|
天使の憂鬱〜狙われた村娘たち〜
|

|
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!放してっ!」
暗がりに少女の絶叫が響き渡った。恐怖と涙でその可憐な顔
を引き攣らせて身を震わせている。虚空にかかる月のように白
い肌に、血のように朱い唇を持つ、美しい娘だ。
後ろから黒い大きな男が彼女の身体を羽交い締めにしていた。
辺りには濃い血臭が漂っている。そして・・・2人の周りに
無造作に積み上げられた死体の山。若い女性のものや、彼女達
を護ろうとした男達の死体もある。もはや息をし、動いている
のは、少女だけになっていた。
「美しいな。お前は・・・・・。気に入ったぞ。」
男は脅える少女の耳元で囁いた。その華奢なうなじに接吻す
る。瞬間少女はびくっと身体を硬直させた。
「そんなに恐がらなくてもいい。痛いのは一瞬だけだ。それも
すぐに甘美に変わる。それだけで、お前は我らの仲間になれる。
王はお前の事を気に入ってくださるだろう・・・・。」
「お願い・・・・・助けて・・・助け・・・・・・・」
泣きながら少女は身体をよじった。男の腕から逃れよう
とする。
「くくくく。可愛いな。食べてしまいたいくらいにな・・!」
男は紅い唇をつり上げてにやりと笑うと、一気に少女のう
なじにかみ付いた。おいしそうに喉を鳴らして、血を飲む。
「あああああああああ!!!!!」
少女はびくびく身体を痙攣させて苦悶の声を上げた。
清らかな処女の甘い血は脳が痺れるほど美味だった。全身が
歓喜で満たされていく。しばらくして、彼女の首筋から顔を上
げた男は、恍惚の表情を浮かべて、少女の身体から手を離した。
支えを失ったその身体は人形のように力なく崩れ落ちた。
「さて、ご馳走も戴いたことだし、この村にもう用はないな。」
甘い血をたっぷり堪能した吸血鬼は満足げに笑い、ばさりと
マントを翻した。そのまま暗黒の闇に身を溶け込ませようとする。
が、それは突然彼の頭上から降ってきた怒号に阻止された。
「ちょっと!食い逃げしてんじゃないわよ!ちゃんとお代を払
いなさいよねっ!!」
訝しげに上を見た吸血鬼の顔面に、実体化したユエの“かか
と落とし“が炸裂した。
「このっ!!変態!下衆野郎!女の敵!鬼畜!悪魔!人でなし!
ど外道!お前のかあちゃんデベソ!」
訳の分からない悪口雑言を叫びながら、ユエは手にしたヌン
チャクで吸血鬼を殴りまくる。その有様はまるで、弱者をいた
ぶる悪人のようだった。男は反撃の隙すら与えられずに殴打さ
れるがままになっている。
「あの、ユエ様・・・・・・吸血鬼を倒すのはクライヴ様に任せ
た方が・・・・・・。」
後から来た、妖精リリィが申し訳なさそうに呟いた。
隣では、クライヴが抜き身の刀を下げて佇んでいる。
目前で繰り広げられている“虐待”としか表現しようがない
戦いを鋭い目で睨みつけていた。
そりゃあ彼にしたら面白くないに決まっている。自分で“吸
血鬼退治“を依頼しておいて、いざ目的地のダルース村に到着
してみれば、彼の獲物を横からかっさらっていってしまうのだから。
「ふぅ〜〜〜。すっきりした。」
しばらくしてユエはぼろぼろになった吸血鬼を解放した。
「ユエ様!!なんて事をなさるんですか。ご自分で敵を倒して
しまうなんて!」
リリィは普段のおっとりした様子をかなぐり捨てて叫んだ。
「いや〜ん。リリィちゃんってば恐ぁい。そんなに怒らない
でよぉ。」
「恐いのは、私ではなくてユエ様の方です!!」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
クライヴは無言でユエをねめつけている。
「まあまあ、落ち着いて。はいはい。クライヴもそんな目で
睨まないの!2人ともほんっとに短気ね〜。」
ユエは2人の怒りなどどこ吹く風で、おどけた様子でひらひ
らと手を振った。
「心配しなくても、あの吸血鬼はちゃんと生きてるってば。大
体吸血鬼なんてもんは、殴っただけでどうにかできる相手じゃ
ないんだからさ。ねっ、そうでしょ?クライヴ。」
ユエはクライヴに向かって片目をつぶって見せた。
