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「思い出せないセンセはいるかも知れんけど、みんなこの人のことは覚えているやろ。」
中央廊下の左側の個室の住人。入り口には「小使室」と書いてあった。 辯当の当番でお茶をもらいにいくとき以外は声をかけることもなかったが、子供達にとっては強大な権力を持ったプロフェショナルな小使さんだった。
「関」と云う名前だったが、近よったら、かみつかれるんではないかと恐れられるブルドッグの雰囲気を持っていたので、男の子はみんな彼のことを「ブル」と呼んでいた。確かに独特のムードを持っていて、つくづく顔を眺めることも出来なかったが、記憶の中では、こんな人やったと思われる。古いラシャのつめ襟服を何年も着ていたが、サイズが合わないせいかだらしなく、警察官の官服のお「古」をもらったのではないかと思えた。いつも「チビ下駄」や「八ッ折れ」をはいていたように思う。
一番不思議なことは、6年間で一度も笑った顔を見た記憶がない事だ。年のせいか活動的ではなかったが、黙々と働く強烈な個性を持ったプロだった。
お茶といえば、あの番茶の味はその後味わったことがない。あつあつの茶を辯当箱の「ふた」に注いで、その角の所から巧みにすヽる「多小式お点前」をいつの間にか皆んな身につけたものだった。