闇に映える<X>

「…最近身体に傷が残らないな」
そう言いながら、上半身裸の自分の身体を見た。
以前は、傷を受けたら簡単な処置だけをして済ましてきた訳だから後々
残ってしまっていたが、あの天使が回復をし始めてからそれから増える事も無い。
むしろ昔の傷さえ薄れ掛けている。

この間治療してもらった、受けた傷の個所を指でなぞる。
その部分が微かに熱い。
「…早く、来ないだろうか…」


「クライヴ様」
いつも伝令に来る妖精とは違う優しく少し大人びた声が背後から聞こえた。
淡い黄色の光を纏わせ、クライヴの前に飛んでくる。
「リリィか…どうした?」
「はい 今日、アイラ様はお休みになられているので変わりに私が来ました
 宜しくお願いしますね」
「………あぁ」
いつもと変わらずに答えたつもりだったが、細かい所にもこの妖精は気付くので
苦笑混じりで言葉を返される。
「そんなに肩を落とさないで下さいよ 私では不満かもしれませんけれど」
「……!」
真実の事を言われ、カッと顔が熱くなるのが判った。
何も言葉を返せず、クライヴは少し顔を俯かせる。
「そんなに意外そうな顔しないで下さい 他にも気付いている妖精はいると
 思いますよ レーパス辺りもそうだとは思いますけれど…」
(……そんなに俺はあからさまな態度を取っていたか…?)
自分では中々判らないものらしく、しばし昔の事を思い返す。
はたから見れば、直ぐにでも気付いてしまう事が多々あるが…
「クライヴ様は顔に出易いんですよ アイラ様と話している時、私達とは違った
 穏やかな顔をしますもの」
「…以前、フロリンダにも同じような事を言われたな」
どうやら、自分の内に秘めるこの想いを俺は内面に留めさせておくのは無理らしい
そう言えば、色々と思い当たる節があるな…
自然とその手を引きとめてしまった事、自分を省みず彼女を探しに行った事…
「でも大丈夫ですよ アイラ様には言っていませんから」
「そうか…」
少し、胸の内で安堵する。
いっそこのまま言ってしまおうかと思いもするが、自分の中ではまだ抑制が強い。
それでも全ての事を曝け出して、この心の痛みから逃れた方がまだ楽なのだろうか…
「クライヴ様自身はそんなに悩まなくて良いと思いますよ むしろ今はアイラ様の
 方が心配で…」
「アイラがどうかしたのか?」
思案中の自分を現実に引きずり戻し、只その名前一言でも敏感に反応する。
「そういう所が察しられ易いんですよ」とリリィは思い、クライヴに笑みを覚えたが
直ぐに真顔に戻し話を続ける。
「いえ、表向きはいつも通りの仕事をテキパキとこなす天使様なのですが、時々
 何かを考えているようでボーっとしている時間が長いんです 
 悩み事でもあるのではないかと思って……」
軽く溜め息を吐きながら主の事を気に掛けているこの妖精も心労の色を隠せない。
どうやらかなり悩んでいる…らしい?
「…お前もそんなに心配しない方が良い 彼女なら多分……平気だ」
「そうだと良いんですけれども…」


(…………だが、気に掛かるな)


その一日はリリィと過ごし、特に変わらない日常を送った。
心の内でアイラの事が胸の奥で突っ掛えたが、彼女が自ら来るのを静かに待った。


寒さが段々と増し雪が降り積もってきている頃、雪の色とさほど変わりの無い羽が
地に落ちる。
おぼろげに浮かぶ月の光を微かに浴び、ゆったりとその翼を舞わせた者は
下降していく。
一つの家目掛けて。

結晶が層を重ねていく様をクライヴはアメジストの瞳で捕らえていた。
辺境の地での降雪は見慣れたものだが、深々と降り積もっているのを見ると
あまり気は進まない。
“寒い”と言う理由も勿論だが…
一時的にも止むのを待ち、ただ外を眺める。
「…直ぐに止んでくれれば、事は進むのだがな」
少々皮肉めいた言葉を吐き、愛刀に力を込める。
…とその時、窓の近辺から只ならぬ気配を感じた。
(……アイラ?)
もう慣れた気配で存在を感じ、その方向に身体を向ける。
だが、影は動く素振りを見せない。
(入って来ない…?)
それの様子を不思議と思い、クライヴは一言声を掛けてみる。
「アイラ?」
声を掛けられた方からは淡い光と共に、ゆっくりと想い人の天使が姿を表した。
赤銅の髪を微かになびかせ。
「何か……あったのか? 入るまで躊躇していたようだが……」
「…いえ、別に、何でもありません」
(…?)
いつもと何処か様子が違うアイラを気にしながら、クライヴは出方を窺う。
その不自然なぎこちなさを感じて。


