72 HOURS OF THE ANGEL

Chapter1


 低い雲が垂れこめた空の下、一台の自転車が駆け抜ける。
 アンジェリーク・コレットは、時計を気にしながら、ひたすら車道の横を走っていた。

 まあ、きっと間に合うわよね?

 その澄んだ瞳は、真っ直ぐと冬の空を見つめている。
 希望に満ちた、明るい光が印象的な瞳だった------

 その頃、”全米は文学史協会”では、慌ただしく任務が始まりを告げている。
 決められた始業時間よりも早いが、それはこの職場の”暗黙の了解”でもある。
「アンジェはまだなのか?」
 ”教授”と呼ばれている初老の男が、受付係の中年女性カトリオーナに少し落ち着かない風に言った。
「教授、アンジェリークなら、あと4、5分で来るでしょう」
 彼女は机の下にある監視カメラを見つめながら、淡々と呟く。
「別に遅刻ではないんですから。そんなに目くじらを立てなくても…。
 私たちより少し来るのが遅いだけ」
「自転車通勤を止めればいいんだ。ったく・・・」
 ぶつぶつと言いながら、”教授”は自分の部屋に帰っていった。
 カトリオーナは笑いながら見送ると、机の引きだしを確認する。
 黒光りする45口径が彼女をほんの少し安心させた。
 これがあれば大丈夫-------
 オフィスには、分析書を書くために、パソコンが次々に立ち上がっていく。
 いつもどおりの一日が始まるはずだった------


 アンジェリークが図書協会のビルに着いたのは、始業時間1分前。
 ほっと胸を撫で下ろすと、彼女は慌てて自転車を止めて、走っていく。

 その様子を遠くから見ている紺色の車の存在に、彼女は気がつかなかった。
「これで本日の出勤者は全員か…」
 男は低く呟くと、リストにあった”アンジェリーク・コレット”の名を消した。

 アンジェリークはドアの前に立ち、監視カメラに向かって手を振った。
 いつものように監視カメラを見ていたカトリオーナは、穏やかな微笑みを浮かべて、セキュリティロックを解除する。
 ドアが開くと、アンジェリークは微笑みながら中に入った。
「おはよう、カトリオーナ」
「おはよう、アンジェ。今日もぎりぎりよ」
 鋭い突っ込みにアンジェリークは誤魔化すように笑うだけだ。
「あ、”教授”があなたを探してたわ」
「”教授”が?」
 声をあげるのと同時に、”教授”が部屋から出てくる。
「相変わらずぎりぎりだな?」
 毎度の嫌みな言葉には、アンジェリークは耳を貸さないようにしている。
「この間君が出したレポートの返事が返ってきたぞ」
 ぺらぺらの封筒を持って、ひらひらとさせている。
 アンジェリークはすぐに”教授”に輝かせた眼差しを送った。
「何て返ってきました?」
「分析意味なし」
 大きな溜め息とともに肩をガクリと落とす。
「せっかく50枚もレポートを書いたのに?」
 野心的なレポートであったせいか、アンジェリークの落胆振りは相当のものであった。
「”本部にはそのようなこともないし、危惧もない”だそうだ」
 ”教授”はそれ見たものかとばかりに、鼻を鳴らして言っている。
 いつも温和なアンジェリークではあるが、”教授”とはまったくと言っていいほど反りが合わなかった
「とにかく、また本を読んで分析したまえ」
「はい」
 溜め息を吐くと、アンジェリークは2階のオフィスに向かった。
 部屋に入り窓から外を見ると、雨が降り始めている。
 彼女はまだ気がつかない。
 ダークブルーの車がこちらを伺っていることを。

 車の中にいるスーツの男は、書類をじっと見つめている。
 そこには”全米図書協会”メンバーの写真が入っており、そこにはもちろんアンジェリークの写真があり、彼は不気味にもその写真を見つめていた。

 アンジェリークはマーカーでチェックを入れながら、本を読んでいる。
「ねぇ、被害者は45口径で撃たれて死んだのだけれど、体内はおろか回りからも弾丸も薬莢も発見されなかった。これってどういうことだと思う?」
 仲間たちにアンジェリークは訊いたが、誰も知らないと言って首を振る。
「今日だって七人も出勤してるのに〜」
 アンジェリークは頭を捻りながら再び溜め息を吐いた。
「”教授”とカトリオーナは別枠で考えろよ? 実質頭を使えるのは、俺たち5人だけだぜ」
「確かに」
 同僚のヘンリーに言われて、彼女は一理あると頷く。

