魔 導 学 院 物 語
〜微笑みの三日間〜

第八章 戦士の微笑


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 赤珠闘技場の中では騒然と歓声が溢れていた。

 第一級魔導師クリフォード=エーヴンリュムスの講義によって開かれた二つの試合、その二日目の試合も開始以降いくらか時間が過ぎ、丁度場も白熱してきていた頃だった。

「烈風の刃よ、彼の物を刻めっ!」

 闘技場の舞台で戦っている褐色の肌の青年が、そう言葉を連ねるにつれ、彼の右手には場の空気が収束していく。そして――

「ティアウインドっ!!」

 彼がその言葉を吐き出すと同時に、彼の右腕に収束した風は数本の爪のような刃に変わり、獣人の青年に襲いかかる。

「なめんなっ!」

 だが獣人の青年は横に跳躍し、それをかわすと、そのまま褐色の青年に向かって突き進んでいく。そして間合いの中に褐色の青年を捕らえると、彼に右の拳を放った。青年はそれを腕をたて、防御するとそのままその衝撃に弾き飛ばされた。

 しかしそれによって二人の間には間合いが出来、一時、二人の動きは沈黙した。

 瞬間が状況を決する戦いに、闘技場の観客は息を呑み静まり返っていたが、一連の動作が終了したことで、そこには再び歓声が湧き起こった。

 獣人ガラフ=ゼノグレスと、褐色の民ネルス=パッカード、二人の戦いは熾烈を極めていた。誰もがネルスの勝利を疑わなかったこの戦いで、半ば満身創痍に近い状態で現れたガラフが善戦をするとは誰も思わなかったのである。

「少しはましになってきたようだな。ガラフ」

「うるさいっ」

 荒い息を吐きながら、ガラフはネルスの言葉にそう返した。彼が疲弊しているのは、明け方まで父親といざこざを起こしていたからなのだが、それがかえって功を成したらしく、ガラフには気合いが満ちていた。

 しかし――

「疲労しすぎたな。何をしてきたのかは知らんが、今のお前では相手にはならない」

 今は気合いが充実しているから、ガラフはそれほどの疲労を感じていない。だが、一瞬でも緊張の糸が切れれば、自分の身体が動かなくなることを、ガラフ自身もよく理解している。

(くっ――)

 ガラフは心中で呻く。長期戦になれば確実に負ける。それは既に確信であった。だがもちろん彼もただ負ける気はない。短期に決着を付ければ、まだガラフにも勝機はあるのだ。

(だが、捕らえられるか?)

 冷たい汗がガラフの頬を伝う。問題は攻撃を当てられるかどうかだ。技量と経験は確実にネルスの方が上だ。

 そうやって戸惑っているガラフを見て、ネルスはどこからか一枚の紙を取り出すと、棒読みでガラフに言葉を投げかけた。

「ふん。やはり結局は負け犬の子ということか」

 ネルスが口にしたその言葉に、ガラフはぴくりと眉をひそめる。

「どういう意味だ?」

 明らかにガラフは怒りの色を見せていた。ネルスはガラフの答えを聞くと、紙をもう一度眺め、彼に言った。

「そうだろう。戦士と言ってもお前の父親は満足に戦うことすらできない。これを負け犬と言わずして何という」

 その台詞もまた、棒読みだった。それもそのはずだろう。彼は紙書かれていることを読み上げているだけなのだから。しかし、ガラフにはそんなことはどうでも良かった。

「確かに、あの馬鹿親父はまともとは言い難い。人の話は聞かないし、自分で言った言葉の責任も持たないような、最低な親父だよ」

 ふるふるとガラフの肩は震えていた。今までの人生の中であの父親にされた事を思い出し、怒りにがふつふつと湧き起こってきたのだ。しかし、それよりも明確に湧き起こってくる怒りが彼にはあった。

