天使の憂鬱〜城への道〜




「ユエ、俺はレイブンルフト城へ向かう。しばらく、お前の仕事は受けることができない。」
 クライヴは淡々と、しかし瞳に決意の光を込めて言った。
「・・・・・・・・・・クライヴ。」
 ユエは珍しく真剣な顔で勇者を見つめる。クライヴは迷いもなく真っ直ぐに天使を見返した。二人は視線を合わせて無言で見つめあう。
目と目で会話しているかのような二人を見て、ローザの頭にある疑問が浮かぶ。
“天使様のあんなに真剣なお顔、初めて見るわ。クライヴ様のことが心配なのね。まさか本気でクライヴ様のことを・・・・・・?”
 
と、じっとクライヴに視線を注いでいた天使が声を上げた。 
「クライヴってば、私の名前覚えてたんだ!?てっきりすっかり忘れ去られてるのかと思った!」
 ローザは思わず墜落しそうになった。わなわなと拳を痙攣させてユエに詰め寄る。
「クライヴ様のことを案じていらっしゃるのかと思えば・・・・そんな事を考えていたのですか!!」
「だってさあ、初めて会った時からの事フィードバックしてたんだけど、今まで私の名前呼んだことなかったんだよねー、この人って。だからちょっと意外だったんだもん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
 ローザは呆れ返った。今重要なのはこんな些細な事ではないはずだ。クライヴが宿敵との闘いを決意し、報告している時にこのようなどうでもいい事を考えているとは・・・・。
「・・・・・言われてみれば・・・そうだったかもしれないな・・・・。」
 クライヴは苛立つローザを尻目に頷いている。
「クライヴ様まで納得しないでください!今、問題にすべきはこんな事ではないはずです!クライヴ様の・・・。」
「まあまあ。ローザ落ち着いて。あんまり興奮すると血圧が上がるよ?」
 ユエは肩をいからせるローザを宥める。どうもローザとユエの相性はよろしくないようだ。もっとも“真面目で融通の利かない堅物”と言っていいローザと、いい加減が服を着て歩いているようなユエが合う方がおかしいのだが。
「ローザが言いたいことはちゃんと分かってますって!クライヴをレイブンルフトの所へ一人で行かせて大丈夫かってことでしょう?」
「・・・・俺一人では奴にかなわないとでもいうのか?」
 ユエの言葉を聞いたクライヴが剣呑な目つきで二人を見た。
 ローザはその視線に申し訳なさそうな顔になって弁解しようとしたが、ユエが手でそれを遮った。
「まあ、そうカッカしなさんな。今の段階じゃ敵の強さは“不明”なんだから。ただ、アンデットの王なんてやってる上に、元天使の勇者ともなれば、相当強そうだっていうことは分かるけどね。」
「だが俺は奴を必ず倒す。」
「・・・・・クライヴ。少し冷静になりなよ。怒りとか、死をも恐れない無謀さっていうのは、確かに闘いの場では力に成り得るかもしれない。だけどさ、レイブンルフト相手に勝ちたいんだったら、それだけじゃ駄目だと思う。理性は絶対になくしちゃいけないよ。怒りに我を忘れたらそれこそ、あいつらの思うツボなんだからね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「クライヴ見てると、心配なんだよね。レイブンルフトに会ったら最後、ぶち切れしそうだし・・・・・だから・・・・私も一緒に行ってあげる。」
 ユエの言葉にクライヴとローザは驚きの声を上げた。
「・・・・・なんだと?」
「天使様!本気ですか!?」
 
