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天使の憂鬱〜師、アーウィン〜
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レンボルク地方の朝は寒い。
季節はもう夏になろうとしているのに、吐く息は白い霧になって
消えてゆく。
クライヴは一人、日が差しかけた街道を歩いていた。
早朝といった時間帯のためか、辺りに人の姿はない。
日光が苦手なクライヴとしては、太陽が完全に活動を始める前
に、疲れた体を休められる所に行きたかった。
何より、辺りに漂う冷気はクライヴの体温を徐々に奪ってゆく。
手がひどくかじかんでいた。もし、今何者かに襲われたら、刀を
握れるかどうか・・・・・。青年は、氷のようになった手を口元へ
持ってきて息を吹きかけた。
「隙ありっ!!」
そこへ突如降ってきた声。
クライヴは無表情に虚空を見やり、刀の柄に手をかけて抜刀す
る。一瞬後、飛び散る火花と金属音。
天使の繰り出したヌンチャクをクライヴの刀が受け止めていた。
「ク〜ライヴっ。やっほっ。今日は随分と動きが鈍いわね。腕が
落ちたんじゃない?」
ヌンチャクを引っ込め、ユエは左手を上げて挨拶する。
「・・・・・今日は何の用だ?」
刀を鞘に収めると、クライヴは怒るでもなく淡々と尋ねた。彼女が
襲い掛かってくるのはいつもの事なのでもう慣れっこである。
「用っていうか、同行しようと思ってさ。」
「・・・・・・・・・・。」
聞いたクライヴの表情が微妙に変化する。それを見てユエは頬
をヒクつかせた。
「おんやぁ?クライヴ君。そんなに私が同行するのが嫌なのかな?」
普通の人間が見てもさして変わったとも思えない変化なのだが、
ユエはしっかり、クライヴが迷惑そうに眉をしかめたのに気付いて
いた。
「別に・・・・・・・・・・・・・・。」
ユエに追求されて少し面倒臭そうな顔をで答えるクライヴ。
嫌いではないが、この天使はクライヴにとっては、騒がしい存在
だった。普段、一人きりで黙々と暮らしている彼にとって、この賑や
かさは疲れる以外のなにものでもない。現に初めて会ってから今
まで、クライヴは彼女にペースを乱されまくっているのだ。
「ふん。ま、いいわ。それよりちょっと手貸して。」
ユエはその態度が気に入らないようだったが、クライヴ相手にこ
れ以上要求するのは無駄であると分かっているので、別の話題に
移る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
相変わらずの無言で答える彼。ユエは、沈黙はOKの印とばかり
にクライヴの両手を掴んだ。
天使はクライヴへの訪問を繰り返すうちに、たった一人で会話
を進める術を身に付けていた。例え拒絶されようが、無反応であ
ろうが、彼に関しては少々強引にいった方がうまくいく、という事
を悟ったのだ。
「やっぱり。手がこんなにかじかんじゃってるじゃないの。これじゃ
反応も鈍くなるってわけだ。ったく・・・・前々から思ってたけど、
自分の身体をもっと労わりなさいよね!」
ぶつぶつ言いながらも、ユエは寒さのために血の気を失ってる
手を握り締めて、軽く“祝福”をかけてやった。
「これで、よしっと。後は・・・・これ、あげるからしてなさい!」
仕上げとばかりにふんわりした毛糸の手袋をかぶせる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
クライヴは無言で手袋を見つめていたが、やがて物問いたげな
顔をしてユエを見た。
その視線を受けて、ユエはひらひらと手を振る。
「あ〜、お礼だったら必要ないわよ。私は天使として当然の事をし
たまで・・・・ぶぶっ、だから・・・・ぶはっ。」
努めて真面目な顔を維持しようとしていたユエだが、失敗に終
わった。
あまりのおかしさにこらえ切れずに吹き出してしまう。
「ぶっははははははは!もう駄目!!おかし過ぎるっ。クライヴ
ってば、その手袋全然似合わないっ!!あははははははは!」
彼女がクライヴの手にかぶせた手袋。それにはなんと、ピンク
色をしていた。腹を抱えて笑い転げる天使。クライヴは何とも形容
しがたい複雑な表情を浮かべている。
この間のぬいぐるみの時には激怒したが、今のクライヴにそんな
余力はもう残っていなかった。まあ例え怒ったところで、ユエがクラ
イヴをからかうのをやめるとも思えないが。
しかし、この天使の溢れんばかりの元気はどこから沸いて出てく
