彼と共に歩む道 第四話
集い来る者たち
<Go to back story /Novel-Room /Go to next story> |
---|
彼が戻ってきたとき、空いていた心の隙間が埋まったような気がした。 それはジェチナで暮らしていた時の感覚に似ていて、何かが満たされていくのを、ミーシアは感じていた。 もちろん全てが同じではない。昔のように一緒にいられる時間もあまりない。しかし、それでもミーシアには十分だった。彼が側にいる。それが彼女が最も望んでいた物だったからだ。 「へぇ、それじゃガラフも昔はジェチナにいたの」 「ええ。もっとも、俺は南から出たことがほとんどなかったですけどね」 魔導学院中央棟から北棟にかけての廊下で、そんな会話をしている二人の姿があった。ミーシアと彼女の後輩であるガラフ=ゼノグレスである。 魔導学院が正式運用されて二年目、ミーシアは学院の第七回生になっていた。横を歩くガラフは、学院の実技担当の教師の息子で、獣人と呼ばれる種族の青年だ。彼はミーシアと同じエーヴンリュムス教室へ編入されていた。 「そうか、ミミ様の子供って事は、バルクの甥になるのよね」 バルクというのはミーシアとともに弧扇亭で働いていた獣人の男だ。ミーシアの言葉にガラフは頷く。 「でも、昔の先輩を見たことはありますよ」 「あ、もしかして、故神祭の時に、あなたもいたの」 「ええ」 ミーシアがジェチナにいたことは、学院では周知の事実だった。 一時、死亡したことになっていたミーシアだが、赤珠国はそれを王女の暗殺を企てた犯人の調査のための虚報とし、彼女を切り捨てたことを隠蔽したのだ。もっとも、その半分は事実だ。ミーシアの居場所は諜報部が探り当てていたし、事の首謀者が虎国の上層の人間だと言うことまでは特定した。 だが最終的な相手の特定までには至らず、赤珠国はそれを用いて魔導同盟の基盤の強化を図ったのである。 一つは虎国への威嚇、そしてもう一つは人材の確保だった。 ジェチナは均衡状態にあったとはいえ、内戦が続いていた都市だ。そのため優れた人材も多く存在し、同盟はジェチナからの移民を募って、それらの一部を吸収したのである。 その時に彼らの判断材料にあったのが、ミーシアの存在である。彼女はジェチナの民にとって一種のアイドルのような存在だ。彼女を慕って赤珠国に来、学院に就職した者も少なくはない。 「でも、今更ですけれど、元気になって良かったですよ。うちの母親、先輩のファンだから」 バーグ教室にいた頃のことを言っているのだろう。彼の父、ガゼフ=ゼノグレスは学院の教員になる前は、クリーム元学院長の護衛をしていた。そんなこともあって、ミーシアと彼は何度か顔を合わせたことがあった。 確かにあの時期は様々な重圧感に押しつぶされそうだった覚えがある。なるべくそれを出さずにいようと思っていたのだが…… 「やっぱりばればれだった訳ね」 「そりゃ、まぁ。ファン多いですから。何人かが気付けば、みんなが注目しますよ」 「はぁ、まだまだ未熟だわ」 ミーシアの反応に、ガラフは苦笑する。ガラフ自身、ジェチナにいた頃のミーシアを知っているわけではないが、赤珠国で彼女と会ったとき、聞いていた印象とあまりに違ったために驚いたのを覚えている。 しかし今の彼女は、以前の彼女とは別人だ。そこで不意に自分の担当教師のことが思い出された。 「ところで、これもジェチナ組では大事になってるんですけれど……」 「なに」 「うちの先生って、死神ですよね」 「……ええ」 少し間をあけて、ミーシアは答えた。それでガラフはそれに触れてはいけないのだと理解する。しかし意外にも話を続けてきたのはミーシアだった。 「それ、どれくらいの人が知っているの」 「ジェチナ組では俺よりも年下の連中以外はほとんど。何せ、騒乱の時に死んだことになってますから、結構な騒ぎになってるんですよ」 ガラフの言葉にミーシアは立ち止まり、少し何か考えていた。しかし彼女はふとあることに気付く。 「死んだことになってる……、って、あなたは知ってたの。