 ビルの前に宅配便の車が止まる。
 監視カメラに写った宅配業者を確認し、カトリオーナはセキュリティを解除し、業者を中に入れた。
「荷物を送る人は至急受付に持ってきて」
 各オフィスに連絡が入り、アンジェリークは直ぐに荷物を抱えて受付に降りていく。
「ごめんなさい! これをお願いします」
 アンジェリークが書類を業者に渡すと、敬礼の後、業者は出ていく。
 同時に、”教授”がオフィスから出てきた。
「”教授”、後10分で雨が止みますよ」
「それはおまえが、今日チャーリーの店にベーグルサンドを買いに行く当番だからだろう?」
「ばれました? でもきっとそうだわ」
 アンジェリークは再び階段を昇って上のオフィスに戻ろうとする。
「アンジェリーク」
 呼び止められて、彼女は階段を昇るのを止めた。
「何でしょうか?」
「-------最近馴れてきたか、仕事は?」
「ええ。守秘義務が時々重くなりますけど」
 アンジェリークは肩をすくめると、”教授”を見る。
「-------それが我々の最大の任務だ」
「…判ってます…」
 それだけ言うと、彼女は一旦 オフィスへと戻った。

 結局。
 雨は10分では止まなかった。
 ランチの当番のアンジェリークは、溜息を吐いて1階へと降りていく。
「あら、アンジェ傘は?」
 カトリオーナは訝しげに何も持たない彼女を見つめてきたので、アンジェリークは視線で”裏口”を指した。
「なるほどね。チャーリーの店までなら裏から行けば大丈夫だものね」
 頷いた後、アンジェリークはこっそりと裏口に通じる書庫に向かった。
 それを”教授”が見逃すはずはない。
「こら! アンジェリーク!!! そこは緊急の出口だぞ!!」
 あいも変わらず”教授”は怒ったが、アンジェリークはさっさと行ってしまう。
「ったく・・・」
 ”教授”は悪態を吐くことしか出来なかった------

 アンジェリークは書庫の奥にある書棚を押して、さらに薄暗い部屋に抜ける。
 そこからドアを抜ければ、外に出ることが出来た。
「ったく、いやになっちゃう!!」
 チャーリーの店までの数秒をアンジェリークは必死になって走った-------

 車の男は時計を見つめ、11時30分になったことを確かめた。
 ”全米文学史協会”に向かって、ポストマンがゆっくり歩いていく。
 漆黒のスーツの男が反対側から、そして車に乗っている濃紺のスーツを着た男も車から降りた。

 そこ頃、アンジェリークはホットミルクを飲みながら、ベーグルサンドが出来上がるのを待っていた。
「あ、”教授”はマスタード抜きね? ああ見えて、辛いのが苦手だから」
「優しいなあ。アンジェちゃんは!」
 店のオーナーであるカルフォルニア出身のチャーリーがメロメロとばかりに、絶賛する。
「ああ見えてもね、私をいつもおじいちゃんみたいに見守ってくれてるんだから!」
「”おじいちゃん”か。そうやなあ…。あんさんからみたらそうやわなあ」
「でしょう?」
 チャーリーと他愛のない話をする。
 これもまた、アンジェリークの大好きなことのひとつであった。

 ポストマンは雨の中を押して”全米文学史協会”のドアの前に立つ。
 いつものように、いつもの時間。
 この協会には決められた時間に配達と、集配業務をしなければならなかった。
 監視カメラに、ポストマンが映った。
 いつもの業務のせいか、カトリオーナはいつものようにセキュリティロックを解除した。
 いつものようにゆっくりと入ってくる。
「ご苦労様・・・…!!!!」
 ポストマンはいきなりショットガンをかまえ、カトリオーナの頭を無表情に撃ち抜いた。
 彼女は、護身用の45口径を持つ暇もなくその場に倒れこむ。
 即死だった。
 郵便局員の後ろには、先ほどの濃紺のスーツの男と、漆黒のスーツの男が、ショットガンを持ってスタンバイしている。
「カトリオーナ…!!!」
 音に気がついて出てきた”教授”は、男たちと顔をあわせる間もなく、銃弾の雨に倒れた。
 彼らはお互いに顔を見合し、今度は2階へと向かった。
 誰もが彼らの侵入に気がつかず、真剣に仕事を続けている。
「・・・!!!!!」
 突然、銃弾の嵐に見舞われ誰もが倒れていく。
 声を上げる暇を与えられていないほどである。
 刺客の男たちは冷静だった。
 次々に銃弾を打ち込むが、その仕事は完璧と言っても良かった。

 ヘンリーはたまたまお手洗いに入っていた。
 だが、マシンガンの音に気づき、慌てて、外に出ようとドアに手を掛ける。
 だが--------
 次の瞬間、ドア越しに発砲を受け、彼はその場で倒れたまま、もう決して起き上がって来なかった。
 雨はいつのまにか上がっていた-------

「ほら! 出来たで!!」
「どうも有り難う!!」
 チャーリーに包んでもらったランチをアンジェリークは大切そうに受け取り、微笑んでみせる。
「あんたラッキーやな? ここにおる間に雨が止んだわ」
「よかった!!! じゃあ、またチャーリーさん!!」
「ああ、またな?」

 アンジェリークは今度は正面から帰るために道を歩いていく。
 この先に何があるか、知るよしもなかった-------

 TO BE CONTINUED…
  

コメント

また新しい物語。
今度はハードボイルドサスペンスです。
少しの間アリさん出てきません。
次回の最後ぐらいには出したいです…!!!!
今萌えてます。
カッコいいアリさんに(笑)

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