−魔導師クリフの試合−
(闘気使い?だから何よ・・・。)
アーシアは闘技場の中央に立っていた。そこは先日試合があった聖珠闘技場である。彼女の赤い瞳には燃えるような闘志が溢れていた。殺気にも近いそれは、目の前にいる男に向かって放たれている物だ。
クリフォード=エーヴンリュムス、それが男の名だ。学院でも数少ない第一級魔導師にも関わらず、運だけの男と呼ばれている男・・・。そしてその名前に甘んじている男・・・。
(気に入らないのよ!!貴方の立場も、貴方の態度も、それに何より貴方の存在がっ!!)
先日のフォールスの言葉のせいもあるのだろう。彼女の感情は最高潮にまで高まっていた。魔導の力の源である精気は感情に結びつきやすい性質を持っている。すなわち、彼女の力は凄まじく高まっているのである。
「あの娘に何を吹き込んだの?」
フォールスの後ろから聞き慣れた声が聞こてくる。その声には怒りに似たものが含まれている。彼はゆっくりと後ろを振り返ると、そこにはアーシアの姉ミーシアが立っていた。
「別に。俺が言ったのは事実だけだ。負けた理由が分からない内は勝てないとな。」
「貴方には分かっているの?」
「まあ、あの娘よりはな。あの試合、アーシアが負けた理由は確かに不意をつかれただけのようにも思えるが、本当に驚くべきはその一瞬で先生が間合いを詰めたことにある。それまで精気を収束させたようにも感じなかった。かといって人間の能力ではあれだけの瞬発力を生むのは不可能に近い。」
「それで?」
「つまり、それから先生が闘気使いである事をアーシアは気づかなければいけなかった。」
「・・・・・・。」
ミーシアはまだ沈黙している。正確な解答を聞いていたいためだ。
「問題は先生が闘気使いということではない。彼女がそれに気付けなかった事だ。彼女の能力は相手の動きを正確に見極めることを前提に成立する。今のままでは自分の能力などいかしきれんよ。」
「そうね。」
ミーシアはフォールスの答えに納得したように頷いた。
「だが、どうしてアーシアがそれに気づかなかったという方が俺には謎だがな。」
アーシアはガルシア=バーグに魔導の公式、術式を短時間で完成させる事を学んだ娘である。つまり威力を高めるよりも、手数で圧倒させるタイプだと言うことだ。そのために魔術構成の節々に相手の出方を伺う能力が必要であり、彼女はそれをガルシアに学んでいるはずなのである。
「それでなくても、観察力はガルシア先生に鍛えられているはずなんだがな・・・。」
「相手が見えていないからでしょ。それに、認めたくないんだと思うわ。」
「分かっているのなら何故教えてやらない?」
「それは自分で気づかなきゃいけないからよ。そうじゃなきゃ、あの娘はずっと人に頼っていってしまうもの。」
ミーシアがゆっくりとそう言うと、今度はフォールスが納得したように頷いた。
「それにしても、先生の生徒だったお前から見て、今回の試合はどんなもんなんだ?」
フォールスは一番気になっていることを尋ねる。確かに今のアーシアは力が充実している。相手が並の魔導師ならば、圧倒されるだろう。だが同時に感情が制御されていない分、隙もまた多いのだ。魔導の技法はそういった大きな矛盾を持っている。
「身内びいきで見てみても、アーシアが勝てるとは思えないわ。普段のあの娘ならひょっとして、ってこともあるけど、感情が乱れている相手の隙を見逃す先生じゃないもの。」
「そんなに強いのか?」
フォールスの質問にミーシアはゆっくりと首を縦に振った。そして、下では既に試合が始まろうとしていた。
(もう、油断はしないわ。同じ条件でなら、負けるもんですか。)
熱くはなっていてもガルシア=バーグの教え子である。一応ではあるが平静さは保っている。だが相手が闘気能力者である以上、戦い方の修正はしなければならない。