るのだろうか。クライヴは不思議でならなかった。
「いつも騒がしいな・・・・お前は・・・・・・。」
クライヴの口から洩れた呟きを耳にして、ユエは眉をつり上げる。
「騒がしいですって!?しっつれいしちゃうわねっ。あなたがいっつも
辛気臭い顔してるからこうやってギャグやって、なごませてあげてる
んじゃないの!」
誰もそんな事は頼んでいない。クライヴにとってはハタ迷惑な話で
ある。
眉をひそめたクライヴにユエはビシッと指を突きつけた。
「この私の勇者になったからには、あなたにはもう少しユーモアの
ある人間になってもらいますからね!人生は笑いがあってこそ深み
が出るものなのよ!これからはビシバシやらせてもらうわ。覚悟は
いいわね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
その言葉に青年は沈黙するしかなかった。彼女の勇者を軽々
しく引き受けた事を後悔し始めているクライヴだった。
「もう、大分歩いたね。クライヴ、次の村まではどれくらいあるの?」
クライヴに付き合って一緒に歩いていたユエは尋ねる。翼は歩く
のに邪魔なので消している。
「・・・・・・あと3時間はかかるだろう。」
昨日の晩から歩き通しだったクライヴは疲れをにじませた声で
言った。いつもより顔が蒼白な感じがする。
「顔色悪いわよ。どうせ休息もとらないで、ひたすら歩きまくってた
んでしょ。そろそろ休んだほうがいいんじゃない?」
ユエは心配そうに告げると、ばさっと翼を広げた。
「この先に休めそうなとこがないか見てくるよ。ちょっと待ってて。」
風を巻き起こして、空中に飛び上がる。
上空から見下ろすと、少し行った先に村のようなものが見えた。
「あれ・・・・・こんな近くに村があるじゃん。クライヴ知らないのかな?」
ユエは首を傾げつつクライヴの所へ戻る。
「ねぇねぇ!この先に村みたいのがあるよ。行ってみようよ。」
「いや・・・この辺りに村はないはずだが・・・・・」
ユエの言葉に変な顔をするクライヴ。
「え、でも確かにこの目で見たんだけどなぁ。ま、いいや。とも
かくその身体を早く休ませないとね。さっ、いこいこ。」
ユエはクライヴの腕を掴むと、強引に引っぱった。
「・・・・・・・・・・。」
どこか納得がいかないながらも、なすがままのクライヴだった。
少し歩いてその“村”にたどり着いた2人。
「なるほど・・・・・。こういうことでしたか。」
ユエはその景色を一望してひとりごちた。
村は村でも、廃墟だったのだ。住むものもなく、朽ち果てた複数
建物が並んでいる。
「そうか・・・・・ここはあの時の・・・・・・・。」
その隣でクライヴが低く呟いた。が、あまりにも小さい声だった
のでユエの耳には届かなかった。
「うわっ!なにこれ。人の骨!?」
何か白い硬い物を踏んづけたユエが叫んだ。 気付くと、辺り一
面に人間の骨が錯乱している。
さすがに嫌そうな顔になるユエ。その足元を何か黒いものが横切る。
「おっと。今度は何よ!」
それを見たユエの顔が蒼白になった。
“ま、まさか・・・・・・あれは・・・・・・・・・”
がたがたと震えだすユエ。
かささささささささ。素早い動きで這いずり回るそれは、やがて
ぶーんという羽音とともに、ユエ目がけて襲い掛かってくる。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
この世のものとは思えない程の絶叫が上がった。
禍々しく黒光りしたボディ。どこかこそ泥を思わせる、しなやか
でいて素早い動き。人間の生まれる遥か前から、その強靭な生命
力で過酷な環境を生き抜いてきた生物。
そして、それこそが彼女の弱点であり、この世で最も忌み嫌って
いるものでもあった。
「ごっごっごっごっゴキブリぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
頭に張り付いたそれを払い落とすこともできず、天使は恐怖の
悲鳴を上げて半狂乱になって辺りを駆けずり回る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
クライヴは無感情な目でその光景を見ている。・・・・と、ユエが
クライヴの方へ突進してきた。
「お願いぃぃぃぃぃ!頭のこれ、取ってぇぇぇぇぇぇ!!!」
涙と鼻水で顔をぐしょぐしょにしながら、懇願する。クライヴが無反
応でいると、今度は縋り付いてきた。微妙に嫌な顔をするクライヴ。
「一生のお願いだからぁぁぁぁぁ。私これだけは駄目なのぉ!!
