汝、不自由を選びし賢者なり。


研ぎ澄まされた剣の切っ先が、光を反射して眩く光る。
 「……………………」
セレスティナの長い髪がその動きに合わせて宙を舞い、複雑な文様を描く。
 「…………………」
しなやかな四肢は、流れるように動き、けれどもそれは、とても優雅で……
 「………………」
両の腕に持たれた剣は、まるで、それすらも身体の一部で有るかの如く彼女の動きに合わせ
空を斬る。
 「……………」
だが、彼女の瞳に浮かぶのは、複雑な光。
 「…………」
剣舞を思わせるその動きも、常とは違い、何処か、緩慢な部分が伺える。
 「………」
次第に、その動きはゆっくりとした物になって行く。
 「……」
そしてついに、彼女は剣を振るうことを止めた。
 「…」
長い髪が火照った身体を被い、剣は、鈍い光を放つのみ。
 「……やっぱり……私には……分からない………」
小さく呟いた言葉は、一体、何に対しての物か……軽く頭を振ると、セレスティナはしっか
りと2振りの剣を握り直し、再び剣を振るい始めた。

                          
冷たい風が人気のない村の中を走り抜ける。
 「…………………」
辺りを包むのは漆黒の夜闇と、普通の人間ならば近寄っただけで発狂してしまいそうな程の
濃さの妖気。そんな中に、1人の青年の姿があった。
 「……来たか………」
そう、小さく呟くと彼は、手にした剣を構える。闇の中から現れたのは、偽りの命持つ者達。
奴らは、「生」の気配に酷く敏感で、それを欲っさんと、まるで見えない糸に導かれるかの
如く、真っ直ぐ彼の元へと向かう。
 「……無に還れ………」
そう呟いて、手にした剣を振るう。刀が一振りされる毎に、彼の周囲に死体の山―元々奴ら
は死体だが―が築かれて行く。
 「………終わったな…………」
最後の一体を斬り捨てた後、彼は用意しておいた油を村の彼方此方に撒き、火を放つ。火は、
乾いた風に煽られ、見る間に村全体を覆い尽くす。この調子ならば、全てが灰になるのに、
そう時間は掛からないだろう。
 「………………」
火が村全体を覆い尽くしたのを見届けた青年は、無言できびすを返してその場を立ち去ろう
として、何かの気配を感じ、その場に立ち止まる。
 「……誰だ。」
何もないハズの虚空に向かって、青年は声を掛ける。すると、その部分の闇が歪み、人の姿
を取り始める。
 「良くお気付きになられましたな。流石は、我等が王、レイブンルフト様の血を引くお方。」
そこに現れたのは、人であって、人で無き者。人の生き血を啜り、呪われた生を送る者。呼
び方は地域によって様々だが、一般的に、こう、称される。ヴァンパイア……と。
 「貴様……」
無意識のうちに、鞘にしまった剣に手が伸びる。
 「そんな恐い顔を無さらないで下さい。王子よ。私は、レイブンルフト様からの伝言をお伝
 えに参っただけなのですから。」
戦意のないことを示すかの如く、両手を上げながら彼、ブラスは返事も待たずに告げる。
 「『今なら、まだ間に合う。我と供にサタン様にお仕えしようではないか、息子よ。』だ、そ
 うです。」
 「断る!」
ブラスの告げた言葉に、即座に却下を下す。だがそれはブラスも予期していたことらしく、
あえて何も言わず、小さく肩を竦めると、更に言葉を続けた。
 「それと……『あの天使は、決して地上に留まらないだろう。』……だ、そうです。」
 「!」
その言葉に、青年の顔が初めて表情らしき物を浮かべる。だが、それに構わずブラスは現れ
たときと同じ様に、その身体をゆっくりと闇に同化させて行く。
 「待て!それは一体どういう意味だ!!」
だがその問いに返ってきたのは答えではなく、さらなる問いかけ。
 「さぁ……貴方は、何故その様なことを私に尋ねるのです?まさか……」
言葉は、そこで途切れた。ブラスのいた空間には、闇が佇むのみ。そう、まるで、最初から
其処には何も無かったかの様に。
 「……………………」
1人残された青年は、黙って空を仰ぐ。其処には、満月より少し欠けた月が昇っていた。