相手が純粋な魔導師であれば、間違いなくショートレンジでの戦いが有効だ。彼女には他の魔導師よりも速く魔術を完成させる自信がある。黙って相手が魔術を完成させるのを見ている必要はない。
だが相手が闘気能力者であると、逆にこちらの魔術を中断させられるおそれがある。ミドルレンジの距離を保ちつつ戦うのがベストだろう。それであればクリフが別に闘気能力者でなくても、基本的な能力の差で自分の方が優勢であると考えたのだ。
「闘気使いだか何だか知らないけど、負けませんから。」
アーシアはクリフをきっと睨むと、そう宣言した。クリフは一瞬意外そうな顔をしたが、すぐにこう言ってきた。
「闘気?使う必要はないな。君は教師としての戦い方を望んでいるのだろう?なら、君にあわせてやるさ。」
その言葉はさらにアーシアに火を付ける。アーシアはできるだけ感情を抑え、言った。
「負けたときの良いわけにはしないで下さい。」
と。そして、先日とはうってかわって、観客がわずか数名という中で、二人の再戦が始まった。
判定者であるクレノフの開始の合図と同時に、アーシアは術式を組み立て始めた。そして彼女の右手に次第に光が収束し始める。
魔術には色々な種類があるが、アーシアが今使おうとしているのは最も基本的な補助系の魔術である。魔術の術式を構想するのは術者本人であるが、構成するのは魔導器である。
使用者の言葉を発動媒体にする詠唱系の魔術と違い、本来詠唱などは必要はない。ただ魔術にはイメージが大切であるので、補助的にその魔術の性質に近い言葉を発する魔導師が多い。加えて魔導器を通じてそれを発動させるので魔導器と何らかのコンタクトを必要とする。
それは魔術の名前である。それによって、魔導器が魔術を発動させるのだ。
「セイントマークっ。」
その言葉を発するのと同時に、クリフの方に向けられた彼女の右手の人差し指から、一筋の閃光が放たれる。この魔術はそれほど高度なものではないが、殺傷力に長け、多くの魔術士が愛用するものである。
クリフはぎりぎりの所でそれをかわすと、呟きはじめた。
「我が前に炎の牙。」
瞬時にクリフの右手に炎が宿る。
「ファイアランス。」
クリフがその言葉を言い終わると、突き出した彼の右手から二本の炎の槍が放たれた。それは直線的にアーシアに向かって放たれるが、その時にはアーシアの次の魔術が完成していた。
「ファイアウォール。」
更なる勢いの炎が、下から彼女の前に壁のように現れ、クリフの放った炎の矢を消し去る。そして彼女はその炎の壁の中で次の魔術を完成させようとする。
だが、それは叶うことはなかった。突然、無数の刃のような疾風が、彼女の作り出した炎の壁を突き破ってきたからだ。
(何?)
風をベースとした魔術自体プラネット惑星には込められていない。アーシアはすぐさま構成する術式を防御の物に変えると、なるべく致命的な攻撃を受けないように両腕を交差させ、魔術が完成するまでの間その攻撃に耐える。防御の魔術の完成にはそれほど時間がかからなかった。
彼女は光の壁を目の前に発動させ、その風の刃を遮断する。それと同時にアーシアからの魔力が遮断されたこともあり、炎の壁はすぐにその勢いを失っていった。
(他に魔導器を持っていたの?)
炎の壁が消えると、すぐに彼女は相手を観察した。クリフは変わらず、先程と同じ場所に立っている。が、プラネットの他に魔導器らしい物は見つからなかった。
(どういう事?まさか魔導器を使わずに術式を組み立てたの?でもそれにしては速すぎる。)
そう考えているうちにも光の壁はその威力を失っていく。そしてその頃には既にクリフは次の魔術を完成させていた。
「ウォーターバインド。」
クリフの前には水の鞭のようなものが現れる。これもプラネットにはない魔術だ。
(プラネットじゃない?)
