残酷

自己愛ユダヤ民族

 

天界の秘義6667

 

「残酷に」。これは無慈悲を意味していることは解説の要もなく認めることが出来よう、なぜなら今し方取り扱った者らは隣人を全く愛しないで、ただ自己のみしか愛しはしないため、慈悲を全く持たないからである。彼らの許に現れる隣人愛は自己愛以外の何ものでもない、なぜならたれか他の者が彼らに好意を示す限り、即ち、その者が彼らのものである限り、その者は愛されはするが、しかしその者が彼らに好意を示さない限り、またはその者が彼らのものでない限り、その者は斥けられ、もしその者が以前友達であったなら、嫌悪されるからである。こうしたものが自己愛に隠れていて、世では明らかいされはしないが、しかし他生では明らかにされ、そこで爆発するのである。それがそこで爆発する理由は、外なるものはそこで取り去られ、その時その人間は内部ではいかようなものであったかが明らかにされるということである。