魔 導 学 院 物 語
〜微笑みの三日間〜

第二章 奇者の微笑


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 結局、午後の授業はほとんど自習と同じだった。黒板には、クリフが出て行き様に言ったように、意外に達筆な字で、明日から行うという試合の詳細について事細かに書かれていた。

 その内容は次のような物だ。


 試合は3対3のパーティー戦を計二度、それぞれ明日、明後日の午後の講義にて行う。
 教師側は第一級魔導師クリフ、第六期生のサフィア、ガラフに限定し、二度の試合において如何なる事があってもそのメンバーの交代は不可である。
 生徒側は計6名の生徒を、講義履修者の中から選出。その選出法、パーティー構成は自由であるが、次の二つ制限を護ること。
・同じ生徒は二度試合に出ることはできない
・パーティーの総学年数が18以下であること
 ただし試合は本格的なものになるので、明らかにレベルが劣る者は参加を不可とする。
 試合会場は聖珠闘技場、会場に円形の白線を引き、その中を戦闘領域とする。
 白線を出た者は失格とし、その他の試合方式は一般の試合と同じである。
 尚、審判は第一級魔導師フォールス=ウィレムスに引き受けてもらう。
 以上


「結局、出場者の候補はこれだけよね」

 金髪の少女コーネリアの周りには数人の生徒が集まっていた。試合の参加を希望する連中をコーネリアが集合させたのだ。

 赤い瞳の、赤珠族の少女シェーラ=ヴァルギリスもその中の一人だった。

 とはいっても、彼女はまだ10歳であり、さらに第一期生であるので試合の参加対象者からは外されていたが、ミーシア教室のほとんどがここに集まっているので、彼女も何となく会話に参加しているのだ。

「けど集まったのが8人ってのは、寂しいよなー」

 つまらなそうに、周りを見回したのはクリフ教室のヒノクスだった。講義には300人も参加しているのに、集まったのがたった8人であるのが、彼には気にくわなかったのだろう。半ばふてくされているその姿は、子供であるシェーラにも幼く見える。

「仕方がないでしょ。いくら相手がクリフ先生だとしても、教師に第六期生が二人よ。それだけでもみんな引くわよ」

 栗毛の女が、さも当然と言わんばかりに、ヒノクスに向かってそう答えた。シェーラと同教室在籍者の一人であるゼラ=イクシュリだ。獣人、黒虎族の出身であり、クリフ先生をというよりは、先生の生徒の一人で、同じ獣人であるガラフを敵視している娘だ。

「そうよ。そんなことも解らないの」

 ゼラの発言に便乗するように、エレンが言葉を加える。彼女もミーシア教室の生徒で、コーネリアやゼラとの付き合いが長い娘だ。ミーシア教室に編入する前の教室が一緒だったらしく、特にゼラとは仲が良い。

「それに、並の生徒だと教室在籍者だとしても邪魔になるだけです」

 続けての言葉はネレアのものだった。邪魔という言い方はひどく刺々しいものだが、それがこの褐色の肌の少女にとって普段通りのものであるのは、ここにいる一同が皆理解していることだ。それを気にする者はいなかった。

「でも、ネルス先輩が参加してくれるのは心強いわよね」

 テューズのその一言に、シェーラは一人の青年に目を移した。黒い髪と瞳、そしてその褐色の肌は、彼が魔族であることを示している。

 魔族は褐色の肌の一族の総称で、亜種族でない人間達の中でも、高い魔力を有することから付いた名だ。そして、この青年が大きな力を持った魔術士であることは誰もが知っていた。

 そしてもう一つ、この褐色の肌の二人が、兄妹であることも、シェーラには意外であるが、学院では有名な話である。

「そうだな、ブラウンアーバンなら決定的な攻撃力になるしな」

「ブラウンアーバン?」

 ヒノクスが突然出した言葉に、シェーラは思わず疑問の声をあげる。

「だって無愛想なところがアーバンに似てるだろ?」

 にこやかにそう返したヒノクスに、シェーラは苦笑した。バーグ教室元生徒にすら匹敵するというゾーン教室の生徒のことを、本人の前でここまで好き放題に言えるのはおそらく彼くらいだろう。

 だが当の本人のネルスはあまり気にしたような様子もなく、何となくぼけっとしながら外を眺めていた。

「そんなことよりも、今はパーティーの構成が肝心でしょう」

 他愛もない話をしていた二人に、ネレアが冷ややかにそんな言葉を投げかけた。別に兄を馬鹿にされたとかそういう意図は無かったのだろうが、シェーラは何となく罪悪感を覚え、びくっと身体を振るわした。

