天使の憂鬱〜呪われた姫君 後編〜




そんな姫君を一瞥して、ユエはにっこりと、余裕しゃくしゃくの微笑みを浮かべる。
「あ〜ら。別に謝る必要はないわよ。あなたのおっしゃる通りですもん。でもねぇ。頭脳にしろ、力にしろ、人柄にしろ、私って完璧過ぎるでしょ。それくらいの欠点がないと親しみが湧かないっていうか、なんていうかご愛嬌っていうの?
ま、どこぞのお嬢様みたいに、容貌だけ美麗で脳味噌空っぽっていうんじゃ困るけど。・・・あら、何怒ってるの?別にあなたの事を言ってるんじゃないのよ。」
きつく唇をかみ締めて拳を震わせる姫君。
 ユエを睨みつけ、一歩、一歩とにじり寄る。
 ユエはその気迫に気圧されたように後ろへと下がる。
「あら〜お姫様ってば恐い〜。そんなに怒っちゃダメダメ。
 怒ると目尻のシワ、増えるよ?」
 天使は完全に挑発モードに入っていた。ばんざいをして降参ポーズを取りながらも、口は動いている。
「おだまりっ!」
「ねぇ、あなた今の自分の顔、鏡で見てみる?まるで鬼女よ。」
「なっ何ですって!!!!!!!!」
 その言葉に公女はキレた。それまでかろうじて保っていた優雅さをかなぐり捨て、それこそ鬼の形相でぎろりとユエを睨むと、すごい勢いで襲い掛かる。
 ユエはにこにこと笑って避ける素振りも見せない。
「死になさい!愚かな天使!!」
だが、姫君の攻撃が届く寸前、ユエの姿はふっと掻き消えた。
「!!!!!」
 慌てたのは姫君である。しかしその勢いを止めることもかなわず、壁に向かって突っ込んだ。 
「ははははは!お・ば・か・さ・ん♪あなたも少し、外見だけじゃなくって、頭の中身も磨いた方がいいんじゃないの?イマドキ容姿と身分だけじゃ世の中通用しないわよ。」
 凄まじい音を立てて壁に激突した娘の背後に“テレポート”したユエ。腹を抱えて大笑いする。
 公女はよろよろと立ち上がるとキッとなって天使をねめつけた。
「あなた卑怯よ!天使様ともあろう者がそんな事していいと思ってるの!?」
 ユエはその言葉に心外そうな顔をした。
「あら〜。私は何にもしてないけど?あなたが勝手に壁にぶつかったんでしょ。そ・れ・に、喧嘩に勝つためには手段を選ばないっていうのが私の信条なもんでね。」
「・・・・・・・・・・・・・・!!!」
 さしもの彼女もこの天使にかかっては形無しである。返す言葉もなく無言でユエを睨みつける。
                                  
