がどこかにいっちまったんだ。帰りたくても帰れない。10ドルを出すから、手伝ってくれねえか? 針金でちょいとするだけで開く、古いやつだ」
 確かに針金でちょいとするだけで開けることが出来るなら、ボロいバイトだ。
 学生たちは、一も二もなく頷いた。
「オッケ。じゃあ行こうぜ」
 アリオスはわざとアンジェリークとふたり、道の内側に歩き、学生たちを外側に歩かせる。
「あの白いトーラスだ」
「旧型だな〜」
 ぶらぶらと集団になって歩いていく。

 これじゃあ狙いが定まらない・・・。

 紳士はアンジェリークを狙うために、車から、ライフルを彼女に向けていた。
 だが、学生が邪魔になって、彼女をメインに撃つことが出来ない。
 秘密裏に始末しなければならない以上、騒ぎを起こすことは出来ない。
 他の誰も傷つけることが出来ないとなると、アンジェリークを単独では狙えなくなる。

 知能犯め・・・。

 紳士は、アリオスに対して舌打ちをせずにはいられなかった。
 ぶらぶらと歩き、車の近くまでやってくる。
「サンキュ! 取っていてくれ」
 50ドルを手早く学生たちに渡すと、アリオスはアンジェリークは引っ張り、車に乗り込む。
 そのまま車を急発進をしてその場を立ち去る。
 気付いた時には、もう手後れだった。
 紳士は車を追いかけていき、そのナンバーを書き取るのが、精一杯だ。

 あの男・・・。何者だ・・・。
 ”エンジェル”の恋人か…


 ホテルに着いても、しばらくは動けなかった。
 アンジェリークはベッドに座り込むと、深く溜め息を吐く。
「・・・今日はなんて一日なの・・・」
 昨日の今ごろは何をしていたのか、そんなことが思い出せないほど、遠い過去のような気がする。
 本当になんて一日だったのだろうか。
 この一日が、10年間と同じぐらいの時間に思えてしまう。
「風呂沸かしてやるから、入ってこい。それで疲れを癒してこい」
 アリオスは浴室に行くと、お風呂を沸かしてくれた。
 アンジェリークはただぼんやりとすることしか出来ない。
「アリオス?」
「何だ?」
 浴室にお湯を溜めにいって出てきた彼が、無表情な眼差しで捕らえた。
「さっきの男の人・・・、やっぱり、殺し屋よね?」
「ああ。プロ中のプロだろな? リスクの高い、エレベーターを暗殺場所に使わない。相手に恐怖感と焦りを与えて、余裕を無くしたところで、ズドンだ」
 アリオスは当たり前のことのように静かに言うと、アンジェリークの怯えた瞳を覗きこんだ。
 彼の冷静さに、背筋が逆に凍える想いがした。
「・・・冷静なんだ」
「冷静は誰にでもなれる。どんなことにも揺るがない精神にもな」
 アンジェリークはよくそんな気分になれると思う。
 今の彼女は、精神的にいっぱいいっぱいだ。
「風呂入って、リラックスして来い。まだ始まったばかりだからな」
「はい」
 アリオスは一端浴室の様子見にいってくれる。
 アンジェリークはこの時間何度目か判らない溜息を吐いた。

 昨日まではこんなことになるとは考えてもみなかった。
 私、これからどうなるんだろう・・・。

「おい、風呂入れるぜ」
「はい」
 アリオスに呼ばれて、こそこそ浴室に向かう。
「・・・ありがと」
 ただ一言お礼だけを言うと、彼女は浴室に入った。
 シャワーを浴びた後、言われたように湯船に浸かる。
 こうしていると、自分が置かれた状況が、絵空事のように思えてくるから、不思議だ。
 全て夢の世界の出来ごとのように思えてくる。
 お湯に入ってリラックスすることで、かなり気分はましになった。
 ホテルで用意されたバスローブを羽織り、浴室から出ると、アリオスがゆったりと煙草を吸っているのが見える。
 その横顔は憂いと精悍の中間にあり、とても素敵に見える。
 見惚れていると、彼が振り向いた。
「出たのか、風呂」
「うん・・・」
 じっと見られて、アンジェリークは少しどぎまぎとする。
「ホットミルクだ。蜂蜜が少しだけ入っている。俺が風呂から上がるまで飲んでおけ」
「あ、ありがとう」
 ほんのりと湯気の出る温かそうなマグカップに入ったミルクを渡され、アンジェリークはしみじみとした幸福感を味わった。
 小さな幸福感であっても、今の彼女には必要なものだ。
「俺が風呂に入っている間、誰が来てもドアは開けるなよ?」
「うん・・・」
 まるで子供のように言い聞かされて、彼女は素直に頷く。
「じゃあ待っていろよ」
 彼はくれぐれとばかりに言ってから、浴室に入った。
 アリオスがシャワーを浴びる音が部屋に響く。
 官能さと優しさが上手く調和されていた。
 ミルクの安らかな香りに誘われる。
 温かなミルクは、躰を温めるだけではなく、気持ちをもリラックスさせてくれる。
「おいしい・・・」
 幸せが躰に上手く染み渡ってくる。ると、バスルームのドアか開き、彼が出てきた。
 ローブが肌蹴ていて、目のやり場に困ってしまっていると、彼が一瞬笑ったような気がする。
「ミルクは飲んだか?」
 空のコップを見せると、アリオスは満足そうに頷く。
「じゃあもう寝る時間だ。明日も大変だろうから、体力をつけておけ…」
「うん…」
 まるで子供のように頷いて、アンジェリークはベッドに入った。
 だが、同じベッドにアリオスも入ってきたので、びっくりする。
「あ、アリオスさん…!!!」
「こうしておいたほうがゆっくり眠れるはずだ…」
「あっ…」
 アリオスはアンジェリークを背後から包み込むように抱きしめてくる。
 その温もりに包まれながら、彼女はいつしか瞳を深く閉じていった。

 今はゆっくりと眠れ…。
 緊張など忘れて、深く静かに…

 アリオスは華奢な躰を抱きしめながら、安らかな夢を祈る。
 長かった天使の1日が、今ようやく幕を下ろした------

TO BE CONTINUED…
  

コメント

ハードボイルドサスペンスです。
これからもアリオスさんは活躍していきます〜。
ようやく1日目終了です。
タイトルを見ればお分かりのように、あと2日の波乱が待ち受けています。
がんばって更新しますので、宜しくお願いします!

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