魔導学院物語
−騒動教室の日常−

第一章 始まりはいつも突然




 クリフ教室、その教室は学院の中でも有名であった。

 担当教師が第一級魔導師であること、そして生徒達が学院の中でも優秀であるということが、その要素の主たる部分であろう。だがその教室は実際にはそのような意味で有名なのではなかった。

 いや、厳密に言えばこの表現はあてはまるのだ。だがそれはあくまで彼らが有名であることの二次的な要素でしかない。その表現を正確に表すと次のようになる。

 『担当教師が第一級魔導師であるにも関わらず、運だけの男という名で呼ばれている』ことと、『生徒達が学院の中でも優秀であるにも関わらず、学院一騒がしい教室である』ということ。この二つが、彼らが有名である最大の原因なのである。


「先生、事務部から始末書の請求が来ていますが。」

 淡々とした口調で、クリフにそう話しかけたのは、ブロンドの髪に、青い瞳の中背の青年だった。彼の名はアーバン=エーフィス、クリフ教室のクラスリーダーである。

 武術に関しては学院でも5本の指にはいるほどの強者で、来年度には学院の教職に就く予定である。そのくせ細い身体をしており、その整った顔立ちから女性に間違われることも多い。(というよりも実は彼は女性であるのだが。その話はまた違う機会に話そう)

 彼の手にあるのは『始末書を書け!!』と乱雑に書かれた一枚の紙だった。クリフは「はぁっ」と疲れたようなため息をつくと、その紙を見ながら言った。

「そーいや、ヒノクスとテューズの乱闘で荒らした教室の始末書って、まだ出してなかったっけ・・・。」

 クリフは先日起こった講義室での生徒同士の乱闘を思い出す。

 先日、彼の教室の生徒で双子の姉弟であるテューズとヒノクスが、ちょっとした言い争いで喧嘩を始めたのだ。そしてその喧嘩で講義室の所々に大きな穴を作り、クリフはまた事務部から冷たい目で見られる羽目になることになったのである。

「はい。先週出した始末書は、ガラフが壊した寮の壁の件が一枚、ネレアが薬の調合を間違えて吹き飛ばした実験室の件が一枚、それと、」

「もぉいい。」

 先週の始末書の内容を読み上げるアーバンに、クリフはストップをかける。

「段々頭が痛くなってきた。」

 クリフは疲れたようにそう言うと、掛けている伊達眼鏡を人差し指であげ、ドアに貼ってある一枚の紙を眺めた。それにはクリフ教室生徒の名前の後に、数字が書かれている。

アーバン・1、ガラフ・4、サフィア・2、ネレア・3、ヒノクス・6、テューズ・4

 それは先月の始末書の要因を作った生徒の名前と、その回数の関係を示した表だった。一番下には総始末書数12と書かれている。回数の数字と一致しないのは、多人数で起こしている事件も多いことを示していた。

「何でこんなに始末書書かせるかな・・・。」

 ひどく疲れた様子でクリフは呻くように呟く。

「申し訳ありません・・・。」

 アーバンは少し声のトーンを落としながらそう言った。彼が事件を起こすことは滅多にないことだ。しかし、先月は珍しく図書館で他教室の生徒と乱闘を起こすという事件を起こしていた。

 その事件、学院の副学院長であるクレノフ=エンディーノが止めに入ったために、それほど酷い事態にはならなかった。だがもしクレノフが止めに入っていなかったら、相手がアーバンと同じバーグ教室元生徒だっただけに、被害が大きい物になったのは確実だろう。

