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| 「なにをしてるか!ばかもの!!」 |
| クライヴの頭上で怒号を発し、ユエは実体化した。さすがのクライヴもこれをよける術はなく、降ってきた天使にぐしゃりと潰される。 |
| 「うううう・・・・・・。」 |
| 頭を抱えてうめいている勇者を見てやるなら今だ、とユエは思った。 |
| 「リンクス!例の作戦決行よ!避難してっ。」 |
| 「げげげ。あれをやるんですか!」 |
| 「そう!それしかないからね!!あんたも早く逃げないと鼻が曲がるわよ!」 |
| ユエはそう言って二つの物を取り出す。一つは顔半分を覆うようになっているマスク。そしてもう一つは・・・・・・・ |
| 「ふん!小賢しい天使め。そのようななまくらな剣で一体何をするつもりだ?」 |
| レイブンルフトは嘲笑した。指をぱちんと鳴らす。その途端、いきなりゾンビの集団が広間に現れた。 |
| 「私を斬るつもりか?しかしこうなってしまってはもう遅いぞ。私を殺したところで、あれは元に戻りはしない。・・・・・それともクライヴを斬るか?闇に堕ちた哀れな勇者を。」 |
| レイブンルフトはユエが取り出した剣を見てそう言ったのだ。 |
| 「そんなことない!まだ間に合うもん。それに、おあいにく様。この剣は何かを斬るためにあるんじゃない。もっと別の使い道があるのよ。」 |
| そこでユエは声を落として小さく呟いた。 |
| 「・・・・まさかここで試すことになるとは思わなかったけど・・・・」 |
| そうこうしている間にクライヴは起き上がっていた。再び女達に手を伸ばす。ユエは素早くマスクをつけると、群がってくるゾンビ達を蹴り倒しながら剣を抜き放った。 |
| 剣は蝋燭のうすぼんやりした光りを受けて銀色に輝いた。そして、ユエがそれを鞘から出した途端天上から黒いものがばらばらと落ちてきたのだ。 |
| 「うわっ。なによ!これ。コウモリ!?」 |
| ここの天井にも大量にぶら下がっていたコウモリが全て墜落したらしい。 |
| 広間の床はコウモリたちで黒く埋め尽くされた。 |
| 「すごい効き目・・・・・・・。」 |
| ユエは自分がもしこのマスクをしていなかったらどうなっていたのだろう、とゾッとしながらレイブンルフトを見ると、かの吸血鬼の王は苦悶の声を上げてのたうち回っているところだった。 |
| 「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!何だこの匂いは!!」 |
| 被害はそれだけにとどまらなかった。ユエに掴みかかろうとしていたゾンビどもが、断末魔の叫びを上げながら溶け始めたのだ。 |
| 「ひぇぇぇぇぇ。ゾンビ溶けてるんですけど・・・・・・」 |
| ユエがかたずを飲んでことの顛末を見守るなか、女達はドミノのようにバタバタと倒れ伏し、クライヴでさえもぐったりとなって動かなくなっていた。 |
| 「・・・・・・ラツィエル様・・・・いっそのことあなたが堕天使を倒しちゃどうですかね・・・・・・。」 |
| 彼女が作った比類なき“にんにくソード”の威力を目の当たりにして、ユエは冷や汗を浮かべながら呟いたのだった。 |
| 「って、放心してる場合じゃないっ。」 |
| はっと我に返ったユエは“にんにくソード”を放り出すと、コウモリの中から倒れているクライヴを引っ張り起こした。 |
| そのまま転移魔法の呪文を唱える。ユエは消え去る寸前にひらひらと手を振ってみせた。 |
| 「それじゃっ。レイブンルフト。また会いましょうね〜♪」 |
| レイブンルフトは苦しみながらも、天使達が去ろうとしているのを見て思わず手を差し伸べた。 |
| 「・・・・・・待て!!け、剣は持っていけ・・・・・・・・・・。」 |
| その手は空しく虚空を掴むとがっくりと落ちたのだった。 |
| ユエが置いていったソードはいまだ強烈な臭気を撒き散らしていた。このままでは遅かれ早かれこの城に住む魑魅魍魎どもは全滅してしまうことだろう。 |
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| 「な〜んか、非常に空しい闘いだったわねぇ。リンクス。」 |
| ユエはしらっとした表情で呟いた。リンクスはというと、ユエの言葉など耳に入っていない様子でクライヴを癒すのに必死になっている。 |
| 「うわぁ〜。なんてひどいダメージだ。クライヴ様可哀相に・・・・」 |
| 「なぁにが、可哀相よっ!言っとくケド、私がいなかったらこの人は今ここにいなかったんだからね!!あの城でレイブンルフトと一緒に女とデレデレして暮らしてた事でしょうよ!」 |
| ユエは意識のないクライヴを睨みつけた。 |
| リンクスはふと術をかける手を止めてユエを見上げた。その口元にはいたずらっぽい笑みが浮かんでいる。 |
| 「へぇ〜もしかして妬いてるんですか?天使様?クライヴ様があの“美女”の血を吸おうとしたから・・・・・」 |
| 「うるさいっうるさいっ!!黙ってなさいよリンクス!!」 |
