天使の憂鬱〜血の葛藤 前編〜




「あの、ユエ様・・・・クライヴ様が面会を申し出ていらっしゃいます。」
 豹の耳に豹の尻尾を持つキュートな妖精リリィは、胸の前で組み合わせた両手をそわそわ動かしながら遠慮がちに切り出した。
 近頃天使ユエの機嫌がどうもよろしくない。さすがに誰かれ構わず当り散らすといったような子供っぽい真似はしないものの、常にぎすぎすした雰囲気を漂わせている。ユエに普通に近づいたり話し掛けたりできる者は、彼女のお気に入りであるリリィの他にはいなかった。
不機嫌の原因はどうやら勇者クライヴらしい。その元凶が面会を申し出ているのだ。その言伝てをシータスが持ち帰った時、天使にこのことを伝えるかどうかで、妖精達の間でちょっとした口論が起こった。  
そして小一時間の議論の末、隠すのはやはりまずいだろうということに落ち着いた。それからが問題で誰がその事をユエに知らせるかでまたモメて、結局リリィがその役を買って出ることで事態は収拾したのだ。
そんな訳でリリィが躊躇いがちにそのことを口にした時――ユエはちょうどなにがしかの書類を書いていたところだったのだが――ひっきりなしに動いていた彼女の羽根ペンが一瞬動きを止め、数秒後、先程の倍の速さで動き出したのには、いささかリリィも脅えずにはいられなかった。
 それきりユエが書類机から顔を上げず、返事もしなかったのでリリィはなけなしの勇気を振り絞って再び言った。
「あの、ユエ様。クライヴ様の件いかが致しましょうか?お会いになられますか?」
 ふいにペンが動きを止め、ユエが顔を上げた。天使は目尻を下げるとにっこりと極上の笑みを浮かべる。リリィは思わず縮み上がって2,3歩後ずさった。ユエがこんな笑みを浮かべることはごく稀である。リリィはゾクっとした。
「リリィちゃん。私これからセシアちゃんに同行しなくちゃならないの。
悪いけどちょっと頼まれてくれない?」
「は、はいっ。何でしょう?」
 震える声でリリィは尋ねた。ユエは笑顔のままでさらりと言った。
「クライヴに伝言しといて欲しいの。“おとといきやがれ”って。」
「・・・・・・・・・・・。」
 勇者クライヴへの天使の怒りは相当なものらしい。リリィは返す言葉もなく、会釈すると逃げるようにユエの自室を後にしたのだった。
                        
「クライヴ様。こんばんは。」
「どうもです〜。クライヴさまぁ。」
 オレンジ色の太陽が西の空へ沈んだ頃、リリィとペンギンの着ぐるみを身に付けたフロリンダは勇者クライヴを訪問した。もちろん天使は忙しくて面会できない、という旨を伝えるためである。
 一人でクライヴを訪ねることなどとても耐えられなかったリリィは、そういう事に一切物怖じしないフロリンダに頼み込んで付いて来てもらっていた。
 妖精達がきた時、クライヴはあまり明るいとはいえないランプの灯りの下でせっせと刀を磨いていた。二人の声に物憂げに目を上げる。
「・・・・・お前たちか・・・。ユエは?」
 ここに妖精が来ているという事は答えはもう分かっているはずだろうに、クライヴは訊いた。
 リリィは一瞬ビクッとなったが、背筋を伸ばしゆっくりと言った。
「はい。ユエ様は今、大変忙しいので面会には応じられないそうです。」
「・・・・そうか。」
 目を伏せてクライヴは言った。その場になんともいえない重苦しい空気がたち込める。状況が分かっているのかいないのか、フロリンダが着ぐるみの手をぱたぱたと動かしながら満面の笑みを浮かべて言った。
「それでぇ〜天使さまから伝言があるんですぅー。」
「なんだ・・・?」
 クライヴはフロリンダを見た。その表情からは彼が考えていることを読み取ることはできない。
 リリィはぎょっとする。ユエの言ったあの言葉はクライヴには伝えずに帰るつもりだった。慌ててフロリンダを止めようとしたがそれよりフロリンダが口を開く方が早かった。
「“おとといきやがれ”だそうですぅ〜。」
 脳天気なフロリンダの声が狭い宿の一室に響き渡る。
“完全な人選ミスだわ・・・・・”リリィはズキズキ痛み出した頭を抱えながら、フロリンダに同行してもらったことを火のように激しく後悔していた。フロリンダが居れば、少しは場もなごむだろうと思った彼女の判断は裏目に出てしまったのだ。
 永遠とも思えるような長い沈黙が場を支配する。リリィはがっくりとうなだれ、クライヴはわずかに顔をひきつらせている。しかしこの沈黙を作り出した本人であるフロリンダは、黙りこくる二人を不思議そうにかわるがわるに見ていた。
「・・・・そうか。分かった・・・・・。」
 しばらくしてクライヴはようようと言った。我ながらもっと気の利いた台詞がないものかと思ったが、それ以外に言いようがなかったのだ。
 予想はしていたものの、ユエがどれだけ怒っているかその“伝言”で察しがついた。
あれから冷静さを取り戻した頭で考えてみて、あの時自分が口にした言葉はまずかったという事に気付いたのだ。
冗談めかしているが、彼女は自分のことをいつも親身になって心配してくれていた。その上、方法こそまずかったが吸血鬼になりそうだった彼を引き戻してくれたのも彼女だった。そのことのお礼を言うどころか、あんな事を言ってしまったのだ。あまり気が長いとはいえないユエが怒り狂うのは、当然といえば当然だった。
クライヴはユエに済まないと思い、今度彼女が来たらそのことについて詫びようと思っていた。
 だがクライヴはある意味ユエの怒りを見くびっていたのだ。彼女の怒りは――短気な人間が大概そうであるように――熱しやすく冷めやすい。次に会う時には、けろりとしていつものように接してくると思った。その時は。
しかし何週間経っても天使は彼の元へは訪れず、代わりにリリィやシータスがやって来た。これでは謝ろうにも謝れない。
思い余ったクライヴは、初めて妖精に天使を呼び出すように頼んだのだった。結局はそれも無駄になったが。
クライヴはため息をつくと妖精達に向かって言った。
「すまないが・・・・少し一人になりたい。悪いがもう帰ってくれないか。」
「・・・・クライヴ様・・・・。」
 リリィはいたわるような視線をクライヴに向けた。
「えーっ。もうですか?今来たばっかりなのに〜。フロリン寂しいですぅ〜。」
 リリィはごねるフロリンダの首根っこをむんずと掴んだ。
「クライヴ様は疲れてらっしゃるのよ。もう帰りましょう。」
「えっ。えっ。リリィちゃんってば〜。」
 有無を言わさずフロリンダを引っ張ってリリィはぺこりとお辞儀する。
「それでは、クライヴ様。失礼します。」
「ああ・・・・。」
                            
