「…………。」
レゼーヌは考えていた。
一体何処で彼にあれを飲ませるかと。
以前の様に食事に誘って…とも考えたが、それだとまた何かあるんではないかと感付かれてしまう。
ここは一つ協力者が必要なのではないか。
今一番協力してくれそうな人物、それは……。
「今晩は、クラレンス♪」
「! 天使様じゃねえか……勝負なら無理だぜ。あんたに渡した分、まだ取り戻してねえからよ。」
やって来たところは酒場。やはり、彼を誘うにはクラレンスしかいないのでは、と言うことでここへ。
そのクラレンスはと言うと、レゼーヌがやって来たと言うことでまた勝負をしに来たのではないかと思い、
椅子ごと後ろへ引いた。
「違いますよ、今日は貴方に頼みがあって来ました♪」
「頼み?」
椅子を元に戻したクラレンスはレゼーヌにも座る様促した。
特に話が長くなると言うわけではなかったのだが、せっかくなのでと座る事に。
「ええ、頼みと言うのはですね。ロクスを潰れぬ程度に酔わせてある物を飲ませて下さい。」
本当に頼みごとのみを言うレゼーヌ。
しかし、それでクラレンスが引き受けるはずもない。
「……天使様、順を追って話してくれねえか?」
「分かりました。まずですね、ある薬の効果が勇者にどう影響を及ぼすのか今ひとつ分からないのです。」
クラレンスに不信がられまいとかなり説明を変更して言う。
「そこで、ロクスに飲ませて欲しいのです。流石にこれを彼に渡して飲んで下さいと言っても
絶対に飲んでくれそうもないので……。」
周りから見えない所であれを取り出し、クラレンスの前へ。
「正気の沙汰では駄目なので、酔ったところにこれをお酒にでも混ぜて飲ませて下さい。」
「……天使様…かなりすげえことするんだな……見てみてもいいか?。」
「ええ……見て気分のいい物ではありませんが……。」
「どっちにしろ一服盛る時に見るんだしよ…………見なけりゃよかったな。」
黒い紙包みの蓋を開けたクラレンスは直に目を離し蓋を閉めた。
そして箱はテーブルの隅へ…。
「でしょ?……で、引き受けてくれますか?」
「う〜ん……ある程度は天使様が手引きしてくれるんだろ?」
「はい、貴方が指定した所までロクスを移動させるぐらいでしたら。」
「そいつで充分だ。じゃあ、これは預からせてもらうぜ……金。」
今まで報酬の事に付いてはまったく触れていなかった。
もしやただ働きかと思ったクラレンス。
聞いて来ないなら来ないで払わないつもりだったレゼーヌ。
しかし、聞かれたのなら答えなくてはならない、報酬の事を。
「後払いでお願いします。貴方が彼にこれを飲ませた時を見計らって私達も出向きますから。」
「達って事は天使様だけじゃねえって事か…まあ、いい……分かった、引き受けてやるぜ。」
「宜しくお願いします♪」
レゼーヌがクライヴにあれを預けてから3日が過ぎていた。
午後1時、当然の事ながら今のこの宿の一室の持ち主は深い眠りについている。
しかし、そんな事お構いなしにやって来る者がいる……お構いなしと言うのは聊か間違っているのか
もしれないが…。
暗い部屋の中、突然白い靄のような物が現われ、徐々に人の形をとって行く。
「クライヴ♪ 準備整いましたので、レシフェまで移動して下さい。」
言ってみたものの、珍しく起きないクライヴ。
またしても刀を抱きかかえたまま眠っている……。
「クライヴ。……起こしましょう。」
刀を握り、クライヴから引き離そうとした。
「う〜ん!」
しかし……眠っているのにもかかわらず、離そうとしないクライヴ。まるで刀が彼の一部の様に…。
「……何故起きないのでしょう……。寝たふり?」
最近のクライヴはおかしいと言う事でまさか寝たふりをしているのではないかと思い、
確かめてみる事に。何時も報告書を書いている羽根ペンを取り出しクライヴの頬に。
コショコショコショコショ
暫くそうしていたが、起きる気配まったくなし。
「…………む〜。」
布団を剥いで今度は足の裏を。
コショコショコショコショコショコショ
「クライヴには五感のうちの触覚がないのでしょうか?」