取ってくれたら、何でも言う事聞くからっ。取ってぇぇぇぇぇぇ!」
その、“何でも言う事を聞く”という言葉を聞いた途端、クライヴの
瞳が光った。
「・・・・本当に何でも聞くのだな?」
ユエはぶんぶんと首が外れるくらいに頷いた。
「聞く聞くぅぅぅぅぅ!天使に二言はないっ!!!」
「分かった・・・・。じっとしていろ。」
クライヴは刀の柄に手をかける。ユエは慌てた。
「って!何してんの!?私は頭の“これ”を取って欲し・・・・・」
皆まで聞かず、クライヴは素早く刀を抜くとユエの頭の上で
一閃させた。直後、綺麗にスライスされたゴキブリがぽてっと地に落ちる。
「なっなっ!!!!」
ユエは驚きのあまり息も出来ない。が、すぐに立ち直ってクライヴ
のえりくびをがっと掴んだ。
「くぉら!!私を殺す気かいっっ。どこの世界にたかだかゴキブリ
追っ払うのに刀を使うバカがいんのよっ!!」
「・・・・・・・・・・・・・。」
クライヴは無言だが、不服そうな顔をしている。彼にしてみれば、
言われた通り頭の上のものを取ってやったのに、怒られる理由が
分からないのだ。
「あのねぇ!!方法を選びなさいよっ!方法をっ。第一私に当たった
らどう責任取るつもりだったのよ!!」
「狙いは絶対に外さない・・・・」
きっぱりと言い切るクライヴ。ユエはその物言いに頭を抱えた。
自らの腕に絶対的な自信を持っているからこそ言える言葉。
実際クライヴは、その自信を裏付けるだけの実力を持っている。
現にユエに傷一つ付けずに獲物を真っ二つにして見せた。
だが、ユエにとってはそういう問題ではないのである。
「前々から感じてたんだけど、あなたって私の事、天使どころか女
とも思ってないでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
クライヴはその問いに対してはいつもの如く黙秘権を行使した。
顔はいつものポーカーフェイスである。
「でええええええい!何とか答えなさいよ!!」
痺れを切らしたユエが、掴んだままのクライヴの襟首を揺さぶろ
うとすると、逆にその腕をがしっと押さえられた。そのまま紫水晶
のような瞳でユエを見据え、低い声音で問い掛ける。
「それより、何でも言う事を聞くという約束は守ってもらえるのだろうな?」
その声には殺気に近いものも混じっていた。
“これってもしかして脅してる?それはいいとして、私の話まだ
終わってないんだけど・・・・・・”
ユエはため息をついて言った。
「形はどうであれ、助けてもらった事には変わりないものね。約束
は必ず守るわ。でなきゃ女がすたるってもんよ!それで?一体何
をして欲しいわけ?」
クライヴのユエの腕を掴む手に、力がこもった。
「レイブンルフトの・・・奴の情報が欲しい。・・・・奴を倒すために。」
「いでででで。うぉい。力入れ過ぎだって。分かった分かった。それ
くらい妖精に頼めば朝飯前だから。で?奴の情報って・・・・・スリー
サイズとか?」
クライヴがあまりにも真剣なのでユエはついおちゃらけてしまった。
それと同時にユエの腕が更に強い力で締め上げられる。
「あだだだだだだだ!!痛いってば。んもう。ほんのジョークなん
だから、そんなに怒らないでよっ。私の腕へし折る気かい。」
「ああ・・・・・・・・。事と次第によってはな。」
クライヴは腕の力を緩めず言った。
「あ、あんたねぇ・・・・・。約束は守るって言ったでしょうが!要する
にレイブンルフトのはっきりとした居場所が知りたいわけでしょ!
