今日のレゼーヌは何時になく機嫌がよかった。
そのまま面会を申し込んでいるクライヴの元へ向かうところだ。
時は遡る事数分前……
「セシア、何かありましたか?」
リンクスにセシアが呼んでいると言われて直にやって来たレゼーヌ。
「すみません、急に……。」
「何時も言ってますが、気にしないで下さい。慣れていますから。それで用とは……。」
何故か皆決り文句と言ってもいいほど面会を申し込んでレゼーヌが現われると同じような事を言う。
まあ、レゼーヌ本人も毎回同じような事を言っているので人の事は言えないのだが…。
「はい、天使様にこれを差し上げようと思いまして。森の雫なんですけど受け取ってもらえますか?」
セシアが何かくれると言うことで一瞬花束かと思い身じろぎした。
しかしそうではないと言う事が分かり、素直に森の雫を受け取る事に。
「有難う御座います。これは水ですよね……。」
「はい。レイフォリアの森に涌いている清水を集めたものです。とても美味しい水ですよ。」
「清水ですか……本当に有難う御座います、セシア。」
花束で無ければ全然OK……と言う訳でもないが、ある程度のものなら平気なのだ。
何時もの様にラキア宮へ戻って誰に渡しに行こうかと考え様と思ったのだが……。
「レゼーヌ様。クライヴ様が面会を希望していますが……どうしますか?」
他の勇者の面会中にやって来てしまったと言う事で少々控え気味に言うリリィ。
「行きます。丁度セシアの面会が終ったところです。それではセシア、私はこれで。」
「はい。またいらして下さいね、天使様。」
貰った森の雫は魔法で一旦異空間へ送ってから転移を唱えた。
そして……。
「クライヴ、何かあったのですか?」
やはりお決まりのセリフを吐くレゼーヌ。
「……何も無くて呼んでは迷惑か?」
まず何時もだったら『すまない……』から始まるクライヴの面会の決まり文句。
しかし今日は何時もと違う……レゼーヌは何か嫌〜な予感がしたが、それが何かは分からなかった。
「……いえ、別に……それで貴方が満足するのなら何時でも呼んで下さい。」
「そうか……だが今日は用があって呼んだ。」
なんだかクライヴの様子がおかしい……何かクライヴの身にあったのではないかと…。
結論。
「…は! もしや、とうとうあの血に目覚めて天使の血が飲んでみたいとか言うのではないですよね!?
あ〜それで私がどうこうなると言うので無ければいいのですが……万が一その所為で私まで半吸血鬼に
でもなったらラファエル様に申し訳ないと言うか…。」
「安心しろ、そんな事は決してない。……これを君に渡そうと思ってな……受け取ってもらえるか?」
クライヴは横が7センチ奥行きが5センチ高さが1センチ弱の長方形の紙包みをレゼーヌの手に置いた。
何かも言わずに……。
「何ですか、これ?」
「……ゾンビパウダーだ……。」
何故か言い難そうにしながらもクライヴは言う…何か曰く付きな物なのかとレゼーヌは聞き返す。
「何だか怪しくないですか? 名前からして……ゾンビを生み出す物とか…?」
聞いた本人もそこで『ああ、そうだ』と言われでもしたらそれはそれで困るのだが、ここははっきりとさせて
おかないといけない。
「いや違う、薬みたいな物だ。体力が少しは回復すると思う……。」
「みたいな物? 思う? 何故そんな半信半疑なのですか……。」
「…………試した事ないからな……。」
何処か遠い目をしたクライヴ。
しかし、そんな試した事もない物を貰うわけにもいかないので突っ返す事に。
「…返します。ちゃんとどの様な物か分かってから渡して下さい。」
クライヴの手を取りゾンビバウダーを乗せる。
手を離そうとしたのだが、クライヴがレゼーヌの手を掴んでいる為離せないでいる。
「……離して下さい。」
「君に試して欲しいんだ。」
あまりにも率直に言われ如何言い返そうというよりも何を言われたのかが分からなかった。
「………試して欲しいって……それでは新薬モニターではないですか!」
「新薬モニター?」
聞いた事のない言葉に今度はクライヴが聞き役に。
「そうです、何かの本で読みました。新薬はその名の通り新しい薬です。そして、モニターと言うのは誰かに
頼まれて商品について利用者の立場から意見を述べることなのです。」
「……言い間違えた。訂正をする……『君に持っていて欲しい』……これでいい。」
ここで訂正をされてもまったく信憑性に欠ける…と言うよりもさらに怪しい度がアップしている。
「よくありません! 今更訂正をされても私は受け取りません!!」
「…何がいけないんだ?」
「何がって全てです。名前からして怪しいです。………でも清めればある程度はよくなるでしょうか?」
レゼーヌの頭の中では先程のセシアの言葉『清水』が思い浮かんだ。
思い立ったら即実行とばかりに森の雫を取り出す。
立ったままではやり難いので座る事に。
「…それは何だ?」
座り込んだレゼーヌに目線を合わせる為に同じように座り込みながら聞くクライヴ。
「これはですね。レイフォリアの清水です。ですからこれを掛ければきっとこれも。」
「…あまり進めないが……。」
「何故ですか? やって見ない事には何とも言えないと思いますけど。」
「考えてみろ、これは粉末だ。」
だから何なのかと言う顔のレゼーヌ。
「……それに水でも掛けてみろ。気化、溶解、凝固……どうなるか分からないんだぞ。」
