天使の憂鬱〜テルエルのゾンビ〜



    冬の日暮れは早い。
    夕日は空を真っ赤に染め上げて、すぐに姿を消すからだ。
    邪魔な太陽がいなくなると、夜が早々に姿を現す。
    辺りはあっという間に闇と静寂にくるまれる。
    クライヴの目醒めはそんな刻である。
 
  すっかり暗くなって、ランプなしでは周囲の様子が分からない
  くらいになった頃、彼は起き出した。
   無意識のうちに刀が傍らにあるのを確認する。それは、いつの
  頃からか身についた習慣だった。
   それから、手足をほぐし眠った身体を覚醒させていく。
   さらに目覚ましのために、水差しの水を乾いた喉に流し込む。
   そうして時間をかけて頭が眠りから覚めるのを待つのだ。
   常に亡者どもと闘い続けるクライヴにとって、一番安らいでい
  ると言っていい時間だった。
   しかし、彼の気付かないところで、この安息の時間を邪魔する
  者が動き出していた。
 
  目が覚めてから1時間ほどしてクライヴは身支度をしようと
  ベットの上から足を下ろしかけた・・・・とその時、背後に視線を感じた。
  訝しげな顔をする。
   「・・・・・・・・何だ?」
   直後、何もない空間から木刀が飛び出してきた。
   いや、飛び出してきたというのは適切な表現ではないかもしれ
  ない。だが、クライヴの眼には何もないところからひとりでに出
  てきたように見えたのだ。
   考えるより早く、彼の手は刀へと伸びた。鞘に収まったままの
  それで、木刀を受け止める。かすかにチッと舌打ちする声が聞こ
  えた気がしたが、詮索している暇はなかった。
   再び、凄まじい勢いで木刀が繰り出されたからだ。今度はベッ
  トの上を転がってそれを回避したクライヴは、応戦するべく刀を
  抜こうとしたが、敵がそれを許さなかった。人間離れしたスピー
  ドで突いて突いて突きまくってくる。クライヴはそれらを全てかわし、
  あるいは受け止めた。
   しかし、敵のあまりの素速さに防戦を強いられていた。反撃しよ
  うにも刀を抜く暇もないのだ。そうこうしているうちにクライヴは
  壁際まで追いつめられていた。
  ひどく奇妙な相手だった。姿は全く見えず、木刀のみが宙に浮
  いているのだから。オカルトチックといえなくもない。
   それまで無表情に敵の攻撃を受け流していたクライヴの顔に初
  めて焦りの色が浮かんだ。一体どうすればこの危機を打開できる
  のか。苛立ちばかりが募る。
  「!?」
   そんな彼の一瞬の隙をついて、下から掬い上げるように繰り出さ
  れた木刀が彼の手の刀をはじき飛ばした。
  “これまでか・・・・・・・・”
   瞬間クライヴは死を覚悟した。ところが、木刀がいきなりかき
  消えたのだ。直後・・・・・
  「おほほほほほほほ!私の勝ちね!」
   辺りの暗い空気を破って朗らかに笑う女の声がこだました。
 
  クライヴはその声を聞いて思い出した。数日前に会った自称
  天使のことを。その天使はか弱そうな女の姿をしているくせに、
  素手でクライヴの刀を受け止め、さらに、ゾンビを難なく消滅させたのだ。
  世間の常識から外れている彼の目から見てさえ、非常識な存在・・・・・。
  それが彼女への印象である。
   その後、アルカヤの勇者になるように請われ、何故だかその願いを
  承諾してしまったのだ。
  それがどうして、このような真似をするのか。

