魔 導 学 院 物 語
− 聖 王 の 刻 印 −

第二章 夜の始まり




「それで、何で俺の所に来るんだ・・・・。」

 半ば諦めながらそう呟いたのは魔導学院の教師クリフだった。彼の目の前には彼の生徒である騒乱双児と、気絶している薄汚れた少女の姿がある。

「すみません。こういうことはお父様達よりも、先生の方が言いやすくて・・・。」

 ばつが悪そうに、テューズは小さくそう言った。ヒノクスもまた、クリフとなるべく視線を合わせないようにしている。

 突然二人が気を失った少女を連れてきたのは、少し前のことだ。それから今に至るまでに、クリフはテューズから大まかな事情を聞いていた。彼が疲れたような様子なのはそのためだ。

「まぁ、聞く限りでは今回のは人助けみたいだからな。そうは責められんか・・・。」

 クリフはやはり疲れた声でそう言う。半分は本心であるが、後の半分はそうとでも思わなければやってられないためだ。声に力が入らないのだろう。

「とにかく、今はこの子が起きるのを待つしかないな。だけどここに来るまでによく見付からなかったな。」

 素朴な質問をするクリフ。いくら二人がこの家の住人といえども、大神殿司教の屋敷である。警備がされていないわけはない。同じ様な背丈の少女を背負っていたのに警備の者が気づかなかったというのはあまりにも変だろう。

「甘いぜ。俺達は十年以上ここに住んでたんだぜ。隠し通路の一つや二つ知ってるさ。」

 突然ヒノクスはクリフの方を振り向き、得意そうにそう言う。

「そうじゃないとその前にここから出ることもできませんよ。」

 にこやかな表情で付け加えるテューズ。

「で、それを部外者の俺に話して良いのか?」

 調子に乗っている二人に、クリフがそう言うと、二人はピシィっと固まる。恐らくティルスにすら気づかれていないのだろう。(本当にティルスが気づいていないのかというと疑問ではあるが)

「ま、それは置いておいてだ。俺にどうしろって言うんだ?」

 このままでは話が進まないと思い、クリフは話題を変える。どう転んでも自分に災難が降りかかるのは分かっているが、どういう災難が降りかかるのかはかなり気になることだ。

 その言葉に二人はようやく我に返る。そして口を揃えていった。

「それを考えて下さい!!」

 と。

 数秒の間、部屋には沈黙だけが残った。

***

 ランフォード邸があるのは、聖都の中枢である大神殿領の外輪にある聖法街と呼ばれる場所だ。聖都は大きくわけて三つの領土に別れている。

 一つ目は聖都の中枢であるアネステレス大神殿がある大神殿領。二つ目はそれを円を描くように囲んでいる、神殿の僧や兵士達が住む聖法街。そして最後の外層街は一般の住民が住んでいるところだ。

 基本的にアネステレス大神殿に勤める僧や兵達は聖法街に住んでいる。そして街の土地の所有権は法皇から上級司祭の階級以上の者に与えられ、それよりも下の階級の者は彼らから土地を借りるという形で聖法街に住んでいるのだ。

 そして場所はランフォード邸から少し離れた屋敷に移る。


 辺りは闇に包まれていた。部屋は他の僧の家と変わらず白で覆われていたが、僅かな灯りしかないためであろう。部屋は薄暗い雰囲気に包まれている。

 その部屋には目つきの鋭い男がいた。少し痩せ気味だが、それが更に彼の眼光の鋭さを引き立てているようにも見える。彼の名はローグ=イレイド、聖国大神殿の上級司祭にしてこの屋敷の主である。

「それで、貴様らはガキ如きに負けた訳か・・・・。」

 その男は目の前にいる男達に向かって、吐き捨てるようにそう言った。数は六人、先程ヒノクスと乱闘を起こした男達である。皆が申し訳のなさそうな顔をしている。

 しかし彼らに混じって一人、違った雰囲気を持った男がいた。ひどく堂々とし、彼らの話を微笑しながら聞いていた。

「アレス、何を笑っている。」

 ローグは不謹慎に笑っているその男に、不快な表情を浮かべながら尋ねる。だが彼は動じた様子もなく答えた。

「いえ、申し訳ない。ですが、面白いではありませんか・・・。」

「何がだね。」

「彼の話からすると、彼らの相手をした少年は体格からは想像もできない力を引き出したとの事です。」

「・・・・・闘気使いとでも言いたいのかね。」

 ローグは目を細めながら男に尋ねる。闘気はそれほど簡単に体得できるものではない。現に闘気に関しては、最も歴史が長いであろう虎国アンドバロンでさえ、その育成には手間取っているのだ。

