魔導学院物語

−魔導師クリフの試合−
第二章 運だけの男




「何で俺が戦わなきゃならんのだ!!」

 クリフは目の前にいる、赤いローブを纏った男にそう怒鳴りつけた。目の前の男はクリフよりも一回りほど歳を取っているように見えるが、クリフ自体が若く見られることが多いので、それを差し引くとせいぜい5、6歳の歳の違いくらいだろう。髪は少し赤みを帯びた黒、そして瞳も全てを吸い込むような漆黒である。彼もまた美形に属する類の男だろう。

 彼の名はクレノフ=エンディーノ、魔導学院の副学院長である。そしてクリフの機国大戦時の戦友でもあった。

 男はクリフを見ると、面倒そうに答えた。

「耳元で怒鳴るな。第一、受理したのは俺じゃない。ベルーナだ。ま、裏で元学院長も暗躍していたようだがな。」

 クレノフはそれだけ言うと、机の上に置いてあった紅茶をゆっくりと飲み始める。ベルーナというのは現在の魔導学院学院長であり、クレノフの妻でもある女性だ。前代の学院長であったクリーム=ヴァルギリスの養女なのだが、事実上の姪でもある。彼女も大戦時、クリフが所属していた紅華隊のメンバーであった。実際クレノフよりも付き合いは長い。

 しかしそれ以上にクレノフとはウマが合い、文句を言いに来るのはいつも彼の所にだった。

「やっぱり元学院長が絡んでたのか・・・。」

「サハリン家とヴァルギリス家は親類だからな。サハリン教師が頼んだんだろ?」

 クレノフはいやに悪戯っぽい表情を浮かべて言った。彼がこの笑みを見せるときは、状況を楽しんでいるときだ。

「楽しんでるんじゃない!!第一、普通なら俺にも通知が来るはずだろ!!」

「行ったら断るだろ?」

「当然だ!相手はあのアーシアだぞ!!元バーグ教室生徒、灼熱の魔女、よく考えたらミーシアが教師になるまでお前の生徒だったじゃないか!!」

 バーグ教室とは学院が実際に運営される前に試験的に運用された教室だ。特級魔導師ガルシア=バーグが病床に倒れるまでは、彼が六名の生徒を育てていた。

 バーグ教室の解散後、教室の生徒は二分され、片方はクリフが、もう片方はまだ副学院長ではなく一介の教師であったクレノフが担当についていた。クレノフは世界でも有数の特級魔導師である。つまりアーシアは姉ミーシアの生徒になるまで、ずっと特級魔導師に師事を受けていたのだ。

「ああ。確かに圧倒的だな。他の第三級魔導師と比べてはな。学院の教師の中にも彼女と互角以上に戦えるのは10名もいないだろうな。はっはっは。」

 クレノフは笑いながら気楽そうにそう言った。クリフはじっと目で彼を睨みながら、彼女――アーシア=サハリン――の事を思い出していた。

 灼熱の魔女、それは彼女が炎の魔術を得意としたことから付いた名である。炎の魔術は威力を上げるのが他の魔術よりも簡単である分、それ以上に自分に被害を及ぼさないようにするための制御の難しい魔術だ。つまり灼熱の魔女の名は彼女の魔術の制御能力の高さを物語った異名でもあった。

 バーグ教室で彼女はその高い制御能力を手に入れ、灼熱の魔神クレノフ=エンディーノの下で得意だった炎の魔術の才を伸ばした少女・・・。さらに赤珠族という魔力の高い傾向のある種族に生まれた天性の能力が彼女にはある。

「俺に勝てるわきゃないだろ!!」

 クリフはクレノフの胸ぐらを掴むと、激しく彼を前後に揺すった。

「本当にそうか?」

 突然クレノフの声が真面目なものに変わる。同時に、クリフの表情からもそれまで含まれていた冗談の色が消える。

「お前も気づいているだろう?あの子は確かに魔導同盟で使われている意味の魔導師としては高い能力を持った。実際、彼女以上、もしくは同等の能力の持ち主はこの学院でも僅かの教員と、同じバーグ教室の元生徒しかいないだろうな。だが・・・、」

 クレノフはそこで口をつぐんだ。

「だが、戦士としても、教師としても周りが見えなさすぎる、か。」

 クリフはアーシアが卒業後、学院の教師になることを要望していることを思いだした。彼はそれまでクレノフの胸ぐらを掴んでいた手を離す。そしてそれまでとは違う種のため息をついた。

