闇に映える<XI>

真っ白な地面に、誰も付けていない足跡を残していく。
柔らかな雪はサクッサクという良い音を立てていた。
クライヴは愛刀を腰に携え、黙々と雪が降る平野を歩いて行く。
その後姿はまるで一つの感情に突き動かされている人形みたいに…
少なくとも、アイラにはそう見えた。
(クライヴ……大丈夫でしょうか…)
以前レイブンルフト城に行く時に感じた闇の気は、変わらず勇者の周りを取り巻いている。
深く澱んだ怒りの気……
ここしばらくそんなクライヴを見ていなかったアイラだったが、この事件で
再び目覚めさせてしまった。
いや、普段でもそんな事はあったかもしれない。
只、彼女の前だけ優しくなって…
「クライヴ……大丈夫ですか?」
前は彼の闇の気の威圧感で言葉を掛ける事さえままならぬ彼女だったが、
あまりにクライヴの事が心配で声を掛ける。
もう今は“恐怖”だとかの感情に流される訳にはいかない。
「クライヴ…?」
「……あぁ、平気だ 今は君がいてくれるから自分が保てている…
 変わらず俺の傍に居てくれ……頼む」
「…判りました」
暗雲はクライヴに呼応しているかのように、晴れる様子は見せずに雪は深々と積もる。
この寒さと怒りが少しでも癒せればと思い、アイラは前方に祝福を掛ける。
いつもと変わらぬ温かく、優しい気…
彼の全てを癒す事は出来ないけれど、出来うる範囲で全力を尽くす。
そのアイラの優しさが、逆にクライヴには少し痛いような気がした。
今の自分には、自分の事しか考えられないのだから…
この時ばかりは何も彼女に出来なくて…


目の届く先に、闇が蠢く大きな物体が見えてくる。
以前クライヴが、自らの非力に拳を握り締めた場所である。
…レイブンルフト城だ。
あの時は一時姿を消したが、今この瞳にしっかりと映っていた。
一瞬クライヴは立ち止まり睨み付けたが、直ぐに歩き進んで行く。
ここまで来たら、もう彼を止める事は出来ないのだろう…


前同様、無用心とさえ思えるほど中には何も無かった。
ただ、不気味に王座へと続く松明が灯っているだけで。
(…この戦いにも…今日決着が着くのでしょうか…)
思い返せば、あの墓場から勇者になって欲しいと願い出た時から
1年以上、2年近く経っていた。
日に日に、アルカヤの危機が迫ってきている。
もうこの2人にも、終止符を打たなければいけない時期が来たのだ。
クライヴが自らの血に打ち勝つか、それとも……
「…アイラ」
ツカツカと前方を歩いていたクライヴがふと後ろを振り向き、アイラと視線を合わせた。
突然の小さな出来事にアイラは軽く身を震わせ、移動を停止する。
「俺に……力を貸して欲しい…」
瞳はいつもの彼に見えた。
だが、その奥で彼の強いものを感じた。
自分の血には負けられないという意志が……
「…勿論です 貴方ならきっと平気です 共に、頑張りましょう」
「……すまない」
一時だけ、優しい空間が流れた。
が、それもつかの間で、歩くごとに増していた邪悪な気にクライヴは再び身体を向ける。
(大丈夫… 私は、信じています…)

後ろを振り返っても、もう入り口が見えない程の中枢で足を止めた。
目の前には、薄気味の悪い扉が立ちはだかっている。
以前にも見た、王座への門…
「…行こう」
「…はい!」
お互いの意志を確かめ合うように一度目を合わし、そのまま扉に手を掛ける。
今、一つの戦いが幕を開けようとしていた。



広い王座の間には数本の松明しか灯っておらず、奥はぼんやりとしか映っていない。
その見えない空間が余計に魔力の強大さを表しているようで、アイラは不気味さに身を強張らせた。
「よく来たな、クライヴ 我が息子よ」
「……レイブンルフト!!」
暗さに少し目が慣れて来た頃、王座に悠々と腰掛けている闇の帝王が姿を表した。
今日は以前のように女を侍らす事も無く、ただ一人でその場に居る。
どうやら本気、らしい。
「待っていたぞ そろそろ私の元にひざまずく気になったのか?」
「誰が貴様の…! お前を…殺しに来た」
刀の切っ先をレイブンルフトに向け、クライヴは既に戦闘態勢を取っている。
「ふむ、少しは出来るようになったみたいだな 褒美に今宵は私が相手をしてやる 来い」
言うが早く、無言でクライヴはレイブンルフト目掛けて切り掛かる。
だが一撃目は刀は空を切り、ニ撃目は髪の先端に掠ったぐらいだった。