「だがっ、こと戦いにおいてはお前にそこまで言われるほど落ちぶれちゃいないっ!!」

 ガラフにとって、父ガゼフは最低の父親像だった。だがその一方で、戦士としての父にはこれ以上ない憧れを抱いていたのである。

 幼い頃、ガラフの傍らには父親の姿はなかった。しかし彼はずっと戦士としての父親の話を聞かされて育ったのだ。いつか戦士として父親と同じ舞台に立つ。それが幼い頃の彼の夢だった。

「お前に勝って、俺がそれを証明してやるっ!」

 ガラフがそう叫ぶと、彼の身体は光に包まれた。半獣化、戦いの民である獣人が、獣の属を肉体に宿す亜種族能力である。光の後に、そこには人の体格をした白き狼が立っていた。

 それが本当の意味での二人の戦いの始まりだった。

***

「あれはお前の入れ知恵か?」

 ガラフの半獣化を見て、闘技場の観客席で隣に座る少女にそう尋ねたのは、クリフ教室のクラスリーダーであるアーバンだった。彼の隣に座っているのは、同教室の後輩、ネレアである。ネルスの妹でもあり、ぐりぐり眼鏡が印象的な娘だ。

 入れ知恵、というのはネルスが手にしていた紙のことである。ネルスの性格上、ああいう台詞を思いつくような人間ではないというのは、人との交流が得意でないアーバンですら解ることだった。

 ネレアは全く気にする様子もなく、アーバンのその問に答えた。

「そうですよ。兄様がガラフ先輩と本気で戦いたいと言っていたので。ほら、ガラフ先輩って意外にファザコンじゃないですか。だったら兄様でも騙せるかなと」

「そんなことまで聞いていない」

 半ば呆れながら、アーバンは彼女にそう言葉を返した。ネレアは喋り足りないというように顔をしかめて見せるが、アーバンはそれを無視する。彼が聞きたいのはそんなことではない。

「で、一昨日の件も、お前が差し金か?」

 一昨日というのはネルスがアーバンを呼び出した夜のことだ。あの時もネルスは棒読みで台詞を口にしていた。

「ええ。あれも私ですよ。アーバン先輩の場合、クリフ先生の名前を出せばいいだけなので、簡単でした」

「だからそんなことまで聞いていないと言っている」

 先程とは変わって、ひどく不機嫌そうにアーバンはそう言った。彼としては、そんな駆け引きの場に心酔する師が出された事が不快だったのだ。

「許して下さいね。本当は先輩相手に先生の名前を出したくはなかったんですけど、そうでもしないと試合は受けてくれなかったでしょう?」

 突然ネレアの態度が変わる。今までの彼女の特殊な雰囲気は消え、そこにいるのは何の変哲もない、ただの少女だった。

「兄弟は多い方ですけど、その中で私を受け入れてくれたのはネルス兄様だけですから。少しくらい恩返しをしてみたかったんです」

 初めて見るネレアの一面に、アーバンは戸惑いの表情を見せた。彼女お得意の演技かとも思ったが、すぐにそれは違うと認識する。

「なぜそんな事を私に話す?」

 自分に心の内を見せるネレアに、アーバンはそう尋ねた。するとネレアはくすりと小さく笑い、彼女に言った。

「貴女から、同じ匂いがした、という理由ではいけませんか?」

 たったそれだけの言葉だったが、アーバンは納得する。彼女もまた幼き日に兄を慕っていた。そして彼女は彼の仇を討つために戦士になったのだ。ネレアの想いが解らなくもなかった。

「だが……、ガラフを起こしてしまったのは少し失敗だったかもしれんな」

 想いが解るからこそ、アーバンはネレアにそれを伝えた。

「そうですね。まさか吹っ切れた先輩がここまで強いとは思いませんでした」

 ネレアも下で繰り広げられている戦いを見て、それに同意をする。ガラフ=ゼノグレス、彼は戦士に目醒めつつあった。

***

 一方、ガラフとネルスが戦いを繰り広げている所から少し離れた場所では、クリフとヒノクス、そしてサフィアとテューズの戦いが繰り広げられていた。

「セイントマークっ!」

 強い意志を込めた声でそう叫んだのは双子の姉テューズだった。昨日の戦いで疲労しているサフィアが相手だ。こちらの方も勝敗は明らかに見えた。だが疲れているにもかかわらず、サフィアはテューズに対し互角以上の戦いを繰り広げていた。

