闇に映える<IV>


「アイラ、俺はこれからレイブンルフトの城へ向かう」
「えっ!?」
カップに紅茶を注いでいた手が止まった。
一瞬気を緩めてティーポットを落としそうになったが、咄嗟に両手で支える。

(レイブンルフト……以前クライヴが私に話してくれた吸血鬼の王……
 そして、クライヴにとっては憎き存在の…)

軽く手に力が入る。
「あの、クライヴ…何故今行こうと思ったのです?」
アイラはこう聞かずにはいられなかった。
今まで"仇"だとか"倒す"とは言っていたものの、行動に移す事など無かったから…

「以前まで奴の消息を掴めなかったが、先日、ラグニッツ地方で怪しげな城が姿を現したと
 言う情報が入った。 ラグニッツと言う事は、恐らく、奴の城だろう……」
アイラの胸中に緊張が走る。

(彼がついに行動を起こす……  何かあまり良い予感がしないような……)

静かに瞳を閉じ、意を決した様に口を開いた
「……判りました。貴方の取りたい行動を私が止める権利はありません。
 ですが、一つだけお願いして良いですか?」
「……何だ?」
「私を…連れて行って欲しいのです」

彼を一人で行かせてはならない様な気がして口に出した。
何故か不安が躰から離れないままでいるから…

「あぁ……ソレは別に構わない…。 しかし、安全だと言う確証は無いが…」
「えぇ、危険だと言うのは承知しています。 ですから私みたいな回復が出来る者を
 同行して欲しいのです」
軽く、クライヴは息を吐く。
「……判った。好きにすれば良い…」

そう言うと、クライヴは旅支度を着々と進めた。
アイラはその様子を見ているが、クライヴの中にある"何か"を肌で感じていた。
何もかも全てを飲みこんでしまう様な、闇にもよく似た怪しげな気を


レイブンルフトの城に続く道は、やけに静かだった。
いつもなら、ゾンビやヴァンパイアが群れをなして彷徨っているハズなのに、今夜はソレすら見当たらない。
あからさまに、コレは誘われていると思っても良いに等しいだろう。

「あの、クラ……」
自分の前を颯爽と歩く彼に声を掛けようとしたが、思う通りに言葉が出せない。
変らぬ彼のハズなのに、妙な威圧感を感じる。
目的地に近付くにつれて、クライヴを取り纏っている様な闇は、更に深くなる気がした。

(クライヴ……)



広い平野に立ちはだかる一つの城。
辺りに生気は無く、植物すらあまり生えてはいない。
邪悪な魔力で包み込まれいて、数十メートル離れた場所でも感じられるその強さ。
今その城に、私達は踏み込もうとしている。

「クライヴ…」
「………何だ?」
「本当に…行くの、ですね?」
「あぁ… 俺は、奴をこの手で倒さなければならない。 俺は、その為だけに今まで
 生きてきたようなものだ……」
「……………」


城内には容易く侵入出来た。
扉などの鍵は外され、廊下には松明が灯されており、妙に静まり返っている。
おそらく大広間 、レイブンルフトが居ると思われる部屋へと続く道を
一直線に進んで行く二つの影。
他の物に目も暮れずに突き進んで行くクライヴと、その勇者を心配そうに見守るアイラ。
二人は着実に近付いて行き、気が付いた頃には重々しい扉が目の前にあった。
部屋の内部からは、異様な気が発せられている様に感じる。
何かを決したクライヴが、その扉を警戒しながら徐々に開放して行った。

ふと、視界に入って来た物は、薄暗い闇の世界。
部屋の四方には微かな明かりが灯されているだけで、隅々までには至らない微弱な晄。
時折指しこむ月光は、密かに大理石の床を照らしている。

「よく来たな。クライヴ」
咄嗟に名を呼ばれた方に目を向けた。
クライヴ、と彼の名を呼んだ者は月明かりに照らされながら奥の座に悠然と腰掛けていた。
長い漆黒の髪は背へと垂らされており、鍛え上げられた体躯に身を包まれ、周りには女を侍らしている。
特に何も構えていない様には見えるが、とてつもない邪悪な魔力をそれ自体から放出されており、
天使である彼女はうかつに身動き出来なかった。

「ブラスからお前の話は聞いている。 どれ、親子が初めて対面したんだ。
 よく顔を見せてみろ…」
「…レイブンルフト…!!」
クライヴは既に刀を鞘から抜いており、戦闘体勢を取っていた。
「貴様を……殺す!!!」

ズァッ

(!?)

突如、とてつもない威圧感がアイラの躰を襲った。
確かに奥の座の者、レイブンルフトからは計り知れない妖気が漂っている。
だがコレは、明らかにソレとは別の物…
深く澱んだ、憎しみと殺意が入り混じった怒りの気。
クライヴからは、そんな暗黒の気が発せられている。

(ク、クライヴ!? だ、だめです! そんな一時の感情に支配されては…!)