「確実ではありません。が、ほぼ間違いないでしょう。小さな少年に殴られたには、彼らの傷はひどすぎる。」

 アレスと呼ばれた男がそう言うと、ローグは顎に手を持っていき、考え込む。あまり現実味がない話ではあるが、確かに彼が雇ったごろつき一同の怪我は、並の腕力によってなされたものではない。

(負けた事自体は、仕方がない事か・・・。)

 諦めたようにそう認めるが、彼の機嫌がなおることはなかった。

「まったく、貴様らがくだらん事をしなければ・・・・。貴様らを牢から出すために私が動く羽目になったのだぞ!あれが見付かるまではまだ動くわけにはいかんというのに・・・・。」

 ローグはその場にいる男達を睨むと、そう叱咤した。

「も、申し訳ありません。」

 怯えながら、男達はその場にひれ伏す。

「・・・・・まぁ良い。とにかくだ、早く鍵を探せ。あれは自分から出てくるような間抜けな真似はせんだろうからな。」

 ローグがそう言うと男達はおどおどと返事をした。そして彼らは急いで部屋を出ていく。

「全く、足手まといもいいところだっ!」

 さらに彼は忌々しげにそう言い放った。

「ですがあまり目立った行動を起こしたくないのでしょう?ならば仕方ない。そう言ったときは秘密を知る者は少ないに限る。」

 突然アレスはそう言うと、彼はローグに背を向け、出口へと歩き出した。

「何処へ行くのだね?」

 静かな声でローグは問う。それほど付き合いが長いわけではないが、彼が自ら動くことは珍しいことだ。

「闘気使いの少年、面白そうではないですか。」

「会えるとでも?この聖都にどれだけの人間がいると思っている。」

 もっともな話だ。だがアレスはローグの方をゆっくりと振り返った。その全てを吸い込むような漆黒の瞳に一瞬ローグは寒気を覚える。だがローグは彼の視線から目をそらすことはなかった。手飼いの駒でない以上、あくまで対等に話さなければならない。

 アレスは不適な笑いを見せながら、彼の瞳を見つめる。そしてしばらくの後にゆっくりと口を開いた。

「因果律、というのを御存知ですか?」

「因果律?全ての事象は原因を持つというあれかね?」

 怪訝そうな表情で尋ねるローグ。彼の言葉にアレスは頷く。

「そうです。そしてこの世界に充満する精気は、事象を強い想いで結びつけようとする。古代魔導種族、天使の魔導概念の一つですよ。」

「信じているのかね?運命というやつを。」

 その問にアレスは微笑で答える。

「いえ。まぁそれに近い物は信じていますがね。事象という物は須く必然のものですから。」

「僧である私に言う言葉とは思えんがね。」

 そう言いながらも、ローグは微笑を浮かべている。

「背徳を犯さんとする人間が何を・・・。貴方も私と同類ですよ。そして、だからこそ私は貴方に力を貸している。」

 アレスもまた、微笑で彼の言葉を返す。そしてそれだけ言うと、アレスはその部屋を後にした。

「よろしいのですか?あの男を野放しにして・・・・。」

 老人だけが残った白い部屋に、低い男の声が響きわたる。その声の主はローグの後ろに立っていた。ブロンドの髪の青い瞳の青年、黒く身軽な服を着ていることから考えても僧ではない事が分かる。第一、聖都の僧の中に黒い髪と瞳を持たない者は滅多にいない。