「そうだ。それは俺やバーグ教師では教えてやれなかった・・・。元学院長が言ったように俺は魔術士であり、本当の意味での、つまり導き手としての魔導師ではなかったのだろうな。」

 クレノフは後悔ともとれるような静かな声色でそう言った。

「で、俺にならできると?」

 クリフは何年か前に元学院長クリームに言ったのと同じ言葉でクレノフに問いかけた。

「さあな。」

「何だそれは?」

 クレノフの曖昧な返事にクリフは顔をしかめる。だがクレノフはさらに言葉を続けた。

「ただ元学院長はお前を信じているようだぜ。あと、サハリン教師もな。」

「有り難迷惑だ。」

 実際クリフが苦労人になったのも彼女らの信頼のためかもしれない。だが・・・、

「でもやるんだろう?」

 クレノフには既に答えは分かっているのだろう。しかし彼はクリフにそう尋ねる。

「仕方ないだろ・・・。ただし負けても責任はとらんぞっ。」

「承知した。だが、運だけの男の異名があるんだ。慣れているだろ?」

「ううっ、また教師連中から風当たりが強くなる・・・。」

 クリフは諦めたようにそう言うと、クレノフの部屋を出た。クリフが部屋を出たのを確かめると。クレノフはぽつりと呟いた。

「あくまで運だけの男として戦うか・・・。ま、それもいいだろ。」

 クレノフはそれだけ言うと、少しさめかけた紅茶をゆっくりと飲み干した。


***

「やっぱり受けてくれるんですね〜。」

 嬉しそうな声でクリフにそう言ったのミーシアだった。クリフが試合を承諾したのを知って駆けつけてきたのだ。

「ああ。それにしても、あの娘の俺に対する怒りは逆恨みだぞ。お前が俺になつくからこうなるんじゃないか。」

 クリフは愚痴るようにミーシアに言った。

「そうですね〜。あの子、私よくなついていましたから。私を取られたと思って嫉妬してるんですね。ああっ、私って罪な女・・・。」

「うるさいわっ!この馬鹿たれっ!!」

 クリフは自分に酔っているミーシアの頭を両拳で挟み、わずかな回転を与えながら頭を締め付ける。

「いたたっ、痛いですぅ先生っ。」

 何故か笑いながらミーシアはそうクリフに訴える。クリフは疲れたようにミーシアの頭から拳を放すと、今日何度目かの深いため息をついた。だが、急に彼は真面目な顔になると、彼女――ミーシア――に向かって言った。

「だが、真面目な話、面倒が嫌いな俺が動くんだ。それなりの覚悟はしてもらうぞ。」

 それは警告であった。その言葉の内容をミーシアは知っている。

 クリフォード=エーヴンリュムス、高い能力を持たず、紅華隊に入隊していたということだけで第一級魔導師となった事が、運だけの男と呼ばれている由縁である。しかし彼をそう呼ぶ者が第一級魔導師以下の魔導師だけであることも事実である。

「勝敗は別として、お前の妹を色々な意味で叩かせてもらう。二度と魔導師として再起できなくなっても、俺はしらんからな。」

 その時のクリフの口調はそれまでと変わらないものに聞こえた。しかしそれとは別に、その瞳には冷たい光が灯っていた。見る物を皆凍り付かせるような鋭い眼光だ。この眼をしている彼を学院の人間で知る者はどれくらいいるのだろうか。実際に見た者などは手で数えるほどしかいないだろう。

 ただ分かる者には分かっているのだ。このクリフォード=エーヴンリュムスという人間の力を。だからこそ、彼は彼の力に気づいている第一級魔導師以上の魔導師達には認められているのである。

「大丈夫ですよ。」

 しかしミーシアはその眼を見た後も平然とそう言った。

「あの子は強い子ですから。それに私、先生を信じてますから。」

 ミーシアはそれだけ言うと、クリフに一礼をし、部屋を出ていった。クリフはふぅっとため息をつく。

「信じてる、か。まぁ、何とかなるかな。」

 そしてそれだけ呟くとゆっくりと目を閉じた。こうしてクリフの忙しい一日は過ぎていった。


***

 魔導学院にはあわせて3つの闘技場がある。一つは学院内の試合などに使われる闘技場。もう一つは外来の客を招くときなどに使われる中規模な闘技場。そして最後の一つは国が関わるほどの試合があるときなどに使われる大型の闘技場である。

 その魔導学院最小の闘技場、聖珠闘場の入り口には堂々と一枚の張り紙が貼られていた。内容は『第一級魔導師クリフォード=エーヴンリュムスvs第三級魔導師アーシア=サハリン』というものだ。