 何せバーグ教室元生徒というのは、今は亡き特級魔導師ガルシア=バーグに育てられた驚異的な力を持つ魔導師連中だからだ。

 その力は並の教師ならば圧倒するほどもので、アーバンの武術の能力が高いのも、彼の指導によるところが多い。

 アーバン自身、その事は十分承知している。自惚れではなく真実としてだ。だからこそ彼は先日の事態をひどく反省していた。

 だがクリフはアーバンの頭をぽんっと軽く叩くと、やれやれといった表情で彼に言った。

「お前やサフィアは基本的に巻き込まれる側だからな。たまに位はいいさ。」

 サフィアというのもクリフの教室の生徒だ。彼女もアーバン同様問題を起こす事は少ない。無論バーグ教室出身のアーバンとは能力的には比べようもないが・・・。

「しかし・・・、」

 自分の場合はサフィアとは違う、彼はそう言おうとした。バーグ教室の元生徒であるが故に持つ強大な力のことを。だが、クリフはその言葉を遮った。

「ここは学びの場だ。失敗くらいいくらでもすりゃあいい。ただし、その失敗を必ず自分の身にすることだ。元バーグ教室だろうが何だろうが、生徒である限り平等なんだよ。」

 クリフはアーバンの髪をくしゃっと少し乱暴になでる。

「・・・・・はい。」

 アーバンは小さく頷く。クリフにそう言われると、何故か本当にそれでいいように思えるのだから不思議だ。

 クリフはアーバンの返事を聞くと、満足げに再び椅子に座る。そして彼は仕事に取りかかった。

 彼は机の中から一束の紙を取り出す。始末書の束だ。週一以上のペースで始末書を書いているため、彼は事務部から始末書の束を取り寄せているのである。

 そしてクリフが筆をとり、その始末書を書こうとした時、突然廊下の方からけたたましい足音が聞こえてきた。

「・・・またか・・・・。」

 クリフは諦めたようにそう呟く。クリフは机の中に始末書をしまうと、これから来るであろう人間達に備えた。

「先生っ。」

 ドガァという、乱暴にドアが開かれる音と共に、二人の少年達が部屋に入ってきた。

 クリフはその場にあったスタンドを手に掴むと、声を出した方の少年に向かってそれを投げつける。スタンドはもの凄いスピードで飛んでいき、その少年の顔に見事に命中する。

「ふぎゃっ。」

 少年は間抜けな声をあげて、顔を押さえながらその場にうずくまる。スタンドをぶつけられたこの少年はヒノクス=ランフォードという。

 先日講義室で暴れた双子の片割れで、姉テューズと二人で騒動双児の別名をとる、クリフ教室の二代目?トラブルメーカーだ。

 聖国の司教の息子というと事で、本来ならばこのような扱いを受ける人間ではない。が、クリフにはそんなことはどうでもいい。

 先程アーバンに言ったように、彼にとって生徒は皆平等(というのだろうか?)なのだ。

「な、なにすんだよ先生っ。」

 その黒髪の少年はクリフの方を睨み付けると、怒りにまかせて怒鳴った。しかしクリフも負けじと彼を睨み付け、怒鳴り返す。

「ドアを蹴飛ばすのは止めろと言ってるだろう!お前が乱暴に扱うせいで、もうほとんどドアの機能を残してねぇだろ!!」

 確かにそのドアは押して開く物だった形跡がある。だが、既にその機能は有しておらず、ただ立てかける物という様な状況になっていた。

「どうせ壊れてるんだから別にいいだろ。」

「だ・れ・が、壊したと思ってるんだ。」

 クリフはさらに、机の上に置いてあった白猫の置物をヒノクスに投げつける。だがさすがに今度はヒノクスもそれを避け、クリフを指さし誇らしげに言った。

「先生っ、甘いぜ。そう何度も同じ手に引っかか・・・」

 だがその言葉は最後まで続くことはなかった。次に投げられた黒猫の置物が見事に命中したのだ。それはヒノクスの顔に当たり、彼はそのまま床に倒れる。

