−遠き日の約束−
終章 もう一つの約束
クリフは眼前にある墓をじっと見つめていた。 墓標にはこう書かれている。『ガルシア=バーグ』と。 そこは学院から少し離れたところにある共同墓地であった。とはいっても、実際にガルシア=バーグの遺体はここに眠っているわけではない。赤珠国から離れた、ラインティナという独立都市に彼の本当の墓標はある。それが彼の遺言だった。 だがガルシア=バーグの功績は高く評価され、この王立共同墓地に、彼の愛用していた魔導器を代用として埋められることになったのだ。 『結局、私は誰一人とて完全に育て上げることが出来なかった』 それが、ガルシアが死ぬ直前に言った言葉だった。その時、傍らにクリフはいたのだ。 『もう少し、時間があればな。連中を完成させることが出来たものを・・・』 そして彼はクリフに頼んだのだ。彼の後継達のことを・・・。 「クリフ先生?」 不意に背後から声が掛けられる。振り返るとそこにはラーシェルが立っていた。彼もまた、墓参りに来たのだ。その手には華が握られている。 「なんだ。お前もか・・・」 苦笑しながらそう言うと、クリフは道を開けた。
学院への帰路、クリフは唐突にそんなことを聞かれた。ラーシェルは約2日眠っていたが、クリフが亜種族能力を発動させたところはほとんどうろ覚えで、クリフの誤魔化しもあり、催眠術にかかりすぎたということになっていた。 それを疑わないほど彼が眠りの中で体験した物は凄まじい物だったのだろう。 「なんだ? 前世でも見てきたか?」 半ば茶化すように言ったその言葉にラーシェルはむくれた。が、彼はすぐに気を取り直すと言葉を続けた。 「良く、解りません。ただ、自分の見たことのないものを夢で見たんです。鮮明だったし・・・、夢だとはどうしても思えないって言うか・・・」 確信があるのに、どうしても上手く答えられないようで、ラーシェルはそう言葉を詰まらせる。それを見て軽く微笑すると、クリフはその問に答えた。 「良くは知らないが、俺は信じている方かな? まぁ、何故かって言われると、答えにくいんだが・・・。言葉で表せる物だけが全てじゃないだろう」 クリフがそう言うと、彼ははにかみながら「そうですね」と答えた。彼のそんな顔を見ながら、クリフはガルシアの最後の言葉を思い出していた。 『あとはお前に全てを任せるよ。きっと、お前なら大丈夫だ。最後に、お前に会えて良かった』 力無い手でクリフの頬を撫でながら、彼は逝ったのだ。満足そうな笑みだった。 それが彼と交わした最後の約束だった
「どーでもいいが、お前が下手な催眠術をかけたせいで、ラーシェルが使えなかったから、フェインが莫大な損害が出たといって怒鳴り込んできた」 「・・・それは、つまり・・・」 「また、減俸だ・・・。っていっても、お前には給料がないから、彼女から出してもらった」 そう言って、クレノフはむこうで嬉しそうに手を振っているミーシアを指した。 彼女の満面の笑みを、乾いた笑顔で見ながら、彼はやはりこの言葉を言うのだった。 「もぉ、いいです・・・」 と。 どっと疲れて、見上げると、夏の晴れた空がそこにあった。 クリフはその空を見上げながら、呟く。 「できるところまで、やってみますよ。師父・・・」 かつて、ガルシア=バーグには一人の後継がいた。彼の全てを受け継いだ後継・・・。彼の名はクリフォード=グランザムといった。
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