「フォボスか。構わんよ。どうせあの男は私の手に収まるような人間であるまい。」

「あの程度の男なら・・・。」

 フォボスと呼ばれた男は、ローグの言葉を否定しようとする。が、ローグは右手を振り、それを遮った。

「よい。私は自分の器くらいは分かっているつもりだ。だからあれを欲している。」

 ローグの言葉にフォボスは口をつぐむ。

「それを実現するために、今はあの男の力が欲しいのだよ。」

「奴もそれを狙っているとは思われないのですか?」

 フォボスは静かに尋ねる。するとローグは再び手を顎に当て、笑うように言った。彼の癖だ。

「そのために貴様がいるのだろう。ジョーカーは私が握っている。初めから負けるような戦いをするつもりはない。」

「なるほど。」

 男は納得したようにそう言うと、影に吸い込まれていくようにその場から消えた。彼の気配が消えた後にローグはもう一度言った。

「そう。ジョーカーは私が握っているのだよ。」

 その言葉は闇へと消えていく。そう全てを吸い込むかのような深淵の闇へとだ。そしてその闇の向こうでは、一つの戦いが繰り広げられていた。

***

 そこは白で覆われた部屋だった。聖国の人間が好む、白色の世界。しかしその清潔な雰囲気とは裏腹に、その部屋の中では壮絶なる戦いが繰り広げられていた。そしてその戦いを驚愕の表情で見ている者がいた。

「そんなもん俺にわかるわけないだろうがっ!大体、自分でやったことの責任くらい自分でとりやがれっ!!」

「それで迷ってるから聞きに来たんだろっ!!」

「そうですよっ!可愛い教え子を見捨てるなんて酷いですっ!!」

 熾烈な言い争いを繰り広げているのは三人、伊達眼鏡をかけた、少し長身の男、そしてその両脇にいるのは、ひどく似た顔立ちをしている二人の少年少女である。皆、髪と瞳の色は自分と同じ黒だ。

「だぁれぇが、可愛いだっ!お前らが起こした不祥事の件数くらい考えて言えっ!!」

 それはクリフ達の会話だった。その声の音量は凄まじいもので、そのために少女は目を覚ましたのだ。

(な、何?何が起こってるの?何で知らない人たちがいるの?それよりここ何処?)

 目を覚ました彼女は、目の前で起こっている出来事に頭を混乱させていた。ただの言い争いだ。だがその雰囲気はあまりにも凄まじいものだった。彼女が体験したどの出来事よりも・・・。昼間体験したあの騒動など全く話にならない。

「手間のかかる子供ほど可愛いって言うじゃないですか!」

「誰が誰の子供だっ!それにお前らはかかりすぎだっ!!」

「それも先生の仕事だろ!!」

 ヒノクスのその言葉にテューズは反応する。

「それは違うわよヒノクス!今の先生は先生であって先生じゃないわっ!!私たちを束縛する権限が無いって言ったのは貴方でしょう。」

「馬鹿っ!お前がそんな事言ってどうすんだっ!」

 言うべきでない言葉を言ったテューズにヒノクスが突っ込む。妙に細かいところにこだわる。それがテューズの性分だ。もちろん、それが必ずしも自分の都合のいいときにだけ発動するわけではない。

「あっ・・・。」

 彼女は慌てて口に手を当てる。言い終わった後に、はっと気づいたのだろう。

「この馬鹿!!間抜けっ!!!」

 ヒノクスの怒りの矛先もテューズへと移る。そこからは騒乱双児の独壇場だった。

「何よっ。そこまで言わなくても良いでしょう!第一、あんたが面倒な事に首突っ込むからっ!!」

「俺がやらなかったら、お前が出てただろうがっ!」

「わ、私はあんたみたいに無鉄砲じゃないの!!」

 二人の罵倒はさらに続く。だがその本質はこの少女を救ったことにあるのだ。つまりお互い、相手のことを罵っているのだが、その内容は逆にどちらにしても少女を助けただろうと互いに向かって言っているのだ。

