闇に映える<IX>

…私のお気に入りの場所です
っ!
閉じていた瞼をバッと開き、まだ少し状況が把握できていない状態で天を見つめる。
頭を抱えながら起きあがった時、ベッドから刀が落ちる音が部屋に響いた。
「な、んで…あの時の事を今………」

見ていた物は惟の夢。
それも自分の心が整理された時の事で悪い物ではない。
アイラが蟠りを溶かしてくれたのだから…
しかし夢の中の彼女は笑みではなく何処となく辛い顔をしていて、背景も淀んでいたと
言う記憶が強かった。
落ちた反動で刀身が半ば曝け出た得物を拾い、一気に髪を掻き揚げる。
(…夢なのだから気にする程でも無いだろうが………どうも残るな)
特にあの表情…と言う言葉を口で付け足していつもの生活に戻ろうとする。
外は日が沈んでいるのに加え、雲が空を覆い尽くし更に暗く感じた。
だが、何処と無く落ち着かない様子のクライヴは、そんな些細な事を気にも留めてはいない。


遠くの方で天が光りを発し、音を立てているのが聞こえる。
藍色に映える稲光は、見事なまでにくっきりと見えた。
「…今夜はあまり天気が良くないみたいだな……早々と切り上げるか」
そう言いながら鞘を鍔元から引き抜く。
雷が轟く日に金属である刀を扱うのは少々気になったが、少しでも修行をして身体を
動かさないと調子があまり良くないので、迷いを断ち切り始める事にした。
呼吸を整え、精神を集中させようと瞼を下ろす。
惟聞こえて来るのは雷鳴……の筈だったが、何処からともなくパタパタと言う音が
紛れている。
「…………この音は」
ゆっくりと目を開き、忙しない飛行物体を視界に入れた。
「クライヴ様ぁ〜〜〜!!!」
「やはりフロリンダか……どうした、そんなに慌てて」
もう聞き慣れたフロリンダの羽ばたきを感知し、息を荒げている眼前の妖精に問いた。
時折唐突な事件が発生した時も今と同じように急ぎながら来るが、何処か、何か違うのが
心に引っ掛かった。
「そ、それが〜、ア、アイラ様が〜〜っ」
「……アイラが?」
ぴくっ、と微妙にその名で反応する。
「アイラ様が何処かに行かれてしまったんですぅ〜〜!!」
それを言い終えた後のフロリンダはうっすらと涙を浮かべていた。
どうやら本当の事らしい。
「…………詳しく説明してくれないか?」
早く、今どんな状況なのかを知りたくて突っ掛かりそうな気持ちを押さえながら
出来るだけ冷静に聞いた。
それが、今の自分に出来る最大限の事だと思い。
「それが、アイラ様のお姿を見なくなったのは3日前なんですけどぉ、突然何処かに
 消えてしまったみたいなんですぅ」
「他の勇者の所に行っているんじゃないか?」
「それは無いですよぉ! アイラ様はそういう時、事前に私達にちゃんと言ってくれますからぁ
 現に他の勇者様達の所を見て来ましたしぃ… 今までこんな事無かったのでフロリン心配で…」
(…妖精達にも誰にも言う事なく一人で何処かに消えた…? アイラの性格上、考え難い事だが…)
「……帝国の奴等に捕まる訳無いしな」
「絶対それは無いと思いますぅ アイラ様ご自身がお身体を具現化しない限り普通の人には見えない
 筈ですからぁ」
(…となると)
「フロリンダ…、最近何かアイラの身の周りで無かったか?」
「…何か? …………あっ!そう言えばぁ………」
フロリンダは自分の口から報告した出来事をクライヴに話した。
クライヴは少々驚いた様子で、それを聞いていた。



「………と、いう事なんです」
「そうか… そんな事があったんだな……」
それを話し終えた後のフロリンダは更に涙を浮かべていた。
今にも零れんと思わせるようなくらいに。
「勿論、フロリンも悲しかったですけどぉ、お仕事がありましたからぁ…… でもぉ、それからだと
 思いますぅ… アイラ様の様子が変わったのは… クライヴ様、何処か場所で心当たりはありませんかぁ?
 フロリン達も一斉に探しているんですけどぉ…」
「心、当たり……」