  クライヴの目の前にぽぅと灯りのような小さな光が出現した。
  一瞬の後、その光が小柄な女の姿を形作る。
  「・・・何のつもりだ?」
   ようやく姿を現した天使に、開口一番、クライヴは尋ねた。
  「あの時の仕返しってトコかな。」
   ユエは悪びれもせず答える。あの時とは、2人が初めて会った
  時に他ならない。
  「私の白魚の手を傷つけた代償は大きいわね!私って、結構根に
  持つタイプなんでね。」
  「それで・・・・気は済んだか?」
   凄みのある口調で問うクライヴ。彼からは“とっとと帰れ“
  オーラが放出しまくっている。
  「うん。済んだ♪♪や〜、すっきりしたわ。それにしてもあなたって
  やっぱ私が見込んだだけあって、めちゃ強いね。
  これって自慢だけど、私のあの攻撃を全部かわせる人って
  あんまりいないんだよね〜。」
   にこにこしながらユエは上機嫌そうに言った。恨みを晴らしてしまえば、
  さっぱりしたものである。反対に、晴らされたクライヴはどんどん不機嫌に
  なっていく。
  気の弱い人が見たら、腰を抜かしそうな眼でユエを睨みつけている。

  彼の場合“氷の如き美貌”という表現がぴったりくる容姿な
  だけに迫力があり、はっきり言って恐い。
  「そんなに睨まないでよ〜。短気だな〜。」
   ユエは肩をすくめた。短気でなくても、こんな事されたら
  普通は怒るものである。辺りにどうしようもなく重い空気が充満した。
   さすがにこれはヤバイと思ったらしい。ユエはハハハと引きつった
  笑いを浮かべた。
  「や、やあねぇ。ほんの冗談じゃないの。第一本気で殺る気
  だったら木刀なんて生ぬるいモン使ってないってば。ボウガン
  とか斧とか薙刀とかバスタードソードとかもっと殺傷能力が
  ある武器使ってるわよ。」
  「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
   こいつ本当に天使か?とクライヴは再び思ったが、それを
  問い正す気力はもはやなかった。再び流れる沈黙。
  「え、え〜と、今日はもう1つ用事があってきたのよ。あの
  ね、天界であなたにぴったりの武器を見繕ってきたから受け
  取って欲しいなぁと思ってね。」
   このままでは、話が一向に進展しない。ユエは強引に会話を
  進めてしまう事にした。手を宙にかざす。淡い光と共に一本
  の刀が出現した。鞘におさまったそれを、無理やりクライヴの
  手に押し付ける。
  「銘刀クサナギ。ちょっとAPフンパツしちゃった。自分の目で検分してみて。」 
   クライヴは相変わらず仏頂面のままだったが、刀から漂う、
  ただならぬ波動を感じ取っていた。無言のままそれを鞘から抜き放つ。
  蒼みを帯びた銀色の刀身があらわになった。
  「ほう・・・・・・・。」
   思わず感嘆の声を洩らす。彼の目が刀に釘付けになっている
  のを見てユエはニイっと笑った。
  「やっぱりあなたにも分かる?その刀の素晴らしさが。一点の
  曇りも無い刀身だとか、鉄さえも斬っちゃいそうな鋭い刃とか、
  シンプルですっきりしたラインとか素敵でしょ〜?私のお気に
  でもあるんだから大事に使ってよ!」
   クライヴの耳にユエの声は届いていないようだった。硝子の
  ような紫の瞳を細めて恍惚と刀に見入っている。
  「ちょっと!人の話聞いてんの!?」
   彼に無視されてムッとしたユエが、必殺の回し蹴りを繰り出
  したが、あっさりかわされてしまった。
  「ちっ・・・。やるわね。」
   天使は舌打ちする。クライヴはそれで我に帰ったらしく、ユエを見た。
  「・・・・すまない。使わせてもらう・・・。」
   低い声で呟く。表情に先程までの険しさはなかった。目元が
  和らいでいる。余程刀が気に入ったらしい。ユエはほくそえんだ。
  これで、今日やって来た目的の2つ目も達成できたも同然である。
  「ところで、折角新しい武器も手に入った事だし、“試し斬り”
  してみたくない?」
   ユエはまるで、八百屋のおやじが客に“今日は活きのいいトマトが
  入ったよ。買わない?“とでもいうような口調で言った。
   にぃっと天使らしからぬ笑みを浮かべる。
  「ちょうど、ここの近くのテルエルの村で事件が起こってるん
  ですがねぇ〜〜。なんでもゾンビが大量発生して、集団で民家
  襲ったりとか、夜出歩く村人を襲ったりとか色々悪さしてるらしいよ。
  それで、ぜひぜひクライヴさんに退治してもらいたいなぁ〜なんて
  思ってるんだけど。どう?」
   ゾンビと聞いた途端クライヴの眼の色が変わった。
  「ゾンビか・・・・。分かった。ならば、俺の仕事だ・・・。行こう。」
   その様子を見ていたユエは首を傾げた。
  “そういえば、初めて会った時もゾンビ斬ってたっけ。この人。
  そんなに好きか?あの臭いのが。私は実は大嫌いなんだけど。
  それともあれをいたぶるのが趣味で快感とか?うっげぇ。気持悪い〜〜“
 