彼が生きてたことを」 ただの言い回しかも知れない。しかし、ミーシアにはそこが気になった。彼が死神であることを知られるのはまだいい。だが、彼が氷の閃光だと知られるのはまずいのだ。 「まぁ、俺は気になってハムスに問いつめたんですけどね。知ってますよね、ハムス」 もちろん知らないはずはない。ハムス=カーターはバルクの部下で、彼と共に弧扇亭の従業員として働いていた青年である。確か彼は今はバルクの下を離れ、単独で情報屋を営んでいるはずだ。 「探りを入れたのはこっちに来てからですけどね。死神が死んだことに誰も騒がなさすぎたし、それで事が収束するのはおかしいかなって。でも氷の閃光のことまで知ってる奴は、ギルドでも極僅かのはずですよ」 正直、ミーシアは驚いていた。ガゼフの子供だということもあるのだが、ガラフがそこまでまめな性格をしているとは思っていなかったのだ。 (そういえば、この子、実技以外の成績も良いんだっけ) もちろんトップクラスからは離れたところにいるが、彼らは学問の才能を認められて学院に入ってきた者が多数だ。明らかに実技の方に才があるガラフとは違う。 そんなことを思いながらガラフを見ると、その時にはガラフはミーシアを見ていなかった。彼の視線を追うと、そこには一人の少女が立っていた。 目元はきつく、彼女の視線は睨むようにガラフに向けられていた。知合いか聞こうとしたが、それよりも早く二人は会話を始めていた。 「ゼラ、何でお前がここに」 ゼラと呼ばれた少女は、無言でガラフに近づいてくる。そして、彼の前で立ち止まり、こう言った。 「私も、学院に入るから」 そしてゼラはそのままガラフの横を通り過ぎていく。 「ちょ、ちょっと」 慌ててガラフは振り向くが、ゼラは止まらなかった。ただし、歩きながら一言だけ彼女は付け加えた。 「負けないからね」 それは冷たい言葉だった。しかし、その声に熱が隠されている事にミーシアは気付く。 「知合い」 「ええ。今、赤珠にいる獣人を束ねる黒虎の長の娘です。幼なじみなんですけどね、ちょっと恨まれてまして」 「ふぅん」 その話も気になったが、ミーシアはこの後、クリフを待たせていた。それ以上に追求はせずに、二人は再び歩き出した。
クリフは学院長から送られた新入学生の一覧を見て、目を細めていた。 「どうしたの、クリフ」 深刻そうな表情をしているクリフを不思議に思ったのだろう。煎れてきたお茶を机に置き、クリフの対面に座る。 クリフは何も言わずにミーシアにその一覧を見せた。 「あ、ランフォード姉弟の名前。へぇ、あの子達、あなたの生徒になるんだ」 「ティルスの希望らしい。まったく、相変わらず人が悪い男だよ」 「ふふふ」 すっかり板に付いてきた彼の運だけの男ぶりを見て、ミーシアは思わず笑う。 彼が氷の閃光だと知っている人間は、魔導同盟本部にも僅かしかいない。それは、彼をこの学院に招いたのは魔導同盟ではなく、魔導学院であるからだ。 もちろん当時のその長が同じであるので、隠蔽と言うことではない。ただ、氷の閃光という強力な戦力を他国から隠すために、クリームはそれを魔導同盟にも明かさなかったのである。 「えーと、あと一人いるのね。名前は……ネレア=ガーランド……。ゾーン先生の教室にいる子と同じ姓だけれど、知合いなの」 「妹だよ。そして、彼女が封じられている娘だ」 封じられている。それを聞いてミーシアの身体がびくんと震えた。 「ま、まさか。この娘が……」 信じられない速さで心臓が鼓動しているのが解った。クリフは続ける。 「師父の遺言でな。彼女のことも頼まれていたんだ。だが、お前が気にすることじゃない」 「でもっ」 言いかけて、自分には何もできないことを彼女は悟る。彼女は意を決した様に表情を引き締める。 確かにクリフがこの学院に来て、彼女は変わった。しかしまだ、彼女はその道を見つけることができないでいた。
|
<Go to back story /Novel-Room /Go to next story> |
---|