(―私の好きな)

「…!」
クライヴの脳裏に一つの場所が思い浮かぶ。
たった一箇所、彼女が案内してくれた夢にまで見た場所。
水晶が煌く、神聖な…
「…フロリンダ、俺は思い当たる節を探して来る お前もそのまま探索を続けてくれ」
「わ、判りましたぁ! フロリン、全力でアイラ様をお探ししますぅ!」
そう言うとフロリンダは藍色の空に向かって再び羽ばたき出した。
それを見送ったクライヴも、直ぐに身体の向きを変え走り出す。

(…アイラ!)

もしかしたらあの夢はアイラからの信号だったのかもしれない。
どう仕様も無い悲しみの中から誰かに、もしくは俺宛てに……
アイラの性格だと一人でかなり悩んでいるに違いない。
俺は君を必ず見つけて……

「…!」

林の中を駆け抜けて行くクライヴの前に、数匹のモンスターが立ち塞いだ。
最近この辺りのモンスターは倒していないな、等思いながら鞘から刀を抜く。
「退け!!」
珍しくも声を荒げるクライヴの頭上から、ポツポツと雫が落ちて来た。
濡れながらもそれには構わず、切っ先でモンスターの身体を突き、裂く。
返り血を浴びようが、自ら血が流れようが気にならなかった。
雷鳴は、更に激しく鳴っている。



ズル…  ズルッ…
何かを引きずるような音が、洞窟内に微かに響く。
刀からは乾かぬ鮮血が、雨と混じって時折ポタリと垂れた。
「………ハァっ……っ…やはり……ここに居たか……」
洞窟の奥底、調度以前来た所にアイラは一人こちらに背を向けて立っていた。
後ろから見た限りでは、いつもと変わらぬように思う。
「…アイラ…」
「…………不思議ですね……本当に悲しい時って…涙すら出てこないんです」
背を向けたまま、アイラは口を開いた。
それは何処か憂いを含んだ声で。
「…アイラ……あれは、事故だ そう思い詰めていても仕方がない…… 皆が心配している…
 帰ろう……」
「…嫌です 帰りたくありません」
「………………」
語調を変えずに彼女は返すが、その肩は微かに震えていた。
それを見ただけでも、相当な精神的ダメージを受けているとクライヴは感じた。
「私は…人一人も救えない者です……今更帰ってもアルカヤを救える筈ありません……
 それに、私の変わりは他にもいる………」
「アイ……」
「だって……そうでしょ? そんな管理が出来ない者が何かを出来る訳無い……
 私がもっとしっかりしていればフェインは死なずに済んだ!!」
「アイラ!!」

カラン

刀が落ちる音と同時に、こちらを向いたアイラをその手で抱きしめた。
アイラは目を大きく開いて、クライヴに身体をそのまま預けた。
その目尻は、少し光って見える。

―あのですねぇ、クライヴ様
 これはフロリンが直接アイラ様にご報告した事なんですけれども、勇者様のお一人の内の
 フェイン様が先日亡くなられたんです… 
 フェイン様の妻だったセレニスさんがカルーガで天竜復活の儀式を行っていたようで
 フロリン達には内緒でそれを止める為にお一人で向かわれたんです 
 そしたら塔が崩れてお2人共そのまま……―

「…アイラ、そんな自暴自棄になるな 辛い気持ちは俺にも判る… 身近な者が死んだ哀しさとか…
 だが、いつまでもそんな状態では自分を失うだけだ それに、この地は君でしか守れない
 君は、この地を任された守護天使だろう?」
「………私…私、彼を死なせたく無かった……もっと彼の気持ちを考えてあげていれば良かった……
 もう誰も……死なせたく無かったのに…………」

(―彼女は、今でも心の傷として消えないでいるのだ 旧友を失った時の悲しみを… 自らの戒めとして)