そんな考えも浮かぶ。が、考えている暇もない。水の帯は彼女を捕縛せんと、凄まじい勢いで向かってくる。だがそれも直線的なものだ。そして見切れない速さではない。彼女はそれを避けると、クリフに向かって再び閃光を放つ。が、それも難なくかわされる。
そしてそのお返しといわんばかりに相手も閃光を放ってきた。その閃光はアーシアの右腕をかすめ、彼女の肩からは鮮血が溢れる。大した傷ではない。
(速いっ。)
彼女は瞬時にそう思った。速いのはその閃光ではない。クリフの術式構成の速さだ。それは天性の物とは違う、慣れと修練から来る物・・・。しかしそれだけでは風や水の魔術を使った説明にはならない。彼女は、予測できない相手の能力に戸惑っていた。
(使いたくはなかったけど・・・。)
彼女は仕方なくある決意をした。灼熱の魔神クレノフ=エンディーノから教わった高等魔術、その魔術の発動術式そのものが込められているわけではないが、部分的に似た術式は込められている。あとは自分の能力でその術式を補えば、彼女にもその魔術は使うことが出来た。
(これと同じか・・・。)
アーシアははっと気づいた。クリフはプラネットの術式を補助的に使って先程の魔術を完成させたのである。アーシアは、ようやく謎が解けたこともあり、幾分かゆとりを持って術式を完成させる。
「我は招く、深き業炎。」
凄まじい勢いで彼女の周りに精気が収束し始める。その収束の仕方にクリフは眉をひそめた。分かっているのだ。彼女が何をしようとしているのかを。
やろうと思えば、その儀式を止めることはクリフにはできた。だが彼はあえてそれをしなかった。彼は静かに目を閉じると、呟いた。
「深淵の炎よ。」
そして、彼の周りにも凄まじい精気が収束し始める。
魔術を構成するとは、パズルを埋めるようなものだ。魔導器とははじめから埋めてあるピースだと考えてもいい。そのパズルの完成図が分かっていれば、それだけ速く術も完成する。パズルを埋めるのはアーシアの方が速いのだ。だが、クリフはその完成図を彼女よりも明確に知っている。構成の速さの差はそこで違いが出ていたのだ。
二人の魔術は同時に完成する。二人は相手を見ながら同時に叫んだ。
「クリムゾンフレアっ。」
深い紅色の炎が彼らの前に出現する。そしてそれはその進行方向にある空間を飲み込みながら直進していった。二つの炎は二人の丁度中間でぶつかり合い、それらは轟音をあげ、さらに爆風を巻き起こしながら、相殺しあった。
魔術と魔術の相殺、それは凄まじいエネルギーを生み出す。しかもクリムゾンフレアは天使と呼ばれる古代種族が使用した古代魔術だ。現在魔導器で発動可能な魔術とは威力の桁が違う。いくら直撃でないとはいえ、それらの膨大なエネルギーの衝撃波をまともに受ければ無事ではすまないだろう。魔術発動直後であるので守護系の魔術を使うこともできない。だが、二人は無事だった。
彼らは薄い膜のような物に包まれていた。魔導障壁と呼ばれるものである。高い能力を持った魔導師のみに纏うことが出来ると言われている、精気の障壁。彼らの戦いにより周りに精気が充満したことと、彼らが戦いによって熱くなったことによって生じたのだろう。精気は感情に結びつきやすい性質を持っているためにだ。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・。」
だが、それで体力の消耗が減るわけではない。むしろそれは増加する。気力が保てる内はその意志の力によって精気を供給することが出来るが、緊張の糸が切れると同時にそれは疲労という形で襲ってくる。
アーシアは急な脱力感に襲われる。クリムゾンフレアという高等魔術を使った事により、精神的に限界に達してしまっていたのだ。そして、その脱力感の中で、彼女はそのまま意識を失った。
(私はあの瞳が好きだった・・・。)
そう、彼女は優しく微笑んでいるときの姉の瞳がとても大好きだった。そして、憧れだった。今の姉が嫌いというわけではない。むしろ今の彼女の方が、他人から見れば好感は持てるのだろう。
だが、今まであの笑顔は自分だけの物だったのだ。それは、彼女が肉親である自分以外、誰も寄せ付けようとはしなかったから・・・。
絶対破壊者、その名の通り彼女は凄まじい能力の持ち主であった。そして同時に、彼女には大きな欠点を持っていた。制御能力の欠落、魔力の高い者にとっては致命的な事だ。彼女は大きすぎる魔力を制御しきれずに、一度、多くの犠牲を出してしまったことがある。絶対破壊者はその時に付いた名だ。