(何で、こんなに粘れるのよ)

 それどころか焦りはテューズにあった。技量的な物は普段のサフィアと何ら変わっていない。ただ違うのは、その気迫である。魔術の一つ一つに強い意志が込められており、その精度が高められているのだ。

(御父様に鍛えてもらったはずなのにっ――)

 戦いながら、彼女はギリッと歯ぎしりをする。

 テューズとて帰郷中、何もしていなかったわけではない。英雄とも呼ばれた父に鍛えてもらい、数段技量はあがっているはずなのだ。だが、それでも今のサフィアに勝てる気はしなかった。

「どうしたの? かかってこないの?」

 不意にそう言われ、テューズはぎくりとする。

「ど、どうしてそんなに戦えるのよ。そ、そんなにぼろぼろなのに」

 それは声にしようと思って口にした言葉ではなかった。だが聞かずに入られない言葉だったのも事実だ。そしてその問に、サフィアは静かに答えた。

「私は、コーネリアともう一度戦う時のためにも、恥ずかしい試合はしたくないだけ。例えどんな状況であっても、自分が満足するだけの戦いをしたいのよ」

 おそらく、その言葉は自分にも言い聞かせる物だったのだろう。だがその言葉はテューズの心も明らかに動かしていた。

「折角、いい相手が目の前にいるんだもんね。このままじゃ勿体ないわよね」

 彼女がそう言って笑った丁度その時、闘技場の片隅ではガラフが半獣化を発動させていた。闘技場は精気によって充満していた。



 クリフとヒノクスの戦い。それは他で行われている激しい戦いとは異なり、静かな戦いだった。試合が始まって二十数分、彼らはほとんどその場所から動いていなかったのだ。しかし、その場にいる二人の姿はまるで対照的だった。

 悠々とヒノクスの動きを眺めるクリフに、全身汗まみれでクリフの動きを警戒するヒノクス。クリフは動かなかったのだが、ヒノクスは動けなかったのである。

(ちっくしょう)

 ヒノクスは心中でそう毒づく。別に特別な力で身体を押さえられているわけではない。ただ、どう動く自分をイメージしても、いい結果が見えないのだ。目の前にいる自分の師が一見隙だらけに見えるから、尚更気が焦れる。

「こないのか?」

 銀色の杖を肩に掛け、不敵な笑みを浮かべながらクリフはそう言った。それが挑発だと解っているヒノクスは、ギリッと歯を噛みしめる。テューズ同様、ヒノクスも帰郷中、父親に鍛えてもらっていたのだ。技量は格段に向上しているはずなのだ。いや、向上していたからこそ、手が出せないと言った方が正しいかもしれない。

(強いってのは解ってたつもりだけど、ここまで差があったのかよ)

 技量が近づいてきたからこそ解る力の差。ヒノクスはそれを目の辺りにしていた。アーバンがすんなりクリフの力を認めるのも解る気がする。下手に動けば、瞬時に制される。だから動けないのだ。