「甘いのはお前だ。そーいう言葉は相手の攻撃が止んだ事を確認してから吐け。ったく、いつもどっかで抜けてんだよ。」

 クリフはそれだけ言うと、入ってきたもう一人の赤毛の少年に向かって尋ねる。ヒノクスは倒れた勢いで、床に頭を打ち、気絶していたからだ。

「で、ガラフ。一体何のようだ?」

 ガラフと呼ばれた少年は、横で倒れている黒髪の少年を気の毒そうに、ちらちらと見ながら答える。

「あ、はい。実は、ネレアが・・・。」

「また調合に失敗したのか?」

 クリフはガラフが言い終わる前にそう言った。彼女は笑う薬剤師の異名をとる少女だ。調合の間違いで騒動を起こすというのが彼女のパターンだった。

 しかしガラフは首を横に振ると慌てながら答えた。

「暴走してるんです。」

「・・・はぁ〜っ。」

 クリフは疲れたように深いため息をつくと、ガラフにもう一度尋ねる。

「で、原因及び現状は?」

「原因は分かりませんが、現状は科学室半壊、第一修練場に被害が広まっています。あと、サフィアとテューズがその場でネレアの足を止めています。」

「で、何で二人もこっちに来たんだ?俺を呼びに来るなら一人で良いだろう?」

 素朴な疑問をガラフにするクリフ。するとガラフは言いにくそうに答えた。

「その・・・、ネレアの奴、今女子更衣室で暴れてて、それがたまたま他の教室の生徒がいまして・・・。」

「叩き出されたのか。」

「はい。」

 クリフはそれを聞き終えると、ガラフに指示を与える。

「取りあえずお前はそこで寝てる馬鹿を叩き起こして、ミーシアに応援を要請してこい。」

「み、ミーシア先輩にですか?」

 ガラフは顔をしかめながらそう言った。ミーシアとは元クリフ教室生徒だった娘だ。元バーグ教室の生徒でもあり、現在は学院の教師になっている。絶対破壊者とまで呼ばれた絶大な魔力を有した魔導師であるが、一見はただのおちゃらけたお気楽娘である。

 ガラフが顔をしかめた理由は、彼女に応援を頼むのが嫌なのではなく、彼女のミーシア教室生徒にこの事を知られるのを嫌ったためだ。クリフ教室とミーシア教室の仲ははっきり言って悪い。

 それはクリフと、ミーシアの妹、アーシアが敵対していたこと(ほとんどアーシアの一方的な物だが)に発端があるのだが、彼女と和解した現在も、両教室の敵対は続いていた。

 クリフはそれを見抜いていたようで、ガラフに怒鳴りつける。

「今はそんなことを言ってる場合じゃない!!うちの女子だけじゃ暴走中のネレアは止めれんだろう。今はあいつは授業中のはずだから、さっさと行ってこい!!」

 クリフにそう言われ、ガラフは愚痴りながらも黒髪の少年、ヒノクスを起こしにかかる。確かにそんな場合ではないのだ。

 ネレア=パッカード、彼女は妙な薬品を作る事や、怪しげな本を読むことを趣味とする娘だ。彼女が起こす事件のほとんどは、薬品の調合の失敗や、わけのわからない儀式の暴走による物が多い。

 しかし今回は場合が違う。ネレア本人は学院中でも上位クラスの魔力を潜在的に持つ娘である。普段はそれを使いこなすことはおろか、引き出すことすら出来ていない。

 だが、一旦彼女が暴走すると、その力が半ば無尽蔵に放出される。彼女が今身につけている魔導器にもよるが、そうなったら被害の大きさは尋常な物ではなくなるのだ。

 以前、彼女が一度だけ暴走したときがあった。あの時は学院長、副学院長、そして多くの上級魔導師がいたが、それでも講義室3つを全壊させたという被害を出している。

 しかも、今日は学院長夫妻を含めた多くの上級魔導師が学院を出ている。魔導同盟の会議が行われるためだ。

(全く、こんな時に限って、誰もいやしない。)

 クリフは心の中でそう愚痴ると、アーバンを引き連れ、第一修練場へと走った。





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