クライヴはそんな2人の様子をやや呆れたように見ていたが、口を開いた。
「おい・・・・・もう気は済んだか?そろそろ終わりにしたいんだが・・・・。」
「うん♪充分に楽しんだよ。後片付けよろしくっ。私はここで高見の見物してるわ。」
ご満悦な様子のユエ。“高見の見物”の言葉通り、翼でもって空中に浮かび上がる。そして手をかざして“クッション”を出現させると、腰掛けてリラックスポーズを取った。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
 それを心なしか白い眼で見たクライヴは、気持を切り換えるべくスラリと刀を抜き放った。
「おお。やる気だね。ま、てきと〜に頑張れよー。怪我したら治してやるからさ。」
 ユエはクッションの上に大の字になって寝そべると、スナック菓子を取り出し、食べ始めた。
「・・・・・・・全ての吸血鬼は俺の敵だ。お前にも死んでもらう。」
 クライヴは姫君に向かって刀を突きつけた。
「顔はよく似ているのに、性格は正反対ですのね。・・・・・私の誘いにのっていれば、至上の幸福を味わえたのに。馬鹿な男ですわ。王に仇なすあなた・・・・ここで始末いたしましょう。」
 公女は艶然と微笑んだ。クライヴめがけて飛び掛る。
クライヴは避ける素振りも見せず、無表情のまま刀を素早く一閃させた。一瞬後、娘の首が絨毯の上に転がる。
 主を失った胴体がドサリと倒れた。
「なんて野蛮な方なのかしら。いきなり斬りかかるなんて紳士のする振る舞いではありませんわね。」
 これで倒したと思いきや、まだ娘の息の根は止まっていなかった。首は口から血を流しながらにたにたと笑う。ここまでくるとホラーである。
 首が笑いはじめると、胴体がムクリと起き上がった。
「うげ〜。クライヴ〜。頼むからそれ、早く始末してっ!このままだと私吐きそう・・・・・・・。」
 ユエが顔をしかめて懇願する。 
 再び襲い掛かる娘の胴体をクライヴの刀が深々と刺し貫いた。
「おのれぇぇぇぇぇぇぇ!」
 首は激しく歯ぎしりする。
 クライヴは右手でそれを串刺しにしたまま左手で懐から銀の小刀を取り出す。そしてそれで素早く彼女の心臓を刺した。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 耳がおかしくなるような甲高い悲鳴。首はそのまま白目を剥いて息絶えた。グラリと力を失った胴体がクライヴに向かって倒れかかる。クライヴはその身体から刀を引き抜き、娘の身体を向こうに押しやった。
「おえ〜。これだからアンデット系は大っ嫌いなんだってば。あなた、始終こんなのとばっか闘っていてよく平気ね。私だったら、絶っ対に耐えられない!」
 天使はふわりと下降すると、トンと床に着地した。そこに転がっている死体はからは眼をそらしている。
「・・・・そんな事を言っていたら奴らと闘えない。」
 刀の血を拭いながらクライヴ。確かに、とユエは頷いた。
「でもさ、姫君の護衛の依頼のはずが、姫君退治になっちゃって・・・・本末転倒って感じだね。・・・・ね、ところで」
 ここでユエは小声になると、クライヴの耳に口を近づけて囁いた。
「さっきからなんか気配を感じるんだけど、あなたも気付いてる?」
 クライヴは頷くかわりに、刀に手をかけた。ユエは気配のする方向へ顔を向ける。
「おっさん。もうクライヴも私も、あんたが居るの知ってるよ。隠れてても無駄だから早く出てきなよ。」
ユエの言葉に応えて一人の男が姿を現した。
                                 