「ご、ごめ」

 謝ろうとするシェーラを気にした様子もなく、ネレアは突然一同が囲んでいた机に、すっと一枚の紙を差し出す。

「なにこれ?」

「ちょっとしたパーティー案です。お昼にちょっと考えてみたんです」

 不思議そうにその紙を覗き込む一同に、ネレアが淡々とした口調でそう言った。そのしゃべり方を見て、どちらかといえばネルスよりも、彼女の方がアーバンに似ているようにシェーラは思った。

 だがそんなシェーラの何気ない考えを余所に、そのパーティーメンバーを見たゼラが、興奮しながらネレアに向かって怒鳴った。

「どういうつもり? 何で私達が、クリフ教室のあんたとパーティーを組まなきゃならないのよ!」

 突然怒鳴りだしたゼラに、その時教室にいた他の生徒達が一同の方に注目した。ゼラはそれに構うことなく、言葉を続けようと息を吸い込む。しかし彼女の言葉を中断させたのは、意外にもコーネリアだった。

 だがゼラの興奮も仕方がなかったことなのかもしれない。その紙書かれているパーティーの組み合わせは次の通りだったからだ。

第一バーティー:コーネリア、ゼラ、ネレア
第二パーティー:ネルス、テューズ、ヒノクス

 その内容はミーシア教室の生徒にとっては屈辱的だった。同教室のエレンを外されただけでなく、他郷室生徒のネレアが自分たちと組むというのだ。同教室内ではある程度の連携の戦闘法も習っている。この組み合わせは、それの分を差し引いても、ネレアをいれるという価値があるといっているのだ。

 つまりはエレンよりも数段ネレアの方が優れていると言っているのに他ならないのである。

 だがコーネリアはそう受け取らなかったらしい。

「この組み合わせには、どういう意味があるのかしら?」

 興奮しているゼラとはうって変わって、コーネリアは静かにネレアに尋ねる。一瞬、シェーラにはネレアが笑ったように見えた。もちろん度の高いぐりぐり眼鏡に遮られて、その表情は伺うことは出来なかったが、口元がほころんだように見えたのだ。

 そしてそれを肯定するように、ネレアが静かに口を開いた。

「さすがはミーシア教室生徒のブレーンといったところでしょうか。大体の意図は解って頂けたようですね」

「8割ってところね。勿体ぶらないで答えてくれないかしら?」

「そうですね」

 コーネリアの返答に満足したように、ネレアは普段の彼女からは考えられないような多弁さで、言葉を吐き始める。

「まず、先生が出した『パーティーの総学年数が18以下』という条件。これは疑う必要もなく、兄様、コーネリア先輩、ゼラのパーティーを防ぐために加えた条件です」

「そ、そうなの?」

 驚いたように言葉を放ったゼラに、コーネリアは小さく頷く。

「そのパーティーは、攻撃力の面で言えばこのメンバーの中で考えられる最強のメンバーなのよね。ネルス先輩は間違いなく攻守においてこのメンバーの中で最強だし、獣人であるゼラの攻撃力は折り紙付き。あとは他のメンバーの中で総合能力値が最も高い私、ってところかしら?」

「そうですね。コーネリア先輩には、もう少し先生が危惧していたことがあると思いますけど、大体その通りだと思います。」

 ネレアのその言葉は、別にコーネリアをおだてているわけではなかった。確かにコーネリアには特出した戦闘スキルこそ無いが、その攻守の能力のバランスと、頭脳においては三年連続学年首位のサフィアに匹敵するものだ。こういう能力者は個人の戦いの時よりも、パーティー戦のような集団戦の時に真価を発揮する。

「でも、兄様が八期生、コーネリア先輩が六期生、ゼラが五期生であることを考えると、総学年数は19になりますから、このメンバーは無理なんです。実際は圧倒的なパワーで押し切られるのを恐れたんでしょうね。ある程度力に差がなければ、先生の小細工で翻弄できますから」

 クリフの戦士としての力が、運だけの男が示すとおり、それほど高くないのは一同が知っている。真に警戒すべきは、彼の奇怪な行動なのである。

「そして更にはそれで先生はクリフ教室の連携も封じた、でしょう?」

 コーネリアの言葉に、ネレアはこくりと頷く。

「どういうことだよ」

 不思議そうに尋ねるヒノクスの方は振り向かずに、ネレアは淡々とその答えに答えていく。

「テューズとヒノクス、貴方達は二人揃ったときに真価を発揮するわ。だから貴方達二人はどうしてもペアとしては外せない。でも、それに私が加わえて連携の向上をはかると、もう一方のチームは、兄様かコーネリア先輩が外れることになる。総学年の件でね」

「先生、そんなことまで考えていたんですね」

 驚いたようにシェーラがそう言うと、テューズが「先生、普段怠けてるくせに、こういう時には抜け目ないから」と苦笑した。

「それで、連携の問題を考えていくと、どうしてもネルス先輩と騒乱双児の二人が組むのが最適だということは解るわ。それよりも問題は、どうして貴女が私達のパーティーに加わるかよ」

