アリオスと名乗った男を、果たして信用していいのか。 そんなことをアンジェリークはぼんやりと考える。 「とりあえず、ここに泊まるぜ。今夜」 声をかけられてはっとする。 車が止まり、目の前には、古びたホテルが建っていた。 ほど良い心地好さに思えるホテルだ。 青年は、アンジェリークの意見など何も訊かずに、そこの地下駐車場に車を入れた。 「あんたのアパートメントはもう帰れねえだろ?」 「今は・・・」 アンジェリークは会話をする気になれなかったが、とりあえず答えることしか出来なかった。 「ほら、行くぜ」 「はい」 青年の力強い手に引っ張られて、彼女はホテルのフロントに向かう。 逃げないようにか、アリオスにずっと右手を掴まれたままだった。 それが守られているようで、妙に心地よかったことを否定できない。 緊張感の中に、甘い安らぎを手に入れた。 チェックインの手続きを終わらせ、部屋に入る。 アンジェリークは部屋のソファに座ると、疲れきったように大きな溜め息を吐いた。 「ニュースが見たい・・・」 目頭を軽く押さえながら呟くと、彼女はテレビに手を延ばす。 「まだ六時前だ。少し休んでからCNNでも見ればいい」 そう言われると、アンジェリークは一瞬だけアリオスを見て、また俯く。 「電話を・・・」 「よせ。逆探知されるのがおちだ」 アリオスは電話に手を延ばそうとしたアンジェリークの華奢な手首を掴んで制した。 「疲れてるんだ、少し寝ろ」 だだそれだけを言うと、彼に強引に抱き上げられる。 「いやっ!」 抵抗するものの、アリオスの力には適わず、結局はベッドに寝かされた。 アリオスも同じベッドに入り、背後から彼女を動かないようにする。 抱きしめられているのとは少し違うが、それでもアンジェリークは胸を焦がす。 「ここから動くな。動いたら判るからな。今はゆっくりと眠れ」 そう言われたものの、間近に迫る温もりが、甘い緊張感をもたらした。 だが、深く瞳を閉じているうちに、温かなぬくもりに癒され、いつの間にかまどろみに揺られていた。 しばらくして目を覚ますと、アリオスは既にベッドから出て煙草を吸っていた。 「-----今、何時…」 「8時過ぎだ。ニュースを見るか?」 起きた途端に、低い声が現実に引き戻す。 「ええ」 頷くと、アリオスがすぐにテレビをつけてくれた。 そこにはちょうど、昼間起こった狙撃事件が報道されている。 彼女は食い入るように見つめた。 レイチェル…!! テレビでは事件をリポーターが伝えている。 『ニューヨークの路地裏で起こった事件ですが、保険会社勤務の男性が銃弾に倒れて死亡いたしました。事件は目撃者がまったくおらず、警察は犯人の行方を探しています』 アンジェリークは青い顔をして、テレビのニュースを見つめる。 「こんなの嘘よ!嘘っぱちよ! 何が”保険会社勤務”よ。・・・CIAのくせに・・・!! レイチェルはどこにいるのよ・・・!!」 苦々しく彼女は呟くと、テレビを凝視する。 脳裏に浮かぶのは、やはり親友レイチェルのこと。 「レイチェルはどうしてるのかな・・・」 そこまで言って、彼女ははっとした。 「レイチェルはママのところに、行っているかもしれない…。 もしいなくても、彼女のママが危ないかもしれない!」 彼女は真っ青になりながら、アンジェリークは玄関に向かう。 「車がいるだろう。俺も行く」 アリオスも後に着いていく。 彼は彼女を守るかのように歩いてくれた。 海千山千な彼だが、今は信じるしかないし、唯一、信じられる相手かもしれなかった。 ふたりは駐車場に行き、車に乗りこむ。 「あんたがナビしてくれ」 「はい」 車が出ると、まずは案内板を指差した。 「イーストリバーに行って」 「ああ」 彼は冷静に答えると、イーストリバーに向かって、車を走らせる。 お願い…!! どうか無事でいて!! アンジェリークは祈ることしか出来ない。 いつもなら車窓を眺めるのが大好きだが、今日はとてもじゃないが、そんな気分になれなかった。 