「・・・・・確かにそうだが。」
クライヴは渋々頷く。
「だったらいいじゃないの。後はあなたに任せるからさ。煮る
なり焼くなり好きにしてやってよ。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
クライヴはもう、何をか言はんや、という心境になっていた。
どうもこの天使といると、調子が狂ってしょうがない。この
間も贈り物と称して、自分が寝ている間に“クマのぬいぐるみ”
を置いて行った。そんな物は彼にとって無用の長物だというのに。
次に天使の訪問を受けた時にクライヴは青筋立てて聞いたものだ。
「これは、なんのつもりだ?」と。
ユエはからから笑って答えた。
「何ってプレゼントよ。独り寝が寂しそうだったからさ。それ
に、ぬいぐるみをだっこして寝るクライヴ、すっごく可愛かったよ。」
それを聞いたクライヴが思わず抜刀してあわや殺し合い、と
いう雰囲気になった時、たまたま彼に同行していたシータスが
2人をなだめてやっと場を治めた。
人間にもこんなタイプはあまりいない。自分も妙なのに引っ
かかってしまったものだ。他の勇者は一体どう対応しているの
だろうか。
やれやれ、と呆れたようにため息をついたクライヴは、倒れ
ている吸血鬼に刀を突きつけた。
「おい・・・・。まだ息があるのだろう?死んだフリは俺には
通用しないぞ。」
不思議なことに、万事に無気力・無関心といった態度を見せ
るクライヴも、アンデットが関わると喋りもするし、感情も表
す。今、この時も紫の双眸は強い光を発していて、声にはあざ
けりの色さえ含まれていた。
吸血鬼は目を開けると、自分を見下ろしている青年を一瞥し
た。ただの人間にしては、強烈過ぎる殺気。気迫。その圧倒的
な“気”に、男は覚えがあった。それにこの容貌は・・・・・。
「なんだ貴様は?」
「化け物に名乗る名はもっていない。」
淡々と応じながら、彼は懐からある物を取り出した。それを
見た吸血鬼の顔色が一変する。
「くっ、ハンターか・・・・貴様・・・私を狩りにきたという
わけだな。」
クライヴが取り出したのは、銀のくさびだった。吸血鬼を倒
すには、必ず銀製の武器を用いなければならない。一般人には
あまり知られていないが、ハンターの常識である。ユエもそれ
を知っていたので、さっきあんな事を言ったのだ。
「聞きたいことがある。お前はレイブンルフトを知っているか?」
その問いを耳にして吸血鬼の想像は確信に変わった。
やはりこいつは・・・・・・・・・。
「我らが王の名・・・・・知らぬわけがない。・・・・そうか・・
貴様の臭い・・・・雰囲気・・・・・なぜ王の血を受け継ぐお
前が、人間どもの味方をする・・・・。」
「やつはどこだ・・・・・どこにいる?」
クライヴは吸血鬼の話しなど聞いていないようだった。うわ
言のように呟く。そんな彼を吸血鬼は訝しげに見た。
「王の城へ行きたければ、北へ行け・・・・・だが、貴様がた
どり着けるとは思わんぞ・・・・・。我が王が貴様のような裏
切り者を生かすはずがない・・・・。」
「ねぇ。リリィちゃん。私すっごくつまんないんだけど。」
ユエは2人のやり取りを見ながらぶうたれた。
「ユエ様。不謹慎ですよ。そんなことおっしゃるなんて。」
リリィはやんわりと彼女をたしなめる。その様子は天使の
言動を咎めるというよりは、やんちゃな妹を姉がたしなめる
といった感じに近かった。
リリィとは結構長い付き合いである。(インフォス守護の時
パートナーだった)ユエはリリィにかなり気を許していたし、
リリィも他の妖精と違って、ユエを天使様とは呼ばなかった。
「だって。退屈なんだもん。訳の分かんない事言ってるし。」
楽しそうなユエ達を尻目に、クライヴと吸血鬼の睨み合いは
今、クライマックスを迎えようとしていた。
「そうか。北か。」
ひとりごちたクライヴは、いきなり吸血鬼に突きつけていた
刀を振り上げた。そのまま男の胴を薙ぐ。
「きっ貴様ぁぁぁぁぁ!!!!」
吸血鬼の憎々しげな唸り声が大気を震わせた。鮮血がばっと
クライヴに降り注ぐ。彼は素早い動きで吸血鬼の腹を踏みつけ
