天使の憂鬱〜血の狂気 後編〜




 ガキィィィィィン!!
澄んだ金属音が夜の闇に響き渡った。吸血鬼の長く伸びた鋭利な爪が、クライヴの刀をすんでのところで受け止めている。
 額に冷や汗を浮かべたノスフェラトゥだが、その唇が笑みを形
づくる。その表情に不穏なものを感じたクライヴは刀を引こうとし
た。しかし、吸血鬼は刃を掴んで離すまいとした。そのままで低く口笛を吹く。
「!!!」
 瞬間、暗闇から飛び出してきた大型のコウモリがクライヴの右肩を切り裂いて飛び去った。そのまま空中で踵を返し再びクライヴ目掛けて降下する。
 小さく舌打ちすると、刀を手放してクライヴはその攻撃をかわした。右肩からは鮮血がしたたって地面に吸い込まれていく。
「そこまでのようだな。」
「くそっ・・・・・・・・。」
 クライヴは右肩をかばいながら歯噛みした。あのコウモリの爪に毒が含まれていたらしい。傷口からじわじわと痺れが広がってゆく。がくりと膝を落とした勇者にノスフェラトゥがゆっくりと爪を振り上げる。
「王の血を引いているというから、どれほどの力を持っているかと思っていたが・・・・大したことはないな。“闇の王子”の名が泣くぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・!」
 荒く息を吐いてぐったりとしていたクライヴだが、“闇の王子”という言葉を聞くや否や瞳に光が宿った。
「死ねっ!出来そこないめっ!!」
吸血鬼が爪を振り降ろした。それを易々と素手で受け止めるクライヴ。
「俺は・・・・・・“闇の王子”などではない。」
 そのまま手に力を込めて吸血鬼の爪をへし折る。
悔しそうに顔を歪めたノスフェラトゥは再び口笛を吹く。だが、コウモリはどこへ行ってしまったのやら姿を現さなかった。
「あのコーモリだったら、焼き鳥(?)にしてお墓に備えてやったけど?」
 緊迫した空気の中、呑気な声がする。視線を巡らせて声の主を探す吸血鬼。一瞬クライヴから注意がそれた。その隙にクライヴは小さく呪を口ずさみながら目前のノスフェラトゥに意識を集中し、両手をかざした。
「しまった!!」
 視線を戻したノスフェラトゥはうっかりクライヴと眼を合わせてしまった。レイブンルフトと同じ威圧的な眼に捕らわれて、身動きが取れない。
「地獄へ堕ちろ・・・・・・。」
 死の宣告と共に急激な脱力感が吸血鬼を襲う。
“ブラッディグレイス”
相手の体力を吸い取って、自分のものとしてしまうえげつない必殺技。かなりの威力を誇るが、クライヴ自身がそれを使うことはあまりない。
                       
精気をあらかた吸い尽くされて、ミイラのように干からびた吸血鬼。その心臓に杭を打ち込み、ほっと息をついた勇者。その顔はゾンビに負けず劣らず青白い。
「クライヴ・・・・。顔色真っ青だよ。一体どうして・・っておい!」
 そのあまりの顔色に心配して駆け寄ったユエは、倒れかかったクライヴの身体を間一髪で抱き止めた。毒が身体中に回ったらしい。既に意識がなかったりする。
 ユエは舌打ちして、急いで治癒をクライヴにかけた。
                     
「ったく!!本当に世話が焼けるんだからっ。倒れそうなら、倒れそうって言いなよね。大体あんたはいっつも無茶し過ぎなのよ。もうちょっと自分の身体を大事にしろってあれほど・・・・・・」
 何やら頭の上でわめいている声がする。クライヴの意識はまだ半分夢の底にあった。もう少し静かにして欲しい。彼は微かに身じろぎする。
「まあまあ、天使様。クライヴ様がご無事ならよろしいではありませんか。」
 プリプリ怒っている声の主を宥めるような声も聞こえる。
「ローザはそう言うけどさ、見ているこっちがハラハラするんだってば。」
「何だかんだ言って天使様は面倒見がいいですからね。特にクライヴ様に関しては・・・・・・・・・。」
「むっ。失礼な。私は勇者の皆さんに対して平等に接しているつもりよ。いくらクライヴの顔が私好みであろうと、そんな事で待遇に差をつけたりなんかしないもん。・・・・多分。」
                             