「…何か、すみませんでした 取り乱してしまって…」
「いや……それで君が落ち着いたのなら良い」
「でも、本当にありがとうございます…私、自分を見失う所でした… 今度はクライヴに助けてもらいましたね」
そう言った彼女の顔は微笑んでいた。
いつもと変わらぬ、優しい笑顔。
「私がいつまでもこんな状態でしたらフェインも喜びませんものね… 私、又アルカヤを守る事を
 頑張ってみようかと思います」
「…そうか…あっ、アイラ」
「?」
少し首を傾げている天使を横に、クライヴは首筋に手を回して何かを外した。
「…手を、出してくれないか?」
アイラは状況が判らない状態で掌を出すと、一つの銀のロザリオを手渡された。
以前渡されていた物とはどこか違う、特別な雰囲気を醸し出すような…
「! クライヴ、これ…」
「俺が…いつもしている物だ 奴の血の呪いに負けないように… 良かったら受け取ってくれ」
「でも……大事な物なのではありませんか?」
「まぁ…そうだが、俺は良いんだ… 願掛けのような物だったからな…」
「クライヴ……ありがとうございます」
握り締めたロザリオは冷たかったけれど、何処か温かかった。
そんな所がクライヴに似ていると、アイラは胸中で思っていた。

「でもクライヴ…よく見ると凄い傷です 今治しますからじっとしていて下さいね」
慈愛の光りが、クライヴの身体を包み込む。
除除に傷は薄れ、痕を残さず消えて行った。
「こんなになるまで私を探さなくても良かったのに…」
「いや、俺が好きでした事だ… 君が気にする事でもない 惟、ひたすらだったからな…」
「…………………」

(……何で……いつも人はこんなになってまで…)

「判らない……」
「…どうした?」
「…いえ、何でもありません でも、私を探しに来てくれたのがクライヴで良かった気が…」
「何故そう思う…?」
「他の方にここの場所教えていませんし、来られたら来られたでも、ここまで立ち直っているかどうか」
「?」
「ですから私は……」

ハッ
(私……今、何を言おうと?)

「アイラ…?」
何か言いたげだったアイラが突然黙ってしまったので、クライヴは声を掛ける。
その呼び声に変に過敏に反応してしまって、アイラは軽く身を震わせる。
「えっ? ええっと、あの私、他の皆が心配していると思うので先に帰りますね ではっ!」
「―」
クライヴが何かを言い掛けた時には、既にアイラは淡い光と共に消えてしまっていた。
最後何か慌てていた、と言うか焦っていたのが気になったが…
「…あそこまで自分を取り戻せたんだ… 平気だろう」
そう言い残すと洞窟を後にし、雨の上がった外に出た。
淀んだ雲も何時の間にか消え、太陽は昇る準備をしている。
「帰ったら刀の手入れでもするか……」


クライヴが元来た道を引き返している頃、アイラは中が半分空洞になっている丘=先程の洞窟の
上に座っていた。
どうやらAPが少なくて、中途半端な移動しか出来なかったらしい。
「…迂闊でした…APが少なくなっているのに高度な呪文を唱えるなんて……
 フロリン辺りが見つけてくれないでしょうか…」
そんな風に軽く思いながら、そのまま力無く芝生に横たわった。
右手にはクライヴから貰ったロザリオを握って。
「―……」
小さく息を吐くと、瞼を閉じた。
その裏側では、何処か心地よい想いを感じて……




  (コメント)
 この話しはもしかして葉月が一番書きたかった事かもしれません
 (完璧オリジですが)
 クライヴ自分の事なんて顧みないでアイラを探す所とか、アイラもちょっと良い感じになる所とか   
 一人ドリーム入っている所がありますが(^^;)
 あっ、でもフェインにはゴメンなさいです
 貴方の出番ここだけなんですよ(爆)
 それはもう晩秋から決まっていた事で…
 この先の事は少し目処がついた所です
 自分の思い描くような終り方にしようと頑張りたいですね(^^)

                           


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