アンジェリークはただまっすぐと前を見つめるだけだ。 「何もなかったら、いいんだけれど・・・」 その声には深い憂いが滲んでいる。 アリオスは何も答えず、顔色ひとつ変えずにただ前を見て運転しているだけだった。 イーストリバーを示す表示が見え、アンジェリークは姿勢を正した。 「そこを右側に曲がってくれる?」 「ああ」 彼はハンドルを切り、右折すると、マンションの棟が沢山見えてきた。 「あのマンションの棟のひとつなの」 「じゃああのあたりで車を止めればいいんだな?」 「お願い」 マンションの花壇群の横に、車が静かに止まる。 「近くまで行ってやるが、後はおまえがやれよ」 「判ってるわ、そんなこと」 アンジェリークが車から出ると、アリオスがその後から着いていった。 緊張が、躰にしみ渡っていく。 冷たすぎる夜風が、切なすぎた。 エレベーターは個室で密室だ。 逃げることなど出来やしない。 幸いなのかは判らないがアリオスが、守るように立ってくれた。 「この階なの」 降りた階は7階。 レイチェルの母親が住まう部屋の前で、彼女は立ち止まる。 アリオスに少し意味ありげな表情を浮かべた。 「部屋の外で待っている」 「うん」 頷くと、アンジェリークはインターホンを押す。 「はい、レイチェル?」 明るく娘を思う声がインターフォンを通して聞こえ、彼女は心苦しかった。 「アンジェリークです」「まぁ! いらっしゃい!」 歓迎してくれる声が響くと同時に、ドアが開く。 「良く来たわね! さあ、部屋に入ってきて! 寒いからね。すぐに、レイチェルも帰ってくるから」 「うん…」 アンジェリークは心が深く痛むのを感じながら、彼女に笑いかけた。 「レイチェルが遅くなるって、さっき連絡があったのよ。もうちょっと待ってて」 「誰から?」 アンジェリークはふと立ち止まって、真摯に訊く。 「会社の人からよ」 アンジェリークは息を呑むと、逡巡するように俯いた。 …まさか、口封じに…何かあったんじゃ・・・。 だったら、おばさんも…!!!! ここに独りにしておくのは危ない!! 「アンジェちゃん?」 堪らなくなって、彼女はレイチェルの母親を抱きしめる。 「------おばさん、今から、私の言う通りにして。 今日は都合でレイチェルは来れなくなったの。 だから、今夜は、ロザリアさんの所に行って!」 「どうしたの?」 レイチェルの母親は、アンジェリークが切羽詰っているのを、驚きと戸惑いに満ちた表情で見ていた 「いいから、とにかく」 アンジェリークは本当の理由を明かせないまま、彼女を部屋から連れ出すと、階上にある、レイチェル一家の旧い知り合いであるロザリアの部屋に向かわせるため、エレベーターに連れて行く。 その後をアリオスも着いて行く。 丁度良いタイミングに、階上に向かうエレベータが着いた。 紳士が独り降りた後、そこにレイチェルの母親を乗せる。 「また連絡するから!」 彼女はそれだけを言い、不安そうに見つめるレイチェルの母親を見送った。 降りた紳士はどこにも向かわず、またエレベーターを待っているようだ。 三人でエレベーターを待ちながら、沈黙が続く。 それは言いようのない緊張感であった。 静かに階下に向かうエレベーターが下りて来、そこに三人は乗り込む。 エレベーターには既に先約がおり、大学生の集団だった。 彼らは誕生日をお祝いするためかケーキを持っていた。 彼らの明るい騒ぎとは別に、アンジェリーク、アリオス、そして紳士の緊張感は続く。 5階で大学生たちは降り、三人だけになる。 その瞬間だった------ 不意にきつく抱きしめられたかと思うと、次の瞬間、アンジェリークは、アリオスに深く唇を奪われていた------ TO BE CONTINUED… |
コメント ハードボイルドサスペンスです。 これからもアリオスさんは活躍していきます〜。 長い間お待たせしました。 これからちくちく更新していきます〜。 |