「・・・・・・おっさんとは私のことですか?まだ充分お兄さんで通用すると思っていたのですがね。」
「はあ?あんた図々しいってよく言われない?」
 ユエは軽く吸血鬼をいなした。男はひょいっと肩をすくめると下に転がっている首と胴体に目をやる。
「ふむ・・・・・・ せっかくのお父上からの贈り物。無駄だったようですな。」
 その声に残念そうな響きはない。むしろ事の成り行きを面白がっているようにも聞こえた。
「貴様は?」
 クライヴの問いに吸血鬼はさっと優雅に一礼した。スーツをきちっと着こなし、グレーの頭髪には一筋の乱れもない。そのあまりのお上品さにユエはムナクソ悪くなった。
「ブラスと申すものです。王の使いであなたに会いに来ました。しかし・・・・・あのときの子供がこんなに大きくなるとは。どこかでのたれ死んだかと思っていましたよ。」
 言葉は丁寧だが、内容はとことん底意地が悪い。それに聞き捨てならない事を言っていたようだ。
このすかした野郎に言いたい事は山のようにあったが、水を差すと話が進まなくなるので、ユエは黙っていた。
「なんだと?」
 顔色を変えて抜刀するクライヴ。
「覚えていないでしょうね。あなたの村を襲った時、ただひとり見逃してあげたことを。」
 ブラスはあくまでエレガントに微笑みながら言った。
“うっへぇ〜。こいつ腐った性格してんなぁ。”
 態度が上品なだけに始末が悪い。さすがのユエも呆れ顔でブラスを見ている。
「貴様かっ!!!うっ・・・・・・くっ!」
 激しい怒りをあらわにしてブラスに斬りかかろうとした青年だが、ふいに刀を取り落として、うずくまった。
「ハハハハ、あなたは甘い血の魅力より怒りの衝動に弱いようですな。しかし、それが王の血の偉大さです。誰も、自分の欲望にさからうことはできない。その姿ではわざわざ私たちが手を煩わさずとも、いずれこちら側の住人になるでしょうな。また、会いましょう。闇の王子。待っていますよ。フハハハハ。」
 ブラスは吸血鬼のお約束通り、ばさりとマントをひるがえして高笑いをした。
「きぃ〜〜〜!事情はよく分からないけど、あんたの態度ってすんごいムカつく!!」
 ユエはそう言って吸血鬼に向かって銀のナイフを投げた。が、既に男は闇に身を溶け込ませかけていて、ナイフは彼の身体を素通りする。
「ナイフ投げとは・・・・これはまたおしとやかな天使様がいたものだ。あなたも。また逢える日を楽しみにしていますよ。」
 ブラスはにっこりと笑って、天使に片目をつぶってみせた。
「待て・・・・・・・・!」
 クライヴは追いすがったが、吸血鬼は掻き消えてしまった。
「おえっ・・・・気持ち悪い・・・。何なんだアイツは。」
 ウィンクされたユエはげんなりして呟く。
「くそっ・・・・・・・・・・。」
 クライヴは悔しげに唸った。顔には苦悶の表情が浮かんでいる。ユエは慌ててクライヴの側に駆け寄った。
「クライヴ!どうした?あのクソ野郎に何かされた?」
 外傷は見られないようだが、何もしないよりマシと、とりあえず治癒をかけてやる。
 しばらくクライヴは苦しげに肩を痙攣させていたが、やがて落ち着いたようにほっと息を吐いた。
「・・・・・もう大丈夫なようだ。すまない・・・・。」
 ユエはハンカチを取り出すと、クライヴの額の汗を拭ってやった。
「急にああなるなんて、一体奴に何をされたの?」
 クライヴの顔を覗き込むユエ。
「・・・・違う。奴のせいじゃない。全てはこの忌まわしい俺の血のせいだ。」
 青年は憎々しげに言った。
「血・・・・・?。それってブラスが言ってた“王の血”のこと?」
「・・・・・・・・・・・・ああ。」
「ふ〜ん。そう・・・・・・・・・・。」
 ユエはそれ以上は追求しなかった。クライヴが視線を外したからだったし、苦しそうでもあったからだ。
 しばし黙り込む2人。やがて重い口を開いたのはクライヴだった。
「・・・・悪いが一人にしてくれ・・・・。」
 ユエは頷いた。彼が気にならないわけではなかったが、本人の意思を尊重すべきだと思ったからだ。
「分かった。それじゃあまた来る。」 
天使はさばさばした口調で言うと立ち上り、きびすを返した。
転移魔法の呪文を唱えようとしてふと振り返る。
「レイブンルフトのことだけど、もうちょっとで色々分かるから待ってて。」
「・・・分かった。」
「それじゃあ。ちゃおっ。」
 明るく笑って手を上げると、ユエは呪文を唱えて姿を消した。
                                 
「・・・・・・・・・・・・・。」
 天使が姿を消した途端、場の空気が重苦しいものに変わるのを、クライヴははっきりと感じとっていた。
 天使としての力なのか、はたまた彼女のキャラクターが成せる技なのか。ユエがいるのといないのとでは、空気の明るさが全然違う。その事に気付いたのはいつの頃からだったか。
 ちょっと前までは騒がしい彼女を疎ましいと思っていた。
だが最近では、それも悪くないと思っている自分がいる。
 何かが変わろうとしていた。それが彼にとっていい事なのか悪い事なのか、クライヴには分からなかった。
 彼には自分の事よりも優先させるべき事項があるから。今はその事以外考えてはいけないのだ。
 とりとめもない思考を振り払うかのように頭を振ったクライヴは、刀を収めると立ち上がった。
 ふと気が付くと、明るい満月が窓の外から静かな光を投げかけていた。
       







 (コメント)
 今回2人の関係に少しだけ進展の兆しが見えています。 
 少し・・・・ほんっとうに少しですけど。 
 くくくくくく。やっとラヴラヴに近づいたわ。
 (まだあきらめてなかったのか)
 もうラストも決まってるし、後は書くだけ・・・って
 それが一番問題ですね・・・・・・・。
 今回も読んでくださってありがとうございました。
 


天使の憂鬱〜呪われた姫君 前編〜へ 秘蔵書庫へ 天使の憂鬱〜血の狂気 前編〜