低い雲が垂れこめた空の下、一台の自転車が駆け抜ける。 アンジェリーク・コレットは、時計を気にしながら、ひたすら車道の横を走っていた。 まあ、きっと間に合うわよね? その澄んだ瞳は、真っ直ぐと冬の空を見つめている。 希望に満ちた、明るい光が印象的な瞳だった------ その頃、”全米は文学史協会”では、慌ただしく任務が始まりを告げている。 決められた始業時間よりも早いが、それはこの職場の”暗黙の了解”でもある。 「アンジェはまだなのか?」 ”教授”と呼ばれている初老の男が、受付係の中年女性カトリオーナに少し落ち着かない風に言った。 「教授、アンジェリークなら、あと4、5分で来るでしょう」 彼女は机の下にある監視カメラを見つめながら、淡々と呟く。 「別に遅刻ではないんですから。そんなに目くじらを立てなくても…。 私たちより少し来るのが遅いだけ」 「自転車通勤を止めればいいんだ。ったく・・・」 ぶつぶつと言いながら、”教授”は自分の部屋に帰っていった。 カトリオーナは笑いながら見送ると、机の引きだしを確認する。 黒光りする45口径が彼女をほんの少し安心させた。 これがあれば大丈夫------- オフィスには、分析書を書くために、パソコンが次々に立ち上がっていく。 いつもどおりの一日が始まるはずだった------ アンジェリークが図書協会のビルに着いたのは、始業時間1分前。 ほっと胸を撫で下ろすと、彼女は慌てて自転車を止めて、走っていく。 その様子を遠くから見ている紺色の車の存在に、彼女は気がつかなかった。 「これで本日の出勤者は全員か…」 男は低く呟くと、リストにあった”アンジェリーク・コレット”の名を消した。 アンジェリークはドアの前に立ち、監視カメラに向かって手を振った。 いつものように監視カメラを見ていたカトリオーナは、穏やかな微笑みを浮かべて、セキュリティロックを解除する。 ドアが開くと、アンジェリークは微笑みながら中に入った。 「おはよう、カトリオーナ」 「おはよう、アンジェ。今日もぎりぎりよ」 鋭い突っ込みにアンジェリークは誤魔化すように笑うだけだ。 「あ、”教授”があなたを探してたわ」 「”教授”が?」 声をあげるのと同時に、”教授”が部屋から出てくる。 「相変わらずぎりぎりだな?」 毎度の嫌みな言葉には、アンジェリークは耳を貸さないようにしている。 「この間君が出したレポートの返事が返ってきたぞ」 ぺらぺらの封筒を持って、ひらひらとさせている。 アンジェリークはすぐに”教授”に輝かせた眼差しを送った。 「何て返ってきました?」 「分析意味なし」 大きな溜め息とともに肩をガクリと落とす。 「せっかく50枚もレポートを書いたのに?」 野心的なレポートであったせいか、アンジェリークの落胆振りは相当のものであった。 「”本部にはそのようなこともないし、危惧もない”だそうだ」 ”教授”はそれ見たものかとばかりに、鼻を鳴らして言っている。 いつも温和なアンジェリークではあるが、”教授”とはまったくと言っていいほど反りが合わなかった 「とにかく、また本を読んで分析したまえ」 「はい」 溜め息を吐くと、アンジェリークは2階のオフィスに向かった。 部屋に入り窓から外を見ると、雨が降り始めている。 彼女はまだ気がつかない。 ダークブルーの車がこちらを伺っていることを。 車の中にいるスーツの男は、書類をじっと見つめている。 そこには”全米図書協会”メンバーの写真が入っており、そこにはもちろんアンジェリークの写真があり、彼は不気味にもその写真を見つめていた。 アンジェリークはマーカーでチェックを入れながら、本を読んでいる。 「ねぇ、被害者は45口径で撃たれて死んだのだけれど、体内はおろか回りからも弾丸も薬莢も発見されなかった。これってどういうことだと思う?」 仲間たちにアンジェリークは訊いたが、誰も知らないと言って首を振る。 「今日だって七人も出勤してるのに〜」 アンジェリークは頭を捻りながら再び溜め息を吐いた。 「”教授”とカトリオーナは別枠で考えろよ? 実質頭を使えるのは、俺たち5人だけだぜ」 「確かに」 同僚のヘンリーに言われて、彼女は一理あると頷く。 ビルの前に宅配便の車が止まる。 監視カメラに写った宅配業者を確認し、カトリオーナはセキュリティを解除し、業者を中に入れた。 「荷物を送る人は至急受付に持ってきて」 各オフィスに連絡が入り、アンジェリークは直ぐに荷物を抱えて受付に降りていく。 「ごめんなさい! これをお願いします」 アンジェリークが書類を業者に渡すと、敬礼の後、業者は出ていく。 同時に、”教授”がオフィスから出てきた。 「”教授”、後10分で雨が止みますよ」 「それはおまえが、今日チャーリーの店にベーグルサンドを買いに行く当番だからだろう?」 