| ユエは足元の雪を掴むとリンクスに向かって投げつけた。 |
| 「わわわっ。危ないなぁ。図星指されたからって怒らないでよぉ〜。」 |
| 「図星って何よ!図星って。私はそんなんじゃないんだからね!!」 |
| 雪のつぶてがいくつもいくつもリンクスに降りかかる。リンクスは意外とすばしっこくそれら全てを避けた。 |
| 「へへへっ。戦闘はちょっと苦手だけど、ボクって逃げるのは天下一品なんだ!」 |
| 「つまんないことでいばるな!!」 |
| 再び雪玉を放つユエ。リンクスはそれを軽々とかわしたが、それがリンクスのすぐ隣に横たわっていたクライヴの頬に当たってしまった。 |
| 「ううっ・・・・・・・。」 |
| 「ああっ。天使様ひどい。けが人に雪玉当てるなんてっ。」 |
| 避難の声を上げるリンクス。 |
| 「何言ってるのよ!あんたが避けるからいけないんじゃないの。」 |
| 無茶苦茶な理屈で言い返しながらも、ユエは雪の上に膝をついてクライヴの傍らにかがみ込んだ。手をかざして“祝福”をかける。 |
| やがてそれは効き目をあらわし、クライヴは目を開けた。 |
| 「あ〜ら。“眠り姫”さま。やっとお目覚めですか。」 |
| ユエはツンとして言った。リンクスはにやにやしながらそんな天使を見ている。クライヴはまだ意識がはっきりしないようで、しきりに瞬きをしながら、辺りを見回している。 |
| 「・・・・・・・何か・・・・悪い夢を見ていた気がする・・・・・」 |
| 彼がこう呟くのを聞いてユエはふと思った。 |
| “それって危うく吸血鬼化するところだった事なのか、それとも”にんにくソード“の事なのかどっちなんだろう・・・・” |
| ちょっと興味がある気がする。あるいは両方なのかもしれないが。 |
| 「・・・・ユエ。やつはどうした・・・・?それにやつの城は?」 |
| クライヴはようやく覚醒したようで尋ねた。 |
| 「やつなら大ダメージを受けて当分の間は再起不能ね。でも、1000年も生きてるくらいしぶといんだから、多分それくらいで死にゃしないと思うけど。城は・・・・・しばらくの間入らない方が身のためだと思う・・・・・。それに入ろうにももう入り口どころか城自体なくなってるみたいだし。」 |
| ユエの言う通りで、あれほど大きい城が跡形もなく消え去っていた。そこにあるのはどこまでも続く雪海原のみ。まるで城などはじめから無かったかのようだった。 |
| 「クッ・・・・・・・。」 |
| クライヴは拳を雪の上に叩きつけた。そのまま何度も何度も雪を打ちすえる。そのうち皮膚が裂けて血が滲んできた。さすがに見かねたユエが振り下ろしたクライヴの手を掴んでやめさせる。 |
| 「なに、意味のないことやってるのさ!怒ってもどうにもならないでしょ!」 |
| 「・・・・・・。何がわかる・・・・・君に・・・・・・」 |
| 虚ろな目でクライヴは呟く。その態度にユエはかちんときた。 |
| 「ええ!ええ!分かりませんとも!あんたの気持ちなんかこれっぽちも理解できないね!」 |
| ユエは苛々と言葉を投げつけると、クライヴの手を握っている指先に力を込めた。微かな光と温もりと共に傷がいえる。 |
| それからユエは乱暴にクライヴの手を放すと立ち上がった。 |
| 「リンクス。帰ろう!!この人は独りが大好きみたいだから私達がいると邪魔なんだってさっ。」 |
| そのあまりの言い様にリンクスは目をむいた。 |
| 「そんな、言い方ってないですよ〜。天使様。クライヴ様だって色々辛かったんだから・・・・・。」 |
| 「へーそう。じゃあ、あんたが一緒にいてあげれば?私は帰るから。ま、せいぜい仲良くしててよ。」 |
| ユエは冷たく言い放つとクライヴの顔を見ないようにして背を向けた。一体今彼はどんな表情をしているんだろう。 |
| ・・・・・どうせいつもと変わらず無表情なのに違いない。にくたらしい限りだ。ユエは腹立ちまぎれに雪を蹴飛ばすと、振り返らずに転移魔法の呪を口ずさむ。たちまちにして天使は消え失せ、後には途方に暮れたように漂うリンクスと、どこか戸惑った表情のクライヴが取り残された。 |
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| 「ああああっ!!ムカつく!もう二度とあんな奴の心配なんかしてやるもんか!!」 |
| 帰るなり不機嫌に当り散らすユエに妖精達は皆、不信顔だった。 |
| 「・・・・・・天使様。一体何があったのですか?」 |
| 落ち着き払ったシータスの声はかえって、ユエの神経を昂ぶらせただけだったらしい。罵声こそ浴びせなかったものの、代わりにくまのヌイグルミがすごい勢いで飛んできた。シータスは何食わぬ顔でそれをかわし、遠巻きに見ていた妖精達は口々に何かを叫びながら蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。 |
| ただその場に一人残ったリリィは心配そうにユエを見ていた。 |
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