論理

 

真空投げ真理の濫用

 

 

 

ローマ3・1−4

 

では、ユダヤ人の優れた点は何か。割礼の利益は何か。それはあらゆる面からいろいろ指摘できます。まず、彼らは神の言葉をゆだねられたのです。それはいったいどういうことか。彼らの中に不誠実な者たちがいたにせよ、その不誠実のせいで、神の誠実が無にされるとでもいうのですか。決してそうではない。人はすべて偽り者であるとしても、神は真実な方であるとすべきです。

「あなたは、言葉を述べるとき、正しいとされ、

裁きを受けるとき、勝利を得られる」

と書いてあるとおりです。

 

 

 

エドマンド・バーク/(新訳)フランス革命の省察/P54

 

 けれども王位世襲を支持する議論の中にバカげたものがあるからといって、王位世襲を合理的に支持する議論までが否定されることがあってはなるまい。後者の議論は、法と政治の諸原則をきっちり踏まえているのだ。

 法律家や宗教家の中には、つまらぬ主張をする者も少なくないが、それを理由に法律や宗教全体を否定して良いとなったら、世の中は無法状態で、誰も救われることはない。そして論争相手の中にタワゴトを口にする者がいるからといって、デタラメを述べたり、いかがわしい原則を広めようとしたりしても許されることにはならないのである。