「ばれました? でもきっとそうだわ」 アンジェリークは再び階段を昇って上のオフィスに戻ろうとする。 「アンジェリーク」 呼び止められて、彼女は階段を昇るのを止めた。 「何でしょうか?」 「-------最近馴れてきたか、仕事は?」 「ええ。守秘義務が時々重くなりますけど」 アンジェリークは肩をすくめると、”教授”を見る。 「-------それが我々の最大の任務だ」 「…判ってます…」 それだけ言うと、彼女は一旦 オフィスへと戻った。 結局。 雨は10分では止まなかった。 ランチの当番のアンジェリークは、溜息を吐いて1階へと降りていく。 「あら、アンジェ傘は?」 カトリオーナは訝しげに何も持たない彼女を見つめてきたので、アンジェリークは視線で”裏口”を指した。 「なるほどね。チャーリーの店までなら裏から行けば大丈夫だものね」 頷いた後、アンジェリークはこっそりと裏口に通じる書庫に向かった。 それを”教授”が見逃すはずはない。 「こら! アンジェリーク!!! そこは緊急の出口だぞ!!」 あいも変わらず”教授”は怒ったが、アンジェリークはさっさと行ってしまう。 「ったく・・・」 ”教授”は悪態を吐くことしか出来なかった------ アンジェリークは書庫の奥にある書棚を押して、さらに薄暗い部屋に抜ける。 そこからドアを抜ければ、外に出ることが出来た。 「ったく、いやになっちゃう!!」 チャーリーの店までの数秒をアンジェリークは必死になって走った------- 車の男は時計を見つめ、11時30分になったことを確かめた。 ”全米文学史協会”に向かって、ポストマンがゆっくり歩いていく。 漆黒のスーツの男が反対側から、そして車に乗っている濃紺のスーツを着た男も車から降りた。 そこ頃、アンジェリークはホットミルクを飲みながら、ベーグルサンドが出来上がるのを待っていた。 「あ、”教授”はマスタード抜きね? ああ見えて、辛いのが苦手だから」 「優しいなあ。アンジェちゃんは!」 店のオーナーであるカルフォルニア出身のチャーリーがメロメロとばかりに、絶賛する。 「ああ見えてもね、私をいつもおじいちゃんみたいに見守ってくれてるんだから!」 「”おじいちゃん”か。そうやなあ…。あんさんからみたらそうやわなあ」 「でしょう?」 チャーリーと他愛のない話をする。 これもまた、アンジェリークの大好きなことのひとつであった。 ポストマンは雨の中を押して”全米文学史協会”のドアの前に立つ。 いつものように、いつもの時間。 この協会には決められた時間に配達と、集配業務をしなければならなかった。 監視カメラに、ポストマンが映った。 いつもの業務のせいか、カトリオーナはいつものようにセキュリティロックを解除した。 いつものようにゆっくりと入ってくる。 「ご苦労様・・・…!!!!」 ポストマンはいきなりショットガンをかまえ、カトリオーナの頭を無表情に撃ち抜いた。 彼女は、護身用の45口径を持つ暇もなくその場に倒れこむ。 即死だった。 郵便局員の後ろには、先ほどの濃紺のスーツの男と、漆黒のスーツの男が、ショットガンを持ってスタンバイしている。 「カトリオーナ…!!!」 音に気がついて出てきた”教授”は、男たちと顔をあわせる間もなく、銃弾の雨に倒れた。 彼らはお互いに顔を見合し、今度は2階へと向かった。 誰もが彼らの侵入に気がつかず、真剣に仕事を続けている。 「・・・!!!!!」 突然、銃弾の嵐に見舞われ誰もが倒れていく。 声を上げる暇を与えられていないほどである。 刺客の男たちは冷静だった。 次々に銃弾を打ち込むが、その仕事は完璧と言っても良かった。 ヘンリーはたまたまお手洗いに入っていた。 だが、マシンガンの音に気づき、慌てて、外に出ようとドアに手を掛ける。 だが-------- 次の瞬間、ドア越しに発砲を受け、彼はその場で倒れたまま、もう決して起き上がって来なかった。 雨はいつのまにか上がっていた------- 「ほら! 出来たで!!」 「どうも有り難う!!」 チャーリーに包んでもらったランチをアンジェリークは大切そうに受け取り、微笑んでみせる。 「あんたラッキーやな? ここにおる間に雨が止んだわ」 「よかった!!! じゃあ、またチャーリーさん!!」 「ああ、またな?」 アンジェリークは今度は正面から帰るために道を歩いていく。 この先に何があるか、知るよしもなかった------- TO BE CONTINUED… |
コメント また新しい物語。 今度はハードボイルドサスペンスです。 少しの間アリさん出てきません。 次回の最後ぐらいには出したいです…!!!! 今萌えてます。 カッコいいアリさんに(笑) |