「かなり腕をあげてきたみたいだな。ただの無鉄砲ではなくなったわけか」

 半ば嬉しそうに、半ば残念そうにそう言うと、クリフはヒノクスに対する威圧を強める。

「だが、今日の所は大人しくしていてもらうぞ。俺達が動くと、均衡が崩れるからな」

 クリフのその言葉に違わず、二人の静かな戦いは未だ動きを見せることはなかった。



「咬み切られろっ!」

 ガラフのその咆哮の直後に、闘技場の中は凄まじい破壊音に包まれる。ガラフの一撃が地面を穿ったのだ。しかも、これまでの彼とは比べ物にならない破壊力をもってだ。

「如何に破壊力を持とうと、当たらなければ意味がないっ!!」

 上に跳躍し、その攻撃を避けたネルスは、上空で魔術の術式を完成させる。

「スプレットレザー!」

 刹那、ネルスの目の前に無数の風の刃が展開する。そしてそれは様々な軌道を辿りながらガラフに向かって突き進んでいく。

「邪魔だぁぁぁっ」

 しかし、ガラフがそう叫び声をあげると、彼の周囲に突然淡い光を帯びた幕が展開する。魔導障壁と呼ばれるものだ。それは一気に周囲に拡散すると、ネルスの魔術を瞬時かき消した。狂気の咆哮という、獣人に伝わるマジックフィールドの発展形である。

 魔術をかき消される場面を見て、ネルスは舌打ちをするが、彼はそれよりもすべきことを了解していた。下では既にガラフが迎撃体勢をとっているのだ。

「エアブラストっ!」

 ネルスは瞬時に簡単な魔術を組み立てると、それを下にいるガラフに向かって投げつける。だがガラフはそれを左腕で弾くと、一気に跳躍する。そして彼の首を、獣の属を与えた右手で食い千切ろうと腕を伸ばした。

「ぐうっ!」

 だがネルスもそれに反応したようで、左腕で首もとをガードする。しかし闘技を込めたその左腕も、闘気を込めた圧倒的なガラフの握力によって肉を抉られる。鮮血が闘技場に舞った。

 途端に観客席に慌ただしい騒ぎ声が広がる。それは今まで観客席に飛び交っていた歓声とは違った。恐怖や、驚きを含んだものであったのである。

 しかしその場にいる二人は違った。二人はこの上とない高揚感を味わっていたのである。サフィアとコーネリアが昨日実演したように、能力が近い戦士の戦いというのは、本来の力を越えた戦いになることが極めて多い。技量で勝るネルスに、破壊力で勝るガラフ。二人の能力は均衡していたのである。

「まさか、これほどとは思わなかった」

 顔を綻ばせながら、ネルスはそう言った。そして彼は懐から緑色の珠を取り出すと、ガラフに向かって言った。

「俺も、本気でいかせてもらうぞ」

 ネルスがそう言うと、彼の持っていた珠はまるで生き物のように、その形を変化させていった。そしてそこには一本の鞘に収められた剣が現れる。僅かに弧を描くような刀身の形からみて、おそらくは片刃の剣だ。ゾーンが持っていた物に良く似ている。

 形状変化が可能であることから見て、それは精霊器と呼ばれる、精霊によって構成されている魔導器である。ガラフはにやりと顔を綻ばせる。

「獲物を持とうが、叩きつぶしてやるよ」

 ガラフはそう言うと、身体を流動する力を更に強めた。

 そして一瞬の均衡状態の後、二人が動こうとしたとき、いきなり二人に向かって突き進んでくる一つの物体があった。

「うがっ」

 その物体は、地面に叩きつけられると、奇妙な叫び声をあげる。見ると、それはヒノクスだった。おそらくクリフに殴り飛ばされて、ここまで飛んできたのだろう。

 そしてそれに率いられるかのように、サフィアとテューズも二人の近くに戦闘領域を移してきていた。

「何をやってる、サフィアっ!」

 それを誘導しているのは、明らかにサフィアだった。ガラフはそれを見て思わず叫ぶ。彼らの予定では、一対一の戦いに持ち込む算段だったはずだ。今更戦力を一カ所に集中させる意味が、ガラフには解らなかった。何より、戦いを邪魔され、ひどく彼は苛立っていたのである。

