天使の憂鬱〜レイブンルフト城 前編〜




 その城は深い雪に覆われた地にそびえ立っていた。
 辺りの雪が染み一つない純白なのに対し、城はどこまでもどす黒く、禍々しい。
 この地には何一つ生物は生息せず、風さえも息をひそめているかのようだ。ただただ、上空にかかった鏡のような月が地上に細々とした光を投げかけているだけだった。
                                    
 クライヴは鋭い目でレイブンルフト城を睨みつけていた。
 その傍らではこのアルカヤの守護天使であるユエが浮遊している。二人に同行している妖精リンクスはというと、何故か所在無げな様子で首に巻いたアルマジロをつついていた。
「・・・あの城に奴がいる・・・・・」
「そりゃーいるに決まってるわな。なんたってレイブンルフトの城なんだから。これで留守だったらお笑いもいいトコよね。」
 感慨深げなクライヴの呟きに茶々を入れるユエ。彼は隣の天使をねめつけたが、そんなことをしたところでユエが恐がったり、口をつぐんだりするわけでもない。
 ため息をついてクライヴは再び視線を城へと戻す。
「ねぇねぇ。いつまでそこでお城と睨めっこしてるつもり?早く中に入ろうよ。レイブンルフトも中で待ちくたびれてるんじゃないの。」
 険しい顔でユエを見たクライヴは苦々しげに言った。
「何故ついて来た?」
「暇だったから。」
「・・・・・・・・。」
 即答されてクライヴは沈黙する。
 クライヴの額に怒りマークが浮き出たのを見たユエは、慌てて言い直す。
「というのは冗談でぇ〜、クライヴのコトが心配だからに決まってるじゃん。もおーそんな当たり前のコト聞かないでよ〜。」
 だっはっはっはと笑いながら、ユエはクライヴの肩をばしばし叩いた。
「さあさあ。ぼさっと突っ立ってないで、入った入った。善は急げって言うことだし、とっととカタつけて帰ろうよ。」
 ユエは、迷惑そうに顔をしかめるクライヴの腕をぐいぐいと引っ張って、城へと強引に連れ込んだのだった。
                                    