 
 青年は人気のない夜道を黙々と歩いていた。三日月が細々とした光をクライヴに注いでいる。
彼の傍らに天使の姿はなかった。
“一回天界に戻るわ。色々準備しなきゃいけないこともあるし、レポートをラツィエル様に提出しなきゃならないから。クライヴがラグニッツに着く頃までには戻ってくるよ”
 そんな言葉を残して彼女は飛び立って行った。
 正直言うと、ユエが同行してくれるのはクライヴにとって、かなりありがたいことだった。一人で黙々と歩いていると、次から次へと暗い考えが溢れ出て止まらなくなる。そして一回浮かんだマイナス思考は決まって憎しみへと変換される。変換された憎しみは彼の中の呪われた血を呼び覚ます。
 今まではその繰り返しだった。しかし、ユエがいると騒がしいわ、疲れるわでそんなことを考えている余裕もないのだ。
 最近では、クライヴが何も言わずに話を聞いているのをいいことに、他の勇者の愚痴を延々と喋るためだけに、訪問してきたりする。
“でさ〜。ロクスってのがまた曲者でね。依頼一つするにしたって、暑いとこに行くのは嫌だの、アンデット系は匂うから依頼するなだの、文句ブーブー言うし、かといってプレゼントを持っていくと、このスタッフは握りが持ちづらくて使いづらいからもっといい物よこせとか、このポーションは苦くて飲みづらいから甘くしろだとか・・・・だーっ!いちいち文句言わずにいられないのかっ、己は!!って思っちゃうんだよね〜。それにアイリーンがまたわがままで・・・・・”
 猛烈な勢いで喋りまくるユエに辟易しながらも、クライヴは不思議でならなかった。彼女はどうしていつもこう、高いテンションを保っていられるのだろうか。彼女が落ち込んでしおれている姿など一度も見たことがない。辛いと感じる神経を持ち合わせていないのか、それともうまく隠しているのか・・・・・。
 どうも自分には理解不能なことだ。クライヴは頭を振ってため息をついた。
 ふと青年の足が止まる。紫苑の瞳に怜悧な光が宿り、その手は腰の刀へと伸びた。
「こんばんは。闇の王子。綺麗な月夜ですな。」
 ふいに何者かの声がして、彼の背後に気配が生まれる。
「お父上に会いに行かれるのかな?」
 クライヴは刀を抜きざま、振り向いた。
「貴様・・・・・。」
 そこに立っていたのは、人間でいえば四十代くらいの男だ。
 ただし人間と違う所は、その不気味に光る赤い目と、異様な殺気だった。
「ははは、物騒な表情をしていますな。 私はあなたを丁重にお招きしようと参ったのですがね。」
 揶揄するように白い牙を見せて笑う吸血鬼。クライヴは取り合わず、殺気を放つ。
「・・・・・吸血鬼どもはすべて殺す。」
 ブラスは気取った動作で肩をすくめた。
「王の血をひくあなたがそんな心を持っているとは、残念ですな。 やはり、あのとき殺しておくべきでしたかな。」
「だまれ!」
 クライヴの肩が激しく痙攣している。きつく握り締めた拳には血が滲んでいた。そんな彼を冷笑混じりに見てブラスは顎に手をやった。
「ふむ。まあ、いいでしょう。 ならば、あなたが王の元に行く価値があるのか試させてもらいましょう。」
 ブラスは優雅にマントを翻し一礼すると、クライヴに襲い掛かった。
 夜のしじまに澄んだ金属音が響き渡った。
「さすが・・・王の息子・・・・・ 血の強さはすばらしい・・・・。 だが・・・レイブンルフト様のお力には遠くおよびませんな・・・。」
「・・・うるさい・・・黙れ・・・・・・。」
 数十分後、息を荒くして対峙する二人の姿があった。
 レイブンルフト直属の部下だけあって、ブラスの強さはかなりのものだった。さすがのクライヴも一刀の下に斬り捨てる、というわけにはいかず、いささか苦戦を強いられている。
 緊迫する空気。クライヴのこめかみに汗が流れる。
「ブラス殿!加勢に参ったぞ!!」
 そんな張りつめた空気を破って、ふいに緊張感の欠片も無い声がした。怪訝そうに声の主を見やる二人。
 かしゃかしゃと乾いた音を立てながら、スケルトンが走って来るのが見える。
「・・・・何だお前は。」
 せっかくの真剣勝負を邪魔されて不機嫌そうなブラス。スケルトンはそのままブラスの前までやって来て、ぴたりと止まる。
 右手を上げてビシッと敬礼ポーズを取った。
「お役目、お疲れ様でござる。それがし、助っ人に参った!まずは体力回復にこちらの血を飲んでくだされ。」