「にしても・・・・・早く眼を覚ましてくれないかしらねぇ。私足が痺れてて、もう感覚がないんだけど。」
「お倒れになってからもう、1時間くらいは経ちますものね。毒も全て中和したし、体力も回復しましたから、もうそろそろ起きられるのではないでしょうか。」
「はじめは役得だと思ったけど、あまり長時間するともなると、どーでもよくなってくるよね。クライヴ!もう朝だよ。起きろ!!」
 ぺちぺちと頬を叩く感触。クライヴはうるさげに眉をしかめると眼を開いた。途端に上から覗き込んでいたユエと目が合う。
「おそよう!気分はどう?ってコラコラ。急に動くんじゃないっ。」
 身体を起こそうとして、眩暈に襲われた。
「ほれ。言わんこっちゃない。ゆっくり起きなさいな。手伝ってあげるから。」
 ユエが呆れたように言う。宥めるようにぽんぽんと頭を叩かれた。そこでクライヴはある事実に初めて気が付く。
 そして、気付いた途端、ユエが止める間もなくクライヴはがばっと身を起こした。
「すまない・・・・・。その・・・・・・。」
 お礼を言おうとして、その続きが恥ずかしくて口に出せない。
 ユエはきょとんとしたが、一瞬で全てを悟るとにやりと人の悪い笑みを浮かべた。
「どうだった?ぴちぴちギャルの“膝枕”は。なかなか気持ちのいいもんでしょ。」
 あからさまに言われてクライヴは僅かに頬を紅潮させる。全くこの天使には恥じらいとか照れとかいう感情が存在しないのだろうか。
「天使様。あまりおからかいになってはクライヴ様が気の毒というものです。それより、お元気になられたのでしたら、あの事をお伝えした方がいいと思うのですが。」
 ローザの言葉にユエは表情を引き締めた。この切り換えの早さは大したものだ、とローザは思った。
「クライヴ。落ち着いて聞いてね。レイブンルフトの居城が見つかったのよ。」
「何!どこにだ!?」
 途端、クライヴは身を乗り出した。眼が爛々と光っている。
 ユエは明けの明星を振り仰いだ。
「ここから遥か北・・・・硬い氷に閉ざされた地があるでしょう?」
「ラグニッツか!!」
 ローザはフワフワ飛びながら賛同の意を表した。
「そうです。普段は魔力で隠されていて何者も見ることができませ
ん。ですが、最近その辺りにぼんやりと城影らしきものが見えるらしいのです。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「クライヴ様?如何なされました?」
 黙りこんだクライヴにローザは怪訝そうな視線を向ける。
 ユエはそんなクライヴを見ながらため息を付いた。今のクライヴははっきり言って不安定過ぎる。レイブンルフトの所になど行って、正気を保っていられるかどうか。
しかし、止めて聞くような奴だったら誰も苦労などしないのである。
“あーあ。ここはやっぱり私が一緒に行って、この人が暴走しないように気をつけてあげるしかないのかなー。・・・・めんどくさいよなぁ。”
 ユエはだるそうに頭をかくと、再びため息をつくのだった。
                               








 (コメント)
 長いですね。今回も。ここまで長いと果たして付いて来て下さる方 
 がいるか心配ですが、これでやっと半分は終わりました。
 今回書いていて思ったことですが、ユエは非常に図太い奴です。
 繊細さのかけらも持っちゃあいません。
 クライヴも気の毒になぁ。(自分で書いといて)
 
                    


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