ると、左手のくさびを心臓めがけて打ち込んだ。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
断末魔の叫びが上がる。
「地獄へ落ちろ・・・・・・・・・。」
服から顔から全身から吸血鬼の血をしたたらせながら、クライヴ
は毒づいた。
「聞くこと聞いたら、後は用済みってことか。あんたって・・
情け容赦無いねぇ・・・・。」
ユエは呆気に取られている。クライヴはユエを見た。表情は
無に近いのに、目だけがやけにぎらぎらと光っている。
「やつら相手に手加減などしていられない。油断したらやられ
るのはこちらだ。」
そう無機質な声で告げると、そのままきびすを返し、刀
に付いた血を近くにあった井戸で流しはじめた。
「リリィちゃん大丈夫?」
ユエはリリィを振り返って尋ねた。自分はこういうのを見慣れ
ているからいいが、リリィには少し刺激が強すぎたかもしれない。
「だ・・・大丈夫です・・。」
青ざめながらも、リリィは気丈に言った。
「ユエ様は平気なんですか?」
「うん。慣れてるからね。」
リリィは刀を洗っているクライヴを見て痛ましそうな顔をした。
「クライヴ様・・・・あんな血まみれになって。刀より先にご
自分の身体を清めるのが先でしょうに。」
そんなリリィにユエは人差し指を立ててチッチッと振った。
「それ、違うんだな〜〜。血を付着したままにしておくと、刀
が錆びて切れ味が鈍るんだよ。だから、すぐに洗わないといけ
ないの。これは、刀だけじゃなくて、剣とか槍とかにも言える
事なんだけどね。」
「なるほど。そんな事まで知っているなんて、さすがはユエ様
ですね。」
リリィは得心がいったように頷いた。
「ほほほほほほ。アルスアカデミアきっての天才なら当然のこ
とよ〜〜。・・・・・・・・・ん?」
高笑いをはじめたユエはふと妙な気配を感じて首を傾げた。
刀を無心に洗い続けるクライヴの後ろに、少女が佇んでいる。
吸血鬼に血を吸われて、地に伏していた少女だ。いつの間に
起き上がったのか。
「へぇ〜〜。あの娘生きて・・・・・えっ!?」
儚げに立っていた少女からふいに強烈な殺気がほとばしった。
クライヴに向かって飛び掛ろうとする。
ユエは翼を広げると飛び上がり、娘とクライヴの間に着地した。
娘は既に吸血鬼化しているらしい。目の色が尋常ではなかった。
「ごめんね。たすけられなくて!」
ユエは少女に向かって頭を下げると、隠し持っていた“銀の
ナイフ”で娘ののど笛を掻き切る。その途端、シャワーのよう
に吹き出した鮮血がユエの純白の翼やローブを紅く染めた。
天使にあるまじき姿のユエに眉をひそめるクライヴ。
「おい・・・・・血まみれだぞ。」
「あなたも、私と大差ない格好だと思うけど?」
「俺のことなど、放っておけばいいものを。」
「放っておいて欲しいんだったら、もっと周囲に気を配るべき
ね。“油断していたらやられるのはこちらだ”なぁんて言って
たのはどこの誰だったっけ?」
ユエはあかんべーをした。ご丁寧にもクライヴの台詞の所は
声音を真似ている。人を小ばかにした調子に、クライヴの眉間
のシワが一本追加された。
「・・・・・・・・・・・。」
「それより、私に何か言い忘れてない?」
ユエはそんな彼の様子などおかまいなしに尋ねた。
「何をだ?」
険しい顔で聞き返すクライヴ。
「そんなの決まってるでしょうが!!感謝の言葉よ!それとも
お礼も言えないほど世間知らずなの〜〜?あんたはっ!!」
ユエは声を荒げた。クライヴのえりくびをムンズと掴んで、
ゆさゆさと揺さぶる。
こんな奴に礼など死んでも言いたくない・・・・・・・。
と、クライヴが思ったのかどうか。青年は、ふいと顔をそらす
と、低い声で呟いた。
「・・・・・頼んだ覚えはない。」
「ほほお。それは、この私に対してケンカを売っているという
ことかしら?」
クライヴのえりくびを掴むユエの手に力がこもる。
「さあな・・・・・・・。」
クライヴの手は懐に忍ばせた小刀に伸びている。
「ああっ!お二人ともっ。もう止めてください!!」
リリィが慌てて二人の間に割って入った。
この2人はどうしてこうも仲が悪いのか。放っておくとすぐ