 試合が決まってまだ1日しかたってはいない。しかし魔導学院では教師と生徒の試合など、年に一度ある卒業検定試験の時以外、滅多にあるものではない。そのためにこの一つの『事件』はある学内ネットワークで伝わったのだ。

 そしてさらにはいつの間にか学院中に知れ渡り、いつしか実行委員などというものまで作られてしまっていた。

 しかも運だけの男灼熱の魔女の因縁の戦い、であることが生徒達をさらに盛り上げていたのである。

 彼らの試合が因縁であるのは学院では周知の事実であった。アーシアはバーグ教室の元生徒であることで有名であったし、クリフもまた学院内でも有数の第一級魔導師として有名であった。そしてそんな彼らだからこそ、彼らが対立していること(とはいってもアーシアが一方的にだが)も学院内では有名な話だったのだ。


「それにしても・・・。」

「ん?」

 噂の当人であるアーシアは声をかけられ、目の前にいる自分よりも5、6歳は若い、少女の方に不思議そうに振り向いた。少女は大きな眼鏡をかけており、瞳はアーシアと同じく赤い。彼女たち赤珠族の特徴の一つだ。その少女――シェーラ=ヴァルギリス――はそれまで読んでいた本から目を離し、半ば呆れたように言った。

「本当にクリフ先生に試合を挑むなんて思っていませんでした。」

 だがそう言っている割には妙に納得している様子である。ある程度予想はしていたのだろう。

「何よ、呆れなくても良いでしょ。」

 アーシアはふてくされたようにシェーラに言った。

「相手は教師ですよ。しかも第一級魔導師の。」

 第一級魔導師、世界でも五十人に満たない魔導師の資格である。実力のないクリフがその資格を持つことが、他の教師達がクリフを嫌う理由の一つでもあった。

「どうせあんな人名前だけよ!!」

 アーシアは忌々しげにそう言い放った。彼女もまたクリフを認めていない人間の一人だ。しかし、彼女がクリフを認めていない理由は教師達とは違った。最も全く違うとまでは言えないが・・・。彼女がクリフを嫌う理由は姉、ミーシアにあった。

 ミーシア=サハリン・・・。第二級魔導師資格を持つ魔導学院の教師、そして元バーグ教室の生徒であり、凄まじい魔力の高さから絶対破壊者とまで呼ばれた娘・・・。もしクリフ教室に入っていなければ、今頃は第一級魔導師にもなれたであろうと言われていたほどの有能な能力者であった。

(元を正せば、全部あの男が悪いのよ!!)

 そう、もしクリフ教室に入っていなければの話なのである。バーグ教室にいたころのミーシアは今のように脳天気ではなく、魔導師としての威厳を持った女性であった。

 魔力の制御に難がある、という欠点をもってはいたものの、それは彼女のあまりに強大すぎる魔力のためであった。そしてその絶大な魔力が絶対破壊者の名の由来なのであり、圧倒的な力を誇った彼女こそが妹であるアーシアの誇りであり、目標であったのだ。

 もちろんアーシアは現在のミーシアも嫌いではなく、未だ異常とまでもいえるほどの敬愛を姉に対して持っている。

 だが、いや、だからこそ未だ第二級魔導師である姉がいじらしく思え、それ以上にその原因を生み出したクリフォード=エーヴンリュムスという男が許せないのである。

(あんな男さえいなければ、今頃お姉様はクレノフ先生の下で第一級魔導師にはなれていたのよ。)

 アーシアの瞳には殺気に近い感情が灯っている。というよりも殺せるものならば殺してやりたいとさえ思っているのだ。

 もし自分に王族としての体裁などなかったら、もし自分に学院生徒としての体裁がなかったら、恐らくアーシアはクリフを殺しているだろう。だが彼女は赤珠族の王国ディレファール王族の血を引く者なのであり、創設されて10年にも満たないこの学院の生徒なのだ。その両方の束縛を破ってしまえば、自分はおろか最愛の姉にまで迷惑がかかることは必然である。だから・・・、

(だから試合であの男を完膚無きまでに叩きのめして、この学院にいられないようにしてやる。)