この間の“北にいる”って情報だけじゃ全然要領を得ないもんね。
分かったわよ。きっちり調べてきてやるわ。ついでに奴の弱点
とかも探ってみるわよっ。これで文句はないでしょ!?」
ユエはやけくそのように叫ぶ。それを聞いてクライヴはようやく
彼女の腕を解放した。
ユエは恨めしそうな顔をして、クライヴを見た。掴まれた部分が
青い痣になっている。
「ああぁぁぁぁ!手形が付いてるぅぅぅぅぅ。こぉのっ馬鹿力!大体
天使を恐喝するなんてどういう神経してんのよっ!」
腕をさすりながら、抗議の声を上げるユエにクライヴは暗い
目を向けた。
「俺は、どうしても奴を倒さなければならない。そのためには
何だってするつもりだ・・・・・。」
瞳に強い決意の色を見せてひとりごとのように言う。怒っていた
ユエだが、クライヴの様子を見た途端、好奇心がムクムクと頭を
もたげてきた。
「へぇ。よっぽどそいつに酷い事されたのね。・・・・・で、一体何
されたの?」
少し遠慮がちに尋ねてみる。
「・・・お前には関係のないことだ・・・・。」
そう言い捨てるとクライヴはいつものごとく、さっさとユエに背を向
け、すたすたと歩いていってしまった。
「こら!ちょっと待ちなさい!!私を置いてくな〜〜。」
ユエは慌ててその後を追った。
それから2人は休める場所を探すべく、村の中を歩き回ったが、
適当な場所が見つからないまま時間ばかりが過ぎていった。
太陽は既に天高く昇り、暖かい空気があたりに満ちている。
鳥も、虫も、人も、生き物達の活動が盛んになってきたのに反
し、クライヴの顔色はどんどん悪くなっていった。
「はあ。だめだめ。ここも骸骨だらけよ。ったくこの村は一体どうし
たっていうの?侵略戦争でもあったわけ?」
村の荒れようのあまりの凄まじさに、ユエは眉をひそめた。
クライヴはどこか遠くを見るような目をした。
「ここはやつらに襲われた村の一つだ。アンデッドどもは集団で
村を襲い、多くの人間がやつらにごみくずのように殺された。この
村の最後の戦いに俺と師も加わっていた。そして、死んだ・・・・。」
ユエは驚いて、いきなり喋りだしたクライヴを見やる。
「クライヴの師匠って・・・ヴァンパイア・ハンターの?」
彼が自分の過去を話すのなんて、初めての事である。
クライヴの話の腰をうっかり折らないように、彼女にしては言葉
少なに尋ねる。ユエの言葉に頷くクライヴ。
「ああ、そうだ・・・・・。アーウィン・・・・ 俺にハンターとしての技を教えて
くれた男だ。だが、アーウィンも最後は吸血鬼に襲われて自分が鬼となった。」
「・・・・鬼に・・・・・。じゃあアーウィンさんは・・・。」
話の先を聞くのを恐れるようにユエは呟いた。クライヴの顔は蒼かったが、
それは疲れと日差しのためだけではないようだった。
「俺が殺した・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ユエは無言になった。クライヴにどんな言葉をかけたらいいのか
分からない。クライヴは話を続ける。
「一度、吸血鬼になった者はもう死んだも同じだ・・・・・・ それが、アーウィンの
口ぐせだった・・・・・・・自分がそうなった時も迷うことなく斬れと・・・・・・ 死体に
遠慮などするなと、やつは、そう言った・・・・・・・すべての吸血鬼は俺の敵だ。
師の仇も、必ず俺はとる・・・・・・・。」
一気に話し終えるとクライヴは深々と息をついた。2人の間に
沈黙が落ち、辺りには風の音しか聞こえなくなる。
“ち、沈黙が重い・・・・・・・・・”
ユエはあまりの空気の重さに押し潰されそうになった。
話が話なだけに、いつものようにギャグって紛らわすわけにも
いかず・・・・・・ユエは猛烈にこの場から逃げ出したかった。
そこへ、救世主のように出現する小さな光。
「ユエ様!大変ですっ!ラファエル様がカンカンになって怒って
らっしゃいます!すぐ天界へお戻りください!!」
猫の耳と尻尾を持った妖精シェリーである。明るくてお調子者
の妖精なのだが、今日は珍しく真剣な顔をしている。ユエは顔を
上げるとぱっと目を輝かせた。
「おお!シェリーでかした。いいとこに来てくれたわね。」
「へ?何を訳の分からない事を言ってるんです?それよりっ。大変
なんですよ。ラファエル様がこの間の事を知っちゃったんです。」
ユエの言葉の意味が分からないシェリーは不思議そうな顔を
したが、目下の問題の方が重要であるので、話を続けた。
「この間の事ってなに?」
「ほら、あれですよ。森でタイタンが暴れて、セシア様が事件の
解決に向かった時です。あの時ユエ様・・・タイタンをご自分で倒し
ちゃったでしょう。」
「ああ!あれね。だって、あれは・・・あのタイタンが悪いのよ!