「…くっ」
「どうした、クライヴ お前の力はこんなものなのか」
ただレイブンルフトは攻撃を避けているだけで、反撃はしていない。
まるで遊んでいるかのようにクライヴを翻弄する。
(…何故、何故当たらない 俺は的を確かに得ているはず… なのに奴には俺の攻撃が
 読まれているかのように避けられてしまう……)
「…ハァ…っ……?」
軽く肩で息をしているクライヴの右手に、突如違和感が圧し掛かった。
脈打ち、まるであの時のように…
「な、んだ…?」
ドクン  ドクン
「…クライヴ?」
突如クライヴの攻撃が止んだのを不思議と思い、アイラは声を掛ける。
立ち止まって、己だけを見ているから。
「どうかしま……」
…ドクン
「ぐっ!」
刀を床に落とし、その身も崩し倒れた。
渇いた刀の落ちる音だけが、その場に響く。
「クライヴ!?」
「…どうやら、お前の血が語っているようだな “神聖なる王に手を出すな”と」
倒れ苦しげに肩を上下させている勇者の元へアイラは急いで走り寄った。
「クライヴ!! クライヴしっかりして下さい!!」
「…ハァ…っ…っ…ハァ、だ、大丈夫、だ……」
目の前の痛々しい彼をこれ以上見ていられなくて、必死に祝福を掛ける。
自然と、アイラの瞳にも涙が滲んだ。
「……クライヴ!」
「ほぅ、まだ正気を保っていられるか だが、お前はまだ目覚めていないようだな
 自分の在るべき存在へと…  今、私が目覚めさせてやろう  ウォオオオオオオ!!!」
部屋内で、咆哮が響き渡る。
壁や床にはヒビが入り、凄まじい状態になった。
足の踏み場を確保するのが精一杯なぐらいで。
「こ、これは…  これがレイブンルフトの真の姿……」
背から露出された広広とした翼は上下に動き、先程とは打って変った形相は悪魔そのものだと思った。
…ずっと、邪悪な魔力が増している……
「…ハァ…っっ!! ガ、アァア!!」
レイブンルフトの変化と同時に、クライヴの様子も豹変した。
「!? クライヴ?! クライヴ!!」
「クライヴは私の魔力の増大に比例して目覚めようとしているのだ クライヴが一番蔑んでいるヴァンパイアに、な」
確かにいつもの発作に拍車を掛けて苦しんでいる。
もしこの葛藤にクライヴが負けたら……残るものは…
―死
「いやぁああー!! クライヴー!!」
「ふっ、もう無駄だ  さぁ、我が息子よ  私の元へ来い」
肩では荒く呼吸をしているが、ふらりと立ち上がり刀を片手にズルズルとレイブンルフトの方へと歩んで行く。
瞳は鮮やかなアメジスト色も、もはや黒ずんで見えた。
「ク、クラ…」

―俺はこの時間を……君といられる今を……大切に思っている……

「……っ!! クライヴ!! 貴方は私と一緒に居られる時間を大事だと言ってくれたではありませんか!!
 私、その時とても嬉しかったんですよ…」
ピクっ
僅かに、クライヴの肩がアイラの言葉に反応した。
「…タイセツナ………ジカン……」
「クライヴ!! 早く来い!!」
「私…私まだ貴方と一緒に居たいです…… お願いです、クライヴ… 私の元に戻って来て下さい…
 血の宿命になんて負けないで! クライヴはクライヴです!!」
パキィィィィン
何かが弾ける音が聞こえた。
と同時に、刀はレイブンルフトに向けられており、次の瞬間には腹部から血飛沫が上がった。
「…貴様!」
「……ハァ…ハァ…俺は…もうこの血に負けないと誓ったんだ… 彼女の為にも……」
瞳は既に正気を取り戻したクライヴだった。
澱んだ部分は、もう見えない。
「クライヴ!」
「…本当に…君には助けられてばかりだ……礼はこれが終ったらさせてくれ」
「はい!」
クライヴは改めて刀を持ち直し、次の戦闘に備える。
「私も舐められたものだな… 勝てると思っているのか」
「やってみなければ判らない…… ハッ! ブラッディグレイス!」
彼と同じ瞳の色が、レイブンルフトを包み込む。
「ぐっ!」
HPを吸い取られ、少しレイブンルフトの身体がぐら付いた。
「これでお互いの条件は変わらないはずだ……」
「…何を言うか 今度はこちらから行くぞ!」
レイブンルフトは鋭く尖った爪でクライヴ目掛けて突進してくる。
ギリギリの所でかわしたつもりだったが、軌道を変えられ肩から血が滴り落ちた。
「予定では肉ごとえぐってやろうと思ったが…上手くかわしたな」
「…お前にやられる訳にはいかない」