 
  「天使様!クライヴ様が敵と接触しました!急行しますか?」
   クライヴが目的地に着くまでに多少時間がかかりそうだった
  ので、彼の同行はシータスに任せ、ユエは他の仕事をこなして
  いた。だが、シータスの報告を聞いた途端に目を輝かす。
  「ついに私のアルカヤデビューの時がやって来たわね!!
  この日をどんなに待ち望んだか!ああ、腕が鳴るわ!」
  その様子を、シータスはしらっとした目で見て言った。
  「天使様。随分と張り切っておいでのようですが、戦うのは
  あくまで勇者様です。この間、クライヴ様をスカウトした時
  に地上界で力を使って、ラファエル様に延々とお説教されたの
  をお忘れですか?」
   折角のやる気をあっさりくじかれて、ユエはむっと顔を引きつらせた。
  「お忘れですかですって?いいえ、とんでもない。ようく覚え
  ていましてよ。心配しなくても今日は援護に徹してあげるわ!
  さあ、とっとと行きましょう。」
 

   夜の闇に響く不気味な唸り声。
  「ヴヴヴヴヴヴ・・・・・・・。」
   村にたどり着いたクライヴを待っていたのは集団のゾンビ
  だった。家々の明かりは消され、辺りはひっそりと静まりかえっている。
  「俺の刀のサビとなれ。」
   どこかで聞いたようなセリフを言って、クライヴはすらりと
  刀を抜き放った。ユエはというと、今日はちゃんとクライヴ
  の後ろにいてぶつぶつ呪文を唱えながら印を切っている。
  「慈悲深き我らが父よ、母よ。その大いなる腕を広げ、
  我が勇者に、限りない幸福と加護を与えよ。聖なる祝福!」
  クライヴの身体が金色の光で包まれる。同時に彼は、自分の
  奥底から不思議な力が湧きあがってくるのを感じた。
  「これが天使の力か・・・・・・。」
   意識が高揚するのに任せ、ゾンビの群れに突っ込むと、勢い
  で手近なやつを一刀両断にする。
  「こらこら!いくら祝福かけてるからって、限度があるってば!
  そんな無茶苦茶な戦い方があるか!ほらほら後ろ、危ないよ!」
   ユエの声に、振り向きざまに一閃。ゾンビはまるでヒラメの
  ように、きれいに二枚におろされてぱたんと倒れた。
  「すっげ・・・・。ああっ!今度は右と左からっ!」
   呆れたようにクライヴを見ていたユエが声を上げる。
   クライヴはぴくりとも表情を動かさず、刀を右手に持つと、
  右のゾンビを斬り捨て、左のゾンビの攻撃は左手で受け止めた。
   彼の予想外の行動に、ゾンビの動きが鈍る。その一瞬の間を
  逃さず、刀を両手に持ち直したクライヴの一撃が見事にゾンビにヒットした。
   シータスも奮戦している。いつの間にやら、すでに三体の
  ゾンビを石化させていた。その様子を見ていたユエは身体が
  うずうずしていた。
  「ああ。2人ともいいな〜。私も戦いたいよぅ。」
 