「そんなよく分からない物を貴方は私に試させようとしたのですよ!」
「訂正したはずだ。持っていて欲しいに。」
いくら真顔で言われようと内容が内容なだけに『そうでしたね』では済まされない。
しかし、気化、溶解、凝固…どれをとっても見たくない物ばかりなので森の雫はまた異空間へ。
「もういいです……。でもやはり受け取りません。私が帰った後に貴方が試して下さい。」
このままでは如何しても受取ってはもらえないと思ったクライヴは最後の手段に出た。
「……あれはいらないか? あれの在り処は俺しか知らないが……。」
「ちょっと待って下さい……念の為確認しておきますが…あれとはこの間貴方に預けたあれですよね?」
「ああ、あれ以外に君から預かっている物はないからな……。」
あれ=カード勝負でクラレンスから貰ったお金の事。
「駄目ですよ、あれは私のです! 勇者が天使を脅して如何するのですか!」
「…だったら俺は勇者を止めるか……そうすれば人間が天使を脅している事になる。」
本音で無い事は確かだった。
クライヴだってそうなってしまえばもうレゼーヌとは会えない事は分かっているが、今は言ってみたかった。
予想としては怒って来るだろうと思っていた…だが。
「……貴方は勇者を続けるのが嫌ですか…?」
先程とは打って変わって大人しくなってしまったレゼーヌ。
それを見たクライヴは思わず『冗談だ。金はちゃんと返す』と言ってしまうところだった。
しかし、それではゾンビパウダーの効果が分からないと言う事で、出かかった言葉を飲み込む事に。
「そうではない。ただこれを君に持っていて欲しいだけなんだ。」
と言うものの、クライヴの本当の目的はこれを他の勇者に渡してもらい、その効果の程を知りたいと言うもの。
「……私がずっと持っていられないの知ってますよね。」
「ああ、だからこそ、これを他の勇者に渡して欲しい。」
「は?……それって……勇者を実験台に…と言うことですか?」
思わず出てしまった本音。
そんな事を言っては尚更受取ってもらえないのではないかと思ったのだが…。
「貴方が嫌だと言うのなら他の勇者でと言う事ですか……。」
「……レゼーヌ?」
何やら考え始めたレゼーヌ。
珍しく早く答えが出たようで両手でクライヴの手を握る。
「分かりました♪ 勇者でしたら、ちょっとやそっとのことでは平気なはずです。試しましょう♪」
握られている手を嬉しく思いつつも本当にそんな事でいいのだろかとクライヴは思う。
「でも問題なのは誰に、と言うよりもどうやってと言う事ですよね……見るからに怪しいですし…。」
「何かに混ぜるのはどうだ?」
「混ぜる……でも正気のうちはきっと気付きますよ。…今気付きましたけど、何だか変な匂いしてますし…。」
色は紫でしかも変な匂いがしている……それでは皆気付く。
「…正気……酒に酔っているところならいいのではないか?」
結構いい案なのではないかと思い言ってみると案の定レゼーヌの顔はぱぁぁっと明るくなり。
「凄いです! それで行きましょう♪」
と言って勢いよくクライヴに抱き付いた……ええ、真正面から…………。
「!……レゼーヌ!?」
そんな上擦ったクライヴの声も聞かず、そのままの体勢で次なる問題点へ。
「そうすると後は、それを誰に実行するかですね……。」
座っていた体勢から抱き付いたと言うことで、今はかなり無理な体勢なのは確かだが、
考え出したレゼーヌにそんなことは関係ない。
そしてクライヴの肩に顔を埋めて考え始める。
一方クライヴはと言うと、レゼーヌが離れないのを良い事にしっかり背中に手を回していた。
今日は何故か頭が冴えているらしく、直に答えが見つかった。
埋めていた顔を上げ、クライヴを真正面から見据えて言った。
「お酒と言ったら彼しかいませんね♪ では私は早速準備に取りかかります。」
「あ……。」
言い終わらぬうちにスルリとクライヴの腕から逃れ、ゾンビバウダーを異空間へと送る。
今まであった腕の温もりが消え、思わずもらしてしまった声。
何故かそんな声だけはしっかり聞いているレゼーヌ。
「……どうかしましたか?『あ……』って。」
「…………いや、なんでもない…。」
言える訳がなかった。
ずっと抱きしめていたかったのに、などとは口が裂けても……。
「?…そうですか。ではクライヴ、実行できる様になったら呼びに来ますね。」
「呼ぶ…?」
「ええ、貴方も見たいのでしょう? これがどんな効果を持っているのか。」
「ああ……いいのか?」
「構いません。私が見たものを口で伝えるよりも自分で見た方がいいでしょうから。
『Einmal sehen ist besser als hundertmal
horen』って言いますし。」
クライヴにはその言葉の意味は分からなかった。
「何処の言葉だ…それは。」
「……何処でしたっけ? まあ人から何度も聞くより一度でも自分の目で見たほうが確かだと言う意味です。」
「そうか……そうだな。」
「そう言うわけですので、私は帰りますね。」
転移を唱え様として途中で止め、何か出してクライヴへ。
「森の雫、貴方にあげますね。とても美味しいらしいです。では。」
次にクライヴの前に現われる時には準備万端で来る事だろう。全て計算の上で……。
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