くすぐってもまったく駄目だと言うことが分かったので羽根ペンは消し去っり揺さぶることに。
「クーラーイーヴー。」
ゆっさゆっさ
それでも何故か起きない、死んでいるのではないかと思うほどの熟睡ぶりである。
ごろり
身体を反転させ顔を壁の方へ向けてしまったクライヴ。
「……そんなに気持ちよさそうに眠っていると私まで眠くなってくるではないですか……。」
…………『男の部屋で眠らない事』…………
「そんなこと言われても……ね…む……いで…す……。」
…………『…………。分かりました。』…………
「!…駄目です、しっかり返事してしまったではないですか……。クライヴ起きてくださいよ〜。」
今度は頬を叩いてみることに。
ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺち
「…ん……。」
「あ、こんにちは、クライヴ。」
寝起きと言うことで頭の中がぼ〜〜〜〜っとしているのだろう。辺りを見回し状況を確認している。
「……何をしている。」
変わっている所と言えばレゼーヌがクライヴのベッドに腰を掛けている事だけだった。
「貴方を起こしているのですよ。」
「…何時からいた。」
「ず〜〜いぶん前からです。刀を取ろうとしてもくすぐっても揺さぶっても起きなかったのですよ。
で、最後に頬を叩いたら起きたと。貴方があまりにも気持ちよさそうにしていたので私まで眠って
しまうところでした。」
「ここでか…?」
「はい。…でも、眠らないと約束していたので我慢しました。」
誰か知らないがレゼーヌと約束をした者に感謝したクライヴ。
「何か用か?」
「はい♪ 準備が整いましたのでレシフェへ移動をお願いしに来ました。」
「そうか、分かった。」
引き受けたのにもかかわらず、レゼーヌはそのままいる。
クライヴとしてはレゼーヌに帰ってもらってまた眠りたかった。
「……帰らないのか?」
「帰りますけど……あれ何処やりました?」
クライヴは自分の荷物を置いてある部屋の隅を顎で指し、また眠りについた。
「………お金は私が持っていきますね。おやすみなさい。」
指された所をあさり、クラレンスの全財産の三分の二の入った袋を異空間へ送り、
レゼーヌもラキア宮へ戻った。
「よお、ロクス。これからどっか行くのか?」
レゼーヌの言っていた通りの場所に現われたロクスを見、早速声をかける。
「………お前か。初めてだな、酒場以外で会うのは。」
「そうだな。…ところで一杯やらねえか? 最近当たりが多くて金余ってんだよ。」
「…誘って来たからにはお前の奢りだろな。」
もうここまで来れば後は楽勝だと思ったクラレンス。
「ああ、幾等でも奢ってやるぜ。」
「ふ〜ん……なんか怪しいと思うのは僕の気のせいか?」
流石教皇様(?)、勘が鋭いぜとクラレンス。
しかし、ここで引く訳には行かないので白を切る事に。
「そんなの気のせいだ。お前最近遊んでねえから疑り深くなってるんじゃねえか?」
適当に言いつくろってロクスを誘う。
「……そうかもな…最近、移動移動移動移動移動ばかりだからな……いいだろう、行こう。」
ざわざわ がやがや
ロクスとクラレンスが酒場へ来てから2時間が経った。
「ははは、ヴァイパーもっと飲め。」
「ああ、飲んでやるぞ。くくくく。」
何故か二人で出来上がっている。
もちろんクラレンスは一服盛ってはいない…忘れているのだ。
カラカラ
酒場の扉が開き、入って来たのはクライヴとレゼーヌ。
二人は真っ直ぐにロクスとクラレンスのテーブルへ近づいてくる。
「……これはいったい…。」
ロクスどころか頼んでおいたクラレンスまでもが出来上がっている。
本当だったらもう一服盛っていてもいい頃なのにと、途方に暮れている。
そんなレゼーヌに気付いたロクスが声をかける。
「ん? 如何したんだ、レゼーヌ……君も飲みに来たのか〜?」
「天使様……あんたも飲めよ〜。」
レゼーヌはクラレンスを店の隅まで連れて行き問いただした。
「クラレンス、これはいったい如何いう事です。何故貴方まで酔っているのですか。」