 妖精達が去った後もクライヴはぼんやりと座っていた。今日は特にアンデット退治の依頼も入っていなかったので、じっくりと修行に取り組むつもりでいたのだ。しかし何故か気分が乗らない。
 気が付くと刀の手入れも中途半端なままになっていた。いくら気が入らなくても、これだけは済ませておかなくては死活問題につながる。クライヴは半分上の空で刀を取り上げ、丹念に磨きはじめた。
 徐々に作業に没頭していきながらも、彼の心の片隅にわだかまるもやもやは消えなかった。
                           
「うううう!気になる!!」
 ユエはまるで追いつめられた犬のように、ぐるぐると自室を歩き回りながら叫んだ。
 何がそんなに気になっているのかというと、もちろん勇者クライヴの事である。彼が自分から面会を求めるなんて事は今まで一度もなかった。 
だからユエもリリィがそのことを告げた時には面食らったものだが、まだ怒りが収まっていなかったのでにべなく断ってしまったのだ。
“もう大分日も経っていることだし、話くらい聞いてやるべきだったかなぁ・・・”
 そんな思いが頭をよぎった。あの人嫌いで偏屈のクライヴが、自ら面会を申し出るなんてよほどのことである。彼なりに色々悩んだ末の行動だったのだろう。ユエは面会を断ったことを後悔し始めていた。
 しかしいくら気になるからといって、今更どの面下げてクライヴに会いに行けばいいのだ。一応ユエにもプライドはあるので1回は断った手前、そんなことをする気は毛頭なかった。
「参ったなぁー。こんなんじゃ仕事が手につかないよ。どうしよぉ〜。」
 激しい勢いでばりばりと頭をかきむしる。
 と、ユエの脳裏にもう一人のユエが囁きかけた。
“そんなに気になるなら行って様子を見てくればいいじゃん〜。姿を現さないようにすればクライヴにも分かんないよ。”
 ユエはぽんと手を打った。
「それはグッドアイディアだわぁ。うんうん。このままここでウロウロしてても時間の無駄だし、何よりじっとしてるのは私の性に合わないしね。」
 自分の思いつきに満足すると早速ユエはクライヴの元へ向かうべく転移魔法の呪を唱え始めた。
                           
つづく







 (コメント)
 私って前後編好きだよなぁ・・・・・。 
 だらっだら長くて申し訳なく思っています。
 短くシンプルにまとめようと思うのですが、 
 長くなっちゃうのです〜。
 文才なくてすみません(汗)
                              


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