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魔導学院は夏休暇を終え、初秋を迎えていた。 元々、小さな街程度の人口である場所だ。それまで人の姿が見えなかった場所にも活気が出て来、学院は本来の賑わいを見せようとしていた。 「おせーよ、テューズ」 そしてそれは人も同じだった。騒乱双児の片割れ、ヒノクスは姉テューズにそんな声を掛けながら、学院東棟の廊下を走っていた。 大して勉学が好きというわけでもないが、退屈な毎日を過ごすよりは、クリフ教室の騒動に関わっていた方が楽しい。それがヒノクスという少年だ。彼は全速力で廊下を走りながら、クリフ教室を目指していた。だが―― 「ぐげっ」 ヒノクスはまるで蛙がつぶれたようなこえを上げる。突然前を歩いていた金髪の人間に足を払われ、そのまま顔面を地面にぶつけたのだ。自分の走る速さによって、受け身すらとれなかった。 「いってぇな、アーバン!」 彼は頭に血を上らせながら、そのまま立ち上がる。相手が誰であるかは見なくても解った。自分に対して、こんな事をする人間は学院には彼しかいないためだ。 だが立ち上がった瞬間、彼は目の前に広がった光景に、まるで石のように固まった。 「廊下は走るな。危ないだろう」 返ってきたそんな言葉など、頭に入るはずもなかった。目の前に立っているのは、確かにアーバンなのだ。ついでにその横にはミーシア教室のアーシアも立っている。だがそんなことはどうでも良く、そこにいるアーバンの姿は、紛れもなく異常だったのだ。 「あ、あ、アーバンが女装してる!」 ヒノクスの声に周囲の一同は驚きながら一斉に視線をアーバンに移す。元々、アーバン本人は中性的な容姿の持ち主ではあった。だが、そこにいたのは紛れもなく女だった。もっとも普段の彼の印象が強いために、誰の目にもそれは似合っている女装程度にしか映らなかったが……。 「ふぅ」 予想以上の周りの反応を見て、アーバンは小さく溜息をつく。 (まさかここまで騒がれるとはな) ちらりと横を見ると、アーシアはこうなることを予測していたのだろう。楽しげにこの状況を見ているが、アーバンはこの騒然とした空間に不快感を感じていた。特に目の前で狂人のように騒いでいる少年に対してだ。 取りあえず、アーバンはその少年を黙らせることにした。 「ヒノクス、蹴る」 「は?」 疑問の声があがった刹那、ヒノクスの意識は刈り取られる。アーバンの閃光のような蹴りが、彼の頭を打ったのである。痛みを感じることもなく、ヒノクスはその場にぱたりと倒れた。そしてその行為は、周りの人間を沈黙させるのに十分だった。 「私は元々女だ」 そしてアーバンは静かになった場でそう言うと、目を丸くしているテューズに声を掛けた。 「悪いが、すぐに目覚めるだろうから、ヒノクスの介護を頼む」 その言葉に、テューズがこくこくと頷いたのを確かめると、アーバンはアーシアとともに教室へと足を進めた。 「大丈夫なの、ヒノクス。結構いいところ入ってたみたいだけど」 途中でアーシアがそんな事を聞いてきたが、彼女は「大丈夫だ」と即答した。 「スピードはのせたが、ある程度加減はしておいた。それに、先生も私もあれをそんな軟弱に育ててはいない」 そしてそう言葉を続けると、彼女は小さく笑みを浮かべた。 彼女の、そんな笑い顔をひどく嬉しく感じながら、アーシアは「そう」と、一言だけを返した。
☆★☆ 空は晴れていた。雲もなく、嫌味な程に。クリフはその空を、芝生の上に寝転がりながら、静かにじっと見つめていた。「もうすぐ始業式始まるわよ」 そんな声とともに、クリフの視界には黒い影が映る。逆光を浴びて、顔は見えないが、それが誰であるかくらいは解る。間違いなくミーシアだ。 クリフは億劫そうに身体を起こすと、彼女に言葉を返した。 「早く行ってもいいんだけどな。愛用品に別れを惜しむ時間くらいあってもいいだろ?」 「愛用品?」 そう尋ね返してきたミーシアに、クリフは白と黒の二つの猫の置物を見せる。それは魔導アンティークと呼ばれる種類の置物だ。それが何であるかは解るが、クリフの言っている意味は、ミーシアには解らなかった。 「今回の試合で、闘技場がまた壊れただろ。私的な事で使ったからな。修理費がいるんだよ」 「それで、フォールスにそれを売ろうとしてるの?」 「そういうこと」 クリフがそう頷くと、ミーシアは不満そうな表情で言葉を返す。 「そんなことしなくても、私が養ってあげるのに」 本気なのか冗談なのか解らないそんな一言に、クリフは小さく溜息をつく。しかし、彼はすぐに真面目な表情に戻ると、言葉を続けた。 「ま、実際のところ、もう必要ないかなと思っているだけなんだがな」 その一言で、ミーシアには伝わったようだった。彼女はクリフの横に座ると、ゆっくりと彼に身体を預けた。 「良かったね」 色々な意味が含まれていた。レーナに真実を打ち明けたこと、彼女がそれを解ってくれたこと、そしてクリフのこと、ミーシア自身のこと。本人もそれを全て理解できているわけではない。だがそれでも良いと思っていた。 少しずつ変わっていけばいい。変革は既に始まったいるのだから。そして彼女の傍らには、彼がいるのだから。 クリフはミーシアを支えながら、空いた左手で器用に二つの置物を持つ。 「ま、とにかく、新しい授業の始まりだな」 そして彼はそう言うと、白と黒の置物を大空へと放り投げた
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