魔 導 学 院 物 語
− 聖 王 の 刻 印 −

終 章 過去戒め




 エッテムの塔で、騒乱双児がローグと戦いをまみえた翌日、クリフは一連の報告をするために、ティルスの書斎へと足を運んでいた。

「取りあえず何を説明すればいいのか解らんのだが、あいつらが刻印に覚醒した。」

 さほど驚いた様子もなく、ティルスそれを聞くと軽く頷いた。

「驚かないんだな。」

「まあな。ぐっすりあれだけ眠っていればオーバーアビリティを使った後だって解るさ。実際に経験したこともあるしな。だが、覚醒といっても、おそらくローグの刻印に共鳴、感情の高まり、双子の特性なんかが絶妙に組み合わさって、一時的に発動したんだろう。今のあいつらからは刻印の力は微塵も感じないしな。」

 そして更にティルスは付け加える。

「元々、聖王の刻印は個ではなく、全を重視した亜種族能力だ。共鳴、ということが起きても不思議ではないさ。それに、魔導という技法が感情を元に展開されるしな。」

 刻印を持っている本人が言うのだから間違いはないだろうと、クリフは妙な納得をする。

「で、お前も1日位じゃ疲れが抜けていないんじゃないのか? 」

 ティルスはクリフの右腕に巻かれた包帯を見ながら、そう尋ねた。

「使ったんだろ? 邪眼を。」

「・・・まぁ、な。」

 クリフは何かばつが悪そうに、頬を掻く。

「何があったのかは知らないが、オーバーアビリティは使わないことだ。下手をすれば死に繋がる。能力以外にも体力を必要とするような力なら尚更だ。例えば血を抜くだとかな。」

「遠い言い回しはしなくていい。自分で自覚しているからな。だが腕の怪我には慣れているんだよ。」

 そう言った後に、クリフは更に言葉を続ける。

「で、それはともかくだ。チェリア達の面倒はお前が見るんだろう? 」

「ああ。リヴィアも承知してくれているしな。責任もある。」

 責任、その言葉をクリフは聞き逃さなかった。

「そうだな、一つ説明して欲しいんだがな。奴が狙っていたのが刻印だと知っていて、どうしてお前が奴を野放しにしていたのかを。」

 突然真剣になったクリフの表情に、ティルスは目を反らした。だがここまで大事になると黙ってそれを黙認することはできなかった。何せ、ティルス自身が最も大切にしている物までを巻き込んでいるのだ。

「以前、俺にも事情があって、少し調べてはみたんだ。27年前の戦いのことをな。」

 27年前、その言葉にティルスは明らかに反応する。そしてクリフはそれに構わず話を続けた。

「ディラン=リィルス=アングレイド・・・。聖都を落とした司教、ディネバ=アングレイドの末裔でありながらも、数々の勲功を残し、聖国の上級司祭にまでなった男だ。そして27年前の龍帝の反乱に参加、英雄ミカエルとともに戦い、反乱で殉死はしたが、五皇士として名を残された人物・・・。」

「俺が、最も嫌いだった人だよ。」

 クリフの説明を、ティルスのその言葉が遮った。

「何よりも先に、国を護ろうとした人だ。父親としては最低の人だったよ。」

 ひどく懐かしそうな声で、彼はそう答えた。クリフは黙ってその話に耳を傾ける。

「だが、それでも誇りだったよ。一族の中でも有数の人間しか扱うことの出来なかった刻印に覚醒したこと。失墜したアングレイド家の名を一代で立て直したこと。何より何にも負けない信念を持っていたこと。あの人は俺の英雄だったよ。だけど、俺はあの人に父親でいて欲しかった。力よりも、名誉よりも、強い意志よりも、おれはあの人に生きていて欲しかった。」

 そう言い終わった後に、ティルスはゆっくりとクリフに方に振り向いた。その表情はひどく寂しげで、弱々しいものだった。

「だから、お前も、ローグも、お互いに手を出せなかった訳か。」

「そう、なんだろうな。」

 予想以上に、クリフが色々なことを知っていると気づき、ティルスは話を続ける。

「ローグは、父さんを慕っていた。多分、刻印の保有者だったことも知っていたのだろうな。だから止められなかった。もう一人の自分を見ているようでな。」

「ローグは魔導同盟の設立に反対だったようだからな。英雄ディランを殺した獣人や他の亜種族を許せなかったというわけか。」

 龍帝の反乱は虐げられていた亜種族達が起こした反乱だった。今でこそ、学院など特定の場所では様々な人種が認めあっているが、亜種族を認めない連中は世界中にいる。

 魔導同盟という機関ができていなければ、龍帝の反乱と同じ様な戦争はいつ起こってもおかしくはないのだ。魔導同盟の本当の設立理由、それは迫害されていた亜種族を護ることにこそ目的があったのである。

「結局、俺は何がしたかったのだろうな。国を護ることも、子供達を護ることも、信念を貫くことも出来なかった。」

 ティルスは疲れたようにそう言うと、ゆっくりと椅子に腰掛けた。まるで薄いガラスのように脆い、こんなティルスを見るのは初めてだった。クリフはそんなティルスを見て、小さくため息をつきながら言った。

「理由が解っているのなら、それを直せばいいだろう? 過去の戒めは、心を縛るためではなく、未来を切り開くためにあるのだと俺は思っている。簡単な事ではないが、そうでなければ過去の悲劇は報われんよ。」

 それだけを言うと、クリフは椅子から立ち上がり、そのままドアの方へと進んでいった。クリフの後ろ姿を見ながら、ティルスはどことなく吹っ切れた表情で呟いた。

「迷惑を、かけるな。」

 と。聞こえたのか聞こえなかったのかは解らないが、クリフは右腕を軽く挙げると、そのまま部屋を出ていった。

 そしてクリフはティルスの部屋を出ると、表情を一変させ、まるで嘲るように言った。

「過去の戒めは、心を縛るための物ではない、か。過去に縛られている人間が言う言葉ではなかったな。」

 それは自分に向けられた言葉だった。だが彼にはいるべき場所があった。いつか過去の束縛から抜け出せることを想いながら、クリフはその場所に戻るために部屋に戻った。

 自分の帰るべき場所・・・。それがクリフにはあった。

 だが彼は気付いていなかった。

 自分の知らないところで、『過去』が動き始めたことに・・・。

 そしてそれはゆっくりと加速を始めた。





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