CHAPTER9


 潮風で錆び付いた梯子を音を立てながら、二人は登る。
 もちろん、アリオスには「何でもないこと」だが、アンジェリークにとってはそうではない。
 掌に汗を滲ませながら、精一杯彼の後に付いて登る。

 足手まといになりたくないから・・・。

 下を見ないようにただアリオスの背中だけを見るようにした。
 先にアリオスが難なく登り切ると、後からくるアンジェリークに向かって手を差し延べた。
 風に揺れる銀の髪が闇に浮かび上がる。
 何も話さず、ただ異色のまなざしが浮かび、優しい光を発していた。
 その姿は、アンジェリークには神のように思える。
 彼の艶やかな光に導かれて、梯子を登り切る。そのまなざしに見守られて、安心してのこと。
 アリオスの手をしっかり掴んで、アンジェリークはタンクを登りきった。
 そこでセキュリティライトがやってきた。
 二人は身を縮めてやり過ごし、ライトがいってしまった後、隣の屋根に飛び移る。
「いくぞ」
 アリオスは有無言わせず、アンジェリークの細い腰を抱いて、そのまま屋根に向かって飛び乗った。
 アンジェリークは思わず目を閉じる。
 宙に浮いたのは、ほんの一瞬だったが、まるで夜空を飛んだような錯覚すら感じる。
 そのまま狭い屋根の上に着地したが、アンジェリークのよろけた体を、アリオスはしっかりと支えた。
 暗闇の中、足下を目を凝らせば、ルウ゛ァの言う通り、人一人入れば精一杯の換気孔があった。
「アンジェ、俺が入ったらすぐに入って来い」
 緊迫した声にアンジェリークはただ頷いただけだった。
 アリオスはすぐさま柵を開け、中を覗き込む。

 深いな、意外と・・・。

 エレベーターの箱は下方にあり、ワイヤーを伝わなければ、行くことができない。
 まずアリオスが中に入りワイヤーに伝わって、少しだけ降り、”来い”と言う意味で、彼女に手を延ばした。
 後ろからはセキュリティライトが迫っている。

 アリオスに迷惑を掛けられない・・・。

 本当は足がすくんで動かない。
 だが何とか、それを押さえつつ、アンジェリークはアリオスに向かって降りた。
 アリオスがいるから頑張れる。
 セキュリティライトが間近に迫っている。
 彼女が空気孔に入ったのと同時に、セキュリティライトが屋根の上を通過した。
 降りてきた彼女の身体をアリオスは腕に抱き留め、守るようにして、ワイヤーに沿って下に降りていく。
 緊張感が漲る中だが、アリオスの暖かさが幾分か和らげてくれる。
 エレベーターのワイヤーを伝って降りる。
 汗が掌から染み出ていく。
 アリオスにしっかりと身体を支えてもらっているせいか、不思議と怖くはない。
 しっかりと力強く、アンジェリークの華奢な身体を支えて、アリオスはエレベーターの屋根に降り立った。
 冷静に、眉ひとつ動かさない彼の横顔をアンジェリークは見つめ、魅了されずにはいられない。
 時間が限られているせいか、アリオスの動きは非常に機敏で、すきがない。
 彼はハッチを開け、そのままエレベーターの中に先ずは降り立った。
 降り立つ祭も、姿勢がぶれることすらない、完璧な着地だ。
「来い」
「うん・・!」
 アリオスが胸を広げて待ってくれている。
 それだけで、何も怖いものなんかはない。
 アンジェリークは、アリオスに向ってそのまま飛び込んでいった---
 瞬間----
 温かく逞しい感触が身体を包み込んでくれているのが判る。
 ぎゅっと一瞬だけ抱きしめた後、彼女を片手で抱いたまま、アリオスは素早くエレベーターの操作をする。
「何をするの?」
「途中で開かないようにするだけだ」
 アリオスは、ズボンのポケットから、小さな道具を取り出し、それを操作盤につけることで、エレベーターを開かなくする。
 作ったのはCIAでもその技術力で知られているゼフェルであった。
 アリオスは、地下のボタンを押すと、ようやく操作盤から離れる。
「アンジェ」
「なあに?」
 フッとアリオスは笑うと、彼女の頬に軽く口付けた。
「良くやったな、アンジェ」
「アリオス…」
 ぎゅっと二人は一瞬だけ抱き合った後、身体を少しだけ離す。
 まだまだこれからだと、良くわかっているからである。
 階を示すランプがちかちかと輝いて、地下が近いことを示しているのが判る。
「…もうすぐ…、レヴィアスに逢えるのね…」
「ああ…」

