魔 導 学 院 物 語
〜微笑みの三日間〜

終章 愚者の誤算


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 クリフの特別講義から三日後、クリフの目の前には山の様なレポートが積まれていた。

「はっはっは、爽快じゃないか! 三日で一人十枚はさぞかし大変だっただろうな」

 愉快そうにそう笑っているクリフを、ガラフ、サフィア、テューズ、ヒノクスの4人は冷ややかな眼差しで眺めていた。特にトラブルツインズの二人は、昨晩徹夜でレポートを仕上げたために、目が充血していた。

「さすが先生です」

 同じくレポートを普通の生徒の倍は書いたはずなのに、ネレアは悠々としていたが、彼女だから、という理由で一同は納得する。

「でも、このレポート、どうやって採点するんです?」

 不意にそんな声を掛けたのは、クリフの元教え子であったミーシアだった。彼女の言葉に、クリフは意外そうな表情を浮かべる。

「採点? 何で?」

「だって、先生が言ったって話じゃないですか。人伝いだから正確には覚えてませんけど、適当に書いたら落とすっていうようなこと」

「ああ。別にいいよ。どうせ初めから全員合格にするつもりだったし。ああでも脅さないと、誰もレポート出さないだろ」

 笑いながらそんな会話をするクリフを、テューズとヒノクスが物凄い形相で睨んだ。

「ふざけないでください」

「こっちは徹夜でやってんだぜ!」

「さすが先生です」

「ネレア、五月蠅い!」

 飛び交う言葉をあえて無視して、クリフはアーバンが持ってきた紅茶をゆっくりと口にする。

「大体、俺はレポートの内容については落とすとは言ったが、どんな内容が駄目なのかは言っていないはずだぞ。言うなれば、レポート一枚につき一文字でも可に出来るってことだ」

 けたけたと笑うクリフに、双子の姉弟はこれ以上ない殺意を抱く。だが二人の怒りを遮るかのように突然クリフの部屋の扉がギィィという嫌な音を立てながら開く。

「むぅ、ただでさえ狭いのに、今日は異様に人が多いな」

 そんな文句で部屋に入ってきたのは、魔導学院副学院長クレノフ=エンディーノだった。

「どうした、クレノフ」

 あからさまに不快そうな表情を浮かべながら、クリフはその訪問者の名を呼んだ。友人である彼がここに来ることは珍しくないが、その訪問の約半数がクリフの都合の悪い内容を言いに来ているのだ。

 そして、今回も彼の予測に違わない物だった。

「えっとな、今日は聖珠闘技場の使用費と、修理費を請求しに来たんだ。修理費、かなりかさばるぞ、何せ水はけが悪いのに、水浸しになっているからな」

「は?」

 クレノフの言葉が理解できなかったらしく、クリフはそう疑問の声をあげた。するとクレノフは怪訝そうな表情を浮かべ、彼に答える。

「何を言っている。聖珠闘技場は学院の施設だぞ。私用で使うときは費用が要るに決まっているだろう」

「だ、だが、あれは講義で……」

「夏休暇の特別講義は、講義を行う教員の責任において行われるだろ。だから試合も勝手に出来るわけだからな。そういうときは私用と同じだから、ちゃんと申請の手続きが必要となるんだよ」

「がーん」

 意外な事実を知らされ、落ち込むクリフに、更にクレノフは追撃を加える。

「それとネルス=パッカードの右腕の治療費もお前持ちだから。ゾーンからの請求があった」

「あ、あの野郎……」

 そういうところがちゃっかりとしている友人に、わなわなと手を振るわせながら、クリフは毒づく。しかしこのまま逆らっても無駄だというのは、これまでの経験で解っていた。諦めたように頷く。

「解った。ストップされていた給料が戻るんだろ? そこから引いておいてくれ」

 今回の講義でクリームからの依頼は全て片付くのだ。そうなればネレア暴走時に出た借金は戻ってくるはずである。いくら修理費などが高いといっても、大型魔導器フィックストスターの修理に比べれば雀の涙ほどであるはずだ。

 しかし、クレノフは再び怪訝そうな顔をすると、それを意外そうに見ていたクリフに言った。

「何を言っている? 給料が支払われるのは夏休暇が終わった次の月からだぞ。後から送った書類にそう書いてあっただろ」

「し、知らんぞ、そんな話!!」

「もしかして、これのことですか?」

 二人の会話に口を挟んだのはミーシアだった。どうやらミーシアの用事もそれだったらしく、その手に握られている書類を、ひったくるようにクリフはミーシアの手から奪った。それを見ると、確かにそのような事が、ひどく遠回しに書いてある。

「な、何でお前が?」

「夏休暇の講義が始まる前に、ガゼフ先生が持ってきたんです。内容に心当たりがなかったですから、講義が終わった後にでも先生に相談しようかな、と思って持ってきたんですよ。宛先が書いてなかったから、先生のだとは思いませんでした」

 ミーシアの言葉に、クリフはがっくりと肩を落としながら、深いため息をついた。そしてそんなクリフに、ミーシアはにっこりと微笑む。

「大丈夫ですよ」

 何度この言葉を聞いただろうか……

 クリフはぐったりと項垂れながらも、その続きを聞くことになるのだった


 季節はじきに初秋を迎える。



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