 骸骨は骨張った手(というよりまんま骨だが)にしたワイングラスを差し出した。それには紅い液体が入っている。
「ふむ。気が利くではないか。新人か。」
 ブラスが受け取ってグラスに口をつける。
「はっ。ゴンザレスと申す。あやつめの相手はそれがしにお任せ下され。」
 ゴンザレスは深々と一礼した。それを黙って見過ごすクライヴではない。
 勇者の刀が一閃してスケルトンに襲い掛かった。ゴンザレスは意外に機敏な動作で振り返ると、青年の刀を受け止める。
「何!?」
 ゴンザレスはカタカタと笑った。
「甘いでござるよ。そんななまくらでは拙者は斬れないでござる。」
 素早い動きでクライヴの刀をはじく骸骨。
「・・・・・!」
「薬が効いてくるまで、おとなしくするでござる。」
「・・・薬?どういう意味だ?」
 意味ありげなゴンザレスの言葉にクライヴは眉をひそめる。
 ゴンザレスは答えず後ろを見やった。
「くっ・・・・・!何だ・・・・これは・・・・血では・・・ないな・・・・。」
 そこには苦悶の表情を浮かべて膝をつくブラスの姿があった。側にはワイングラスが転がっている。
「見事にひっかかったでござるな。それは血ではなくて、“トマトジュース”でござるよ。」
「・・・・嘘をつくな・・・・ただの・・・トマトジュースで・・・このように身体が痺れるはずは・・・・なかろう・・・。」
 ゴンザレスは再び笑い声を上げた。骨張った手で印を結び、呪を唱える。骸骨の身体から金色の光が溢れて一人の女の姿に変わった。
「確かにトマトジュースだよ。ただし、毒薬あ〜んど聖水入りだけど♪」
 女は純白の翼を揺らして悪戯っぽく笑った。ブラスは悔しそうに歯噛みした。
「騙したな・・・・姿まで変えて・・・・きっ貴様・・・・・卑怯だぞ・・・・天使のくせに・・・・・・。」
 天使は恍惚の表情を浮かべる。
「卑怯だなんて・・・・。もう、やあねー。そんなに褒め称えないでよ。照れるじゃない。」
「・・・・・褒めとらんわい・・・・。」
 ブラスは苦しみながらも呟いた。
 クライヴは呆気に取られていたが、やっとのことで口を開く。
「ユエ・・・・お前一体何をしている?」
「なにって・・・・ラツィエル様の“試作品”を実験してるのよ。よしよし。これで“トマトジュース”は終了ね。あ、ブラス。悪いけど、あんたの細胞取らせてもらうね。これがないと“実験した意味がない”ってラツィエル様に怒られちゃうのさ〜。」
 ユエはブラスの頭から髪の毛を引っこ抜いた。クライヴを返り見る。
「そんなことより、早くトドメを刺しなよ。カタキなんでしょう?じーちゃんとばーちゃんの。それとも私がやっちゃっていいの?」
 その言葉にクライヴははっとして、ユエにはじかれた刀を拾う。そのまま、うずくまるブラスの元へゆっくりと歩を進めた。
「これで終わりだ・・・・・。」
「 私を倒したくらいでいい気にならないことだ・・・王はもっと遥かに強い・・・・あなたはお父上の前でひざまずくことになるでしょう。ははは・・・・」
 吸血鬼の嘲笑がふいに途切れた。クライヴが無言で刀を振り下ろし、ブラスの首を刎ねたからだ。
 
ブラスにとどめを刺した後、クライヴは頭を垂れたまま、しばらく動かなかった。
 ユエは声をかけようとして、やめた。
最近のユエは少しおかしい。クライヴが悲しそうだったり、辛そうだったりすると胸が締めつけられるような感じがするのだ。
“それって・・・・もしかして私がクライヴに”ホの字“(死語)って
ことなのか!?いやいや、意表を突いて実は心臓病を患っているということだって考えられるかもしれん・・・・“
 訳の分からないことを考えながらも、ユエの目はクライヴに注がれたままだった。
                            
                              
                                           







 (コメント)
 実にどーでもいい事ですが、ゴンザレスはユエの 
 親友天使がモデルになっています。彼女の親友は
 後二人いて、四人は天界一の色モノ天使なんてありが 
 たくない異名をもらっています。
 (って本当にどうでもいい事ですね。はははは)
 今回も読んでくださってありがとうございました。
                  


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