「うーん。変な内装・・。ね、リンクスそう思わない?」
 大またで長い廊下をずんずん歩いていくクライヴの後を追いかけながら、ユエは肩の上のリンクスに喋りかけた。
 リンクスはアルマジロに抱きつきながら、震え声で言った。
「変っていうか・・・・怖いんですけど、ボク・・・・。うううう。もう帰りたいよう〜。」
「んもうっ。情けない声をだすんじゃないっ!本番はこれからなんだから。前座でびびってどうすんのよ。気合入れてけっ。気合を!」
「だってぇ〜。」
 泣きそうな声でリンクスは言った。
 リンクスが恐がるのも無理はない。城の中に入ってみると、ひどく薄暗く、照明といえば左右の壁に等間隔にずらっと掛けられたロウソクのみ。そのロウソクも今にも消えそうなぼんやりと光を発していて、恐ろしげな城の雰囲気を更に引き立てている。
 さらに廊下の途中途中に動かない骸骨が立っていたり、天井に無数のコウモリがぶら下がっていたりと、まるでオバケ屋敷のような有様だった。
「この城・・・キモだめしに最適だわ。今度やろっか。ね、リンクス?」
 ユエは脅えてるリンクスに向かって笑いかけた。
「じょじょじょ、冗談じゃないっ。ボクはいやだからね!!」
「何を言ってるのよ。これくらいでびびっちゃって。オトコとして恥ずかしくないの!!クライヴを見なさいよ。あんなに颯爽と歩いちゃって。やっぱあれくらいでないとね。」
 後ろで呑気な会話を交わす二人にはおかまいなしで進むクライヴを指してユエ。
 リンクスはぶんぶんと首を振った。
「あの人はボクとは違うんですよ〜。クライヴ様ってばどんなにグロテスクなゾンビ見ても顔色一つ変えないし、暗い夜道もへっちゃらだし、それに」
「リンクス黙って!!」
 突然ユエはリンクスの口を塞いだ。
「到着したみたいよ。玉座の間に。」
「ふがががっ!(げげげげっ!!)」
 重厚な造りの扉が3人の前に立ちはだかっていた。色はやはり漆黒で、ドアノブは禍々しいほどの赤である。
「ちょっとちょっと。一体どういう配色してるのよ。悪趣味すぎ〜。ドアノブって言ったら普通は金じゃない?」
 ユエはぼそぼそとリンクスに話しかける。リンクスの顔色は蒼白だった。
「ひぃぃぃぃぃ。あのドアノブの赤いのって、まさか人間の血じゃないですよね・・・・・・。」
 がたがた震えながらユエの肩にしがみつく。
「おいおい。しっかりしてよぉ。そんなんでちゃんとクライヴのサポートできるの?あのドアノブの赤は血じゃないよ。だいじょぶだいじょぶ。」
「何でそんなことが分かるんですか・・・・?」
 少しホッとしたようにリンクスは尋ねた。
「血は乾くと茶色になるでしょ。あんな鮮やかな赤じゃない。まあ、あれが塗りたての血だったら分かんないケド。」
「ひっ!!ぬっ塗りたて!?!?」
 ユエの言葉に硬直するリンクス。
「あっ。固まっちゃった。少し脅かしすぎたかな?」
 ユエは苦笑すると、クライヴの方を向いた。
「クライヴ。いよいよだね。覚悟はいい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「お〜い。クライヴってばぁ。だめだこりゃ。全然聞いてないね。」
 呼びかけられた勇者は扉の前で立ち尽くしていた。彼の頭の中はどうやらレイブンルフト一色らしい。まるで扉がレイブンルフトであるかのように睨みつけている。
“そんなコトしてないで早く入ればいいのに・・・・なーにもったいつけてるんだか!”
 ユエがそう思うのと同時に、突然扉が音も立てずに滑るように開いた。
「うえっ!ひっ開いたっ!!てててて天使さまぁ。こいつ勝手に開きましたよぉ〜。ボク頭がおかしくなったのかな。」
 硬直から解放されたリンクスの叫びを無視して、ユエは扉の中へと入って行こうとしているクライヴの腕を掴む。
「いい?クライヴ。くれぐれも冷静にね!!そりゃ仇敵を目の前にしてハラワタが煮え繰り返りそうなほどムカムカするのはしょうがないコトかもしれないけど、あなたがどんなに怒ってみせたってそれだけでアイツが死んでくれるわけじゃないんだから。」
「・・・・・お前は俺に怒るなというのか・・?」
 邪魔されたクライヴは振り返って苛立たしげにユエを睨みつけた。紫色の瞳がナイフのように鋭く光り、天使を射抜いたが彼女は怯まなかった。
 負けじと睨み返す。自分はこれを言うために一緒にいるのだ。ここで釘を刺しておかなければ、その意味がなくなってしまう。
「その通り!あなたが怒って我を忘れたら、今まで頑張ってきた事が全部無駄になるんだからね!私が言ってる意味分かるよね?」
 しかしこの言葉も今のクライヴには届かないようだった。
「放せ。」
 冷たくあしらってクライヴは乱暴にユエの腕を振り払うと、赤い絨毯が敷き詰められた広間へと足を踏み入れた。奥にある玉座にはレイブンルフトその人が待っている。
「クライヴのおたんこなす!!あんたなんかレイブンルフトにけっちょんけっちょんにやられちゃえばいいんだ!」
 ユエはドンと足を踏み鳴らすとクライヴの背中に向かって怒鳴った。
 そのあまりの剣幕にユエの肩に乗っていたリンクスは振り落とされてしまった。
                                     