それから、彼女は誰も側には近づけようとはしなかった。特に身内であるアーシアは。だが、アーシアはそれでも姉を慕った。そんなとき、時折彼女はあの笑顔を見せることがあったのだ。
しかし彼女は変わった。クリフォードが来てから。どうして彼女がクリフォードに心を開いたのかは未だに分からない。だが、確かに彼女は変わったのだ。力の制御、人との付き合い、そしてアーシアとの関係すらも。
そして変わったのは姉だけではなかった・・・・。
(ここは・・・。)
ここがどこであるのか、記憶を探ってみる。学院の寮の自室、何年も寝泊まりをしている部屋だ。昔は姉と一緒に過ごした部屋・・・。
同時に気を失う直前の記憶が徐々に甦ってくる。あの時、確かクリフの姿を確認したはずだ。魔導障壁を纏い、そしてクリムゾンフレアを放ちながらも、彼は確かに立っていた。
(そっか、私、負けたんだ。)
敗北、試合前までは考えていなかったことだ。油断さえしなければ勝てると思っていた。だが、彼の力は自分が考えていたものよりも、遙かに高い物だった。
「良かった。目が覚めたのね。」
突然、聞き慣れた声が耳の中に入ってくる。少し身体を起こし、声のした方を見てみると、そこにはミーシアが立っていた。長い間、看病をしていてくれたのだろう。髪の所々に乱れが見られた。
「駄目よ。もう少し寝てなさい。」
ミーシアはそうアーシアを宥めると、ゆっくりと身体を横にしてくれた。今の彼女は普段の彼女とは違い、落ち着いた雰囲気を持っている。それはアーシアが良く知る昔の姉だった。
「お姉様・・・。私、どれ位寝ていたんですか?」
「2日よ。よっぽど疲れたのね。まぁ、あの時は貴女も感情が高ぶってたし、場の精気の収束も尋常じゃなかったから・・・。余計に力を使ったのね。」
それらはどちらも魔術の威力が増幅される状態である。と同時に、精気の供給、消耗も激しくなる。つまり彼女はクリムゾンフレアを使ったまではいいが、その後に精気を供給する前に、疲労によって倒れてしまったのである。意識が途絶えれば場からの精気の供給はされない。残るのは高等魔術を使った折に溜まった疲労だけである。
「シェーラは?」
アーシアはいるべき自分の同室人の事を尋ねる。姉が部屋を出てからは、彼女がバーグ教室生徒だった事もあり個室だったのだが、今年からシェーラがこの部屋に入ってきたのだ。
「ご両親の所。下手なことをして、無理に起こしちゃうのも良くないからって・・・。」
「そう。」
彼女はそう言うと、一言付け加える。
「お姉様、ありがとう。」
おそらくアーシアが寝ていた間、ミーシアは寝ていないのだろう。確証はないが、彼女の知っている姉の性格を考えると、そう言う結論に辿り着く。
ミーシアは彼女の横になっているベッドに腰を下ろすと、ぽん、と彼女の頭に手を乗せる。
「貴女は私のたった一人の妹でしょう?普段姉らしい事なんてしていないんだから、こんな時くらいは、ね。」
彼女はそう言うと、まるで少女のような、屈託のない笑みを見せる。昔見た、あの笑みだ。ミーシアは、言葉を続ける。
「それに、貴女の目が覚めるのを待ってたのは私だけじゃないわ。」
ミーシアはそう言うと立ち上がり、部屋のドアを開ける。そこにはアーバンが相変わらず無表情で立っていた。
「お腹空いてるでしょ?何か作ってくるわ。アーバン、この娘のこと、よろしくね。」
ミーシアはそう言うと、そのまま部屋を出ていく。同時にアーバンが部屋に入ってくる。
「笑いに来たの・・・。」
アーシアは身体を起こすと、アーバンから顔を背けそう言った。無論それは本意ではない。だが、彼女は先日まで喧嘩をしていた相手に素直になれるような性格でもない。
「何だ?笑って欲しいのか?」
しかしそれはアーバンも分かっていることであった。伊達に長い間友人をやっているわけではない。他人が聞けば喧嘩でも始まると思うのであろうが、逆にアーシアには普段通りに接してくれるアーバンの心遣いが嬉しかった。
「べ、別に笑ってくれなんて言ってないでしょう?」
「だろうな。」
話が続かなくなり、二人は沈黙する。気まずい雰囲気が、辺りを包み込む。その雰囲気がたまらなくなり、アーシアは先に口を開いた。
「で、あんたはあの人が、強いことを知ってたわけね。」
急に話し始めたアーシアに、アーバンはきょとんとする。しかしすぐに表情を戻すと、彼女の問に答えた。
「ああ。だから忠告しただろう。珍しくやる気になっている、と。」
「あそこまで化け物だとは聞いていなかったわ。」
「負けたことは自覚しているのだな。」