「……………」
「……………………」
「………あの」
場の沈黙に耐え切れず、アイラが口を開いた。
話しを切り出すのはいつもこの天使なので、特に変わりは無いのだけれども。
「今日は……新しく武器が入ったので渡しに来ました 宜しければ受け取って下さい」
そう言い、光と共に片刃の両手剣を出しクライヴに渡す。
「あぁ……すまないな」
まだ暖かみの残る武器を受け取ってからも言葉は途切れ、再び室内に沈黙が流れた。
(…一体どうしたのだろうか?)
流石にここまで沈黙が続くとクライヴも確かめに口を開く。
表情すら堅い彼女に。
「アイラ…さっきからどうしたんだ? 何か考え事でもあるのか…?」
「あっ、いえ、その………」
「妖精達も君の様子がおかしいと心配している…… 俺で良ければ聞くが…」
クライヴがそう問いてもアイラははっきりしないようで顔を少し俯かせている。
「アイ……」
「大、丈夫ですよ クライヴ」
目線を勇者に合わし、少し微笑みながら言葉を返す彼女は、何処か
無理をしていると感じた
誰にも言えないような、そんな深刻な事かと思ってしまうように。
「本当に、あまり気にしないで下さいね クライヴはクライヴらしく
 一日を過ごして下さい」
「……………」
今は自分の事よりも彼女の事が気になった。
一人で悩みこみ、誰にも明かす事の無いアイラが。
いつもと変わらぬ笑顔を返そうとする彼女を見ていると、何も出来ない自分に
腹立たしさを感じる。
「……そう、か …判った 今は外は雪が降っているから俺は止むまでここにいる
 君も自由にしていてくれ……」
「…はい」
…アイラに強制的に問い詰める事は出来ない。
だとすれば、時に任せて彼女から話を切り出してもらうのを待つ方法が一番良い。
今無理強いをしても、多分、困らせるだけだろう……
外の様子を知るべく、クライヴは窓の外に目線を投げる。
広がる雪景色には、まだちらほらと結晶が舞っている。
だが、そう経たない内に修行が出来るだろうと思い、刀を手にした。

しばしぼんやり外を眺めていたが、クライヴの瞳に雪とは又違う輝きを放った
飛行物体が映る。
忙しなく手を上下に動かせ、こちらに向かってくる小さな光。
あれは………
「天使さまぁ〜〜〜!!!」
非常用の服を身に着けたフロリンダが、全速力と言うに等しいほどのスピードで
クライヴの部屋に入ってきた。
服に付いた雪を振り払う事無くアイラ目掛けて突進してくる。
「ど、どうしたんですか? フロリン そんなに慌てて……」
「それがぁ〜、事件なんですぅ!」
いくらなんでも普通の事件ならば、フロリンダはこうも慌てはしない。
となると、どれほど重要なものなのか……
「ラグニッツに再びレイブンルフト城が表れましたぁ!!」
その一言で、一瞬にして部屋の空気が張り詰める。
クライヴの宿敵レイブンルフトの新たな出現。
それが一体何を意味するのか…
アイラは驚きを隠せない表情で、隣の勇者を見やる。
「クライヴ……」
「…………」

クライヴは只沈黙を守っていた。
その表情は、アイラを心配する穏やかな顔とは異なる冷酷な表情に変わっていた。
彼の憎悪が、ひしひしとアイラに伝わってくる…
その場にいたフロリンダは空気に呑まれ、ただオロオロとうろたえていた。


終焉の日が近い…





  (コメント)
 今回の話しはパパとの戦いの準備編みたいな感じに仕上がりました。
 本当はもう少しある筈だったけれど、都合上ここで区切り。
 ちょっとしたクライヴの変化で私的に注意してみて欲しいのが、
 以前は「まだ、来ないのか……」でしたのに、今回「…早く、来ないだろうか…」  
 となっている所で想いの違いが出ているなぁ〜と(^^;)
 それにしてもクライヴ、あんなあからさまな態度を取っているのに
 自分で気付かないんですね(と言っても私が書いたんですが 笑)
 アイラの様子がおかしいのは最終話で明らかにしようと思っています。
 なのでもう少しお待ち下さいね(^^;)


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