「仕方ないでしょう、先生の作戦よっ!」

「何考えているんだっ! 先生はっ!!」

 そう言って、一同がクリフの方を注目した。途端に、一同は呆気にとられる。

 クリフは何か瓶の様な物を持っていたのである。そして彼はにっこりと一同に微笑むと、大きく息を吸い込んで叫んだ。

「アクエリアス!」

 刹那、瓶の中から光が溢れ出し、次の瞬間、彼らの前には水流が現れたのだった。

「なにぃ!!!」

 一同が驚きの声をあげたのはほとんど同時だった。彼はその激流に飲み込まれると、一気に後方に押し出されていったのだった。

「な、何考えてるんですかっ!!」

 水の流れが止まった後、遠く離れたクリフに向かって、怒鳴り声をあげたのはサフィアだった。もちろん、怒りを露わにしていたのは彼女だけはなかった。その場にいる5人全員が、明らかに怒りの色を示していたのである。

「いや、ヒノクスを足止めしておいたら、何となく疲れてな。さっさと終わらせてしまおうかなと」

「終わらせる?」

 クリフの言葉の意味が解らなかったのか、ヒノクスは不思議そうにそう尋ねた。すると、いつの間にか側に寄ってきていたフォールスが、相変わらずの淡々とした口調で、彼らに言った。

「場外」

 フォールスの一言に、5人はおろか、観客席まで静まり返った。水が流れた為に消えてしまっていたが、そこは白線の外側だったのである。

「これがいちばん楽だったからな」

 けたけたと笑いながらそう断言したクリフに、観客席から一斉に罵声や、物が投げつけられる。

「ふざけるなー」

「それでも教師かー」

「こんなんでレポート書けるかー」

 様々な罵声が飛び交うが、その結果に最も納得していないのは、闘技場にいた5人であった。

「このクソ教師っ! そこを動くんじゃねぇ!!」

 最初にそう叫んだのは、激流による衝撃で半獣化を解かれたガラフだった。おそらく、今のクリフに、父ガゼフの姿がだぶったのだろう。

「動くなと言われて動かない馬鹿がいるかっ!」

 クリフはそう吐き捨てると、笑いながら、逃げるように聖珠闘技場を出ていった。ガラフ達もそれを追おうとするが、水浸しになったことで地面が滑りやすくなり、さらに5人が動こうとしたために、一同が一斉に体勢を崩し、その場でもつれてしまう。

 結局、クリフはそのままおめおめと一同を振りきったのだった。

 しかし一人、闘技場の外でクリフを待ち伏せていた男がいた。

「何のようだ。ゾーン」

 それはネルスの師でもあるゾーンであった。試合が終わる直前までは、彼は観客席にいたはずだ。だがそれがここにいるということは、クリフに何か用があるということなのだろう。彼の眼差しも、クリフにそう言っていた。

「出来る限り抑えてはいたのだがな。我慢が出来なくなった」

 言い終わるのと同時に、彼は腰に帯びていた剣を引き抜く。薄く、反り返った刀身、それが俗に刀と呼ばれる物であることを、クリフは知っている。

 すかさず放たれた一閃を、寸でのところで避けると、クリフは杖を棍を持つように構え、怒鳴った。

「い、いきなり危ないだろうがっ! 何を考えているんだっ!!」

「味方すら巻き込んで試合を台無しにした男が言う台詞とは思えんな」

「一人勝ちっていうのは何となく格好いいだろうがっ!!」

「本当にそうか?」

 意味深にそう言ったゾーンに、クリフも真顔に戻る。

「あんな馬鹿げた勝ち方をしたのは、あれ以上連中の戦いを見ていれば、血が抑えられないと思ったからだろう。戦士としての血がな」

 ゾーンの言葉を、クリフは否定しなかった。

「昨日の試合もそうだ。目の前で成長していく連中を見て、戦士の血がたぎる。貴様も俺と同類だよ」

 言い終わると、ゾーンは再びクリフに斬りかかってきた。クリフは銀色の杖でそれを受け止めると、競り合いのために近くに寄っているゾーンに言った。

「学院教師が騒ぎを起こすのはまずいだろう!」

 それが詭弁だと言うことも、クリフは解っていた。何処かで力を解放したがっている自分がいることに、彼は気付いているのだ。それを見透かしたようにゾーンは微笑を浮かべると、言葉を続けた。

