何が起こっているか知るよしのないアンジェリークは、鼻歌を歌いながら、事務所への道程を歩いていた。 雨も上がり、とてもいい感じだ。 「やっぱり雨が止んだわね。神様は私の味方をしてくれたのかしら」 彼女は空を見上げながら、さらに機嫌が良くなる。 ”全米文学史協会”の玄関先まで来ると、彼女はいつものように手を上げた。 だが全く反応がない。 おかしいわね・・・ いつもなら、直ぐにカトリオーナがドアを開けてくれるのに、今日に限ってはそれがない。 アンジェリークは頭を傾げて、監視カメラを見上げた。 何度試みたところで反応はない。 恐る恐るドアノブに手を掛けると、珍しく鍵が開いている。 こんなことは今まで一度もなかったせいか、彼女は訝しげに中に入った。 いつも聴こえる、パソコンのキーボードを叩く音が全くといっていいほど聞こえない。 「カトリオーナ?」 彼女は受付にいるだろうカトリオーナの名前を呼びながら、カウンターを覗き込んだ------- 「・・・…!!!!」 一瞬、目の前で何が起こっているか判らなかった。 カウンターの下で、カトリオーナが血を流して倒れこんでいる。 「カトリオーナ?」 目の前の光景が信じられなくて、アンジェリークは何度もカトリオーナの名前を呼んだ。 だが、反応は一切なかった。 「・・・嘘よね?…、ねえ!!!」 背中に冷たいものが流れる。 恐怖感と余りにものショックに、心臓が飛び出してしまうのではないかと思った。 何もいえなくて、息をするのがやっとだ。 「カトリオーナ…」 今のアンジェリークにしてあげられることは、目を見開いたままの彼女の瞳を閉じてあげることだった。 ・・・皆に、皆に…」 脚を竦ませながら、アンジェリークはカウンターを支えにして勢いをつけようとした。 だが------ 「・・・教授…!!!!」 次に見つけたのは、教授だった。 彼もまたピクリとも動かない。 もう声が出なかった。 何を発していいかすら判らない。 アンジェリークは涙を浮かべながら、受付カウンターの開けっ放しの引き出しに手を伸ばす。 そこには、カトリオーナが”護身用”として持っていた45口径の銃があり、それを手に取った。 デスクワークの私だけれど・・・、たった一度だけ、護身用の訓練を受けた・・・。 今はそれだけが頼り…!!! ぐっと銃を握り締め縷縷と、アンジェリークは仲間たちがいる二階に向かう。 足取りをゆっくりとし、慎重に昇っていった。 「ヘンリー、アンソニー、ミルドレッド?」 名前を呼びながら、彼女は先ずはヘンリーのオフィス入る。 「ヘンリー…」 そこにはパソコンの前で背中から血を流しているヘンリーがいた。 彼女は唇を噛締め、彼が無事であるかどうか確認する。 だが、答えは同じだった。 遣り切れない想いを抱えながら、次は、いつも仲良くしていたミルドレッドを捜す。 「ミル!!!」 ミルドレッドはパントリーで倒れていた。 アンジェリークが買いに行ったランチを皆で食べるために、お茶を淹れている途中だったようだ。 「ミルドレッド…」 アンジェリークは彼女を軽く抱き上げ咽び泣いた。 一番仲良くしてくれていたとものしは、心臓が抉られるような気分になる。 もう感覚が麻痺していた。 ミルドレッドの死亡を確認した後、アンジェリークは身体をそっと床に横たえた。 残りはアンソニーだ。 「・・・アンソニー・・・」 きょろきょろと見渡すが、彼は見当たらない。 不意にお手洗いに目がいく。 アンジェリークは、ゆっくりとお手洗いを開けると、また言葉を失った。 そこにはアンソニーが倒れており、彼もやはり、確認することもなく、死んでいた。 …どうして…、どうしてこんなことが起こったの!? 頭が混乱してしまい何が何だかわからない。 だが、やるべきことはあった。 アンジェリークは戻しそうになるのを何とか抑え、入局した頃に習ったマニュアルどおりに、自分の荷物を取って先ずは外に出た。 もちろん、ジャッケットとポケットにはカトリオーナの銃を忍ばせている。 あたりを彼女はきょろきょろと見る。 行き交う人々全てが皆的に思えた。 私たちが何をしたというの…!!! ただ、本部に言われて世界中の書物の分析をし、それをデータ化していただけなのに・・・。 事件に巻き込まれることなんて、ありやしないはずなのに・・・!!! 暫く走って、アンジェリークは手ごろな電話ボックスを見つけてそこに入った。 話を聞かれないようにである。 彼女は携帯を持っていたが、盗聴の可能性を考え、電話を手にとった。 本部の電話番号を押す指も幾分か震えてしまう。 「はい。CIAオペレーション室」 「コレットです。アンジェリーク・コレット。”少佐”をお願いします」 オペレーターの声にアンジェリークはほんの少しほっとして、名前を名乗った。 「コードネームを」 「あ、”Angel”です」 「では、”Angel”、どこからかけてきている」 「近くの公衆電話です」 一瞬、オペレーターが間を空ける。 「マニュアルを読まなかったか? 盗聴されない回線を使ってくるようにと」 「判っています。 けれども、あの状況では、事務所からは電話できなかったので」 余りにもの事務的な反応に、アンジェリークは少しいらいらした。 「状況を報告せよ」 オペレーターの声に、アンジェリークは気を落ち着かせるために生唾を飲み込むと、深呼吸を一度だけする。 「ニューヨーク支部第17課の本日出勤メンバーで、私以外が・・・殺されました・・・。私は、たまたま昼食を買いに出ていて、助かりました・・・」 やっとのことでアンジェリークはいい、言った後も、深呼吸せずにはいられなかった。 まだ心臓が酷く高まる。 「殺されたメンバーは」 「”教授”モーガン・ジョンソン、”ナイチンゲール”カトリオーナ・ダナウェイ、”先生”アンソニー・パワーズ、”キャンディ”ミルドレッド・クレヴス、”ボーイスカウト”ヘンリー・ハウスマン」 一人一人の名前を噛締めるかのように、アンジェリークは名前をしっかりといった。 「了解。何か護身するものは持っているか?」 「”ナイチンゲール”の銃です」 「了解。今から2時間後に再び電話せよ。保護に行く」 オペレーターは何事もないように無表情に言う。 「はい」 「ここから受話器を外したまま、立ち去ること。以上。2時間後に連絡を待つ」 アンジェリークは受話器に向かって頷くと、受話器をそのまま手放して、電話ボックスを出た。 オペレーターは電話後、すぐにボタンを押すと、支部長に伝える。 『ニューヨーク支部第17課で事件発生』 来たか・・・ 電話ボックス殻出てきたアンジェリークを、煙草を吸いながらじっと見つめている銀の髪の青年がいた。 青年は黄金と翡翠の異色の瞳でじっとアンジェリークを捕らえている。 彼は煙草を足で揉み消すと、アンジェリークの後をそっとつけていく。 アンジェリークにとって、最も長い72時間が、今、幕をあけた------- TO BE CONTINUED… |
コメント ハードボイルドサスペンスです。 アリさん出ましたが、ちょっぴん(笑) コレから大活躍の予定です! ご期待くださいませ〜!! |