声に出して彼に伝えたかったが、口先で動きを見せるだけで音に出す事は出来なかった。
実際、恐怖で足が竦み、立っている事さえやっとなのに、声を出す事は容易では無い。

「…行くぞ!!」

左足を前に踏み込み、レイブンルフトへとクライヴが斬り掛かって行った。

「ク、クラ…!!」

力を振り絞り、必死の思いで彼の名を呼んだ。
が、その直後、クライヴはアイラの横を通り過ぎ、壁へと叩きつけられた。

「ぐっ…!!」
「クライヴ! クライヴ、しっかりして下さい!!」

呪縛が解き放たれた様に、アイラはクライヴの側に駆け寄る。
「ふん。まぁ、そう熱くなるな、クライヴ。 そのような感情任せの行動では私に近付く事すら
 できんぞ。 だが、まだ未熟なようだが、お前の内に秘められている素質を感じる…
 どうだ我が息子よ、私の元に跪くつもりはないか?」
「誰が……貴様の…!!」
自分を見下すレイブンルフトを睨みつけながらクライヴは極めて強い語調で答える。
「そうか。 だが、いずれはお前も我々の住民となるのだ。
 いくら抗おうとその血の宿命には勝てまい」
「…黙れ!」
「ふっ、判った。 では、お前の堕る姿を見守ってやろう。 今は立ち去るがいい」

そうレイブンフルトが言い放つと、目の前の視界が歪んで見えて来た。
徐々にあらゆる物質が消えては無くなって行く。
「待て! レイブンルフト! 俺と戦え!!」
「まだ時は熟さん。強くなったら再び私の元に来るがいい。
 次は吸血鬼と化したお前でな  ハハハハハハ…………」
レイブンルフトの高笑いと同時に城その物が姿を消して行く。
再びクライヴが何かを言おうとした時には、既に視界には広い平野が見渡されていた。  



「クライヴ……大丈夫ですか?」
「………あぁ」
レイブンルフトの城があった場所をいつまでも見続けるクライヴにアイラが声を掛ける。
先程まで姿を現していた城は、又元の魔力に包まれ存在自体を消してしまった。
更に強く、跡をクライヴが睨みつける。
「…俺は…奴を倒す所か、近付く事すら出来なかった…… クソッ!」
自分の無力さを思い知らされた様に、爪が食込むほど拳に力を入れた。
「クライヴ……どうか怒りを静めて下さい。 そんな感情では何も解決はできません…」
「……君に…何が判る……」
視線を、前方から後方のアイラの方に向ける。
やはり、向けられた瞳はいつもより強く力が入っている様に見えた。
「…君は、奴らが俺から奪った物を知らないし、奴らがどんなに邪悪かも知らないからだ…」

ズキン

心の奥で、針が刺されたような痛みを覚えた。
ソレを言う、クライヴの眼もいくらか寂しそうで……

(私は何も知らない…… 彼の事も殆ど知らない…… なのに無神経な事を言って……)

  ダカラ………   シリタイ

「…確かに、私には何も判りません… あなたも、何も言ってはくれませんから…」
「…………………」
「クライヴ……あなたの事、少しだけ、教えてはくれませんか?」

少しでも、彼の痛みを知る事が出来たらと思い口に出した。
彼だけで苦しんでいるのは、見るにも堪えないものだったから。

「別に…語る事など何も無い…」
「無いハズ無いでしょう? クライヴ。 そんなにあなたは苦しんでいるのに…」
「…………………」
何かを諦めた様に、クライヴが口を開いた。
「…俺は…レイブンルフトの生贄となった女から生まれた…… やつに攫われた母親はハンターに
 救われて村へ戻って来た…… だがその体はすでに吸血鬼と化していた……
 ソレを知った村人は母親を殺し、墓場に捨て、その死んだ体から俺は生まれた……」

それからは、そんなクライヴを信心深い老夫婦が育てた事、
何年か後、レイブンルフトの配下達が来て村を壊滅に追いやった事、
そして窮地に立ったクライヴをアーウィンというハンターが
助けた事などが話された。
黙々と話されているのをアイラはただただ聞いていた。
他の事を言える余地など無かった。
あまりにも、彼が背負っている物は大きくて……

「……天使である君は、こんな話、聞かない方が良かったんじゃないか?」
少し、目線をアイラから離し、地に向ける。
アイラは戸惑いの表情も見せたが、クライヴに躰を向き直して、答えた。
「…いいえ、私は、聞けて良かったと思います。あなたの事を少しでも知る事が出来て…」
「…………………………」
「それに、私はどんな理由があっても、あなたが生きていて嬉しく思っています。
 辛い事があったのに、あなたはちゃんと生きてくれている…」
「……俺は…」
クライヴは、何かを考えるようにして、アイラから顔を背けてしまった。
そんな彼を、アイラは柔らかな語調で話掛ける。
「クライヴ……もし、苦しくなったら、私を呼んで下さい。あなたの苦しみが収まるまで、私は
 側にいます。一人で、苦しみを抱えこまないで下さいね…… 卑小ですが、お力になります…」
「………………ありがとう」
アイラに背を向けたままクライヴは答えた。
そう言ってくれた彼からは、邪悪な気を感じる事など無かった。







 
 (コメント)
 何か微妙な落ち方…… (− −;)
 はい、久し振りに続きを書きました
 遅れまして申し訳ありません

 Vで書いてたように早速パパを出してみました
 本当はもう少し会話を書きたかったり何て…

 本編ではクライヴの過去の事は「湖」のイベントで語られているのですが、
 あえて今出しました。
 もしかしたらそのイベントの事は私の方で書かないかも〜と思ったので(^^;)

 中々感じも良くなって来ました(?)けど、次話は急展開!?(本当はどうだろう。。。 爆)
 
                           


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