 レイブンルフトは女達に囲まれて座っていた。血色のワインが入ったグラスを掲げて笑みを浮かべる。
「よく来たな。我が子よ。・・・・噂は聞いている。よく顔を見せてくれ。」
 もはやレイブンルフトしか目に入らないらしいクライヴは半ば、憑かれたように叫んだ。
「レイブンルフト!!お前を殺す・・・・・!」
 そのまま刀を抜こうとしたが、全身を見えない鎖でぐるぐる巻きにされてしまったように、指先1ミリだって動かすことができなくなっていた。
「・・・・クッ、体が動かん・・・・。」
                         
「天使さま。いいんですか?クライヴ様助けてあげないんですか?」
 事の成り行きをオロオロと見ながらリンクスは言った。
「ふん!だから私が忠告したのに。耳を貸さないからこういう事になるのよ!!自業自得だわ。リンクス!あんたも手を出すんじゃないわよ。」
 そっぽを向きながらユエ。
「そんなぁ〜。天使様ってば。」
                                       
「無駄な抵抗は止めたほうがいい。今のお前の力では私に近づくことすらできん。」
「くそっ!!」
 クライヴは激しい憎悪を込めてレイブンルフトを睨みつけた。目だけで殺せるものなら殺さんばかりの凄まじい視線だ。
 吸血鬼の王は満足げに頷いた。
「ふん、なかなかいい顔だ・・・・・。力は未熟なようだが、素質は感じる。私の息子たるお前をこの城にむかえる用意はいつでもできているぞ。」
「・・・・・誰が貴様の・・・・・・・」
 クライヴは苦しそうに喘いだ。レイブンルフトはおもむろに玉座から立ち上がるとクライヴの側までやってきた。
「紙一重だな。今のお前の状態は。」
「・・・・何が言いたい・・・・・・」
 レイブンルフトは手を伸ばすと、クライヴの腰に吊るしてある鞘から刀を引き抜いた。
「・・・・分からないのか?つまりはちょっとしたきっかけさえあれば、お前はあっという間にこちら側の住人になれるという事だよ。そのためにどうすればいいのかも私は知っている。」
「何をする気だ・・・・?」
 レイブンルフトは笑い声を立てた。そして刀をクライヴの手に握らせた。
「私は何もしない。ただこう囁くだけだ。お前の母親の血は非常に美味で極上だった・・・・とな。」
「!!!!」
「私はわざわざお前が物心つく頃まで待って、ブラスにあの村を滅ぼさせた。お前の目の前でむごたらしく、あの老夫婦を殺すように命じた。お前の憎しみを膨れ上がらせるために。」
 クライヴは全身を痙攣させていた。体中を駆け巡るあまりの怒りに言葉も出ず、思考も止まってしまったようだ。
 レイブンルフトは唄うように続けた。
「お前の師が吸血鬼化した時はさぞかし見ものだったろうな。まさしく“ミイラ取りがミイラになった”瞬間だったからな。私もその場に居合わせたかったよ。・・・・クライヴ。私が憎いか?もっと憎むがいい。その内、全てが憎くてたまらないようになるだろう・・・・。」
 クライヴは既にそうなっているようだった。血走った目であらぬ方向を見ている。
 レイブンルフトは不敵に笑うとクライヴを見えないいましめから解放してやった。自由の身になったクライヴがまずはじめにしたことは、本能のままに喉の渇きを癒そうとすることだった。刀を下げたまま、玉座の周りにいる女達の方へ突進する。
「あの馬鹿!何考えてるのよ!!」
 ユエは舌打ちした。もしクライヴが女の血を貪ってしまったら、もう二度と戻れないだろう。自分はどんな手を使ってでもそれを阻止しなければならないのだ。クライヴが怒りを忘れるほどの衝撃を味あわせてやればいい。
 方法は一応あるにはある。しかし・・・・・
 ユエがためらっている間にクライヴは女の一人を引き寄せて首筋に噛み付こうとしていた。
                                
                            







 (コメント)
 だらだらと延ばさないと誓ったはずなのに 
 もう前後編になってるし・・・・・(泣)

                  


天使の憂鬱〜城への道〜へ 秘蔵書庫へ 天使の憂鬱〜レイブンルフト城 後編〜へ