「酔ってねえ、酔ってねえって。ギャハハハハハ。」
もう手遅れ……。
その時クラレンスのポケットから黒い紙包みが………ポロっと落ちた。
「……使う前に酔いましたね……。」
仕方ないのでそれを自分のポケットの中へ。
そしてクラレンスを元の椅子まで引きずり座らせ、自分も座ることに。
「クライヴも突っ立ってないで座って下さい。」
ロクスとクラレンスが向き合って座っていたので同じ様にレゼーヌとクライヴが向き合うことに。
「すみませーん。ここで二番目に強いお酒お願いします。」
「二番目…?」
酔わせるためだったら何故一番強いのを取らないのかと、クライヴは疑問に思ったので、
つい口から出て来た。
直に運ばれて来たその二番目に強い酒を受け取るレゼーヌ。
「有り難う御座います。ええ、一番強いの飲ませて潰れられては困りますからね。」
四つのグラスへ頼んだ酒を注ぐ。
「さあ。クライヴも少し飲みましょう。潰れない程度に♪」
「…ああ。」
二人がいい感じになってきたところでさっき仕舞って置いた黒い紙包みを取り出した。
「…レゼーヌ……まさか…。」
「ええ、こうなったら二人に飲んでもらいましょう。」
「ロクスはともかくこいつは一般人だぞ。」
「クラレンスなら大丈夫でしょう。聞いていたでしょう、私のことを天使と呼んでいた事を、
彼は私が見えたのです。」
通りかかったウエイターに声を掛け、何やら注文をしている。
注文を承ったのか、ウエイターが下がって行った。
「何を頼んだのだ?」
「色の濃い赤ワインです。」
今まで飲んでいたのは、白ワイン。それに紫色をしたゾンビパウダーなんかを入れたらどうなるか……。
あまりにも見たくない物だったので色の分からない赤ワインに混ぜることに。
運ばれて来たワインを二つのグラスに注いで、いざ入れようとすると手が止まる……。
「……クライヴ入れてもらえませんか?」
少し考えレゼーヌからパウダーを受け取る。
「…………。」
クライヴ自身も見たくなかった。
水どころかアルコール反応まで引き起こしたらいったいどうなるのか……。
出来ればそのまま溶けてしまうのが望ましい。
だが、入れた途端……
ジュビュシュビュビュ
「「!?」」
大きな音ではなかった、そのためにぎやかな酒場では他の客には聞かれなかった。
しっかりと見ていた二人は、はっきりと聞きそして……見てしまった。
入れた途端蒸発をし、グラスからは緑色の煙が立ち上る様を……。
「「…………。」」
無言で顔を見合わせる二人……。
クライヴはもう片方のグラスにも入れた。
ジュビョビュビョボ
先ほどとは少し違い、甲高い音がしそしてやはり煙が。
何もなかったかのよう見えるが、実はワインの色がびみゅ〜に濃かったりする。
しかし、特に見た目は普通なのでそのグラスを二人の前へ。
反射的に前に出されたグラスを手に取り飲み干す二人。
「「…………。」」
その様子をクライヴとレゼーヌは固唾を飲んで見守った。
飲み終わってグラスをテーブルに戻した二人。
「……何も起こりませんね…やはり体力が回復するだけなのでしょうか?」
何事もなかったので残念そうなレゼーヌ。
「私たちも飲みましょうか♪」
「ああ。」
こうなっては飲むしかないだろうと言うことで酒盛り。
暫し飲み続けていること30分。
バタッ
パウダー入り赤ワインを飲んだ二人が急にテーブルに突っ伏した。
「?…如何しました。」
「今頃効いてきたのかもしれないな。」
じ〜〜っと見ているとムクリと起き上がり
「「愛している。」」
「「…………。」」
二人は立ち上がりレゼーヌに近づいてくる。
危険だと判断し急いで逃げる準備。
今にも襲い掛からんとしている時にクライヴがレゼーヌの前に立ちはだかり、二人の視界から
レゼーヌを隠した。
その時横をウエイトレスが通り過ぎた。
二人は歩み寄り
「「愛している!!」」
そして、また新たな女性が視界に入るごとに二人して『愛している』を連発していた。
流石にこれ以上は見ていられないとばかりに、クライヴはロクスを、レゼーヌはクラレンスの頭を
各々の武器で叩いた。
バシッ! ゴン!