 それをさらに自分たちで否定しあっているのだから、クリフは会話に参加するのがあまりにも馬鹿らしくなってきた。

「あ、あの・・・・。」

 唯一激戦の中から外れたクリフに、少女はおそるおそる話しかける。

「ん?あ、目を覚ましたのか。あれは相手にしなくていい。」

 そう言って騒乱双児を指さすクリフ。

「は、はぁ。」

 クリフの言葉に彼女は訳が分からない様子で頷いた。そして同時に腹部に鈍い痛みが走る。

「痛っ・・・。」

 少女は腹部を抱えうずくまる。クリフは少女を右腕で支えると、ゆっくりと身体を起こし、彼女に言った。

「一応の手当はしてあるが、無理はしないほうがいい。」

「ありがとう。」

 少女は軽く頭を下げると、未だ激しく罵りあっている二人を物珍しそうな目で見る。そこでようやく少女は二人が自分を助けてくれたことを思い出した。

 はっきりとは覚えていないが、男の子の方があの男達を薙ぎ倒し、女の子の方が自分を介抱していてくれたはずだ。

「あれか・・・・、あんまり気にしなくていい。馬鹿だから。」

 クリフは彼女の視線に気づき、そう言う。すると、それまで言い争っていた二人が、ぴたりと動きを止め、同時にクリフの方を振り返り、叫んだ。

「こいつと一緒にしないで下さい!!」

 二人の声は見事にはもる。いつも衝突しあっているくせに、こういう時は妙にタイミングが合うのだ。双子の特性というものだろうか?

「あれ?目、覚ましたんだ。」

 二人はそこでようやく少女が目を覚ました事に気づいたようだ。それほど口論に熱中していたのだろう(それであるにも関わらずクリフの一言が聞こえているのはこの二人の凄いところだろう)。

「あんた達が助けてくれたんでしょ。ありがとう。」

 ようやく落ち着いた二人に、少女は礼を言う。するとヒノクスは得意げな表情をして言った。

「へへっ。あんな奴等俺にかかればいちころだぜ。伊達にアーバンに毎日蹴られているわけじゃね〜んだ。」

 話の内容は全く自慢できるようなものではない。だがそれにも関わらず、それを大いばりで言うところなどがまた、彼の凄いところであろう(様々な意味で)。クリフとテューズはというと、ヒノクスのとんだ勘違いに呆れるしかなかった。

 だがこの程度で呆れていたら、学院で(といよりもクリフ教室で)生活することはできない。クリフは一度だけ小さくため息を付くと、傍らにいる少女に尋ねた。

「俺はクリフ、こっちがヒノクスとテューズだ。無理にとは言わないが、名前と、どうして盗みなどを働いたのか教えてもらいたいな。」

 クリフがそう言うと、少女は突然険しい表情になって言った。

「盗んだんじゃない!取り返したのよ!!」

 彼女は睨むような目つきでクリフを見る。ヒノクスとテューズは唖然とその光景を見ていた。彼女の突然の豹変ぶりに驚いているのだ。

「どういうことだ?」

 唯一人、落ち着いているクリフが少女に尋ねる。少女は躊躇ったようにしばしうつむいていたが、意を決したかのように顔を上げる。そして汚れた服のポケットから小さな十字架を取り出した。

(魔導器・・・・、ウィッシュに似ているか?)

「それは?」

 クリフはその魔導器に少し興味を持ちながら、そう尋ねる。

「私はチェリア=カウント。これは私の父さんが作った魔導器なの。」

「君の父親は創師なのか?」

 創師とは主に魔導器を作る職人のことである。基本的に彼らは国家に雇われている者が多いが、極希に個人で魔導器や武器を作っている者もいる。聖国のシンボルである、十字架の魔導器を作ったということは、おそらく前者だろう。

 少女はクリフの言葉に顔を曇らすと、俯きながら言った。

「そうよ。父さんは国の魔導器研究所の創師だったわ。」

「だった?」

「けど、半年前に通り魔に殺されたの。研究所に試作品の魔導器を持って行くときに。」

「そして、あいつらがこれを持っていたか・・・・。」

 チェリアは頷く。しかしそこでヒノクスが口をはさんできた。

「でもよ〜。それがお前の親父さんのだって証拠あるのか?魔導器なんてタイプが同じだと、どれも同じに見えるけど・・・。」

 ヒノクスの言葉ももっともである。魔導器は一部の精霊器と呼ばれる物を除いては、基本的に国や型によって統一された形状をしている。

 学院のプラネットなら手甲にはめやすいようにドーム型のような形をしているし、聖国で生産されているホープやウィッシュならば彼女が持つ魔導器のように十字架の形をしている。