に喧嘩を始めようとする。
「だって。この人が悪いのよ。助けてあげたのに、素直にお
礼を言わないから。」
ユエはぷいとそっぽを向いた。
「んもう!ユエ様。子供じゃないんだから。クライヴ様も。
ユエ様を挑発するような事を言わないでください。」
リリィは2人をたしなめた。
「ところで、ユエ様。さっきから気になっていたのですが、
血まみれです。早く天界に戻ってお身体を清めた方がいい
と思います。」
「うん。分かった。そろそろ夜も明けることだし、帰りますかね。」
白々とした朝日が大地を照らしていた。ユエやクライヴやリリィ
も朝日の洗礼を受けて、白く染まる。
「う〜ん。気持ちいいわぁ〜。」
目を細めてユエは呟いた。深呼吸して、身体に清々しい空気
を送り込んでやる。リリィも気持ちよさそうに伸びをしている。
しかし、クライヴだけは具合が悪そうにしていた。
青年はわずかな陽光でも眩しいというように、顔をしかめている。
それを見て、ユエはさきほどの吸血鬼の言葉を思い出した。
“なぜ王の血を受け継ぐお前が、人間どもの味方をする。”
この言葉を聞く限りでは、彼が人間でないのは明白だ。
では一体何なのか・・・・・・。まあ、大方の予想はつくが。
「クライヴってもしかして、日の光苦手なの?」
少し遠まわしに聞いてみた。クライヴは顔色を変えたが、すぐ
無表情に戻って言った。
「お前には関係のないことだ。」
敵もなかなか口を割らない。そこで今度は別の角度から責め
てみることにした。
「ねぇ。レイブンルフトって一体誰?」
ユエがレイブンルフトという名を口にした途端、クライヴの
瞳が一瞬紅く輝いた気がした。だが、すぐに元に戻った。
「吸血鬼どもの王だ。見えない城に住み、すべてのアンデットを
従えて、狂った血の宴を繰り広げているといわれている。俺は
やつを探し出し、必ず倒す・・・・・・。」
まただ。彼の瞳の中にちらちらと現れる、赤いもの。
敵意・・・?いや、これは憎悪だ・・・・。炎のように激し
く燃えたぎった。こんな強いものを奥底に抱えていたとは。
固く閉ざした、青年の心の内に潜むものの正体に気付いて、
ユエは身震いした。ここから先を尋ねるのは非常に勇気のいる
ことだが、彼が天使の勇者である以上、知っておかねばならな
い。彼女は意を決して口を開いた。
「あの吸血鬼はあなたのことを裏切り者と呼んでいた。あと、
王の血を受け継ぐ者とも。それってまさか・・・。」
「これ以上は、なにも話すことなどない。」
「あっ!ちょっと、待ちなさいよ!!」
クライヴはさっときびすを返すと、ユエの制止の声も聞かず
に、まだ洗っている途中だった刀を拾い上げてさっさと歩い
て行ってしまった。ユエは舌打ちしたが、追いかけようとはし
なかった。
こちらには、翼があるのだ。追えば簡単に追いつくだろうが、
クライヴがああなってしまったら、例え太陽が西から昇ろうが、
世界が滅ぼうが、口を開くことはないだろう。
「そーよ。あいつは、そういう奴よ。まあ、あの態度を見れ
ば一目瞭然なんだけどね。彼の正体が何なのかは。」
あれでは、肯定しているようなものだ。
適当に誤魔化してしまえばいいのだが、それができない辺り、
不器用というか正直というか・・・。
「もう少し親しくならないと無理か・・・。って、私、クライヴと
親しくなれるのかなぁ。」
ふとよぎった疑問にユエは頭をひねった。
ユエ自身はクライヴのことは決して嫌いではない。が、どう
も彼を見ているとからかいたくなってしまうのだ。
しかし、勇者の中で最も冗談の通じないのは、クライヴだっ
たりする。そんなこんなで2人の間に険悪ムードは漂っても、
親密は空気が流れたことはただの一度だってなかったりする。
「はははは。なんとかなるっしょ。気楽に行こう。うん。」
乾いた笑いを洩らしたユエはリリィとともに天界へ戻るのだった。
|
|

|
(コメント)
長いですね。今回は。
多分今までで一番長いと思います。ちょっとグロい場面もありました。
しかし・・・相変わらずラヴラヴなし。だって・・・この2人仲悪いし(泣)
こんなんでも、見てくださった方、ありがとうございました
|
|
|