よりにもよってタイタンの分際で!私の可愛いセシアちゃんを
キズモノにしたんですからね。倒されて当然だと思うけど。」
「き、キズモノって・・・・ユエ様。その言い方はひどく誤解を招くん
ですけどぉ。」
ちなみにユエの最も愛する勇者はセシアである。そのお気に入り
の勇者が、タイタンに深手を負わされた。それを見たユエが怒り
に任せてタイタンを完膚なきまでに叩きのめしたというわけだ。
しかし、頭をよぎる疑問が一つ。ユエはその疑問を口にする。
「確かその時・・・・私達と一緒にいたのってシェリーじゃなかったっけ?」
ぎくっとするシェリー。彼女の尻尾がピンと硬直した。
「もしかして・・・・・・あんた・・・・チクった?」
「ああああああ!ごめんなさいっ。ユエ様ぁぁ。だってラファエル
様がすっごく怖かったんですものっ!」
ガタガタ震えながらシェリーは瞳をうるませている。耳がシュンと垂れ下がる。
「・・・・・・それはよく知ってるけど。」
遠い目をして呟くユエ。“地上界で力を行使してはならない”と
いう掟を度々破る彼女に、ラファエルのおしおきは容赦ない。
「ともかくですね。“すぐに帰って来なさい”との仰せです。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ユエは沈黙した。逃げ出したいが、それは無理である。
今の彼女に出来る唯一の事は、観念してシェリーと一緒に天界へ
帰ることだった。
「それじゃぁ、クライヴ・・・・火急の用が入ったから、悪いけど帰ら
せてもらうね。そうそう、例の件だけど分かり次第伝えるから・・・」
ユエらしからぬ暗い声で言って力無く翼を広げる。
「ああ。頼む・・・・・。」
クライヴはいつもの無表情に戻って言った。
「それじゃあ・・・・またね。」
別れの挨拶をすると、天使と妖精は光と共に飛び去った。
後に残された青年は疲れたように息を吐く。あの天使が去った後
はいつもこうだ。疲労だけが残る。
しかし今日、自分はなぜ彼女に師の事など話してしまったのだろ
う。そんなつもりは毛頭なかったのに。
手に残るぬくもりに、クライヴはふと手袋を見やる。
その暖かさは久しく忘れていた記憶を呼び起こした。
“クライヴや。この寒さではお前の可愛い手が凍えてしまうよ。
これをしておいで。ほら。手があったまるだろう?“
彼を育てた老婆は、夜なべして手袋を編んでくれた。
こんな自分に愛情を注いでくれた数少ない人だ。
それらを踏みにじった奴等が憎い。狂いそうな程に。そう思った
途端身体中の血が騒ぎ出す。
「うっ・・・・・・・・・・・・ぐっ・・・・・・。」
暴走しそうになる血を必死で抑えた。
「くそっ!・・・・・・・・もう少しもってくれ・・・・せめてあいつを・・・
倒すまでは・・・・・・・・・・。」
誰もいない廃墟に青年の苦悩の声が流れていった。
彼に夜明けの日がくるまではまだ遠い。
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(コメント)
なんか天使が暴走してます。
更に、クライヴの性格が悪いです。
なんだか手のつけようがなくなっている
という観がありますね。
一応、クライヴのイベント全部書いて
みたいな、と思っていますので
お付き合い下されば幸いです。
(しかしそんな人が果たしているのだろうか)
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