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| 強い風が、セレスティナの長い髪を激しく宙に踊らせる。 |
| 「…………」 |
| 無言で見つめる先には、今でこそ闇に落ち、ヴァンパイア・ロードとなってしまったが、 |
| 1000年の昔、天竜を倒すべく、天使の勇者に選ばれた者が住む城がある。 |
| 「トゥリファ様……」 |
| 今は亡き、1000年前にこの地上界アルカヤを守護していた天使の名を呼ぶ。 |
| 「私に……出来るのでしょうか……」 |
| 彼女は、先代の“月の娘”でもある。だが、それ故に、彼女は死を選んだ。天界にいれば、 |
| 何時までもその名故に縛り付けられることになるから。己の思いを心に秘めたまま生きられ |
| るほど、彼女は強くは無かった。そして、全てを棄てて地上に降りる勇気を、残念なことに、 |
| 彼女は持っていなかった。彼女は優しすぎたのだ。 |
| 「トゥリファ様……私は……変わることが……出来たのでしょうか……?」 |
| その問いに答える者はない。風は一向に止む気配がなかった。まるで、これからこの地で起 |
| きる戦いの激しさを予測させるかのように、強く、強く吹き続けていた。 |
| 辺境の地・ラグニッツ。此処には、アンデット共の王、レイブンルフトの住まう城がある。 |
| その城の窓辺に、人影が見える。 |
| 「王よ、今宵は如何なされますか?」 |
| その人影に声を掛けた者がいる。“王”と呼び掛けたところからして、おそらく、窓辺に佇 |
| むその男こそが、この城の主であるレイブンルフトなのだろう。 |
| 「ブラスか……」 |
| レイブンルフトは振り返りもせずに、じっと、窓の外を見つめている。 |
| 「暫く、1人になりたい。」 |
| やはり、窓の外を見つめたまま、視線すら合わせようとせずにレイブンルフトが答える。 |
| 「畏まりました。ご用が出来ましたら、お呼び下さい。」 |
| そんなレイブンルフトの様子に、内心いぶかしみながらもブラスは部屋を出ていった。 |
| 「今宵は……満月……か……」 |
| じっと、月を見つめながら呟かれたその言葉に含まれるのは、微かな哀しみか…… |
| 「……トゥリ…ファ……」 |
| それは、遙か昔にレイブンルフトが愛した者の名前。かつて、『天使の勇者』と呼ばれてい |
| た頃に出会った、天界の秘宝。 |
| 「私は……今でも……」 |
| 窓の外では激しく風が吹き荒れていた。 |
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| 天界に戻ったセレスティナは、今回の任務のために与えられたラキア宮ではなく、星月宮に |
| いた。 |
| 「…………………」 |
| そこは、現在の主である彼女の趣味により、物の殆ど無い、ガランとした空間だった。 |
| 「天竜……サタンの化身……か。」 |
| サイドテーブルの上に、最近では常に身につけている2本の剣を無造作に放り投げ、壁際に |
| 置かれているソファに寝転がる。 |
| 「それを倒せば……全てが……終わる……」 |
| そうすれば、自分の任務も終わり、二度とアルカヤに降りることは無くなるだろう。だが…… |
| 「ふん……らしく無いな……」 |
| そう言って、その事について考えるのを止める。考えたところで、仕方のないことだ。大体、 |
| 考えたからと言って、何かが変わるわけでもない。 |
| 「私は……」 |
| 目の前で死んでいった―否、乞われるままに自分が殺した先代、トゥリファの言葉が不意に |
| 思い出される。 |
| 『セーレ、貴方は……とても強いわ……でもね、これだけは覚えておいて。何故、人がいる |
| かと言う事を。そして、堕天使達は、元々私達と同じ地位にいたと言うことを……』 |
| そう言って、彼女、トゥリファは、消滅した。―その後で、自分が勝手に輪廻の輪に組み込 |
| みはしたが。―その言葉の意味は、未だに良く分からない。彼女が、自分の生まれる遙か昔 |
| に、地上の人間に恋をしたと言うことを知ったのは、それから暫く経ってからのことだった。 |
| 「私は……強くなんか……無い。」 |
| 俯せになって、顎を腕に乗せながら小さく呟く。 |
| 「貴方が…弱すぎたんだ……」 |
| 強くなければ生きて行くことが出来なかった幼い頃。そして今でも、虚勢を張って生きてい |
| る。もう、張る必要なんて無いはずなのに…… |
| 「……バカだな……私は……」 |
| そう、自嘲気味に呟く。そんなセレスティナを、月は、優しく包み込むかのように照らしていた。 |
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| 『私は……地上で生きることは出来ません……』 |
| 哀しげに、弱々しく呟かれた言葉は、今でも耳の奥に残っている。 |
| 『ゴメンナサイ……ゴメンナ……サイ………ッ!!』 |
| 何故か?!と激しく問い詰めた自分に、彼女は、ただ、涙するだけだった。 |
| 『私も…私も、貴方のことを愛しています……でもダメなんです!私は……地上に降りるこ |
| とを……“人”として生きる許可を頂けないのです……』 |
| ハラハラと涙を零しながら、彼女は、天界における自分の立場を告げた。 |
| 『私は……“トゥリファ”である前に、“月の娘”なんです……天使の中で、唯一、月と星 |
| の加護を受けし者なのです……その私が、天使を辞めることなど、許されないのです……』 |
| そう言って、背の翼を大きく広げた。それは、月明かりの下で、ほのかな燐光を放っていた。 |
| 『この翼……この、“星光色”の翼が……その証……』 |
| 俯き、涙を零し続ける彼女をそっと抱き寄せ、その細い肩を抱きしめる。 |
| 『……もっと……もっと早くに貴方と出会えていれば……この名を継ぐ前に出会えていれ |
| ば……そうすれば……そうすれば、私は貴方と生きて行くことが出来たのに……』 |
| 啜り泣く声。小刻みに震える肩は、彼女が深い悲しみの中にいることを伝え、痛いほどそれ |
| が分かる故に、自分は、それ以上彼女を責めることが出来なかった………。 |
| 『貴方の幸せを……天界から、祈っています……さようなら……ヴァスティール……』 |
| そう言って、彼女は天界に還っていった。その心に深い傷を負ったまま……あの時、彼女が |
| この地に留まってくれれば、何かが変わったかもしれない……そう思ってしまうのは、あの |
| 天使に会ったせいか……そして、其の天使に導かれる自分の息子であるクライヴの姿を見た |
| せいか…… |
| 「未練……だな」 |
| 小さく、自らに対する嘲りを含めて彼はそう呟く。 |
| 「王よ、全ての準備が整いました。何時でも出立出来ます。」 |
| 「そうか……ご苦労だったな。ブラス。」 |
| 月は、もう、己を照らさない…………… |
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