 大体の話を説明し終えたところで、コーネリアが静かに、もう一度ネレアにその問を投げかける。連携という問題を考えるならば、明らかにネレアを加えるよりも、同教室のエレンを加えた方が効果が高いに決まっている。それを無視してまでネレアを加える理由、それがコーネリアにも解らなかった。

「先生の小細工ですよ」

 ネレアは、たった一言そう呟いた。だがそれはコーネリアに意図を伝えるには充分だったようだ。コーネリアは短い金髪を撫でると、ため息と一緒に、疲れたようにこう言った。

「私達三人じゃ、正攻法過ぎる、って言いたいわけね」

 コーネリアの言葉に、ネレアは静かに口元をほころばせた。

「そういうわけです。あの先生の小細工に対抗するには、先生の手口を良く知っていないと不可能です。実際私とエレナの戦闘能力は互角程度でしょうが、私は先生の嫌らしい、姑息なやり方を、自分の戦闘法として取り入れていますから、少なくとも彼女よりは先生に対抗できると思います」

「あんた、それ自慢になってないわよ」

 呆れながらそう言うゼラに、ネレアはにやぁっと、それまでとは異なる、彼女独特の笑みを浮かべる。ゼラは思わずその微笑に身を震わせた。

「ま、まぁ、それで良いんじゃない? エレンには悪いけど、反論する余地がないし」

 コーネリアもネレアのその微笑みを直視したらしく、多少どもりながらエレンにそう言った。

「別に私はいいですよ。ゼラ、頑張ってね」

 というよりも、彼女自身、試合に出たくないことは、ミーシア教室の一同が知っていた。彼女はそれほど戦闘が得意ではない。コーネリアが素直にネレアの提案を受け入れたのは、そのためもあるのだろう。

「それじゃ、メンバーを伝えに先生の所に行ってくるから、一応これで解散で良いわよね?」

 コーネリアの提案に、一同はこくりと頷く。そしてその後は、この時間帯が半ば自習ということもあり、個々で自由に動くこととなった。



「それで、何故あのメンバーを提案した?」

「妥当なパーティーだとは思いますが?」

 講義時間が終わった後、東棟と南棟を繋ぐ廊下の間で、褐色の兄妹がそんな会話を交わしていた。

「確かにな。だがそれだけではないだろう?」

「そうですね。サフィアとコーネリア先輩、ガラフとゼラの戦いをけしかけるというのが、先生の狙いでしたから。それに従ったまでです」

「やはり裏でクリフォード先生が糸を引いていたか」

 納得したようにネルスが頷いた。あのメンバーの組み方に、クリフの入れ知恵が加わっているというのは、薄々感じていたことだ。

「あとは、純粋に私の力で先生の動きを封じられるかという興味もあります。試してみたいものがあるんです」

「先生の入れ知恵に素直に従ったのはそのためか」

「そんなところです。ところで、兄様こそどうしてこの講義に参加したんです?」

 今度はネレアが質問を繰り出す番だった。

「ゾーン先生の推薦だ。もう一度アーバンとの再戦を望むのならば、一度くらいは戦っておけと言われた」

「先生に、それだけの能力があると?」

 ネレアは表情を全く変えずに、前を見たまま兄にそう尋ねる。ネレアとて、師の能力を全貌を知っているわけではない。むしろ知らない部分の方が多いとすら感じているのだ。好奇心の強い彼女が気にならないはずはなかった。

「ゾーン先生が執着しているくらいだ。おそらくはそうなのだろう」

 それは曖昧な答えだった。だがネレアは曖昧なのは嫌いではなかった。不確定なものから、答えを導き出す。それがネレアの楽しみの一つだ。

「ところで話は変わるのだが」

「何です?」

 不意に言われたその言葉に、ネレアは疑問の声をあげる。

「ずっと思っていたのだが、俺はアーバンほど無愛想ではないと思うのだよ」

「気にしていたんですね、ヒノクスが言っているあだ名」

「ああ」

「大丈夫です。兄様の勘違いですから。十分兄様も無愛想です」

「・・・・・・そうか」

 表情は変わらないが、ネルスはかなりショックだったようで、それ以上は何も言わなかった。さすがにそんな兄を可哀想に思ったのか、彼女は兄にある提案をもちかけた。

「一度、笑ってみてはどうですか? 私もやってみますから」

「そうだな・・・・・・」

 ネレアの提案に、ネルスは頷くと、二人はその場でにぃっと不気味な笑いを浮かべた。その笑みを、通りすがりの生徒が見ていて、あまりの恐怖に失神したというのは、本当にあったのかどうかは解らない話で、どうでもいい話である。



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