「構わんさ。どうせ俺の契約期間は今年度いっぱいだ。終わればうちの連中も卒業をするからな。それに、あいつらに俺が教えることはもうほとんどない。あとは自分で戦士としての道を進むさ」

「お前が良くても俺はまずいんだよ!」

「ならばいつまで眠っているつもりだ。ヴァイス=セルクロード!」

 その名前に、クリフは明らかに反応した。ゾーンはは力任せに剣を前に押すと、クリフの身体を突き飛ばす。

「力と共に、魂まで眠らせたとは言わせんぞ、ヴァイス」

 ゾーンのその声に、クリフは面倒そうに頭を掻いた。

「ったく、本当に自分の感情に馬鹿正直な男だな」

 何気ない一言だった。普段の彼とは、何の変哲もない言葉……。しかし彼の声は、それまでとは違ってひどく重圧的な重さを持っていた。彼は杖をぶんっと振ると、小さく呟く。

「ジュデッカ、第一の門を開け」

 言い終わると同時に、突然クリフの闘気が爆発的に増幅する。

「お前が起こしたんだ。後悔するなよ」

 そう言ったクリフの眼には、強い意志が込められていた。二人が動いたのは、その一刹那、後のことだった。

 キィィン

 金属のこすれ合う音がその場に響きわたる。クリフの杖とゾーンの剣が再び交差したのである。途端にそこには闘気による力の場が発生し、その衝撃によって二人は後方に弾き飛ばされる。

 クリフはそのまま間合いを取ると、懐から数本の青い小刀を取りだし、それに闘気を込めゾーンに投げつけた。

 それは凄まじい加速を生みながら、寸分の狂いもなくゾーンを捕らえる。しかしゾーンは神がかり的な速さでそれをよけ、すかさずクリフとの間合いを詰めた。

「でやあっ!」

 気合いを吐き出しながら、ゾーンは高速の一閃をクリフに放つ。普段のクリフならば、これに追いつくことは出来なかっただろう。しかしその時のクリフはその剣閃を見切っていた。手に持った杖を器用に操作すると、それを利用してゾーンの一撃を受け流す。そしてそのままその勢いを利用して、クリフは杖の先をゾーンの首もとに突きつけた。

 勝負は数瞬のうちに決着がついていた。

「そんな物を付けながらで、勝負になるかよ」

 首もとから杖を引き、クリフは呆れながらそう言った。先程までの緊迫感は、二人の前から消えている。

「気付いていたのか」

 それほど驚いた様子もなくゾーンは腕につけていたリストバンドを外し、放り投げる。それは地面に触れると、ごとりという音を立てた。

「お前の剣の速さがあの程度の訳がないだろう。未完のネルスの方がまだ速い」

「そうだな」

 納得したように微笑むと、ゾーンは剣を鞘に収める

「お前の封じられている力の分を考慮したつもりなのだが、やはり全力と余計なものがあるのとでは勝手が違うな」

「当たり前だ」

 そう言いながらも、クリフもまた微笑んでいた。制限が加えられているとはいえ、全力で戦ったのは久方ぶりのことだ。そしてそれはゾーンも同じ様だった。

「貴様も俺も、やはり同類だということだ。オンリーラックとしての道を選ぶのも良いが、アイシィライトニングとしての貴様も忘れてやるな」

 結局はそれを言いたかったのだろう。それだけを表現するために、ここまで大袈裟なことをする。不器用な男だな、と思いながら、クリフは苦笑を浮かべた。

 とにかく、二日に渡って行われた試合は、それに参加した生徒達に様々な想いを抱かせたまま終焉を迎えたのだった。



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