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 二人の見張りをしながら、オリヴィエは時計を見つめた。

 そろそろか…

 彼は礼儀正しく、リモージュとレヴィアスを閉じ込めている部屋にノックしてから入る。
 彼の姿を認めるなり、リモージュは、守るようにレヴィアスを抱きしめ、身体を固くする。
 オリヴィエの姿を見つめる眼差しも、けん制が含んだきついものだ。
「リモージュちゃん、そんな怖い顔したら折角の可愛い顔が台無しだよ?」
「ほっておいてください!」
 少し頬を膨らませて怒るリモージュに、オリヴィエはくすりと余裕を持った笑みを浮かべている。
 繊維を喪失してしまうようなえ笑顔に、リモージュは拍子抜けしてしまう。
「それにそんな顔してたら、婚約者殿がいやがるよ?」
「え!?」
 驚いた表情を浮かべる彼女に、彼は微笑んで返すだけ。
「とにかく、ここから出るから、立って」
「いやです!」
 警戒心剥き出しのリモージュの態度に、オリヴィエは厳しい眼差しを一瞬投げかけた。
 何時も穏やかな彼には珍しい光。
 実際、リモージュも、内心は、見張りが彼でよかったとすら思っているのだ。
「ここはどうしてもついてきてもらうよ?」
「きゃっ!」
 その優美な外見なのにも関わらず、オリヴィエの力は強く、リモージュは抗うことなんて出来やしない。
 レヴィアスを抱いたまま、リモージュはオリヴィエに立ち上がらせられ、そのまま腕を引っ張られ外へと連れて行かれる。

 これから、私たちはどうなるの…?
 信じてるから、オスカー!!
 あなたが助けにきてくれることを----

 ゆっくりと監禁場所である薄暗い地下室から出される。
 暫く、冷たい廊下を強制的に歩かされて、エレベーター前まで連れてこられた。
 エレベーターが下りてくる油切れのような無機質な音が大きくなってくるのが判る。
「…どこへ連れて行くの…?」
 不安げに呟くリモージュにオリヴィエは答えない。
「ねえ!!」
 強く念を押した所でも、彼は答えるはずはなくて…。
 ただオリヴィエはリモージュを逃げないようにしっかりと離さないでいるだけだった。

 これから、何が起こるというの…!?

 エレベーターが止まる気配と同時に、到着を知らせるベルが鳴った。

 私たちは、誰かにまた引き渡されるの?

 エレベーターのドアが音を立てて開く。
 リモージュはそれに集中する。
 そのドアが開いた瞬間、リモージュははっと息を飲んだ。
 そして----
 オリヴィエは、リモージュの腕から手を離して、敬礼をした。
「ご苦労だった、オリヴィエ」
 そこから出て来たのは、アリオスと女王アンジェリークの夫妻だった。

 陛下!
 大公様!
 これはいったいどういうことなの・・・

TO BE CONTINUED…

コメント

Lynne Sawamura様の『BAGDAD CAFE』開設記念のお祝いです。
リクエストは、「DESPERADO」の続編で、アリオスが、愛する妻子を護る為、
再び、ヴィクトール、オスカーたちと戦いに挑んでいく…。
ものの、第九回です。
次回はいよいよマグナムアリオス!!!
一番書きたかったの〜!!!
たぶん嵐の中かいてるんだろうな…。
台風来てるから…(笑)