知恵の壮麗な宮殿の中を覗き込むことは出来ない人物

これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました(マタイ11・25)

垢・皮膚

 

 

 

 

天界の秘義3428[3]

 

 死後の生命、死人の復活、最後の審判、天界と地獄の場合も同じである―これらのものは存在するか否かと単に議論しているにすぎない者は、その間知恵の扉の外側に立っていて、たんにノックするのみで、知恵の壮麗な宮殿の中を覗き込むことは出来ない人物のようなものである。しかも奇妙なことにはこのような人間は自分自身を他の者に較べて賢明な者であると信じており、何かの事柄がそうであるか否かと論じ、特にそれはそうではないと立証することが出来る自分たちの才能に比例して賢明な者であると信じているが、それでも善の中にいて、彼らからは軽蔑されている単純な者たちは、その物が存在し、またその性質のいかようなものであるかを、一瞬にして、何らの議論もなしに、ましてや学問のある論争もなしに認めることが出来るのである。これらの者は真理を認識することについては常識を持っているに反し、前の者はその物が何らかの存在を持っているか否かをとりわけ論じようと欲して、このような方法によりこの常識を消滅させてしまっているのである。主が賢い者と理知ある者から事柄は隠されているが、幼児には示されていると言われるとき、主は前の者についても、後の者についても語られているのである(マタイ11・25、ルカ10・21)。