 それがアーシアにできる最大限の報復であった。

「どうしたんです?そんな怖い顔して・・・。」

 ふと気づくと、眼前には心配そうに顔を覗き込んでいるシェーラがいた。

「な、何でもないわよ。」

 慌ててアーシアは首を横に振る。シェーラは「そうですか」と安心したように言うと、読み終えたらしい本を片手に図書館の奥へ、新しい本を探しに行った。

 シェーラの姿がなくなったのを確かめると、アーシアは小声で言った。

「あの娘、異常に勘がいいのよね〜。」

 暢気そうな声で彼女は言った。

「お前が鈍すぎるだけだろう。」

 すると突然、アーシアの後ろから声が聞こえてくる。それは聞き覚えのある声だった。

「何よアーバン、またあんた?」

 後ろを振り向くと、そこに立っていたのは彼女が予想したとおりの人物であった。アーバン=エーフィス、アーシア同様元バーグ教室の生徒であり、現クリフ教室のクラスリーダーだ。

「何?試合のことで文句でも言いに来たの?」

 アーシアは面倒くさそうにそう言うと、口調とは異なる鋭い目でアーバンを睨み付ける。一方アーバンは冷ややかな目でそれに対峙し、ゆっくりと言った。

「文句を言いに来たつもりはない。あれは先生自身が承諾された事だからな。」

「承諾?冗談!!あの男はただ事務部の決定に従っただけでしょう?」

 アーシアは嘲るようにそう言う。それと同時に、目の前のアーバンがもの凄い殺気を纏ったのを感じた。

 冷酷な刃、アーシアの脳裏にふいにその名が浮かぶ。ガルシア=バーグによって感情を出すことなく人を殺せるように訓練された暗殺人形・・・、冷酷な刃。かつてアーバンが呼ばれた名だ。

 ふっ、とアーシアの顔に笑みが漏れる。アーバンは何がおかしいのかと、少し意外そうな顔をすると、アーシアは言った。

「変わったわね。」

「どういう意味だ?」

「昔のあんたなら殺気はおろか、感情なんて微塵も出すこともなかった。それがバーグ先生があんたに教えたことであり、あんたの強さだった。」

「・・・そうだな。」

 いやにあっさりアーバンはそれを認めた。生真面目な性格のアーバンのことだ。アーシアもこの答えを予測はしていたが、皮肉を言った相手にそうあっさりと返されると無性に腹がたった。

 そしてそのために彼女はアーバンに対しての二つの禁句を口にしてしまった。

「親の敵を討つために、折角そんな格好までしてバーグ教室に入ったのに、あんな男にようやく身につけた能力を無駄にされたなんて、あんたも可哀想よね。」

 禁句、一つはアーバンが心酔するクリフへの侮辱、そしてもう一つの禁句はアーバンが魔導学院に入った理由だった。

 言ってしまった後にアーシアは自分の失言に後悔した。同時にアーバンの殺気が一瞬にして膨れ上がるのを感じる。

「ちょ、ちょっとまっ」

 アーシアがアーバンを静止するよりも先に、アーバンはアーシアの顔をめがけて拳の一撃を繰り出していた。その拳には淡い光のようなものが灯っている。闘気という一種のエネルギーだ。

(冗談でしょ!!)

 そう考えるよりも先に彼女はその一撃を避けていた。だが次の瞬間、右足の一蹴がアーシアを襲う。アーシアはそれを腕でガードし、蹴りの勢いを利用してアーバンとの距離を取る。

 アーバンのように本格的にではないが、彼女も体術の訓練は受けている。が、接近戦では分が悪いことは明白だ。なにせ闘気が付加した攻撃は絶大な破壊力を生み出す。

 しかも精気という外気を吸収したり、現象を司る術式を構成して発動させる魔術に比べてその発動は非常に早い。しかし魔導器という媒体を使用すれば、簡単な術であれば誰にでも発動させることのできる魔術に比べ、非常に体得しにくいという欠点もある。

 無論同じ師の下で学んだアーシアも闘気は体得している。そうでなければ闘気の籠もったアーバンの殺人的な蹴りなど止めようはずもない。

 だが彼女が体得しているのは魔導闘気という疑似闘気だ。魔導闘気とは、本来魔術に使われる精気を、闘気に似たエネルギーに変換する事で闘気と同じ様な効果を生み出すことを可能としたものだ。

 しかし外気を吸収して発動させる魔導闘気は、闘気のように瞬時に発動させることはできない。さっきの攻撃の時も一撃目の瞬間に魔導闘気を発動させ、次の攻撃に備えていたのである。

(いったぁっ。そりゃあ、あのことに触れたのは私が悪いけど、何も本気で来なくても・・・。)