                           
初めて見たアルカヤの大地は、お世辞にも“美しい”と思えるような場所ではなかった。そ
んな中で唯一、気に入ることが出来たのは、北の大地の空だった。冷たく、けれどもとても
済んだ空に浮かぶ星は、天界で見るそれよりも、ずっと綺麗で、そして、儚げだった。けれ
ど其処は、それと同時に、一番嫌いな場所でもあった。其処に潜む闇は、底知れぬ、永久の
虚無へと通じているのではないかと思えるほど濃かったから。そして、それを肌で感じてし
まう事により、イヤでも自分が“天使”であることを思い知らされるから。
 『………………………チッ』
小さく舌打ちをする。元々今回の任務は乗り気ではなかったのだ。ただ、自分の兄でもある
ラファエル直々の命令であること。そして、先代のトゥリファがかつてこの地を守護したと
言うこと、それと何となく、暇だったから……それが、地上界の守護などと言うとてつもな
く面倒な任務を引き受けた理由だった。
 『………引き受けるんじゃ無かった………こんな事なら………』
この世界が、過去に堕天使共の侵略を受けたインフォスほど天界と密接な関係ではないと聞
いてはいたが、まさかこれほどとは思っていなかったからだ。
 『ったく……何奴も此奴も……自分の事しか考えて無いんだからなぁ……』
今までに見つかった勇者候補は、全部で7人。そのうち、6人とまでは会って話をしたのだ
が……その全てに断られたのだ。
 『妖精の話だと……この辺りなんだがな……』
適当な位置で宙に留まり、瞳(め)を閉じて、精神を集中させる。そうして、ゆっくりと魔力
の網を広げて行く。まるで、水面に波紋が広がるかのように。
 『……見つけた……』
ゆっくりと瞳を開ける。今し方見た風景を頼りに、目当ての勇者候補の居る場所へと向かう。
 『なんで、墓地なんかに……それに、あの気配は……』
その場所へ向かう間、その事をずっと考えていた。彼が身に纏っていた気配は、薄いとはい
え、この北の大地に広がる闇に近い物―と、言うよりも、ほぼ、同じ物だったから。そして、
それと同じ位に感じ取れたのは、全てを拒絶する心。世界も、そして、自分すらをも拒絶し
て、排除せんとする心だった。
 『……似ている……な…』
小さく呟き、そして、思わず自嘲する。何を感傷的になっているのだろう。自分は。勇者な
ど、ただのコマにしか過ぎないはずなのに……
 『馬鹿馬鹿しい……』
軽く頭を振り、その気持ちを心の中から追い払う。目的の場所まで、後、少し。

                             
この北の大地にはびこる「闇」。それは、己に最も近しくもあり、自分が住まうべき場所…
…ずっと、そう思って生きて来た。あの時、あの、氷像の様な天使と出会うまでは……
 『…………?』
いつもの如く、墓地に出没するアンデット共を全て切り伏せた後に、ソレは空から舞うよう
に降ってきた。
 『………雪か………?』
だが、それにしては落ち方がおかしい。第一、雪が降るには気温が高すぎる。そっと、空を
舞うソレを手に受けてみる。
 『…………羽…………?』
淡く燐光を放つソレは、手に触れた途端、光の粒となって消えた。まるで、最初から存在な
どしなかったかの様に。
 『クライヴ?』
背後から掛かる声に、ハッとして振り返る。其処に、彼女は居た。月を背後に、宙に佇みな
がら。
 『?!』
長い銀髪が風に乗って宙を舞う。背の翼は淡く、軟らかな金の光を放ち、けれども全身から
放たれる風は、北の大地を吹くそれよりも冷たく、瞳に宿る光と相まって、見る者に吹雪の
ような、否、氷像のようなイメージを持たせる。
 『貴方が、クライヴ・セイングレントですね?』
その声は、外見と同じで、冷たく、なんの感情も伺い知ることは出来ない。
 『……てん……し……?』
背の翼がなければ、魔物と思っただろう。それ程、彼女の持つ雰囲気は冷たく、鋭い刃のよ
うに研ぎ澄まされていた。
 『はい、そうです。私は、天使のセレスティナ。』
小さく呟いた言葉にそう返し、セレスティナと名乗った氷像の様な天使は、優雅に頭を下げ
る。だが、それすら用意されているシナリオの一貫にしか見えないのは、その顔に表情とい
う物が見えなかったからだろう。
 『今日は、貴方にどうしても頼みたい事が有って、伺いました。』
そう言って、彼女は淡々と、淀みなく語り出す。必要最小限の言葉で。だが、それがかえっ
てその言葉に真実味を持たせた。下手に脚色された言葉よりも、すんなりと心の奥深くに入
ってくる、そんな感じがした。
 『……本当に……いるのだな……』
 『……?』
全ての説明が終わった後、再び呟くように言った言葉に対し、彼女は小さく眉をひそめた。
それが、始めてみた彼女の表情だった。
 『……俺に頼みたいことが有れば、来ればいい。……お前の好きにしろ。……』
何故、そんなことを言ったのか……今でも理由は分からない。ただ、1つだけ言えることは、
その時俺は、彼女に対して同じ影を見たのかも知れない。“孤独”と言う名の影を………