 須く同じなのは、それが魔性石と呼ばれる石でできていることだ。つまり元が同じ物であるために、常人に見分けることなど不可能に近い。

「私は父さんの作った物を見てきたのよっ!間違える何て事はないわっ!!」

 とは言っても見た目だけで魔導器を見極めるなどそれこそ不可能だ。普通魔導器の見極めはその中に込められている術式を読みとって行う。そしてそれを行うにはそれ相応の魔導の技術がいるのだ。

「ちょっと見せてくれるか?」

「あ、はい・・・・。」

 少女はクリフにその魔導器を渡す。クリフはそれを受け取ると、多方向からそれを眺め、一通り見た後に、クリフは彼女に尋ねる。

「君のお父さんの名前は?」

「え?」

 クリフの唐突な質問に、チェリアは戸惑う。

「グレイム=ジーム=カウント。」

「!!どうして父さんの名前を?」

 クリフが父の名を知っていることに驚きながら、チェリアはそう叫んだ。クリフは魔導器を彼女に返すと、近くにあった椅子に座ってから、その問に答えた。

「名前が書いてあった。」

「・・・・・・。」

 場に沈黙が走る。そして数瞬の後、先に我に返ったヒノクスが、クリフの胸ぐらを掴みながら怒鳴る。普段なら身長が足りなそうなものだが、偶然にもクリフは座っていたので、丁度いい高さになっていたのだ。

「んなもんに名前なんて書いてあるわけないだろっ!!」

 彼の意外にまともな言い分に、クリフは鼻で小さくため息を付くと、ヒノクスの腕を取り、座りながら彼の足を払う。ヒノクスは一度宙を浮くような感覚を味わった後に、床にたたきつけられた。

「まぁ、落ち着け。人の話は最後まで聞くもんだぞ。別に表面に堂々と書いてあるわけじゃない」

「あっ!そういう事・・・。」

 もがいているヒノクスをよそに、チェリアはようやく理解したように呟く。

「どう言うこと?」

 一方テューズにはまだ意味が分かっていない。

「魔導器に込められている術式に書いてあったんだ。」

 術式とは現象の法則を司るものである。魔導器の中にはその術式が込められており、精気を用いてそれを起動させ、その精気自体をを媒体とし、魔術を発動させる。簡単にいうならば、術式が回路なのであり、精気がエネルギーなのだ。

 一方で術式は単なる情報としても存在することができる。それは術式が精気という媒体を手に入れてはじめて現象を司る情報として働くためだ。精気が関わり合いにならなければそれはただの記号としての情報でしかない。

 つまりチェリアの父親は自分の名前を魔導器の中に術式として残したのである。クリフは魔導器を手に取ることで、感覚を通し、その術式を読んだのだ。

 一通りの説明を聞くと、ヒノクスとテューズは、完全とまではいかないまでも、朧気にそれを納得したようだった。

「ま、取りあえずだ。それは九割九分、彼女の父親が作った物に間違いはないな。魔性石には一度しか術式が書き込めないし、試作品に名前を入れるってのは、創師にはよくあることだからな。」

「じゃあ、あいつらがこいつの親父さんを殺したって事なのかな?」

「・・・・・・。」

 チェリアは再び黙って俯く。考え無しに喋るヒノクスに、クリフとテューズの怒りを含んだ視線が突き刺さる。

「わりぃ。」

 ヒノクスは自分の言ったことに気づき、すまなそうにチェリアに謝る。彼女はゆっくりと首を横に振るが、当然の事ながら場には気まずい雰囲気が漂った。

 だがその気まずい雰囲気を破ったのもまた彼女だった。

「あっ!もう日が沈んでる!!」

 彼女は窓の外を見てそう叫んだ。窓の向こう側は既に太陽が沈み、漆黒の闇に包まれている。かなりの時間をこの部屋で過ごしていたのだ。

 彼女は慌てながら急いで部屋を出ようとする。だが元々裏道から連れてきたのだ。突然外に出られるのはまずい。しかも薄汚れた彼女の格好では弁明の仕様もない。ヒノクスとテューズは慌ててチェリアを止める。

「どいて!早く帰らなきゃ!!母さん、病気なのよ!!」

 チェリアは必死に二人に訴える。ヒノクスとテューズは顔を見合わせた後に、すがるような表情でクリフの方を見る。クリフは結局こうなるのか、といった様子で深いため息をついた。





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