お互い、攻防を繰り返しながらのにらみ合いの時が過ぎる。
それは長いようで、短いようにも感じた。
動かず静止していると、腕を伝い指先から地に掛けて雫が垂れ、血溜まりが出来る。
肩に受けた傷は、塞ぎを見せずクライヴの体力は徐徐に失せて行った。
(……思ったより傷が深く…血が流れているな… 早く決着を着けなければ…)
「…どうした、クライヴ 顔が青ざめてきているぞ」
「……貴様には関係無い」
「ふっ…強がりは止す事だな お前の体力は一目瞭然だ せめてもの慈悲だ 一撃で終らせてやろう」
魔力を拳に含め、レイブンルフトは再度クライヴに突進して行く。
(クライヴ!)
「さらばだ、クライヴ!!」
魔力の強さに、一時眩い光が2人を覆った。
まともに受けたらまず生きている保証は無いと思われるこの威力。
レイブンルフトは勝利を確信した、が。
「何!?」
クライヴの身体は淡い光に守られていてダメージを受けていなかった。
恐らくこの効力は…
「天使、貴様か…!」
「…貴方がクライヴに攻撃を掛ける前に“透明”を掛けさせて頂きました
 今です! クライヴ!!」
―連撃―
「…すまない! これで…最後だ! ソウルディストラクション!」
印字が、鮮やかにレイブンルフトに刻み込められる。
クライヴが望んで止まない、3つの意味の…
「ぐぁあああ!!」
断末魔の叫びと思われる声を発し、レイブンルフトはその場に倒れた。
長い間人々を恐怖に陥れていた、吸血鬼の王の最期である。


「…終った……のか……っ…」
ふとクライヴの身体が揺れ、そのままぐらりと地に倒れこんだ。
「クライヴ!!」
アイラは直ぐにクライヴの元に駆け寄り、祝福を掛ける。
初めは肩で息をしていたが、光が降り注ぐに連れ、正常に戻りつつあった。
「クライヴ…大丈夫ですか?」
「……あぁ……すまない…今夜は…本当に君のお陰で俺の目的が達成出来た…
 心から感謝する……」
「いえ…そんな事は… 貴方の心が強かったからレイブンルフトを倒せたのではありませんか
 あの時はどうなってしまうのかと、ただ心配でしたよ…」
「…俺も…意識が遠のいて、もうダメかとさえ思った…… だが、君の………」
「?」
―君の言葉で自分を取り戻す事が出来た
「…………」
クライヴは一呼吸置いてからアイラに向き直り、言葉を続ける。
「…アイラ…君は、この戦いが終ったら、天界に戻るのか…?」
「………………えぇ 私の役目は終りますから…」
「そうか……」
2人の間に沈黙が流れる。
だが、そう掛からずクライヴは再び口を開いた。
「君に……こんな願いをする事自体、愚かなのかもしれないが…… …アイラ」
「はい?」
「……君には……地上に残ってもらいたい  ずっと傍に居て欲しい……」



(to be continued)



  (コメント)
 まずお詫び……長い間続編を書いてなくてすみませんでした!!
 途中で励ましのメール等を貰いご迷惑お掛けしました〜(TT)
 今回は「是非パパさんとの戦闘を書こう!」と思い書いてみましたが、
 どうやら葉月は戦闘シーンを書くのに適していないようです(爆)  
 む、難しい…
 パパさんの死があっけない…(初案ではあの後復活すると言うのもあったのですが ^^;)
 とうとうクライヴ言ってしまいましたね問題の告白イベント。
 次話は最終話です!
 気合入れて頑張ります〜


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