アーバンの言葉に、アーシアはしばし沈黙する。
「私だけ倒れてて、相手が平然としてたら、認めるしかないでしょう!」
「平然とまではしていなかったが・・・。」
「うるさい!!人が珍しく謙虚になってんだから黙ってなさい!!」
アーシアはアーバンに怒鳴りつけ、枕を投げつける。アーバンはそれをひょいっと避けると、彼女の話の続きに耳を傾けた。
「それに、私の土俵の上であれだけやられたのよ。」
「知っていたのか?」
意外そうに尋ねるアーバン。その問にアーシアは即答する。
「ラーシェルからね。それに、分かるわよ。目の前で戦い方を見れば・・・。」
(目の前で見ていれば?違う・・・。)
アーシアは気づいていた。何度か見たクリフの試合の中で。クリフが本気を出して戦っていないことくらいは・・・。いつも寸での所で勝っていたわけじゃない。そうやって演出していたことにも気づいてはいたのだ。
「嘘ね・・・。」
アーシアは力無くそう呟いた。
「気づいてた。先生が強いことくらい。でも認めたくなかった・・・。お姉様や、あんたを私から奪っていったあの人を・・・。」
「・・・・・。」
「悔しかったのよ!!私が癒すことの出来なかったお姉様の心を、すぐに癒してしまったことも、閉ざされてた貴女の感情を開くことが出来たことも・・・。」
彼女の声は初め怒鳴るようなものだったが、、次第に力を失っていく。そして彼女はそのまま顔をシーツに埋める。しばらく、アーバンはその姿を見守っていたが、ゆっくりと口を開いた。
「私にもわからんよ。」
「???」
アーシアは、訳が分からない様子で顔をあげる。
「気づいたら、先生に惹かれていた。ミーシア先輩がどうかはわからんが・・・。私は、先生の側にいるとひどく安心が出来た。」
「だから『女』に戻ったの?」
アーシアは一瞬その質問をするか戸惑ったが、彼女はそれがしなければいけない質問だと考えた。そして、しばらくの沈黙の後、『彼女』は答えた。
「そうだな。今の私は『女』に戻っているのだろうな。あの時お前が言ったように、確かに私にはバーグ教室にいたときの強さは無くなってしまった。だがそれ以上に、私は違う力を手に入れたよ。」
確かに先日戦ったときの『彼女』の能力は、バーグ教室で戦ったときのものとは『質』自体が違った。だが、確かに強くなっていた。姉も同じだったのだろうか?制御能力が未完全だった姉、彼女はクリフという存在を手に入れ、その部分を補ったのだろうか?アーバンが感情を補っているのと同じように・・・。
「で、お前はどうするんだ?」
「へ?」
アーシアは間抜けな声をあげる。突然のアーバンの質問に、その言葉の意図が分からなかったのだ。
「先生にまだ突っかかる気なのかと聞いている。」
当初の目的を忘れているアーシアに、アーバンは呆れたようにそう尋ねた。
すると、そのことかといわんばかりにアーシアはぽんっと手を叩く。彼女は何か吹っ切れたように笑うと、アーバンに向かって言った。
「そ〜ね〜、いろんな事がどうでも良くなっちゃった。何か今まできりきりしてたのが馬鹿みたいに・・・。でも、身体が動くようになったらもう一度だけ挑んでみようと思ってる。」
彼女の目に既に迷いはなかった。
「そうか・・・。」
アーバンは小さくそう言うと、席を立つ。そして彼女に一言だけ言い残すと、そのまま部屋を出ていった。
「お前には負けんよ。」
それが『彼女』が言い残した言葉だった。色々な意味が込められているのだろう。だが、アーシアはその意味全てを今理解しなくても良いと思った。今はもっと考えたいことが彼女にはあったしそれよりも彼女は今、眠りを欲していた。
彼女は再びベッドに横になると、再び深い眠りについた。
第四章 自らの土俵の上で
フォールスは闘技場の観客席でまるで何かを観測するかのように、闘技場の光景をじっと見ていた。
アーシアが異常なほどに熱くなっている一方で、教師クリフは逆に静かに闘技場の中央で立っていた。だが今の彼からは普段の緊迫のない雰囲気は感じられない。まるで鋭い刃物のような冷たささえ伺える。その手にあるのはアーシア同様学院産の魔導器、プラネットである。前回の杖のような魔導器は見あたらなかった。
「光よっ。」
赤い瞳・・・、それは自分たちの種族の特長である。赤珠族と呼ばれるのはその瞳の美しさが、まるで宝石のようであるからだと聞いたことがある。
アーシアは見慣れた部屋の中で目を覚ました。
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