                           
 「セレスティナ?」
急に背後から掛けられた声に、意識を現実に引き戻される。
 「あ……ガブリエル様……お久しぶりです。」
軽く頭を下げる。いつの間にか考え事に没頭していたらしく、剣を振るうことを止めていた
らしい。
 「お邪魔だったかしら?」
小さく首を傾げながら、4大天使長の1人でもある彼女が修練場に入ってくる。
 「そんなことは有りません……それに、目的があってやっている訳では有りませんから…
 …」
それぞれの鞘に剣をしまいながら小さく苦笑する。このまま続けたとして、果たして、気持
ちの整理が出来たのか。と、己に問いかければ、否。と言う答えが己の奥深くから返ってく
る。
 「そう……それより、どう?アルカヤの様子は。」
 「今のところは、天竜が動く様子はありませんが……それが、帰って不気味です……なんか、
 こう、上手くは言えないのですが……嵐の前の静けさというか……」
事実、天竜が復活して2週間ほど過ぎたが、今のところ、堕天使側が動く気配は皆無と言っ
ていい程だった。そう答える自分に対して、彼女は小さく手を振り、
 「そうじゃなくて……聞き方が悪かったわね。勇者達とは上手くやっているかと言うことよ。」
例えば、気になる勇者が居るとか……そう言って、じっと、顔を覗き込まれる。
 「そう言うことですか……特には居ませんが……ただ……」
 「ただ?」
 「分からなくなったことは、確かにあります。」
こういうとき、自分が余り表情のでない性格であることに感謝する。一瞬走った動揺は、ど
うやら顔に出ることは無かったらしい。
 「分からなくなった事?」
オウム返しに尋ねてくる彼女に対して、小さく肯く。
 「地上に住む人間達の事と……自分の事です。」
 「自分の?」
 「ハイ……自分の気持ちが……」
何時しか、地上に対する嫌悪感も、人間に対する嫌悪感も、全てとは言い難いが、殆ど消え
去っていた。最初の頃は、さっさと終わって欲しかったが、今となっては、1秒でも長く地上に
留まりたいとすら思っている自分が其処にはいた。
 「……天使も人も、一番分からないのは……自分の事かも知れないわね……」
そう言って、彼女は修練場の出口へと向かう。
 「自分にとって、一番後悔しない選択をしなさい。セレスティナ。例えそれが、どれ程険し
 い道になっても……今の私に言えることは、それだけよ……」
そう言い残して、彼女は修練場を出ていった。
 「自分が……後悔しない選択……」
今さっき告げられた言葉を、小さく反芻する。
 「私は……………」
                                 


 (コメント)
 無意味に長い〜&暗い〜(><;)
 終わり方も、何だか随分とハンパですし……ギャグと違って、
 勢いに任せて書けないのがツライです……それに、勢いに任
 せて書いたら、絶対、ギャグになる………ダメ人間め………( ̄□ ̄;) 
                          

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