   ゾンビの数が思ったより少なかったこともあって戦いは程なくして終わった。
  「これだけか・・・・・・・・。」
   ぼそっと呟くクライヴ。心なしか物足りなさそうに聞こえる。
  クライヴは刀に付着したゾンビの体液を念入りに懐紙で拭き取って、
  鞘におさめた。
   ユエはというと、戦いに参加できないのですっかりいじけてしまい、
  地面にのの字を書いていたりする。シータスはそんなユエに冷たく言った。
  「天使様。勇者様が怪我をしています。治して差し上げて下さい。」
  「へいへい。どうせ私がやらせてもらえるのは、それくらいでしょ〜よ。」
   天使は立ち上がると、服についた土を払った。
  「クライヴ。怪我したトコ見せて。治すから。」
  彼の身体を上から下まで眺めて、念入りにチェックする。
  「・・・・・って、ほとんど無傷に近いじゃん。」
   半ば呆れたようにユエは言った。唯一怪我している所といえ
  ば、ゾンビの攻撃を受けた左手くらいのものだ。
  「それじゃ、ぱぱっと治しちゃうか。左手貸して。」
  ユエが手を差し出すと、クライヴは首を振った。
  「俺に構うな。」
   その様子にかちんときたユエは乱暴にクライヴの左手を引っつかむ。
  さすがに驚いた顔をするクライヴ。
  「!!!」
   ユエはぎろっと彼を睨みつけると、怒鳴った。
  「だぁぁぁぁ!治してやるってんだから、妙な片意地張らずに
  おとなしく治療されてりゃいいのよ!!」
   そのまま治癒の光を左手に浴びせてやった。暖かな感触と共
  に、あっという間に血が止まり、傷が塞がる。
  「ほれ、いっちょあがり。ったく、簡単に治るんだから手間かけ
  させるんじゃないわよ。」
   柄の悪い言葉を吐くユエにシータスは顔をしかめる。
  「・・・・・・すまない。」
   クライヴはユエから顔をそらすと、ぼそっと言った。
   その様子にユエは一瞬怪訝そうな表情になったが、あること
  に気付きにやっと笑う。
  “これは・・・もしや照れてる?へぇ〜。無愛想なだけかと思ったら
  可愛いところもあるんだ。“
   クライヴは相変わらずの仏頂面だが、微妙に柔らかい空気が
  彼の周りに漂っていた。今なら、かねてよりの疑問にも答えて
  もらえそうな雰囲気だ。
  「そうそう、ずっと気になっていたんだけど・・・・・。」
   ユエは一転して真面目な顔になってクライヴの顔を覗き込んだ。
  「あなたってどうして夜にしか行動しないわけ?」
   ヴァンパイア・ハンターという職業柄仕方ないとはいえ、人間の
  習性に反した行動である。
   それを聞いた途端、和んでいたクライヴの表情がまた暗く
  なったのをユエは見逃さなかった。とは言っても傍から見れば
  ほとんど気付かないくらいの、小さな変化だったが。
  「陽の当たる世界にグールやヴァンパイアどもは現れない。
  やつらと俺にとって、この暗い世界だけが生きることのできる場所だ。」
  淡々と彼は語った。しかし、その瞳の底に救いようもなく暗
  い絶望の色が宿っていた。

  “やつらと俺にとって?・・・・それってどういう事?
  クライヴって人外の臭いがするんだよな。シータスもそんな
  事言ってたし、それと関係あるのかな。
  相当ワケありって感じだな。やっかいだこと。“

   勇者に抜擢される人物はたいがい、暗い過去を持っていたり
  する。それがまたユエの頭を悩ませる原因になるのだ。どうや
  ら彼も例外ではないらしい。天使はこっそりと嘆息した。
  “これは、前途多難・・・・・・だね。”

 END







  (コメント)

 すみません。すごい長いです。
 しかもどこにもらぶらぶがない・・・・・・。
 さらに、天使がキレた性格してる。
 こんなんでいいのかしら。
 前回に引き続いて読んで下さった方。本当に 
 ありがとうございました。
 この二人いずれラブラブになる予定です。
 しかし、一筋縄ではいきそうにありません。
 末永く見守って頂けると嬉しいです。
               
          


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