 一応自分が悪いということは自覚している。だがいきなり攻撃され、アーシアも腹が立っていた。

 一方周囲では突然始まった乱闘に騒然としていた。だが怒りに身を任せている二人にはそんなことはどうでも良いことだった。

 アーバンを見ると既にアーシアに向かって突進している。普通の魔導師であれば対応できないであろう距離であるが、アーシアにとっては十分な距離であった。

「光よっ。」

 その言葉と同時に、彼女の右手の手袋の甲にはめられている宝玉のような物から光が溢れ出す。そしてアーシアはその右手を間近に迫っているアーバンに向けると、大声で叫んだ。

「セイントマークっ。」

 アーシアが叫ぶと共に、彼女の右手から一筋の閃光が迸る。アーバンはその閃光をすれすれの所でかわすと、アーシアに向かって再び蹴りを放ってきた。だが閃光をかわしたことによる一瞬の行動のずれが、アーバンの動きを鈍らせていた。

 アーシアはそれをかわすと、備えていた次の魔術を放とうとした。

「ファイアウォ」

 彼女が発動させようとしたのは炎の魔術だった。自らの周囲に炎の壁を生み出す攻守一体の術ファイアウォール。術式の構成自体は難易であるが、構成速度、発動速度がともに速く、多くの上級魔導師が愛用している魔術でもある。

 だが、その発動よりも先に二人の首筋には冷たい刃が押し当てられていた。何者かが攻撃を仕掛けようとしていた二人の間に入ってきたのだ。高レベルの魔導師であるこの二人の戦いを止めることなど至難の業であるのにも関わらずだ。

「まぁったく、お前達はっ。」

 その人物――クレノフ=エンディーノ――は呆れながらそう言うと、アーバンを見る。

「アーバン=エーフィス、君が乱闘を起こすとは珍しいな。」

 クレノフの言葉にアーバンは頭を深く下げ言った。

「すみませんでした副学院長。少し頭に血がのぼってしまったもので。」

「まぁ、いいだろ。二人とも後から始末書を提出しておくこと。いいな。」

「はい。」

 クレノフは二人の返事を聞くと、周りに集まった野次馬に解散するように声をかけ、そのまま図書館を出ていった。周りに人がいなくなったのを確かめると、アーシアは自分の近くにいる眼鏡をかけた少女をじっと睨んだ。

「あんたね。クレノフ先生を呼んだの。」

 アーシアの視線におびえるように彼女――シェーラ――はアーバンの後ろに隠れる。そして、顔だけひょっこりと出すと、おどおどとした様子で言った。

「だ、だって、本を取りに戻ってきたら、アーバン先輩と口論してたから・・・.。その・・・、明後日の事もあるし・・・。」

 明後日の事、というのはアーシアとクリフの試合のことだ。

 アーシアはクリフを酷く嫌っているのに対し、アーバンはアーシアが姉ミーシアに抱くと同じくらいの尊敬の念をクリフに抱いているのをシェーラだけでなく、学院の生徒のほとんどが知っている。

 元々二人は教師に匹敵、あるいは彼らを凌駕するほどの実力の持ち主だ。そんな二人が本気で争えば、周りに生じる被害は尋常なものではない。それを心配してシェーラはクレノフを呼びに行ったのだった。

「まぁいいけどね。でもアーバン!私は謝らないからね!!」

(確かにあの事を口にしたのは私が悪かったけど、あの男をかばってる事に対しては謝るつもりはないんだからっ!!)

 アーシアは目でそうアーバンに訴えると、アーバンは小さなため息をついて言った。

「長い付き合いだ。お前の性格くらい分かっている。確かに頭に血が上ったとはいえ、手を出したのは私が先だしな。だが先生を侮辱した分は、私も引くつもりはない。」

「上等じゃない。」

「ただ、気を付けろ。」

「何によ?」

 突然態度が変わったアーバンを、アーシアは訝しそうに見る。

「試合のことだ。珍しく先生がやる気になっている。」

「だから何よ。」

「甘く見ない方がいいと言うことだ。私からの忠告はそれだけだ。」

 アーバンはそれだけ言うと、図書館を出ていった。

「いったい何なのよ。あれだけ言うために来たわけ?」

 アーシアは腹立たしげに言う。もちろん負ける気はない。幾度か教師クリフの戦闘を見たことがあるが、それを見た限りでは負ける要素すら見つからないのだ。

 だがアーバンもそんな事ではったりをかます性格ではない。アーシアに言い表せない戸惑いを残したまま、クリフとアーシアの試合は始まろうとしていた。





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