何故かレゼーヌの方は鈍い音がしたが、今はそんな事気にいている場合ではない。
「……お勘定済ませてきますね。」
クライヴは片手にロクスの襟首を、もう片方の手にはクラレンスの襟首を掴んで引き摺っている。
一方レゼーヌはクラレンスのやはりこちらも襟首を掴んで引き摺っている。
何処に寝泊りしているのか分からなかったので皆同じ宿で部屋を取ってそれぞれ寝かし付け、
レゼーヌはクライヴの部屋で今日のことを話し合った。
「クライヴ、あれはどうして持っていたのですか? と言うより入手経路が気になるのですが……。」
「……………アーウィンからな。」
「何故そんな怪しい物を彼が貴方に?」
答えを持っているクライヴだが、あまり言いたくないことだったので知らぬふりを。
「さあな……俺はただ薬だと。しかし初めてあれを見た時から薬だとは思えなかった。師が試したところを
見たこともなかった。」
「……だから貴方も試したことがないと…。」
「ああ。」
レゼーヌは試すことについてはこれ以上言えなかった。自分が同じ立場に立たされたら決して
試しはしないだろうから。
「でも、それを何時までも持っていた理由はなんですか?」
「捨てられるわけないだろう。」
珍しくはっきりと即答された。
考えてみれば、あんな怪しい物をその辺に捨てて、もし生活用水にでも混ざったらどうするのか、
まず足はつかないだろうが、だからいいと言うわけではない。
そのため今までずっと持っていたのだが、そろそろ如何にかしなくてはと言うことで、
どんな物か実験を兼ねての処分だった。
レゼーヌにもそれは分かった、しかし聞きたいことがもう一つある。
「あれの効き目はどれくらいか聞いていませんか? このままだと怖くてロクスの訪問が出来ません。」
「……数日間放って置いても構わないだろう。」
「そうもいきませんよ。うちの主戦力は貴方とロクスなのですよ。明日からまた移動をしてもらおうと
思っているのです……。」
「…(奴も俺と同じ様な目にあっているのか)…。」
ロクスに少なからず親近感を覚えたクライヴ。
「あれって女性にだけ反応するみたいですから……貴方に確かめに行ってももらえませんし……。」
ところ構わず反応されてもそれはそれでかなりの困り様である。
「暫く様子を見たらどうだ。奴が町を歩いていて女に何も声を掛けなければもう平気だ。」
「そんな悠長な……声を掛けてるところに遭遇したら如何するのです?」
「……見て見ぬフリを決め込め。」
効果が分かり、それで満足なので明らかに他人のことなので関係ないといった感じのクライヴ。
「そうもいきません。どうすれば分かるでしょうか……。」
本当に困っているのでこれだけは本当の事を教えることに。
「確か副作用が起こった時には眠りから覚めたら切れると言われた様な気が………する。」
副作用……それは初耳だったが、それよりもクライヴの言い様が気になるレゼーヌ。
「また半信半疑なのですね。」
「いや、信じてはいない。全て疑だ。」
「………私はその言葉を信じて訪れてみます。」
信じてとは言ってみてもやはり心配なので少し考えてみることに。
「健闘を祈る。」
「……有り難う御座います。では私はこれで…今日は疲れたのでもう休みます。」
疲れたと言っている割には顔には出さないのである。
「そうだな、早く帰って休むといい。何かあったら来い。」
「ええ、そうさせてもらいます。では。」
残ったお金をまたクライヴに預けて天界へ戻って行った。
『クライヴ、お前みたいな男は好きな女が出来ても素直に自分の気持ちを伝えられそうもないからな。
これをやろう。ゾンビパウダーだ。』
そう言って渡されたものがあれだった……
『二人だけなのを確かめた上でこれを飲め、そうすればお前の気持ちもきっと届くはずだ。人によって
まちまちだが……これと相性が悪いと起きてからも続くがな。まあ、お前なら大丈夫だろう。』
きっと彼女は俺が気持ちを伝えたらあれを飲んだのかと聞いてくるに違いないな……
ただでさえ話を変な方向へ持っていく彼女だ、とんでもない事を言うのかもしれない…
効果か……
体力が回復するなどとは俺の作った嘘だ、ああでも言っておけば信憑性があるかと思った……
副作用はそのままの効果だが……入手経路…師はどうやってあれを……?
朝、ロクスが起き出した頃…。
ロクスの部屋へ行ったレゼーヌは何時ものように迎えられ安心した。
やはり勇者である彼とあれは相性がよかったのかと……喜ばしい事ではないが。
昨日の事を聞いてみたのだが、結局彼は何も覚えてはいなかった。
勇者でなかった彼はと言うと、目覚めてからもレシフェの町で女性達に『愛している』を連呼していたと…。
それを見たロクスは笑っていた……。
『Was man nicht weis, macht einen nicht
heis』
知らぬが仏。
END
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