CHAPTER2


 車間距離は三メートル。
 ここからラングレーに行くにはハイウェイしかない・・・。
 発砲も出来ねえか。
 アリオスは感情のない表情でじっと前だけを見ている。
 獣が持つ狩りの光が瞳に宿っている。

 本当は、アリオスは”大公”として私の側にいるよりも、こっちのほうがあってるかもしれない・・・

 彼の死秋に見慣れた道路標識が入ってくる。
 この国にいたときに通いなれた道。
 彼の脳裏に光明が広がる。

 あの道を使うか…

「アンジェ、少し荒っぽい運転になる。しっかりつかまってろ」
「うん」
 アンジェリークは素早くシートベルトをし、体勢を整える。
 以前、これと同じことがあった時、彼女は理由が分からず、慌てふためいていた。
 だが今は、違っていた。
 夫に愛され守護され、母としての経験が、アンジェリークを強くしていた。
 彼女はじっと彼を見ている。
 だがそのまなざしに一抹の不安すらない。
 スピードが増してくる。
 二台の車は規則正しい車間距離を取っていた。
 アリオスはちらりと辺りを見る。

 そろそろか・・・。

 人と車の流れがとぎれる。
 急にアリオスは窓を開け、追跡車に向かって小さな部品を投げると、アクセルを踏み、さらにスピードを上げ、車間距離を少し広げた。
  その瞬間。アンジェリークは身体がふわりと舞い上がるのを感じた。
 二人を追跡していた車の者たちは息を飲む。
 目の前にいた車が簡単に消えたから。

 いったい、何が起ったんだ!?

 車が先へと慌てて字は知っている音が聞こえる。

 行ったか・…

「行ったみたいね・・・」
 アンジェリークは、酷くバランスの悪い体勢に苦笑いをしながら言う。
 二人の車は今、細い路地にいた。
 片輪だけ地面に付いている状態で縦になっていた。
 路地は人が通れるほどしかなく、狭い。
 この状態でなければ、車は中に入ることが出来なかった。
 ここに入ることで、やり過ごせると踏んだ、アリオスの作戦の勝利だった。
「こっちに研修で住んでた時の記憶が役にたったみてえだ」
「有り難う」
「行くぜ?」
「うん」
 アリオスはゆっくりと車を発進させて、路地から出る。
 出た場所は、ハイウェイに近い場所だった。
 そこから、ジョージ・ワシントン・メモリアル・パークウェイに乗り、ラングレーのCIA本部に向かうのだ。
 アリオスにとっても、アンジェリークにとっても、思い出のハイウェイだった。
 アリオスがCIA職員だった五年間、この道程を通い、アンジェリークは記憶を思い出し、彼に再会するために通った道程だった。
「私にとっては、幸せを運んでくれたハイウェイだわ」
「今度も、そうなるといいな」
「うん」
 アリオスは彼女の太股に手を置く。そこからは愛が伝わってくるように、アンジェリークは感じた

 ここを通った時の私は、世間知らずの子供だった。でも今は違う。アリオスに闘うことを教わり、人を愛することを教わった。女王になり、母になり、私は強くなった。守られるだけではなく、今度はアリオスと手をとりあって闘いたい。レウ゛ィアスの為にも・・・。

 凛とした光が彼女の瞳に宿る。

 いい瞳をするようになったな? アンジェ・・・。

 車は緑なす静かな街へと入っていった。

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 ラングレーの本部は、何も変ってはいなかった。
 駐車場もセキュリティも何もかも…。
 アリオスが貰ったIDカードの横には、"セキュリティ・クリアランス”の最高度が示されている。
「ここで、ランディがアナリストと長官のところまで連れて行ってくれる。
 今回は、腕利きのアナリストが、事件の情報を分析してくれる…」
「うん…」
 二人は、大きな大理石の廊下で、その人物を待っていた。
 そこに書かれている言葉を、アンジェリークは改めて見る。

 なんて…、重い言葉なんだろうか…

『かくて、汝らは真理を知らん。心理は汝らに自由を得さすべし』
 いつものように掲げられているこの言葉も、アリオスもまたこの言葉を噛み締める。

 昔…。
 この言葉を胸に、俺は任務を遂行した。
 アンジェリークにとって、これが心理のように思えた…。

「アリオスさん! お待たせしました!」
 ランディが、まるで子犬のように走ってきたので、アリオスは思わず苦笑した。
「おい、ランディ。学校で習わなかったか? 廊下は走るなって? おまえはこれでも*IVリーグの俺の後輩だろ?」
「す、すみません!」
 全く変らないランディに、アンジェリークも思わず苦笑する。
「とにかく、アリオスさん。長官のところへご案内いたします」
「頼んだ…」
 ランディはしっかりと頷き、二人を特別エレベーターに案内した。


 閉口するほどのセキュリティを通過して、三人はようやく長官室の前までたどり着いた。
 このドアもアリオスは感慨深く見つめる。
「では俺はここで」
「ああ、サンキュ」
 ランディは深く頭を下げると、戻っていった。
 アリオスは最後のセキュティチェッカーに自分のIDを通して、その後にノックをする。
「アリオスです」
「ああ。入ってくれ」
 聞きなれた低い声に、アリオスは懐かしさを感じて、アンジェリークとともに中に入った。
「久し振りだな…、アリオス」
 振り返った長官ジュリアスは、以前にも増して、威厳と金髪が輝いていた。
「CIA長官となんてまだ重い職務をやってるのか。外交的な失敗があれば、大統領の代わりに辞めなければならない。実際にそのせいで、*ここを立てたおっさんも罷免されてるしな…」
「心配を有難う…。
 そうだ、早速アナリストを紹介する。優秀で、DEAから引き抜いた人材だ…」

 *DEA…。
 嫌な予感がする…

 アリオスは背中に冷たいものを感じる。
「紹介しよう…」
 その言葉を合図に、おっとりと、一人の男性が奥から出てくる。

 げ…!!!

 その姿に動揺の隠せない、アリオスに、ジュリアスは苦笑する。
「ルヴァだ…。おまえとも仕事をしたことがあるから顔なじみだろう…。まあ、よろしく頼む…」
 咳払いをしながら、言葉に詰まる朝刊を、アリオスは唖然と見ている。
「これはアリオスお久し振りですね〜。
 またお会いできて嬉しいですよ〜。
 お二人のために、おちゃが入りましたよ〜」

 また…、苛々しそうだ…

 
TO BE CONTINUED…

コメント

Lynne Sawamura様の『BAGDAD CAFE』開設記念のお祝いです。
リクエストは、「DESPERADO」の続編で、アリオスが、愛する妻子を護る為、
再び、ヴィクトール、オスカーたちと戦いに挑んでいく…。
ものの、第ニ回です。
リクエストどおり、ルヴァさま出ました
CIAのことを少しお話しますと、実は同性愛者はエージェントとして不適格として採用されないんです。
誘惑に弱いという理由らしい…。
ヘテロでも同じなのにね!



*IVリーグ…アメリカの東部にある名門大学群(ハーバード、エール、プリンストン、コロンビアなどの大学)のこと。校舎につたが絡まっているため、このようなうな名前がついた。
*ここを立てたおっさんも罷免…第五代長官アレン・ウォルシュ・ダレスのこと。彼はキューバ危機の責任を取らされ、ケネディ大統領(当時)に罷免された。
*DEA…アメリカ合衆国麻薬取締局